9 Junction――分岐点――
魅羅が美人なのを忘れやすいのです。
カイマン・グレーは相棒のコスタと共に、カウンターで不味そうにエスプレッソを飲みながら、後ろから聞こえてくるけたたましい女の笑い声を交えた会話に聞き耳を立てていた。
黒髪の女は、さっきから喋りっぱなしだ。
カイマンは眉をひそめた。
たいした美人だが、あんなけたたましい女は好きではない。女はもっと控えめで従順なのが好きだ。そうしたら心の底から愛して、天国に行くまで可愛がってやるのに。
黒髪の男が何か言い、赤毛の派手な服装の男がぼそぼそと答えている。
黒髪の男はまだ20代のはじめぐらいの歳らしい。見るからにぼーっとした、大して取り柄も無さそうな奴だ。
しかし赤毛の男は油断がならない。
津川滉の名前はここの所だいぶ知れ渡っている。
かなり荒っぽい捜査の仕方やその良く目立つ容貌と相まって、Bomb・Bay=爆薬庫=という>符牒で囁かれている男だ。
ただ妙なのは、時々あの男を女だったと言う奴が居ることである。
──確かにあの面なら、女にも見えるな──
あの馬鹿でかい男が、捜査のために女装している姿を想像して、カイマンはくっくっと笑った。
「おい…」
隣に座っていたコスタが、肘を突付く。
「動くぞ…」
三人は笑いながら席を立ち、女が清算して店を出ていく。男たちはゆらりと立ち上がった。
連中の乗った派手な車は、のんびりとエルカサル地区へと走ってゆく。
このまま行けば昨夜、津川滉が手を入れたソルティドールに着くはずだ、今もあの店は警官たちが取り囲み、現場検証が続いているはずである。
カイマンにはテロリストが何をしていようが関係はない。
彼にとって重要なのは、今日この仕事がうまく出来るか?ということだけである。
一日中連中の後ろを付け回って、それを報告する。何だか馬鹿みたいな仕事だが、たったそれだけで一人頭7万クレット(銀河内共通高額通貨。10クレットで平均的なサラリーマン家庭の2ヶ月分の収入に相当する)も貰えるのだ。それだけ有れば3年は豪遊出来る。しかもその依頼主というのが、裏の世界で飯を喰っている者なら、必ず一度は耳にしたことがあるDark Bishop=闇司祭=別名ファントムと呼ばれる男なのだから、これから彼の羽振りも良くなるに違いない。Dark Bishopの仕事を一度でもしたことがあると言えば、何処に行っても結構いい顔が出来るのだ。
それに、ひょっとして仕事ぶりがいいとか、気に入ったとかで、今後もお近づきに成れるのなら、それこそ裏世界で怖いもの無しだ。
夢を際限なく広げながら、カイマンはむふむふと一人でにやついている。
「曲がるぞ…」
コスタが陰気な声で言う。
この男は何時もこうだ。どんな時も生気のないつまらなそうな顔をして、ぼそぼそと話す。こいつが顔に血の気を登らせるのは、女をいたぶるときだけ。
女と言えば、この間の女はなかなか良かった。若く美人で、いい味をしていた。コスタと二人で十分に楽しませてやったから、今頃は幸せに包まれて天国に居ることだろう。
──おっと、仕事仕事──
カイマンは緩んだ口許を引き締めた。
路地に入った車の後について曲がる。この辺りはビジネス街で、味もそっけもない四角くて背の高いビルが並んでいるだけ…。そのビルの狭間の路地には、もう目標の車の影は見当たらない。
「?!」
慌てて車を走らせ、あちらの路地こちらの路地と、真っ赤なスポーツカーを捜し回る。しかし、何処に雲隠れしたのか、連中の車は姿を消していた。
「しまった!」
間に2〜3台の車を入れてつけていたのに、どうやら気付かれていたらしい。
カイマンは青くなった。
こんな簡単な仕事をしくじってはDark Bishopに合わせる顔がない。
「くそ!!」
絶望感に目の前が真っ暗になり、両手でハンドルを殴りつける。苛立つ相棒の姿を、コスタはどんよりと濁った目で無表情に眺めていた。その目がふっと外を見る。
「…女…」
「何言ってんだこんな時に」
相棒に向かって、苛々と噛みつくように言う。
「連中の女…」
コスタはだるそうに顎をしゃくった。
示されたほうを見て、カイマンは目を見張った。あの黒髪の女が、すぐ側の路地できょろきょろと回りを見回している。
女はこちらに気が付くと、手を振りながら駆け寄ってきた。カイマンは慌てた、尾行しているのにこんな所で顔を会わせてしまってはこれからやりにくくなる。かといって、知らぬ振りをしても疑われるだけである。
──ままよ──
カイマンは車を止めた。
「ねえ、一寸困ってるの、助けてくださらない?」
女はほっそりとした身体を折り曲げて車内を覗き込んだ。長い髪が肩から滑り落ちてサラサラと音をたてる、近くで見ると途轍もなくいい女だった。
何となく胸の辺りがもやもやとしてきた。後ろでコスタが喉をならしているのが聞こえる。
カイマンは、この女を捕まえて行こう、と即座に腹を決めた。そうすればDark Bishopだって褒めてくれるに違いない。
「どうしました?お嬢さん」
なるべく人当たりの良さそうな笑顔で、警戒心をおこさせないように答える。女ははにかむような微笑みを浮かべ、路地の方を振り返りながら口を開いた。
「車が故障してしまったらしいの。私一人なものだから、何処をどう見たらいいのかも判らなくて…よろしかったら、一寸見ていただけないかしら?」
しめた。男どもは何処かに行っているらしい。カイマンはほくそえんだ。このまま車に放り込んで連れていってしまおう。
「いいですよ」
女はホッとしたように微笑んだ。
「良かった、どうしようかと思っていたんです」
二人の男は、そっと目配せをしながら車から出た。これで女が歩きだしたら、二人でからめ捕ってしまえばいい。こんな女独りなら楽勝である。
「車は何処です?」
気付かれないようにそうっと女の後ろに回り込みながら、猫なで声で尋ねる。女はにっこりと微笑むと、人指し指を真っ直ぐ上に付き立てた。
「あそこ」
「え?」
頭上からヒューっという風を切る音と共に、何か大きなものが落ちてきた。
グワッシャン!!!
大音響をたてて、真っ赤なスポーツカーが、今まで自分たちが乗っていた車を押し潰して着地する。
「な…?!」
度肝を抜かれた二人の男に向かって、魅羅は困ったように首を振り、
「推進装置がいかれて、さっきから真上にばかり動くんですの。どうしましょう?」
白々しく嘆いてみせる魅羅に、カイマンは掴みかかった。
「このアマ!!」
けらけらと笑いながら、魅羅はカイマンの手をすり抜けると、素早い動きで男の背後に回り込んだ。
カイマンの首筋にひやりと冷たい金属の当たる感触がした。何処に隠し持っていたのか、ナイフよりも少し長めの刀を男の首筋に押し当てて、魅羅は妖艶な微笑みを浮かべる。
「暴力はいけませんわ。不幸な事故です」
「な…何をする…」
さえざえとした光を発する刀身に、身体を硬直させながら男はやっと声を絞り出す。
その問いには答えずに、彼女は奇妙なほど丁寧な口調で男に言い聞かせる。
「動かないで下さいな。でないと、貴方がラングレス星で殺した女の子の二の舞になりましてよ」
魅羅の言葉に、カイマンは冷や水を浴びせられた様な気がした。
「そちらの方も、お仲間が大事だったらそこから動かないで。尤も、もう無駄だけど」
カイマンを見捨てて逃げようとしていたコスタは、路地から出てきた滉に行く手を阻まれて立ち往生していた。
「よう、コスタ・メグロー。それに、カイマン・グレー。そろそろ年貢の収め時ってやつだぜ。おとなしく観念しな」
「Bomb Bay…」
「窃盗2回、強盗4回、詐欺5回、誘拐、殺人3回、婦女暴行が12回。現在3つの星から指名手配中。これは二人合わせての数字だけど、裁判なら245年の刑期を求刑するところね。特にラングレスでの婦女子誘拐。輪姦の末、殺害は許せないわ。女の敵は、お仕置きよ」
凄味をきかせた低い声で、魅羅が罪状を並べていく。
「べ…ベースでは何もしていないぞ。たとえ何処かの星で手配中でも、発見した星で何もしていなければ、連合は手を出せねぇはずだぜ?」
喘ぎ喘ぎ言い返すと、魅羅はくっくっと含み笑いを洩らしながら赤いリボンのようなものを取り出した。滉の後ろから出てきたドルフェスが、魅羅からそれを受け取ると、手早くカイマンとコスタの手首に巻きつける。
カイマンは心底から震え上がった、この赤い物は連合司法局の簡易逮捕令状だった。一旦付けられれば専用の解除機でなければ外せない、特殊な発振器が組み込まれており、何処まで逃げても必ず居場所をつきとめられるという代物である。もう手錠を嵌められたのと同じことだった
「はい、これで貴方たちは連合司法局の管轄に入りました。3つの星からの指名手配が有効よ」
刀を喉から腹に移し、正面に回った魅羅はにっこりと笑う。
「越権行為だ。」
呻くカイマンに、魅羅は憐れみを込めて首を振ってみせた。
「いいえ、現時点で貴方がたに掛けられている容疑は、テロ行為です」
「何…?!」
意外な事を言われて、二人は絶句した。
「連合警察機構警部、津川滉氏は今朝、昨夜の捜査に対するテロリストからの報復を受けています。貴方たちの車はその襲撃現場より逃走、その後津川警部の車を尾行していますね。これは、何らかのテロ組織に係わっている人物である可能性が高い、ということになりますわ。身元調査のため、是非とも私達と同行していただきます
誘拐と贋金とテロは、どんな時でも無条件に連合の管轄に入ることになっている。
特に、政治的なイベントが控えている今の時期、テロリストへの追求は厳しくなっていた。ましてや確かに怪しげな行動を取っていたのだから、疑いは当然だ。
「ぬ…濡れ衣だ…!」
無駄と知りつつも、何とかこの場を言い逃れようと、カイマンが首を振った。
「貴方がたには黙秘権が…」
聞こえない振りをして権利を読み上げようとした魅羅を、滉が制する。
「タンマ」
「どうしたの?」
「黙秘権を覚えて弁護士を呼んでもらう前に、聞きたいことがある」
明るい笑顔を浮かべて、二人の獲物を見ている滉に、魅羅が仕方無さそうに頷く。
「OKボス。でも、私が言わなくても、権利はあるのよ」
「判ってる」
滉は二人の男を壁際に立たせると、形相を一変させた。まだ笑ってはいた、しかし、もう明るい人好きのするものではなく、氷のように冷たい笑に、目だけが炎のように強い光を放っている。
魅羅は刀を鞘に収めて一歩後ろに下がってはいたが、カイマン達は滉の目に射すくめられて動けなくなっていた。
「さてと、お前らファントムに何を言われてきたんだ?」
低いドスの聞いた声で滉が聞く。直立した姿勢のまま男たちは首を振る。
「知らん、俺は何も知らん」
「じゃあ、何で俺たちをつけていたんだ?」
カイマンは、ありったけの気力でにやっと笑い返したつもりだった。残念なことに彼の主観に反して、唇はほんの少し引きつっただけである。
「さ…さぁな、俺たちはそっちの姉ぇちゃんと、お近ずきになりたかっただけでね。なにせめったに居ねぇような別嬪……」
ズサッ!!
耳元の壁に蹴りこむ様に滉の足が突き出され、カイマンは言葉を途切らせた。
「連れを褒めてくれて有り難うよ」
長い足で壁に寄り掛かりながら、低い声で礼を言う。しかしその声は、言葉とは裏腹に怒りを抑えかねて震えを帯びている
「だがな、魅羅の亭主になりたかったら、少しは素直になったほうが身の為だぜ。あいつは気に入らない男は簾巻きにして川に放り込むんだ」
ドルフェスは、横で魅羅が『ひどぉい』と小声で呟くのを聞いた。
昨日一晩見ていたから少しは馴れたものの、滉の尋問は刑事がしているというよりは、暴力組織の幹部が脅している様だ。青年は何だか二人の男が気の毒になってくる。
「へ…へ…」
せいぜい悪たれた風を装って、カイマンはひきつった笑いを洩らす。
それに釣られたかのように、滉の冷笑が更に深まる。
ジャリ…
壁に掛けられた足が微かに動き、ぱらぱらと壁の外装が剥がれ落ちる。そして、踵の当たる所から壁に亀裂が走り、カイマンの頭の後ろまで達した。
「ひ…」
辛うじて保っていたカイマンのポーズは、その亀裂を見て完全に崩れさった。
滉の冷笑を浮かべた表情、決して笑っていない目、そして壁の亀裂。それらを交互に見て、次にこうなるのは自分だと確信した。
「あ…わ…」
腹の底から震えが上がってきた。歯の根が合わなくなり、自分にもがちがちいっている音が聞こえる。膝が笑いだし、カイマンはずるずると壁を背負ったまま座り込んだ。隣に立つコスタもまた、そのありさまを見て声もなく震え上がっている。
「どうだいおっさん、少しは俺に協力してくれる気になったかい?」
脅しの効果があったことに気を良くした滉が、少し明るい声を出した。カイマン達はこくこくと頷いた。
「わ…判った、話す…何でも話す」
「よーし命は助けてやるさ。答え次第でな」
足を下ろし、腕組みをした滉は、カイマンとコスタをそれぞれ睨めつけた。
*
華やかに繁栄し、銀河内でも有数の治安都市と言われるベースシティにも、巨大都市の宿命と言うべきか、犯罪の温床であるスラム街は存在する。
かつてこのトサマール星系が、アルゴル帝国の手によって入植開拓の歴史を開いた時、惑星コーチに始めて作られた、移民のベースキャンプが原型となっている旧市街がそれである。ミドルアースを模した幾何学的なビル群が立ち並ぶ新都心に比べて、街の南西に位置する旧都心の町並みは、古びて煤けた、うねるようなラインを見せるアルゴル風の建物が多く、まるで200年も昔のアルゴル帝国に迷い込んだ様な印象を与える。
ユルカ・エルアルゴア――アルゴルの祝福――その昔ここはそう呼ばれた。今はジャクトーナ――旧都――区と区分けされている。
太陽の未練気な朱色の裙も、訪れた夜の闇のベールのなかに消えたころ。この街は眠りから目覚める。きらびやかなネオンのあいだを、怪しげな男女がさんざめき、頽廃的な雰囲気を醸しだしていた。
そしてそんな表通りから一歩裏通りへ踏み込めば、都会の真ん中に居るとは信じられないような暗闇が滞っている。
滉とドルフェスは、その裏通りの一角に、暗闇に身を隠すように佇んで表通りを伺っていた。
尋問に半日を費やして、カイマン達から絞り出した情報は、期待していた程ではなかった。
潜伏していた酒場で、Dark Bishopの代理人と名乗る見知らぬ男から、『今日一日津川滉達を尾行してその様子を教えるように』と依頼されたという。
今夜16セクレットに再びその男と会い、金を貰う約束になっている。
嫌になるほど頼り無くて簡単だった。今夜来る奴を、この二人を囮にして捕まえてしまえば、ファントムへの糸口が掴めるに違いない。
少なくとも、ドルフェスにはそう思えた。
しかし、滉はそれからずっときな臭い顔をしている。尋ねても『後で話す』と言い、曖昧な笑顔が返ってくるだけだった。
「滉が考えてることなんて、どうせ何でこんなチンピラに私たちの尾行をさせたのか? てなことよ」
事も無げに魅羅が言った。
滉が相手にしてくれないので、仕方無く魅羅と無駄話をしていたドルフェスは、首を傾げて黒髪の美女を見た。
「そんな事ですか?」
「そうでしょ? 単純な男なんだから」
彼女は実の父親に対して、かなりの偏見を持っているらしい。
でも、それならすぐにでも話してくれるのではないだろうか? 青年の疑問に、今度は魅羅が首を傾げ、結局話しはそれっきりになった。
そして、日暮れを待って、滉達はカイマンが男と会う約束の場所に赴いたのである。
「魅羅さんだけであの連中を抑えておけるんでしょうか?」
少し離れたところで、時間まで二人を見張っている魅羅を心配して、ドルフェスは滉に尋ねた。表通りの光に端正な横顔を浮かび上がらせて、アース人は鼻で笑った。
「はっ! 連中如きが逆立ちしたって魅羅には勝てねぇよ。あいつの小太刀は俺でも避けきれん。ああみえても如月流風火流影剣…つまり、アースの古武術の免許皆伝だ。持ってる刀は名刀大志津の脇差しだしな」
そんなことを言われても、何のことだかさっぱり判らない。ただ魅羅がかなりの腕前を持っているという事だけ理解しておくことにする。
「警部。そろそろ教えてください。何が気になっているんですか?」
青年は古代彫刻の様なアース人の横顔に問い掛けた。骨董品がドルフェスの顔を見る。
「辻褄が合わないんだ」
「え?」
「チンピラに尾行させたこと、昨日俺たちの前に姿を現したこと。今朝の人間モドキ。ついでに犬を使った少女誘拐未遂」
滉は指を折りながら並べ立てた。
「全部爺ぃの悪戯って言っちまえばそれで終わりかも知れないが、なんかひっかかる。でキーはトロイの木馬だろう」
「はぁ…」
判然としない説明に、困って滉の顔を見る。滉はため息を付いた。
「だから、人間モドキは、あの爺さんらしい悪戯だった。でもな、何時ものパターンでいけば、これは昨日の晩、奴が姿を現す前に来るものなんだ。順番が逆なんだよ」
「姿を見られたから、挨拶代わりって事もいえませんか?」
「いいや、あの爺ぃの挨拶なら、俺が分署に居るときを見計らって、分署を爆破する」
「…」
「前にやられた事が有るんだ。伊達に長いこと付き合っているわけじゃない、手の内なら大抵判っている。だが今回は何かちぐはぐなんだ、まるでもう一人別口が介入しているみたいだ。しかし、矢印はみんな爺ぃを指している。指しすぎているくらいにな。あの18歳未満の誘拐未遂にしても、爺ぃなら絶対にする訳のないお粗末さ、なのにアジトにいた。御丁寧にダフネ付きで」
淡々と語る滉の眉が微かに寄せられる。
「それに、あのチンピラ達にわざわざDark Bishopの名前まで出して、俺たちをつけさせる必要が何処にある? あんなド素人を使うよりペットでしたほうが何倍も効率がいいだろうに。まるで『僕の姿を見て』てなことを耳元でがなり立てられているような気がするんだ」
「じゃあ、此処に代理人が来る、と言うのは罠なんでしょうか?」
ドルフェスは何だか胸騒ぎがしてきた。暗闇から自分を見ている誰かの眼があるような感じがして、薄ら寒くなる。そんな青年に対して、滉は優しい笑顔を浮かべた。
「十中八九そう見てもいいだろうな。爺ぃは俺を混乱させておいて、もっと別の事を進めているのかもしれない。もしかしたら…ポセイドンの海蛇…」
滉が何か思いついたように口籠もる。
青年はどうしたのか聞こうとしたが、その時魅羅が男達を引き立てて来た。
「そろそろゼロ・アワーよ」
「OK」
哀れな囚人達はよろけながら歩いてくる。頭の上で両手を組み、その手をマグネット手錠でおさえられ、更に互いの肘を交差した形に組まされて引っつき合っている。かなりきつい姿勢なので、顔には脂汗が浮かんでいるのが、ほのかな光に浮かび上がって見える。
「よし、解いてやれ」
「逃げないかしら?」
懸念する娘に、滉はにっこりと笑ってみせた。
「大丈夫。なぁに、もし逃げればネプチューンのブラスター砲がモノを言うってだけさ、それくらいこいつ等も判ってるよ。な?」
言葉の最後はカイマン達に向けられたものだった。男たちはこくこくと怯えた表情で頷く。昼間何度か逃亡を試みたが、全て無人車のネプチューンに先回りをされ、連れ戻されてしまった。
その時必ずネプチューンのボンネットには、あのブラスター砲が鎌首をもたげていた。
羊を追う牧羊犬よろしく男たちを狩るネプチューンを見て、主従が楽しみのためにわざと逃がしていると、ドルフェスは確信している。
滉の楽しみは別として、彼らにはその時の恐怖感がしっかりと刷り込まれている。
手錠を外された二人は、びくびくしながら顎をしゃくる滉に従って、表通りの入口に立った。
簡単アルゴル語講座
ミ・ラ=輝き
ユルク=栄光
ユルカ=祝福or聖人
ミ・ラ・ユルク・エルダアル・ユルカ・アルゴア=輝ける栄光を受けしアルゴルの聖人。