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prologue 春と秋、冬と夏

はじめまして。S.AKIと申します。それほど早くない更新スピードになると思いますが、付き合ってもらえると嬉しいです。

同シリーズ「別れと出会いの物語」「図書館の恋」もよろしくお願い致します。

 瞬きのほんの一瞬でさえも、季節は流れることを止めはしない。

 それと同じように人の人生も文字が表すように『人が生きている』限り常に動き続けるものだ。

 私がそれを強く感じたのは、やはりあの先輩との出会いがあったからだろう。

 新田睦月という名の1月生まれの先輩と、その親友であり思い人であった紗紀さんという女性。

 二人の関係は睦月先輩の死という結末により、決して変わらないものになってしまったけれど、それでも紗紀さんは今を生きている。私も良く知る友人とともに、新しい自分を歩み始めているんだ。

 絶望の春が終わり、戸惑いの夏が始まった。変化の秋を経て、出会いの冬が来た。

 あの二人が今を共にしていることを私は嬉しく思う。

 もしも神様がいるのならば、きっとそれは神様が演出した別れという名の悲劇の後の、出会いというラブロマンスなのだろう。

 確かに新しい幸せが、紗紀さんの元に訪れている。

 なら、私は?

 私が2年前に失ったものは、どんな形で再び私の前に現れるのだろう?

 意外とそろそろひょっこり顔を出すかもしれない。もしかしたら、もう二度と現れないのかもしれない。

 だけど、今の私にはどんな幸せも掴む資格があるのだろうか?

 ずっと逃げてきた私には、このまま幸せになるようなことが出来るのだろうか?

 それはずっとずっと抱えてきた不安。

 私――高倉さくらが心から愛した坂崎桂と別れてから、抱え続けてきた心の弱さ。

「一緒に幸せになろうね」

 紗紀さんは笑った。惚れ惚れするような笑顔だった。

(私も……幸せになりたいな)

 希望よりも不安のほうがはるかに大きい。

 だけど、幸せを願う心は私の中でどんどんと成長していく。

(私の幸せは……どこにあるのかな?)

 漠然とそんなことを考えながら。

 灯りを消して、私は静かに眠りについた。



「さくら、おはよう」

 土曜日の寝起き、目をこすりながら部屋を出るとお姉ちゃんが元気に声をかけてくる。

「おはよ、お姉ちゃん。って、今日はゆうくんのお店に行くんじゃなかったの?」

 時計を見れば、もう11時。大学生の土曜日なんてこんなものだよっ、と心の中で言い訳をしつつ、昨日の夜に聞いていた予定を遂行していない姉に疑問を投げかけてみる。

 すると件の姉は、もみじと言う名に似合わないひまわりのような笑顔を私に向けて。

「やめちゃった」

 あっさりそう言い放った。

「やめた、って……」

「んー、気分が乗らなかったのよ」

 お姉ちゃんにしては珍しく、歯切れの悪い、どこか誤魔化したような言葉で答える。

 いつもなら何でもかんでもはっきりとした物言いをするし、活発で行動的だ。容姿はかなり似ている私たちだけど、そういうところはまったく似ていない。まとう雰囲気も違うため、なかなか姉妹と気づかれないものだ。

「ま、ほら。ゆうくんと紗紀の邪魔をするのも悪いしね!」

 冗談めかして言う姉は、いつもと同じように元気そうに見える。

「ははは、そうだね。あの二人、ラブラブだもんね」

 そういいながら、二人そろって階段を降りて居間へと顔を出す。

 居間のテーブルには、母親が用意した朝ご飯だろう。昨日の残り物の焼き魚と卵焼き。それから一枚の紙が置いてあった。

『適当に食べてね。お味噌汁もあります。暖めて。母』

 その当事者はというと、出版社の仕事をしているため、土日もあまり関係なく働いている。ちなみに父は仕事の都合で単身赴任中だ。

「私が用意しとくから、さくらは顔洗っておいで~」

「はぁ~い、ありがと、お姉ちゃん」

 軽く答えて洗面を済ませる。

 居間に戻ると、温められたお味噌汁の湯気が立ち込めて、とても良い匂いがする。

「ご飯は?」

「少なめでいいよ~」

「あんたはもっと食べたほうがいいと思うけどね~」

 お茶碗に軽く1杯分のご飯を受け取り、冷たくなった秋刀魚をつつき始める。

 見ればお姉ちゃんも同じような感じですでに食べはじめているが、ご飯の量は私と違って大盛りだ。

「それにしても、あの二人が恋人同士だなんてなぁ……世の中ってほんと狭いねぇ」

 ゆうくんと紗紀さんのことだろう。

「ほんとだね。何も繋がりもないはずなのに、私の同級生とお姉ちゃんの同級生が今あんなふうにして幸せになってるってのは、ものすごい奇跡だよね」

「紗紀なんか、まるで別人みたいに変わってたしなぁ……」

 そういえばお姉ちゃんによると、紗紀さんはクラスでは根暗と呼ばれていたらしい。

 クラスでも人気のあった睦月先輩と非常に仲の良かった紗紀さん。まわりの嫉妬を受けて、中傷もされたらしいけども、本当に根暗だったことはお姉ちゃんも認めていた。

 それがゆうくんと一緒にいる今の紗紀さんは、よく動いてよく顔を上げている。よく照れてよく心から笑う。

「いろいろあったけれど、それが幸せを掴んだ結果なんだろうね」

「そうだねぇ」

 それは間違いのない事実で。

 過去とは何の関係もない、今が語る現実で。

「私たちも、いつかあんなふうに幸せになれるのかなぁ?」

 昨日の就寝前に考えていたせいだろうか。

 そんな言葉が思わず口をついて出た。

「……待ってるだけじゃ、ダメなんだろうね」

 お姉ちゃんは笑うかと思ったら、少しだけ遠い目をしてそう言った。

 なんだかんだと明るい姉だけど、こういうことに対して考えることはよく似ているんだ。

 こういう時、私はお姉ちゃんと姉妹であることを感じることが出来て、少し嬉しかったりする。

「幸せってなんだろうね?」

 私が問う。

「うーん、なんだろうね」

 お姉ちゃんが首をひねる。

「楽しい友人。おいしい食べ物。元気な家族。かわいい妹。私は今も幸せと言ったら幸せだけど……」

 かわいい妹のくだりで私が少し赤くなるのを確認しつつ。

「でも、もっと大きな幸せがあるのかなって。まだ私にはわからないけど、そう思ったりもするねぇ」

「お姉ちゃんらしいって言えばお姉ちゃんらしい答えかな」

 現状に不満はないけど、もっと満たされるものがどこかにあるんじゃないか。

 そう言った疑問、ひいては、不安に繋がるものを、確かに姉も持っているんだ。

 私は思う。

 一度手放した幸せを。

 愛する人がいつもそばにいた。いつも愛してくれる人がそばにいた。

 確かにあの日々は幸せだったんだと思う。

 その日々を懐かしいとは思う。だけど、取り戻したいかと言われると、正直わからない。

「私は自分がよくわからない。何を求めて、何をするために毎日を生きているのか……」

 少し俯いて語る。そんな私をお姉ちゃんはまっすぐに見てくれている。

「それでも、今を一生懸命生きているつもり。投げ出したりなんかはしたくない」

「……さくらは、やっぱり私の妹だね」

 暖かい微笑みで答えるお姉ちゃん。

 きっと思っていることは同じなんだろう。

「幸せになりたいな」

「幸せになりたいね」

 そういった時、頭の中に浮かんできた人物はたぶん私もお姉ちゃんも一緒だったんだと思う。

 だから次の言葉は、自然とお姉ちゃんと合唱することになったんだ。

『幸せになろうね』

 いつも笑顔だった底抜けに明るい先輩の顔を思い浮かべながら。

 冷たくなった卵焼きを口に放り込んで、少しだけしょっぱい味を噛み締めた。



 今日を生きることに精一杯で。

 同じ毎日を繰り返してるようでも。

 それでも、あしたはあしたの風が吹く。

 これからどんな物語があるのだろうか。



 高倉さくらと高倉もみじ。

 私たち似たもの姉妹は、その言葉に揃って鏡のような微妙を浮かべたのだった。

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