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6 Batl・a・Beginning――戦闘開始――

ムーンライトノベル読者の方々へ。実は、Angel Cryと時代は違いますが設定は連動しています。

 1セル(1セクレットに対して1/6の時間、約15分)が過ぎた。

 ネプチューンはそろそろと路地を抜け出し、ソルティドールのシャッターの前に行く。

 ボンネットが観音開きに開き、その中からブラスター砲が迫り出してくる。

 ドルフェスは肝を潰した。

 戦車か装甲車に装備される物で、50cmの鋼鉄を軽く焼き切る威力がある。

 当然エネルギーの消費量も大きく、普通のバッテリーなら一撃で空になる。間違っても乗用車に取り付ける様なものではない。が、ネプチューンは嬉々とした雄叫びを一声吼えると、シャッターに向けて砲撃を開始した。

 機関銃掃射の様に盛大に光線をたたき込まれたシャッターは、紙屑が燃えるように粉微塵に吹き飛ぶ。当然その向こうの車達も哀れなスクラップと化し、それぞれの動力炉が誘瀑して火球が出口から吹き出しネプチューンを襲う。

 素早くレーザー砲を収納した車は炎の舌を涼風であるかの如く受け流し、そのままゆっくりと炎のなかに進みだした。

 火災探知機が警報を鳴らし、スプリンクラーが勢い良く消火液を噴射しはじめ、たちまち炎はその勢いを失っていく。

 滝のような消火液のなかを平然と進む黒い車は、正に地獄から来た死神の使者を思わせる。

 ドルフェスはサブシートに埋まるようになりながら、呆気に取られて一連の出来事を眺めていた。わずか三呼吸ほどの時間で、1階のフロアーは廃墟となってしまった。

「何も此処までしなくても…」

思わず声が漏れる。

 ネプチューンは、フロアー奥にあるエレベーターの前まで行き、スプリンクラーの雨など気にもせずドアを開けた。

「じ…じゃあ行ってくるよ」

 青年はネプチューンに声を掛けて車外に出た。



 自分は生まれる時代を間違えたと思う、猛り狂う戦士としての血は、人が建前や理屈抜きで、もっと荒々しく純粋であった時代にこそ真価を発揮する。

 津川滉にとって、戦うということは生きている事に他ならない。

 平穏無事な世界など、彼にとっては拷問にも等しい退屈極まりないものなのだ。じっとしていたら息が詰まる、何か楽しいことがしたくてたまらない。

 楽しいことは戦うことだった。

 それも1対1の、己の力全てを出し合う様な戦い方がいい。

 命のぎりぎりのところで初めて相手と出会える。そして、相手が強ければ強いほど心からの敬意と愛情と感謝が沸き上がる。戦いの歓喜のなかでこそ、自分は生きていると実感出来るのだ。

 だから今、滉は幸せな気分に浸っていた。

 地下でネレウスを光ケーブルに取り付けた後、トリトンと合流してゆっくりと、ここ、6階まで登ってきた。別段身を隠したりする気はないから、監視カメラなど気にもせず堂々と全フロアーを見て回り、さて上に上がろうと階段に来ると、男が一人彼を待っていた。滉より頭一つは大きいごつい男である。二人は廊下を挟んで向かい合った。

 対峙する男は凶悪な面構えに残忍な冷笑を浮かべ、胸の当たりで両腕を交差する。

 ジャキッという音とともに、右手の甲に沿って白銀に輝く刃が飛びだし、男の冷笑が更に深まった。

 連合宇宙軍特殊機甲師団。

 俗に人間戦車と呼ばれるサイボーグ部隊の白兵戦用の装備である。

 機甲兵上がりか、装備を手に入れるために入隊したか、いずれにせよ人殺しが3度の飯より好きな手合いに違いない。

「逃げるんなら、今のうちだぜ」

 と、言ったのは滉であった。彼は相変わらず武器らしい武器一つ持たず、無造作に立ってにやにや笑っている。

「なんだとぉ」

 自分の言うはずの台詞を取られた男は、色の悪い顔に血の気を昇らせ更にどす黒い顔になった。案外単純な男らしい。

「何だ、やっぱりそう考えてたのか。芸のない奴だな」

 再び滉の舌刀が飛ぶ、男の顔が更に赤みを増し赤黒く上気した。

「この……切り刻んでやる」

 腕の剣を見せ付けるように光らせて、男が睨みつけてくる。だが滉は、肩を竦めただけだった。

「よしとけ、俺はエゼルと五本勝負で三本勝てたぜ」

「誰だそれは」

 奇妙な自慢に、思わず聞き返してくるから、素直に答えてやる。

「俺の家族」

 そして口の端が更ににやりと上がる。

「剣の腕は、てめぇの遥か上の元英雄さ」

 さも莫迦にした様に、男の額に太い血管が浮かび上がった。

「五月蠅、体制の犬め!!」

 歯ぎしりしながら呻くように言い返したが、すぐには動けない。

 身構えもせずに無防備にただ立っていながら、このアース人には一分の隙もなかったから…

「犬は嫌いか?だからあんな風に粗末にするんだな」

 滉の口許に浮かんだ微笑が、ぞっとするほど険悪な冷笑になる。

 男にはスクリーングラスに隠れた派手な男の目が、底光りを発しながら自分の顔に据えられている様な気がして、思わず背筋に冷たいものが流れた。

「俺は犬が好きだぜ、だからお前らは大っ嫌いだ」

「ほざけ!!」

 ついに耐えきれなくなった男が、アームナイフを振り上げて一気に突き刺す。特殊合金製の刃はまるでケーキを切るように壁ごと滉を貫いたはずだった。だが、合金刀は虚しく壁に突き刺さっただけで、滉の顔が男の顎の下あたりでにやりと笑っている。

「この!!」

 そのまま壁ごと真っ二つにしてやろうと力任せに腕を振り下ろす。

 しかし、それが滉に届く前に強烈なアッパーカットが炸裂し、同時に両足を蹴り払われて男はたわいもなくひっくり返った。

「なんでぇ、こんな程度か」

 さも失望したと言わんばかりの滉の口調にかっと頭に血が逆流する。

「おのれ!」

 首だけで跳ね上がるようにして起き上がり、左手を軸にして足を振り回し、滉の足を狙う。

 これは簡単によけられたがそんな事は予想済みだ、サイボーグは腕だけでそのまま高く跳び上がった。

「くたばれ!!」

 頭上から一撃を見舞う。が、派手なジャケットに包まれた腕が交差した形で突き出され、合金刀を受け止めた。

「?!」

 驚く暇もなく、腹部に衝撃を受けて弾け飛ぶ。間髪をいれず再び滉の蹴りが繰り出され、顔面を襲う。さらに、男の頭上まで飛び上がった滉の肘打ちと膝蹴りが後頭部に炸裂し、唯一生身の部分を強打され、男は昏倒した。

「やっぱ弱ぇ〜」

物足りないといった表情で、滉は首を振る。この物騒な男はこの程度ならウオーミングアップ位にしか感じていない。

彼はジャケットの埃を払い落としながら、右袖が切られているのに気が付いた。

「ふ…ん、ま、一寸はやるんだな」

滉のジャケットは特殊素材でコーティングされた物で、これだけで防弾と断衝をかねたプロテクターになっている。

至近距離でレーザーを撃たれたり、ナイフで刺されても弾き返せる便利物なのだが、それに綺麗な穴が穿たれているのだから、この男の太刀筋はそれなりに鋭かったと言えた。

 滉の右腕がモゾリと動く。

 合金刀に切り裂かれたジャケットの穴から、逆三角形の小動物の頭が突き出された。

「キュイ?」

その穴からするすると出てきた物は、鈍い銀色のオコジョに似た小型ロボット、トリトンである。

先程合金刀を受け止めたのはこのトリトンであったらしい、滉はトリトンの頭を撫ぜながら顔をほころばせた。

「そっか〜、お前がいなかったら腕無くなってたんだな。ありがとよ、リセットにならずに済んだよ」

 そう言いつつポケットをまさぐって細いワイヤーロープを取り出しトリトンにくわえさせる。

「ついでにこいつを縛っておいてくれる? 目ぇ覚めて暴れられるとうっとぉしいからね」

「クゥ」

 ネプチューンの息子は可愛いお返事を返して、ロープをくわえたまま主人の身体を伝って床に下りると、伸びている男の方へ走っていった。

 くるくると小器用に男をがんじがらめにしていくオコジョの姿を、目を細めて眺めていた滉は、さりげなく腰に手を伸ばし振り向きざまに手にしたものを後ろに放つ。

 階段の踊り場からすさまじい悲鳴があがり、一人の男がスクリュードライバーに肩を貫かれて壁に縫い付けられていた。

 その足元にはレイガン──小型のレーザー銃──が転がっている。

 二跳びで階上の男の前にきた滉は、無慈悲にも男を釘付けにしているドライバーの把手に足を乗せた。再び男が悲鳴を上げる。

「やっぱ、プラスドライバーは良く刺さるな」

 滉はそんなことをうそぶきながら、男に屈み込む。

 その時、階下からズンという爆発音が響き、火災報知器と盗難警報機が同時に鳴りだした。

 ネプチューンの突入が始まったらしい。

 すさまじいベルの嵐を聴きながら、滉は首をすくめた。

「マァ、ネプチューンちゃんったら。派手なこと」

──これであいつが居れば完璧なんだが──

 ふと詮ない考えが浮かんで滉は自嘲した。

──こればっかりはどうしょうもない──

 足元で男が呻いた。滉の自嘲が冷酷な微笑に変わった。

「なあ兄さん、俺聞きたいことがあるんだ」

 激痛に歯を食いしばりながら、男は睨み返してきた。

「警察の使いっ走り風情に話す事など何もない」

「いいねぇ、そういう気骨のある返事って好きだぜ」

 そう言いつつ乗せた足でドライバーの把手をぐりぐりと動かす、たまらず男は悲鳴を上げた。

「よう兄ぃ、ファントムって奴は知ってるか?」

 ドスの効いた声で聞く、男は首を振った。

「知ってる癖に。あんたらの使ったレーザーに、トルメチゥム元素が使われていた」

 又首を振る。グリッと足が把手を動かした。悲鳴が上がる。

「言いたくなけりゃ言わないでもいいぜ、その替わり、こっちの腕も貰うことにしよう」

そう言いながら腰からもう一本ドライバーを取り出す。

男の無事なほうの腕にそれを押し当てた。

 何をされるか悟って男は恐怖に小さな悲鳴を上げた。

「マイナスドライバーは先が広いから一寸、痛いぜ」

 嬉しそうな含み笑いをしてみせながら、ドライバーを持つ手に力を込める。男の全身に震えが走った、足元から異臭が立ちのぼる、どうやら恐怖の余り失禁したらしい。

「汚ねぇ奴」

 滉は眉をひそめた。

 ふと、鳴り響く警報ベルに掻き消されながら、微かに誰かの悲鳴が聞こえた。

 それがドルフェスの声と思い当たり、滉は立ち上がった。声は遙か上から聞こえてくる、10階で合流する予定だったのを思い出し舌打ちする。

 どうやら何か面倒な事態になっているらしい。

 駆け上がろうとして一寸足を止め、行きがけの駄賃に男の鳩尾(みぞおち)に蹴りを入れて気絶させておく。

「トリトン、こいつも縛っとけ」

 トリトンにそう言い捨てて走りだした。


                            *




 ドルフェスは自分でもみっともない声を出していると思った。

 しかし止まらない。膝は笑ってしまい動くこともままならない。

 エレベーターを降りてすぐ、目の前にいきなり踊り込んできた生き物を見た途端、彼は恐慌状態に陥ってしまっていた。

 それはダリルバスク犬らしかったが、とてもじゃないがまともな神経で見たいと思うような代物ではない。

 先ず目に飛び込むのは横に並んだ六つの目で、次ぎに尖った牙が歯並び良く並んでいる恐ろしげな3つの口。

 後は普通の2倍位の身体と太い尻尾だが、青年にはそこまで見る余裕はない。

 昔聞いたアースの神話にこんなのがいた。奇妙なことに頭の端でそんな事を考えた、確かケルベロスとかいった。

 頭が3つある地獄の番犬。

 そのケルベロスが醜悪な姿を青年の目の前に現している。

 化け物としてはかなりオーソドックスで、話しに聞いたぐらいではたいして恐ろしくも無いが、これが実際に御対面となると別である。

 しかも出会い頭で何の心の準備も無かったから、青年はまったく成す術もなくただ悲鳴を上げるだけだった。

──聞いてない! 聞いてない! 聞いてないよぉー!! トリトンの嘘つき!! こんなのが居るなんて言ってなかったじゃないかー!!──

 頭の中はそう叫んでいた。

 犬というものは、怖がる相手を馬鹿にして更に脅かそうとする意地悪なところがある。

 このケルベロスも例に洩れず、悲鳴を上げてすくみ上がっている青年を見て、威嚇するように3つの頭で唸りながらじりじりと近寄ってくる。

 思わず後ろにさがる、だが閉じたエレベータードアにぶつかってそれ以上さがれない。

 青年は息を呑み、お陰で悲鳴が止まった。

 エレベータードアを背負って、ケルベロスと睨み合う。どうやらすぐには襲ってこないと判って少し気が落ちついてきた。

──目を離したら最後だ──

 頭のなかでそんな声が聞こえた。ドルフェスは脂汗をかきながらケルベロスの真ん中の頭の双眸を睨み付け、ゆっくりと手を腰に伸ばし、パラライザーを握りしめると、思い切って突き出しトリガースイッチを入れた。

 ビシッ!!

 右肩に衝撃を受け身体が宙に泳ぐ。

 パラライザーを撃つより一瞬早くケルベロスの巨体は跳躍し、前足が彼の身体をなぎ払ったのだった。

 ドルフェスは床に強か頭を打ちつけて、目の前が真っ暗になった。


 「こんなのにびびりやがって、情けない」

 ドルフェスはそう呟いている誰かの声で我に返った。

目の前にあのケルベロスの顔があった。思わず小さな悲鳴を上げて飛び退く。

だが、化け物は動かない。

「?」

 しげしげと眺めてから、漸く相手が死んでいるのに気が付いた。

 虚ろに見開かれた3対の目の少し上あたり、3つの額それぞれに親指位の太さの穴が開いている。恐ろしげな口はだらりと舌を垂らし、涎と血が混ざり合って滴っていた。後頭部は砕け散り、血と脳獎をまき散らして怪物は自分の血で作った池のなかでこと切れていた。

 青年は、何が起こったのか訳が判らず、呆然として化け物の死体を見つめていた。

 同じように、化け物とドルフェスを、唖然、といった表情で眺めている男がいた。

 言わずと知れた津川滉である。

 滉は全速力で10階に駆け上がり、エレベーターホールへ飛び込んだ。

 その時四発の銃声が響き、ホールの半分を占めていた巨大な生き物の頭が爆発し、四肢を痙攣させながらゆっくりと横様に倒れ込むのが目に入った。

 横転した怪物の向こうで片膝付きになって拳銃を構えていた青年は、ついぞ見たことも無いような落ちつきはらった表情で立ち上がり、死んでるのを確かめるように怪物に屈み込む、と、急に悲鳴を上げて跳び退き、そして今度はうろたえながら覗き込んでいる。

──何だあいつ?──

 奇妙なドルフェスの行動に首を傾げながら、滉は自分も動揺しているのに驚いていた。

 拳銃を構えていたドルフェスの表情は、滉が永い間面影を偲んでいたある男のものとそっくりだったからだ。

 ドルフェスに驚かされるのは2度目である、まず署長室で、そして今。

 初めてドルフェスを見たとき、幽霊かと思って心底から驚愕した。今も、亡霊を見たような気分だった。

 だが滉は、もう一度その亡霊に会いたかった。

「警部!!」

 泣きそうな声で青年が叫んでいる。転がるようにして走ってくるその姿には、さっきの面影は微塵も無い。

 滉はこっそりため息をついた。

「D・D、たいしたもんじゃないか」

 にっと笑って立っている滉の側に来て、ドルフェスはやっと人心地がついた様な気がした。

 ホッとしてみると改めて冷や汗が流れてくる。

 女の子のように泣きだしたりへたり込んだりしないで済んで良かったとつくずく思う。

「何なんですかあれ。俺聞いてませんよぉ」

 つい愚痴が洩れる。

 滉はぼやくドルフェスに返事をせずに、死体の検分に近寄った。

「へぇー」

 思わず目を見張る。

 怪物は3つの頭と、心臓にそれぞれ一発づつ弾を受けていた。

 滉の聞いた銃声は四発、弾痕と一致する、つまり一発も外さなかったということである。

 能管を砕き、心臓を破裂させ、これ以上無いくらいに完璧な殺し方。

 至近距離とはいえ、短時間で続けざまに見事急所を撃ち抜いている腕は大したものだった。

 離れたところでまだ拳銃をぶら下げたまま、こっちをこわごわ見ている青年のところに戻って、臨時の上司は青年の射撃能力を褒めた。だが、それに対するドルフェスの反応はまた奇妙なものだった。

「えー?!俺知りませんよ。警部が助けてくれたんでしょう?」

「…じゃあ、お前さんが持ってる物は何だよ」

 そういわれて初めて自分の持っているものに気が付いた。といった表情でしげしげと拳銃を見つめている。

 どうやら無我夢中で撃ったらしい何にも覚えていない、青年の答えに滉の方が当惑した。

「あんたね…」

 呆れ返って口を開きかけたとき、腕時計の通信機からネプチューンの声がけたたましく響いてきた。

「?!」

 ホールにトリトンが駆け込み、滉の前でチイチイと鳴いてから再び階段のほうへ走りだす、ただならぬその様子に滉ははっとして舌打ちした。

「しまった! 行くぞ!!」

 脱兎の如く走りだした男の後を、慌てて青年が追う。

 非常口からビルの屋上に出て、滉は息を飲んだ。

 頭上一杯に白い巨大な飛行船が浮かんでいた。

青白い月の光を受けて夜空に浮かび上がる白い巨鯨。

その船腹にはイルミネーシヨンランプで文字が浮かび上がる。


=ミウル・クルム・クルム=


 アルゴル文字でそう綴られていた。


「でぇ〜、なんつー大時代な物持ち出してきやがった」

 あまりの事に呆れている滉の後ろから、やっと追いついたドルフェスが顔を出す。

「あれ、服屋の広告船ですよ…でも何でこんなところに…?」

 滉の足についてこれずに、肩で息をしながら青年は眉を寄せた。

「D・D、銃を貸せ!」

 いきなり滉が喚いた、同時に手が突き出される。

「早く!!」

「は…はい!」

 ただならぬ滉の剣幕に、青年は言われるまま、まだ握っていた拳銃を差し出す。

 それをひったくるようにして受け取り、いきなり飛行船めがけて連射する。

 ドルフェスは、この男の狂態に度肝を抜かれた。およそ今までの滉らしからぬ振る舞いだった。

 ふと、滉が狙っている先を見ると、簡易ロフトが一機屋上から飛行船に繋げられ、その中に数人の人間が乗っているのに気が付いた。

 恐らく彼らが、ここをアジトとしていたテロリスト達なのだろう。その中でこちらを向いて笑っている男が印象的だ。

 男は口を開けて笑っている。

 何より目立つのは肩までの白い髪。他の者達よりも頭一つは大きい韋丈夫で、均整の取れた体つきをしている。


「ファントム!!」


 無駄と知って撃つのを止めた滉が吼えた。


 白髪の男は、さも小馬鹿にしたように耳に手をあてて見せた。

「逃げれると思うなよ!!」

 再び怒鳴る。白髪の男の哄笑はまだ止まらない。男は笑いながら、そうそう、といったジェスチャーをしてみせ、後ろに立っていた人物の肩を抱いて前に出した。

「う…?!」

 途端に滉が呻き、ドルフェスは目をみはった。

 白髪の男に肩を抱かれたまま、冷たい微笑みを浮かべていたのは、ネプチューンのコンソールにあったホログラフの少女だった。

 二人が見つめる内に、ロフトは飛行船の中に飲み込まれ、飛行船はゆらりと動きだす。

 風がはるか下方から、パトロールカーと消防車のサイレンを運んで来るのをドルフェスはぼんやりと聴いていた。

「くそ!!」

 吐き捨て、滉は手を伸ばす。

「トリトン!!」

 滉の腕にトリトンが飛びつく。

「追いかけろ!」

 言うなり手のなかで丸くなったトリトンを握りしめ、滉は渾身の力を込めて、飛行船めがけて放り投げる。

 しかし、その途端。飛行船は紅蓮の炎を吹き出して爆発した。




炎の中に消えた美女

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