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7 Phantom・of・tHe・Breath――亡霊の息吹――

真夜中の騒動の後は…



トルファルガー地区上空での飛行船の爆発により、ベースシティは、その夜三時間に渡って、一切の通信施設が使用不能になった。

 地下を走る光ケーブルは辛うじてその機能を保ったが、その外の物は長、短、マイクロ波、レーザー、星間通信用の次元波に至まで悉くが、空中に散布されたらしい何らかの物によって攪乱されていた。

 これによって市内はある程度の混乱をもよおしたが、以前からの外出自粛規制のお陰と市民生活の大部分が光ケーブルを使用していたので、事故等は最小の被害で収めることが出来た。

 大きな事故が予想された、空港や宇宙港は、幸い都市時間に対応した、最終便の離発着直後であったため、間一髪で事なきを得た。

 むしろ最も混乱したのは警察と消防署であったと言える。

 特に、連合警察機構の警部が強行捜査に乗り込んだ、ソルティドールのビルに急行した市警察隊と消防車は、上空の爆発とともに本部からの通信がいっさい入らなくなったうえに、目前のビルは燃えだすは、上から炎は降ってくるはというような散々な目にあったのである。

 ここと同じようなことが市内の各地で起こったらしかった。

 津川滉は、曲がりなりにも警部の肩書を持っていたので、取り敢えずその場の指揮をとり、事件の収拾にあたった。

 そして、ドルフェスは今、25分署の窓から、オレンジ色のナィティを名残惜しげに脱ぎながらゆっくりと昇ってくる朝日を眺めているのである。


 昨夜は途轍もなく忙しかった。


 滉のお陰で忙しかったのだが、滉のお陰で無事に生きているともいえた。

 爆発の瞬間、滉はドルフェスを横ざまにひっ掴むと、まだ開いていた非常口に飛び込み、炎の舌を逃れたのだった。

 二人がさしたる怪我もなく、縛っておいた二人を引きずって降りてきたところ、下の連中の騒ぎに出くわした。

 その後のことは語るべくも無い。

「よう、ここに居たのか」

 後ろから滉がのんびりと声をかけてきた。

 青年が振り返ると、コーヒーの入った紙コップを両手に持った滉が、にっと笑いながら歩み寄ってきた。その表情や動作にも多忙な一夜の疲労は微塵も現れていない。

「ご苦労さん。飲むかい?」

 差し出されたコーヒーを礼を言って受取る、滉は近くにあった椅子を引きつけて、背もたれを抱え込むように座った。

「やれやれ、あんなに知らないとは思わなかった」

 昨夜捕まえた二人の事だった。

 署に連行したテロリスト二人を、滉とドルフェスは一晩中尋問していたのだったが、脅しや司法取引、果ては医師付添いの上での催眠暗示による、強制自白等の強硬手段を用いてもたいした成果が上がらなかった。彼らはまるっきりと言っていいほど情報を持っていなかったのである。尤も、逃亡した幹部クラスと推測されるロフトに乗っていた連中を逃がす時間稼ぎのために、置いていかれたような奴らなのだから、期待を掛けるほうが無理ともいえた。

「結局判った事ってのが、組織の名前と幹部の名前、それに合言葉ってんだから…全く。ネレウスが大体のデーターを手に入れてくれてるからいいようなもんの。あたし尋問下手なのかしら、自信無くしちゃったワ」

 妙な女言葉を使いながら滉がぼやく。

 青年は吹き出さないように苦労してコーヒーを飲み込んだ。

 滉の尋問はどちらかというと拷問に近く、あのサイボーグですらすぐに音を上げて命乞いを始めた程だった。しかも、それを何時も道りににこにこしながらやる、といった実にアブノーマルなやり方だった。医者が止めなければ自白剤も使っていただろう。

──本当に正体の掴み所がない人だ──

 彼は心のなかで嘆息して窓の外に視線を移した。

 オレンジから金色へと衣替えを始めた太陽の側には、まるで女王に額ずく侍女の様に第6衛星セィンタと第1衛星ファスートァが白い影を見せている。

「あの合言葉、何でしょうね…」

 ふと思い出して、青年は呟いた。

「トロイの木馬……か?」

「はい」

 青年は窓外を眺めながら頷く。

「あれは、俺に対するあの野郎の戦線布告さ」

 滉が意外なことを言った。

「え?」

 思わず振り返り、そこに見慣れない、殺気だった男の表情を見て、一瞬背筋が凍りつく。

「今度は何を企んでやがるのか…」

 どすのきいた凄味のある声が、地獄の底から響いてくる様に聞こえる。

 何時もの、おちゃらけている程の明るさは影もなく、全身から重い圧迫感が発せられていた。朝焼けの光を写す金褐色の髪は赤く燃え上がる炎を連想させ、同じ色の瞳が煉獄を覗くかのように暗い光を湛えていた。

 だが、それはすぐに苦笑いに代わり、滉はふっと目を閉じた。

 言葉もなく立ちすくんでいた青年は、部屋が明るくなったような気がしてほうっと息を付く。

「ほんとに、腹立つ奴だよな」

 そう言って目を開いた男は、もういつもの滉に戻っていた。

「俺は此処に化け物の調査に来たってのに。…あんなのに出くわしちまったら、本来のお仕事が出来ないわ。余計なことしなきゃ良かったわ、クスンクスン」

 再び変なお姉ェ言葉になりながら、滉は椅子から立ち上がる。

「何していいか判らん、取り敢えず飯喰いにいこう」

 そう言いながらふらりと部屋を出ていく滉の後ろを、ドルフェスは釈然としない表情でついていった。



 再び真っ赤なボディに戻ったネプチューンは、しきりに空腹を訴えるアース人と寝不足の現地人を乗せて、一路、20セクレット(惑星コーチの1日)営業のレストラン目指し、夜明けのベースシティを軽やかに走っていた。

「ネプチューン、早くしてくれ。死にそうだ」

 ハンドルに突っ伏してか細い声でぼやく滉に、忠犬はおざなりな鼻声で答える。

 ネプチューンは機嫌が悪かった。

 彼の子機であるトリトンが、飛行船の爆発に巻き込まれて、煤けた姿で帰ってきたからだった。かすり傷さえついてはいなかったが、わが子の哀れな姿に、ネプチューンはとても心を傷めていたのである。

 だからネプチューンは、哀れっぽい滉の声に、たいして興味をしめしていなかった。

 そんな主従のやり取りをぼんやりと聴きながら、ドルフェスは水晶の柱の中で微笑んでいる少女を見つめていた。

 彼女は儚げな雰囲気をまとい、幸せそうに微笑んでいる。

何故、ネプチューンの中に飾られている少女が、あの白髪の男と共にいたのだろう。彼女は何者なのか? 滉とはどんな関わりが有るのか?

滉と言えば、先程の彼の様子は何だったのだろう、今まであれほど凄く恐ろしい殺気を発する人間を見たことは無い。

 ドルフェスは疲労のため半分閉じかけた目を臨時の上司に向けた。

 ネプチューンにぼやき続けるアース人は、あの時から青年の顔をまともに見ようとしない。

 もしかしたら、うっかり自分の感情をドルフェスに見せてしまったことに照れているのかも知れない。

 青年には、あの燃え上がる紅蓮の炎の様な滉こそ、本当の彼の姿ではないか、という様な気がした。恐らく、白髪の男への憎悪があの殺気となって発せられたのに違いない。

 そして、白髪の男は長年の滉の敵、何てことは馬鹿でも判ることだが、で、あれば何故、滉が大切にしているらしいこのホログラムの少女が、白髪男と共に逃亡したのかという疑問が再び首をもたげてくる。

 ひょっとして、彼女は誘拐されて無理やり連れていかれたのかも知れない。

 そうならば納得がゆく。

 しかし簡易ロフトでの彼女の様子はそんな風には見えなかった。

 青年は微かに首を振ると、眠たそうな大あくびをひとつした。いくら考えたって、自分は何も知らないのだ。きっと、じきに滉が話してくれるだろう。

 ドルフェスは気楽に構えることに決めて、寝不足で乾いてしまった目を休めるために、軽く瞼を閉じた。



 視界一杯に、薄紫の花びらが、強い風に煽られて舞っている

 花びらは、回りを囲んだ薔薇から宙に蒔かれていた。

 息が詰まりそうな薄紫の風花の乱舞。

 遠く遙かに、青い水平線がかいま見える。

 ふと気がつくと、薄紫の花びらとともに、金褐色の髪が風に舞っていた。

 薔薇の茂みのなかから長い金褐色の髪だけを覗かせて、あの女がうずくまっている。

「どうした?」

 そっと訊ねると、彼女は俯いたまま首を振る。

「あの子、行ってしまったわ」

 涙に濡れた、かすれた声。胸に錐が突き刺さった様な痛みが走る。

 彼女の嘆きが、そのままこちらの悲しみとなって、心臓を締め上げる。二人はかけがえのない友を失ったのだ。

「もう帰ってこないわ、元々自分が居るべきところを思い出したのよ」

 小刻みに震える細い肩に、そっと手を置いて軽く揺すってやる。

「大丈夫だ、きっと帰ってくるさ」

 慰めの言葉に、女は激しく首を振る。

「私たちの事なんてもう忘れてるわ!もう、戻りっこない」

 まるで小娘の様に泣きじゃくる女の姿に、たまらなく愛しさがこみ上げてきて、思わず後ろから腕を回して、女が抱え込んでいた膝ごと抱きしめる。

 女の肩がビクッと震え、腕のなかで一瞬身を硬くする。

 そんな女の身体を包み込み、腕に軽く力を込め、そっと耳元に囁く。

「大丈夫だ、きっと帰ってくる。もう泣くな…」

 頬に押し当てた女の頬が、微かにこくりと頷いた。

「うん……D・D」

 そして首を巡らせて、柔らかな薄桃色の唇をこちらの頬に押し当てる。

 今度はこちらがびくりとしたが、初めて受ける暖かで柔らかい感触に、ふつふつと幸せな気分が沸き上がり、何かを失った苦痛が薄れていくのを感じた。

 心臓はアップテンポで飛び跳ねて、気恥ずかしさに頬が上気してくるのが判る。

 もう少し、この愛撫を受けていたい。

 そう願いながら、女を抱く手に力を込めた。



 いきなり後ろから突き飛ばされたような衝撃を受け、ドルフェスは何かに嫌というほど頭をぶつけた。

「て………」

 痛みに呻きながら目を開けると、車外の景色が矢のように流れていく。ネプチューンは物凄いスピードで街を疾走していた。

「?!」

 驚く青年に、何だか楽しそうな滉の声が飛んだ。

「よう、やっとお目覚めか? 気をつけろ、もう一撃くるぜ」

 間髪をいれず、第二撃が襲ってきた。

 とっさに両手を付いてサイドボードに頭をぶつけるのを防ぐ。さっきはこれをまともに食らったらしい。

「もういいネプチューン、俺に寄越せ」

 バックミラーに映る、後ろから追突してくる車を見つめながら、滉が静かに言った。

 遠吠えと共にハンドル周辺のコンソールパネルに光が灯る。

「D・D、歯ァ食いしばれ、舌噛むぞ!」

 言うが早いか、滉はブレーキペダルを目一杯踏み込み、急ブレーキを掛けた。

 激しい衝撃と何かが壊れる爆音の様な音が車内に轟く。ネプチューンの急停止のために後ろの車は車体前部を大破させて、開いたボンネットから煙を吐きだしながら、のたうつかの如くスピンを始める。

 その時にはもうネプチューンはフルアクセルで離脱していた。

「人にカマを掘るんなら、死ぬ気で来い」

 中央分離帯に突っ込み、火球と黒煙を吹き上げる車を見ながら、滉が吐き捨てる様に言う。

 いきなりスピーカーから、ハイテンポな音楽が流れだした。そのリズムに乗って、ネプチューンは夜明けの街路を疾走してゆく。

「な…?! 何なんですかァ。いったい…?!」

 起き抜けの一撃から、訳も判らずシートベルトとサイドボードにしがみついていたドルフェスが、情けない声を上げる。

「悪いが、その面でそんな声ださないで来れ。死にたくなる」

 苦虫を噛みつぶしたような顔で、滉が言う。

 目は、炎上する車の黒煙を割って飛びだしてきた車をちらりとねめつけ、左手が素早くシフトチェンジして、ネプチューンはさらに加速した。夜が開けたばかりのこの時間帯は、まだ他の車もなく、ネプチューンと追跡車輌だけがすさまじい速さで突っ走っていた。

「顔は関係ないですよ。一体なんでこんな事になってるんですかァ?!」

 加速度によってシートに押しつけられながら、ドルフェスは食い下がった。

「顔が大事なんだ。お前の面はな!!」

 負けずにしつこく言い返しながら、ハンドルを右に切る。右手のビルの間から、猛スピードで飛びだしてきた車が、肩すかしを喰って中央分離帯のところで体制を建て直し、後続の車とともにネプチューンを追ってくる。

「3台も?! どうして追っ掛けられてるんです? 一体あいつらは何者なんです?!」

 何故どうしてを連発する相棒には答えずに、滉はネプチューンに怒鳴った。

「ネプチューン、まだ分析できねェのか?」

 ディスプレイにはWAITと表示された。滉は舌打ちしてハンドルを左に切る。

「警部! 教えてください。何が起こってるんです?!」

 必死な声を張り上げて、青年が聞く。

「白髪頭の爺ぃが悪戯を仕掛けて来たんだよ」

 にやり、と滉は笑った。楽しんでいるらしい。

「悪戯ァ?! これが?!」

 青年は目を丸くした。後ろの車はどう見てもこちらの命を狙っている、これが悪戯だなんてどうして言えるのだろう。

「ハードボイルドみたいなこと言わないでください」

 憮然として言うと、滉が明るい声で笑う。

「そーいゃあ、まだ茹で卵も喰って無ェや。腹減ってたの思い出した」

 ネプチューンが落ち着いた洋館風のレストランの前を通り過ぎた。それを横目で見ながらため息をつき、

「これで4件目だ。恨むぜ爺ぃ」

地獄のそこから響いてくる様に口惜しげな声で呟く。

 不意に左側サイドウインドウに光の柱が見えた。ドルフェスが驚いて振り向いたとき、右前方にも光が閃く。

「レーザーで攻撃してる?! なんてこった! 本当に殺す気だ!!」

 後ろの車から身を乗り出して、銃身の長いレーザーライフルを構えている派手なアロハシャツを着た男を見、青年は悲鳴のような声を上げた。

「だからァ、そういう声を出すなっつーてるんだよ。殺しにきてるのに決まってるだろうが。しっかりしてくれよ、頼むぜD・D」

 D・Dと言う呼び掛けに妙に力を入れて、津川滉は車をジグザグに走らせはじめる。

「さっきから言ってる、爺ぃって誰なんですか?」

 上司に嘆かれて、少ししゃっきりしようと思ったのか、ドルフェスは深呼吸を一つしてから滉に訊ねた。

「お前さんも昨日見たろう? 白髪頭の糞親爺だよ」

「あのテロリスト?! じゃあ報復ですね」

「いんや」

 十字路に来た、アース人は素早いハンドル裁きで右手の道へ入る。

「後ろの連中はどうか知らんが、あいつはこれくらいで俺が死ぬなんて、考えちゃいないだろうよ」

 だから悪戯と言ったんだ、と言うような口調である。

「付き合い長そうですね」

 厭味のつもりでドルフェスが言う、アース人はけらけらと笑った。

「おお、150年前からだぜ」

──どこまでが本気なんだろう──

 ドルフェスは深くため息を付いた。

 レーザー攻撃は、もう一台の車からも始まり、時々ガンという音が車内に響きだした。

 ネプチューンの外装は、宇宙船に使用される特殊合金が使われている、と昨夜滉が言っていたが、レーザーを何度も浴びては何時まで耐えられるか判らない。

 それに、もうそろそろ道路にも他の車が出てくる時間だし、暴走車が3台も連なって走っていれは、交通課も黙ってはいないだろう。

 ドルフェスはだんだん焦ってきた。

「どうにかならないんですか? このままじゃァ一般人を巻き込んでしまう」

「今やってる。ネプチューン、どうだ?」

 ディスプレイの表示が変わり、IMITATIONと綴られた。アース人は大きく頷く。

「やっぱりな、人間使ってねぇや。なら、遠慮なく」

 左手がコンソールの上を走る。ボンネットが開き、昨夜ソルティドールのシャッターを吹き飛ばしたレーザー砲がせりあがってきた。

「ネプチューン、タイミングとトリガーは任せた。いくぜ!」

 言うが早いか、アクセルとブレーキを同時に踏み込み、絶妙のバランスで360度ターンをする。ネプチューンの雄叫びが響き、ブラスター砲が立て続けに2度火を噴いた。瞬く間に追手の2台ともが爆発し、推進装置が制御を失って車体を高くはね上げる。

「一丁上がり、だね」

 回りながら得意気に滉が言う。だが、次の瞬間、その得意顔が引きつった。

 高く跳ね飛んだ2台の車は、空中で衝突し四散した。そしてその破片が辺りのビルや道路に散らばり、それぞれが更に爆発し、辺りは火の海となったのだった。

 炎の向こうで、後ろから走ってきた青い車が慌てて横道へ逃れていくのが見えた。


「くぅ!!」

 滉が呻き、全方向の制御ノズルを開いて、ネプチューンはその場に停止した。

「置き土産付きとはね」

 バックミラーに映る炎の海を眺めながら、ため息まじりに滉が言う。

「何でこんな事を…?!」

 唖然とするドルフェスに滉が答える。

「嫌がらせだよ」

 コンソールパネルのランプが点滅し、通信機から少し鼻にかかった様な女のアルトの声が流れてくる。

『滉、滉。応答して、何処に居るの?』

「おう、魅羅(みら)か?」

『そうよ、暴走車と火災発生の通報が来てるわ。何かあったの?』

「俺だ俺だ。ファントムの御挨拶を受けてたんだ」

『あの狒々親爺。来てるの?』

 通信機の向こうで、女が吐き捨てるように言う。

 それを聞いて滉がにやっと苦笑する。

「ああ、その様だ」

『とにかく、現在そちらに交通課と消防車が向かってるわ。私もすぐ行くから、待ってて頂戴ね』

 念を押すように言うと通信は切れた。

「やれやれ…」

 大きく息を吐き、滉はシートに身を沈めた。そして呆然としたまま自分を見つめているドルフェスの視線に気づくと、再びにやりと笑いかけた。

「聞きたいんだろう?あいつらのこと」

 青年がゆっくりと頷く。

「当然です」

 前髪をかきあげて、滉は天井を仰いだ。

 サンルーフを透かして、第4衛星セァカンドゥが白い姿を浮かべている。

「あの白髪爺ぃは、ファントム。趣味でテロリストもするが、本業は武器の密輸商だ。現在、全銀河系で指名手配にしたいNo1の極悪人だが、多数の星系国家の軍部に深く食い込んでいてなかなか手が出せない。替え玉も多くてすぐには尻尾を出さない上に全銀河系組織暴力団の影の総元締めだ。んで、さっきの奴らはあの爺ぃのペットさ」

「何故、あんなに簡単に殺したんですか? 捕まえれば何か掴めたかも…」

「ネプチューンがイミテーションって言ったろう? あれはアンドロイドだよ。俺たちは人間モドキって呼んでいる。商品名はファントム・オブ・ザ・ブレス。バイオエレクトロニクスで作りだした戦闘マシンさ。脳味噌には作戦以外何もインプットされていないし、捕まえれば自爆する。今みたいにアンカーボムを仕込んで、あたり一面に迷惑を振りまく奴も居る。なかなか高い商品なんだが、爺さん俺のためには散財してくれる気らしい」

 滉の説明に、ドルフェスは言葉が出なかった。

 何だか途方もなさ過ぎて実感が沸いてこない。まるで安手のペーパーブックの様だと思う。

 ふと、サイドボードのホログラフが目に止まり、ドルフェスは思い切って口を開いた。


「彼女は、誰なんですか?」

 滉がふいっと横を向き、青年から顔を背ける。

 暫く無言の時間を置き、やがてため息とともに言葉を吐きだした。

「その女は、ダフネ。津川ダフネ。俺の女房だ」

「えぇ?!」

 ドルフェスは目を見張った。

 滉の妻だという少女は、幸せな笑顔で滉を見つめ、滉はその視線から顔を背けている。

 ネプチューンの後ろに広がった炎の海の向こうから、漸くパトロールマシンと消防車のサイレンが響いてきた。



美女の意外な正体。そして新たな女の影

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