1 ギャンブル中毒の勇者
大晦日の朝。
凍えるような寒さの中、俺は三百人を超える人間とともに、店の前で運命の時を待っていた。
年に一度のオールナイト営業。
今日だけは朝から翌日まで、思う存分パチンコとパチスロを打ち続けられる。
普通の人間なら、年越しを家族や恋人と過ごすのだろう。
だが、ここにいる連中にそんな常識は通用しない。
もちろん、俺にも通用しない。
『抽選を開始します』
店員の声に合わせ、列がゆっくりと動き出した。
台を確保できるかどうかは、この抽選ですべてが決まる。
祈りながら画面に触れると、表示された数字は――。
【七番】
「……今日、あるな」
三百人中、七番。
しかも七だ。縁起までいい。
これはもう、店側が俺に勝てと言っているようなものである。
入場が始まると同時に店内へ入り、狙っていたパチスロの島へ向かう。まだ誰にも触れられていない角台へ台確保券を置き、俺は勝者の気分で椅子に腰を下ろした。
角台だから出るという根拠はない。
だが、根拠がないことと、出ないことは別の話だ。
「一年の締めと始まり、両方頼むぞ」
金を入れ、貸し出されたメダルを投入する。
レバーへ手をかけ、叩いた。
その一ゲーム目だった。
目の前が暗転した。
「オスイチで暗転!? フリーズか!?」
思わず腰を浮かせる。
しかし、おかしい。
暗くなったのは台の画面だけではなかった。
隣の台も、天井の照明も、店員も客も、何もかもが消えている。
見渡す限り、真っ暗だった。
「……あれ?」
手を顔の前へ持ってきても、指一本見えない。
「全部、真っ暗なんだけど」
◇
※オスイチとは、“お座り一発”の略です。台に座ってすぐに大当たりや強い演出を引くことを指します。
◇
「こんにちはー。神でーす」
声とともに、少し離れた暗闇へ白い光が灯った。
その中心に、一人の女が立っている。
腰まで伸びた白い髪に、金色の瞳。足首まで届く純白の衣をまとい、裸足のまま宙へわずかに浮かんでいた。
半透明でも、光だけの輪郭でもない。表情から足先まで、はっきりと見えている。
「……いや、GODに座った覚えはないんですけど」
「機種名ではありません。本物の神です」
「そっちのほうが心当たりないです」
「でしょうね。日頃の行いを見る限り、神様から声をかけられるような生活はしていませんし」
「なんで知ってんだよ」
「神なので」
神と名乗る女は、得意げに胸を張った。
俺は自分の身体を触ってみた。頭もある。手足も動く。痛いところもない。
「俺、死んだ?」
「死んでません。異世界で行われた勇者召喚に選ばれ、身体ごと引っ張られている途中です。ここは、あなたの世界と召喚先をつなぐ中継地点ですね」
「じゃあ、現実に戻れるんだな?」
「戻れません」
「早く返してください。席を取られるんで」
「今の話を聞いていました?」
「朝から並んで七番を引いたんですよ。角台なんですよ」
「異世界の危機より台の心配!?」
神と名乗る女が、俺の目の前で大きく息を吐いた。
「とにかく、あなたは勇者に選ばれましたー! なので、魔王を倒してもらいます」
「知らないですよ。そんなの勇者に任せておけばいいでしょう」
「だから、あなたがその勇者に選ばれたって言ってるでしょーが」
「人選ミスでは?」
「それについては、私も少し思っています」
「神が認めるなよ」
「ですが、一度成立した召喚は取り消せません。そこで、あなたには勇者として戦うための固有能力を一つ授けます。何か望む能力はありますか?」
何でもいいのか、と聞くと、神は「私に可能な範囲で」と答えた。
剣術、魔法、不老不死。
普通なら、そのあたりを望むのだろう。
「じゃあ、現実世界に帰れる能力」
「それは私にできる範囲外です」
「じゃあ、パチスロの設定が見える能力」
「異世界にパチスロなんてあるわけないでしょうが」
「ああ、そっか」
「じゃあ、パチンコとパチスロ」
「……ん? なんですか?」
「パチンコとパチスロ」
「聞こえています。意味も分かっています。どうして勇者がそれを選ぶのか理解できないだけです」
「好きだから」
「あなたねえ! どうやってその能力で魔王を倒すのよ!」
「知らねえよ! そんなの勇者に任せとけよ!」
「あなたが勇者に選ばれたって言ってるでしょーが!」
本日二度目のやり取りだった。
「本当に変更しませんね?」
「しなーい」
「聖剣とか、無限の魔力とか、時間停止とかも選べるかもしれませんよ?」
「時間停止だと!」
「はい!」
食いついた俺を見て、神の瞳が期待に輝いた。
ようやくまともな能力に変える気になった――そう思っているのが、顔にはっきりと出ている。
「じゃあ……パチンコ、パチスロで」
期待に輝いていた神の瞳から、すっと光が消えた。
「……もう! どうなっても知りませんからね!」
やけくそ気味な声とともに、暗闇の中へ光る文字が浮かび上がった。
【固有能力を構築しています】
【遊技形式:パチンコ】
【パチスロモード:未解放】
【レート選択機能:付与】
【初期支払方法:現金】
【同時召喚可能数:一台】
【勇者限定スキルツリー:接続】
【構築完了】
【固有能力:《死亡遊戯》】
「パチスロは?」
「能力を成長させれば解放されます」
「両方って言っただろ」
「最初から両方使えるとは言っていません」
「なんだよ、それ……。それより、この変な名前は何だ? 死亡遊戯? これ、やったやつが全員死ぬ遊びってこと?」
「違います。みんな死んだ顔をする遊びだからです」
「あんまバカにすんなよ?」
「ですので、《死亡遊戯》と書いて、パチンコ・パチスロと読みます」
ふざけやがって。
「同時召喚可能数が一台ってことは、あとで増やせるの?」
「スキルツリーを進めれば、設置できる台数を増やせます」
「じゃあ、何台も並べて店を開けるじゃん」
「不特定多数には遊ばせられません。あなたが同行者として認めた者だけです」
「客を全員、同行者にすればいいのか」
「そんな抜け道はありません! あなたは店長ではありません。勇者です!」
「勇者兼店長で」
「魔王討伐を副業にしないでください!」
「レートとかも選べるの?」
「選べます。ただし、高いレートを選んでも当たりやすくはなりません。投入額と、獲得した玉やメダルの価値が大きくなるだけです」
光る文字が一つに集まり、俺の胸へ吸い込まれていく。
熱くも痛くもない。ただ、右手の中に見えないハンドルが収まったような、不思議な感覚だけが残った。
「能力の付与は完了しました。試しに台を出してみましょうか」
「どうやって?」
「現在召喚できるのは、パチンコ台だけです。出したい台を頭に思い浮かべてください。そのまま右手を前へ出し、パチンコのハンドルを回すように手首をひねれば召喚できます」
俺はパチンコ台を思い浮かべ、右手を前へ突き出した。
指を軽く曲げ、そこにあるはずのないハンドルを握る。
そのまま手首を右へひねった。
俺の手の動きをなぞるように、暗闇へ一本の光が弧を描く。光は目の前で四角い枠へ変わり、その内側へ無数の部品が下から積み上がっていった。
盤面を覆う透明なガラス。無数に打ち込まれた釘。中央には大きな液晶が収まり、その右下へ銀色のハンドルが取り付けられる。
最後に色鮮やかなランプが一斉に灯り、重い音を立てて一台のパチンコ台が暗闇へ着地した。
「おお……」
前面へ触れてみる。硬いガラスも、右下の冷たいハンドルも、店に並んでいた台と変わらない。
「本当に出た」
「神から能力をもらっておいて、出ない可能性を考えていたんですか?」
「神を名乗る不審者から能力をもらっただけだからな」
「まだ私を疑ってるんですか!?」
「当たり前だ。神なら、俺がさっき座ってた台の設定を当ててみろよ」
◇
※設定とは、パチスロの当たりやすさや出玉率に関わる、店側が決める内部数値です。一般的には一から六まであり、数字が大きいほど遊ぶ側に有利。設定六が最高です。
ただし、設定六でも必ず勝てるわけではありません。
◇
「分かりますよ」
神が人差し指を立て、暗闇を横へなぞった。
指先が通った場所へ四角い光の窓が開き、つい先ほどまでいた店内が映し出される。
映っているのは、俺が確保した角台と、その隣の台だった。
それぞれの台の上へ、赤く輝く数字が浮かび上がる。
【着席台 設定:1】
【隣台 設定:6】
「あなたが座っていた角台は設定一。その隣の台が設定六です」
「……マジかよ。早く戻せ!」
「設定一の台へですか?」
「隣に移るんだよ! まだ空いてるだろ!」
光の窓の中では、後から入ってきた客が設定六の台へ近づいていた。
「あっ、待て! そこは俺が座る!」
「向こうには聞こえませんよ」
「取られる! 早く戻せー!」
「戻せません。そろそろ召喚先へ送りますよ」
「待って! せめて財布だけは持っていかせてくれ!」
「もう持っています!」
慌てて尻のポケットを触る。確かに財布はあった。
だが、中に入っているのは当然、日本円だけだ。
「そういえば、さっき“初期支払方法は現金”って出てたけど、この能力って日本円しか使えないのか?」
「いいえ。異世界の通貨も、能力が価値を自動で換算するので使えますよ。能力が成長すれば、魔力でも遊べるようになります」
「魔力でパチンコを?」
「はい。同行者として登録された者なら、自分の魔力を使って遊ぶこともできますよ」
「……何言ってんの?」
「行けば分かります。では、行ってらっしゃーい!」
神が笑顔で片手を振った。
彼女の周囲から白い光があふれ出し、瞬く間にこちらまで押し寄せてくる。
「ちょっと待――」
白い光が視界を塗り潰した。
◇
硬い床へ尻から落ちた。
「いってえ!」
目を開けると、最初に見えたのは、床一面に描かれた巨大な魔法陣だった。
その周囲には、杖を持った白装束の人間が十人ほど立っている。さらに奥には鎧姿の騎士、豪華な衣装をまとった老人、金髪の少女までいた。
「成功だ……!」
「勇者召喚が成功したぞ!」
歓声が上がった。
どうやら神の話は本当だったらしい。
「ここは……?」
すぐ隣から声がした。
俺と同じ魔法陣の上に、もう一人の男が立っていた。俺より少し若そうな、整った顔の青年だ。突然の出来事に戸惑ってはいるものの、尻餅をついている俺と違い、きちんと二本の足で立っている。
神は何も言っていなかったが、同じ場所へ現れたのなら、こいつもあいつに選ばれたのだろう。
その時点で、すでに扱いの差が始まっている気がした。
「おお……勇者様が、お二人も」
白い髭を伸ばした老人が、震える声で言った。
「二人?」
金髪の少女が目を見開く。
「神託では、異界より勇者が現れるとだけ……」
「召喚陣に現れた以上、少なくともどちらかが勇者であることは間違いありません」
杖を持った男がそう答えたあと、なぜか俺をちらりと見た。
どちらか。
もう、その言葉が出るのか。
「鑑定の宝珠を」
運ばれてきたのは、両手で抱えるほど大きな透明の水晶だった。
先に呼ばれた青年が、その表面へ手を置く。
水晶が眩い金色に輝き、空中へ文字が浮かんだ。
【称号:異界の勇者】
【固有能力:《聖断》】
【勇者限定スキルツリー:解放済み】
「聖断……!」
「呪いも契約も断ち切る、伝説の聖剣の力……!」
「間違いない。本物の勇者様だ!」
騎士たちが沸き、白装束の者たちは神へ感謝するように膝をつく。
青年は困惑しながらも、期待に応えようとするように真剣な顔で表示を見上げていた。
なるほど。
あれが、勇者に任せておけばいいほうの勇者か。
「もうお一方も、こちらへ」
さっきより明らかに熱の下がった声で呼ばれ、俺は水晶の前へ進んだ。
触れる。
水晶が明滅し、今度は赤と青と黄色の、妙にけばけばしい光が部屋中を駆け回った。
どこからともなく、景気のいい電子音まで鳴り響く。
「な、なんだ、この光は……?」
「このような鑑定結果は見たことがないぞ」
やがて光が止まり、文字が浮かび上がった。
【称号:異界の勇者】
【固有能力:死亡遊戯】
【勇者限定スキルツリー:解放済み】
しばしの沈黙。
老人も、金髪の少女も、騎士たちも、もう一人の勇者も、そろって表示を見上げている。
神の言っていたとおり、全員そろって死んだような顔をしていた。
「……死亡、遊戯?」
誰かが、恐る恐る読み上げた。
「……あの神、本当にこの名前で登録しやがった」




