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5 Perparation Complete ――準備完了――

犬を粗末にする奴は……


 墓地は現場検証の為の警官達に、悠久の死者の眠る静けさを一時破られていた。

 知らせを受けて駆けつけた担当部署の同僚たちに、簡単に状況を説明したドルフェスは、少女が気づかうラウと言う人物を探しに行った滉から、その人の無残な最後を知らされた。

 犬たちが来た方へ30mばかりいった墓標の陰で、彼はレーザーで撃ち抜かれた上、牙に噛み裂かれて息絶えていたのだ。恐らく少女を逃がすために、その身体を楯にして犬の前進を防いだに違いない

 死体収容バックに遺体を収めてから、初めて少女にラウの運命を教えると、彼女は遺体の入ったバックに取りすがって泣きじゃくった。

 取り乱す少女をなだめながら、取り敢えず分署に戻る事にする。

 墓地は25分署の管轄ではなかったが、連合警察機構の捜査官が事件の当事者であるため、少女の事情聴取を25分署で行うことに異議を唱える警官はいなかった。

 二人が助けた少女は、何と副首都星コーチの首席議会議長カルァリャータ・ハダルの孫娘カルァリャータ・レァナであった。

 ベースシティの警視で、殉職した父の墓参りに来た彼女は、突然あの犬たちに襲われたらしい。

レァナのボディガードのラウは、幼い時から共に育った幼なじみでもあった。

 事情聴取に立ち会った署長は、持ち前の人柄のいい明るい笑顔で、少女の不安を和らげながら、18歳未満は苦手だとドルフェスにぼやいた滉の、やりにくそうな質問の仕方を助けていた。

 事実レァナは、事件の経過を聞くたびに、判らないを連発して泣きだした。長い時間をかけてやっと聞き出したのは、彼女の素性と、ラウの職業、何故墓地にいたか、といったはなはだお粗末なものだった。犬たちを操っていた者は、彼女も見てはいないらしい。

 分署の正面玄関ロビーで、知らせを聞いて駆けつけてきた母親と感動の再会を果しているレァナを眺めながら、滉とドルフェスは身も心も疲れ果てて、クッションのきいたソファに沈み込んでいた。

「やでやで…疲れた」

 あまりの埒の行かなさに、何度か癇癪を起こしかけた滉は、本当に疲れたらしく、先ほどから同じことを呟いている。

「何せ15歳の女の子ですからね、ショックが大き過ぎたんですよ」

 慰める様にドルフェスが話しかけると、滉は金褐色の髪をかきあげた、人工光の下では彼の髪は7色には光らない。

「俺は18歳未満は金輪際! 御免だね、やはり女は大人の方がいい。女だと思って優しくすれはピーピー泣くし、子供扱いすればすねる。それに比べて署長の柔らかな物腰と毅然とした態度、憧れるね、やっぱ女はああでなくっちゃ魅力がない」

 難しい年頃の扱いにほとほと嫌気のさした滉は、顔をしかめてぼやく。と、二人の後ろから静かなハスキーボイスが発せられた。

「まァ、こんなお婆ぁちゃんを、まだ魅力的って言ってくださるの? 嬉しいわ」

 振り向くと、ナディーラ署長がにっこりと微笑んでいた。ドルフェスは慌てて立ち上がる。津川は微笑み返しながら一寸小首を傾げて挨拶にした。

「当然です、女性の本当の魅力は熟女になってから滲み出てくるものです、ましてやその美貌が若いまま保たれているなら最高でしょう? 女性の理想と言えますよ」

 署長は恥じらう様に頬を染めて小さく笑う。

「褒めて頂いても何にもでませんのよ、でもこんなに嬉しがらせて下さった方は初めてですわ、亡くなった主人のプロポーズを思い出します」

 少し遠い目をして思い出に浸ってみせてから、携えていた文書パッドを差し出しす。

「担当部署の76分署から、現場検証とダリルバダス犬の解剖結果、レーザー発射装置の分析検査結果、それにモトル・ラウ氏の検死結果の報告書が送られて来ましたわ」

「早いですね」

 感心しながら素早くデータに目を走らせる。

 ドルフェスは、滉の目がレーザーの項目で暫し止まったのに気が付いた。

「76分署から、事件の事情聴取を取りたいと依頼が来ています。お嬢さんの調書は私から送っておこうと思いますけど。Mr津川。貴方の方からも調書を送って頂ければ有り難いと思いますわ」

 署長の申し出に、津川はゆっくりと立ち上がって頷いた。

「判りました、私の事件報告は書類作成の後、76分署に送っておきます。今日はあの地獄の攻め苦の様な調書取りに付き合って頂いてとても助かりましたよ。有り難うございました。もしお忙しくなければ、この星の到着記念のささやかな晩餐にご招待したいのですが、いかがですか?」

 美貌のアース人の誘いに署長は夢見る乙女のようにため息をつく。

「貴方とお話ししていると、まるで若い娘に返ったようですわ。男の方に誘っていただくのがこんなに嬉しいなんてすっかり忘れておりました。でも、折角のお話ですが、今夜は息子夫婦の家に招かれておりますの」

 申し訳無さそうに微笑むと、またこの次に、と言い残して、年齢と外見がアンバランスな署長は小さく会釈してその場を去った。

 振られたフェミニストはドルフェスに一寸肩をすくめてみせた。不意に腕時計が静かな鈴の音を発てる。

「ネプチューン、見つけたか?」

 吠え声の替わりに鈴の音が響き、青年にはそれが得意満面の犬の表情を連想させた。

「D・D、夕飯を食ったら、鼠取りといこうぜ」

 不敵な笑いを浮かべて、彼はゆっくりと歩きだす。

 通路を曲がると、後ろからボディガードに偉そうに命令しているレァナの声が聞こえてきた。

「あの人いなくなっちゃったわ。連れてきて、私を助けてくれた人よ、連れてきて!」

 二人の男の足は、我知らず早まった。


 7つある月のうち一番大きな第二衛星ライートと最も小さい第五衛星ショーウトが、共に青白い光を寝静まった街に投げかけている。

 エルカサル地区12番、このブロックはトルファルガー地区の惑星内線の空港と隣接している為、各種の旅行代理店や貿易商、運送、宅配等の企業が軒を並べていた。もう少し空港近くの幹線道路沿いなら、他都市からの観光、ビジネスの客を見込んだ商店街やホテル等が立ち並ぶ賑やかなストリートがあるが、ビジネス街のこの辺りにはもう人影は無かった。

 そんな静まり返ったビル群の狭間を、一台の黒い車が滑るように進んでいく。

 不思議なことに、街灯のスポットに浮かび上がる姿で車と判別出来るものの、モーター音もエンジンの排気音もいっさい聞こえない。まるで亡霊を運ぶ幽玄の国からの乗り物の様である。

 不気味な車のドライバーズシートでは、外側の雰囲気とは全くそぐわない賑やかな恰好の男が、嬉しげにサブシートの相棒に車の自慢を垂れていた。

「どーだい、ネプチューンの忍び足モードは。そこらの猫よか静かなんだぜ。このままで300Kmは軽く出せるし、ドアの開け閉めだって無音でする。それに外装の変装コートはあらゆる探知装置の目から姿をくらませることができるのさ」

「そーですか…」

 かれこれ1セクレット(アース時間で90分のコーチ標準時間)の間、彼は愛車の自慢を続けていた。

 まずかつての愛犬ネプチューンの事に始まって、外装の素材がどうした、エンジンの駆動は何、どんな能力があるか、ets…。犬好きとメカフェチの合体に、あいずちをうつ青年は骨の髄まで疲れを感じいた。

 憧れの人ナディーラに振られた滉は、ドルフェスと夕食を共にし、その時レァナ襲撃の犯人のアジトを突き止めたとドルフェスに言った。

 ネプチューンの偵察、追跡用子機トリトンが事件の後墓地から逃げるように走り去る車に取りつき、最終停止位置から通信を送ってきたのだ。小さいながらも働き者のトリトンは建物内部を隈なく踏破し、内蔵されたスキャナーで、そのアジトと思われるビル内部の正確な見取り図をネプチューンに伝える。その中に、大量の銃火機の反応を見て、滉は何処かのテロリスト組織であろうと、あたり前のように言う。



先進国首脳会議の為に、トサマールとコーチはかなり早い段階で厳重な警戒体制を敷いた。元々厳罰主義の銃刀法で銃火機の持ち込みが厳しく制限され、銀河内の星系国家でも治安の良さで名高いトサマールならでわの早業であった。

これによって各国の政府要人を狙うテロリストの出鼻をくじくのに成功したものの、深く静かに潜行する彼らには、警戒体制に多少疲れがでてくる今ぐらいが一番の狙い目だと、連合警察機構の警部は言うのである。

今日のレァナ襲撃は、当然、世間を騒がせる事に喜びを感じる手合いが、サミット─滉は古風にそう呼んだ─前のグローミングアップとして、レァナの祖父カルァリャータ・ハダルに何らかの圧力を掛ける為で、ターゲットは恐らく近日中にコーチを訪れるというアルゴル中央政府からの視察団であろうと思われる。

噂によるとその視察団にはアルゴル政府のかなり大物の要人が加わっているらしい。その人物に何かあれば、トサマールどころかアルゴル多民族共和国家そのものに、強い衝撃を与える事は必至と言えた。

 そんなことにならないように、先手必勝、今のうちに不逞の輩は退治しておこう。

 まるで飲み会の話でもするように、滉は物騒な話を楽しげに語った。

 それで、二人は忠犬ネプチューンに乗って、トリトンが送ってくるマーキングパルスを手繰って、このビジネス街にやって来たのである。

 しかし、この際限のない愛車自慢は何とかならないものだろうか。ネプチューンの多彩な能力に感動して、つい褒めてしまった自分を、青年は深く反省していた。

──言わなきゃ良かった──

 それに、戦闘服と称して滉が着替えたラフな服は、昼間の純白スリーピース以上にとんでもなく派手な服だった。

 六芒星の柄が全面に幾何学模様で、襟から裾に向かって黒から金に変わるグラデーション模様のジャケットに、真赤のシルクのソフトシャツ。光る素材の黒いズボン、足首までの黒革ハーフブーツには踵と爪先に金の金具が付いていた。

 どんな神経があればこんな恰好ができるのだろう?

 滉の趣味は青年の理解を超えている。

 ふと、捲くり上げた滉の左手首にプラチナと紫の石でできたブレスレットが光り、青年はそれに見覚えがあると思った。

 目の端にあのホログラフスタンドが入り、ああそうだ、と合点が行く。水晶の柱のなかで微笑んでいる少女が同じようなネックレスをしていた。幾重にも巻きつけているところを見ると、同じ物かもしれない。

 あの少女と滉はどんな関係なのだろう。

 これだけのべつまくなしに喋りまくる男だが、自分の事には、全く触れない。せいぜい女の趣味はどんなタイプだとか、犬と何年暮らしたとか、上司に頑固者がいて話が合わない、と言った程度だった。

 ドルフェスにしても、プライベートをあれこれ詮索する趣味はないが、あの妖精の様な少女と、歩く広告塔のごとき派手さの滉が並んで立っている姿を想像すると、あまりのアンバランスさに余計な考えが頭をもたげてくる。

 ネプチューンが甘えた鼻声を発てた。

「よーし、着いたぜD・D」

 滉は親指を立てて合図した。

「ネプチューン、地下駐車場の見取り図を出してくれ、勿論、上の透過図も付けてね」

 主人の命令に、忠犬ネプチューンはディスプレイに付近の見取り図を映し出す。ベースシティは各ブロック毎に地下駐車場が有り、それぞれのビルは地下で繋がっている。又、地下は網の目の様な通路がはしり、何処からでも目指す場所へ行くことが出来た。

 今ネプチューンが止まったのは、目的のビルから2ブロックほど離れた地下への入口だった。

「D・D、打合せどおりに俺が下、お前さんが上、気張って参りましょう」

 ディスプレイの下からマイクロディスクを引き出して腕時計にはめ込む、これで見取り図を何時でも見ることができる。

 滉の作戦はいたって簡単だ、地下から滉が換気ダクトを伝って忍び込み、十分な時間を見計らってドルフェスがネプチューンと共に正面のシャッターを破って乗り込む、中には数人の男女がいるだけなのでたいした反撃も無いと思われる。

 トリトンの報告では地下と正面以外に屋外に出る道は無いらしいから、後はゆっくりと階上に追い上げてからめ捕ると、いうものだ。

「ひとつ伺ってもよろしいですか?」

 ドルフェスの堅苦しい言い方に眉を寄せながら滉が頷く。

「何で応援を要請しないんですか? ここは25分署の管轄ですし、対テロリストの作戦行動なら捜査令状も即座におりるはずです。それに、人数の多いほうが漏れが少ないでしょうし、思わぬ反撃を受けたときでも対処が早いと思うんですが?」

 左腕に何でも鍵開け器という便利道具を取り付けながら、滉は口をへの字に曲げた。

「まぁね、正論でいきゃぁそうなるわな」

 しきりに頷きながら、器械の調子をみる。

「だがね、考えてもみなよ。奴さん達は作戦の出鼻を俺たちに挫かれているんだ。俺が連合警察機構から来たってのは先刻ご承知のはずだ、何せ宇宙港に着いた時からIDカードを見せまくっているからな。で、その俺に、よりによってとっぱなに係わっちまった。じゃあ、どうするとおもう?」

「報復行動ですか?」

 答えに鼻で笑う。

「そうそう骨のある奴なんて居るかよ。テロリストなんて連中は、見栄っ張りで臆病だ。ええかっこしいの餓鬼どもが、はっきりと身の危険を感じたらするこたぁひとつ。逃げるのさ、尻に帆掛けてピュッとね。ほんで安全なところに逃げ込めたら、あっかんべーのつもりで報復する。逃げた言い訳にな」

 視可外線感知用のスクリーングラスを掛けて、にやりと唇を引き上げる。

「大物って言われる奴ほど、逃げ足は早いぜ。生存本能が発達してるんだなきっと」

「…まるで、ベースの警官はとろいって仰ってる様に聞こえますが…」

 時間が惜しいのは判ったが、滉の言い分を聴いていると市警に任せてたらテロリスト達が全員逃げだしてしまう。と、言われている様な気がして甚だ面白くない。

「とんでもない、相手の逃げ足の方が早いだけさ」

 意味は変わらないと思う。

「それに、俺が心配しているのは人間の夜逃げじゃない。コンピュータの方さ」

「え?」

「でかいアジトにゃ必ずある、おいしい情報ソースがたっぷり入ったコンピちゃんだよ。連中にしてみても生命線だ、大慌てで整理してるとこだろうぜ。全部消されちまったら悲しいよな。ところが、我等が働き者トリトンにはハッキング能力迄は無いんだ、せいぜい微電流を流してコントロールを出来ないようにするくらいでね、今現在そうやって時間を稼いでいてくれてるんだ」

「そんな事したらデーターは…」

「ああ、長いことやってたらぶっ飛ぶよ。だから急いでるんだ。ネプチューン、ネレウスをくれ」

 サイドボードの下から手のひら大の黒いカプセル型の器械が吐きだされる。滉は嬉しそうにポケットにねじ込むとドアを開けた。

「対コンピュータ用のマシンさ。光ケーブルに取り付けりゃハッキングデーターを銀河連合のメインバンクに放り込む智恵者だ。さっき話したろう?」

 怪訝な表情のドルフェスに滉は少し唇を尖らせる。そういえばそんな話しも聴いたような気がするがすっかり聞き流していて覚えていない。

 慌てた青年はにっこり笑って誤魔化す。

「判りました」

 車内から出た滉は、無音で閉まったドア越しにドルフェスを覗き込んだ。

 派手な服がすんなりと似合う、上背のある細身の身体。金褐色の髪、顔の半分を黒いスクリーングラスが隠し、それが逆に整った顔を強調している。

 神様に贔屓されている人間ているんだな。青年は思わず見とれてしまった自分に照れた。

「それと、もう一つ。理由があるんだ」

「? 何ですか」

「俺は、犬を可愛がらない奴は、絶対許さん。この手でお仕置きしてやる」

「はぁ?」

 ドルフェスは、やはり神様は公平だと思った。外見に比べてこの人を食った性格。ドが付くくらいの犬気違い。

「じゃっ、ソルティドールで会おう」

 軽く手を振って、地下への入口に姿を消す。

 主人が地下へと姿を消すのを見送って、ネプチューンはゆっくりと進みはじめた。

「ネプ、お前の御主人様はどういう人なのかね」

 何となくサイドボードを撫ぜながら、殆ど無意識でネプチューンを縮めて呼び、それが子供のころ飼っていたアース産の犬の名だった事を思い出した。

 ネプは大きなアース産のピレネー種の白い犬で、よく背中に乗せて遊んでくれた優しい犬だった。

 ネプが死んだ時の悲しさは言葉では言い表せない程だ。

 ネプチューンはドーベルマンとか言っていた、今でもそうだが忠実な犬だったんだろう。滉が愛犬を車にしてまで側に置こうとした気持ちが良く判るような気がする。

「ネプチューン。お前って、幸せな犬なんだな」

 勿論、と言っている様な返事が返ってきて、青年は微笑みながらサイドボードを撫ぜ回した。



 ライートとショーウトの間を、第3衛星のサーアドがゆっくりと進んでいく。金色に輝くこの月は、昼でもその光を地表に投げかけ、惑星コーチの空を駆けてゆく。

 7つの姉妹星のなかでも最も動きの早い月である。

 その光が、ビルの谷間の闇をそっと押し退け、黒く変装したネプチューンの背を照らしだした。

 ドルフェスを乗せたネプチューンは、アジトと目されるビルの斜向かいの路地にひっそりと身を隠していた。

 ビルは10階程度の普通のビルである。

 店舗になった一階のシャッターにカクテルグラスを持った女の横顔が大きく描かれている。

――ソルティドール――

 宅配便の会社だと照合したデーターには書かれていた。

 さほど大きな会社ではないが、ビルは10階すべてがソルティドールの事務所として使われているらしく、他の会社は入っていない。ここが本社ではないという事だし、この手の会社の事務所としてはスペースの取りすぎではないか? 疑りの目で見れば確かに変な感じがする。

 トリトンによれば、シャッターの向こうは店舗兼カースペースで今も3台のバンが駐車されている。

 その中の一台が今日あの哀れな犬たちを墓地へ運んだのだった。

 2階から上は非常階段とエレベーターで上がれる。2基のエレベーターは人間用とバンがそのまま入る巨大な業務用が有る。

 ドルフェスはそれを使って上に上がり、滉と合流する。ネプチューンは逃げだしてくる者を、一階で待ち構えて捕らえておく予定だった。

 問題の銃火器は、6階の一室に有るらしい。トリトンが武器庫のドアに細工してロックが解除出来ないようにした、と言うことなので、銃火器での反撃はあまり気にしないでもいいかもしれない。

──俺、これしか持ってないからな──

 ドルフェスは一寸心細げにパラライザーを眺めた。

 コトリ…。

 グローブボックスが静かに開く。

 中から大型の拳銃がそっと吐きだされる。

「これは?」

 膝に落ちた拳銃を驚いて眺めていると、ディスプレイに銃の取扱方法が表示される。

「これを使えって言ってるのか?」

 ネプチューンの鼻声が返ってきた。

 ドルフェスは困惑した。こんな物を扱ったことはない。それは旧式の無煙火薬(パウダー)式の(ガン)だった。レーザーではなく弾丸を発射するタイプの銃で、弾は24発入りの弾倉に入り、既に装填されていた。

 口径も大きいし、第一かなり重い。

 うまく撃てるはずが無い。

「ネプチューン。有り難いけど、俺には無理だよ」

 すまなそうに青年が言う、しかし、件の名犬は何を思ったか、再びグローブボックスを開き、更に数個の弾倉マガジンを吐きだした。拳銃と5個の弾倉を膝に乗せて、ドルフェスは困り果てた。

「ネプ、使ったこと無いんだ」

 青年の懇願の声は不機嫌な犬の唸り声の反撃をうけた。

 何が何でも持っていけ、と言わんばかりのネプチューンに、深い嘆息で答える。

「判ったよ、持っていくよ」

 ディスプレイが明滅し、読め、といっている。青年は諦め顔で銃を取り上げ、操作を覚えはじめた。

 ふと、台尻のところに字が彫ってあるのに気が付いた。

 アース文字で

――D・D――。

 誰かのイニシャルだろうか、自分の呼び名と同じD・D。

 流れる様な飾り文字は、青年の気持ちを奇妙にかき立てる。

──まただ…──

 墓地で感じたのと同じ、強烈なデ・ジャヴ。

 車のなかで、この銃を持って、行動開始の時を待っている。傍らに黒い犬が居ないのが変な感じがする程、そのデ・シャヴは鮮明な記憶だった。

──どうしたんだ俺は?──

 彼は今、はっきりと自分の物ではない記憶が、自分のなかにあることに気づいた。




ドルフェスは、犬に祟られているのかも

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