第6話「冒険者ギルド」
テルミナの冒険者ギルドは、木造二階建ての古い建物だった。
看板には剣と盾の紋章が掲げられている。塗装が剥げかけているが、それが逆に歴史を感じさせた。中に入ると、そこそこの数の冒険者がいる。酒を飲んでいる者、掲示板の依頼書を吟味している者、仲間と地図を広げて作戦を練っている者。辺境の町なりの賑わいだ。壁には魔物の討伐記録が貼られ、奥には酒場を兼ねたカウンターがある。
王都のギルドとは比べものにならない規模だが、居心地は悪くなかった。小さい場所の方が、人の目は温かい——そう信じたい。
受付のカウンターに向かった。若い受付嬢が笑顔で迎えてくれる。栗色の髪を後ろで束ねた、二十歳前後の娘だ。
「いらっしゃいませ! 冒険者登録ですね。お名前と天職をお願いします」
「レイド・ノクターン。天職は——」
一瞬、迷った。
各地のギルドで何度も門前払いされてきた。天職を告げた瞬間に顔色が変わり、「登録できません」と言われる。あの瞬間を、何十回も経験してきた。
だが、ここで黙っていても仕方がない。
「——死霊術師だ」
受付嬢のペンが止まった。笑顔が凍りつく。
「し、死霊術師……? え、えっと……少々お待ちください……」
まあ、そうなるよな。
背後で空気が変わった。それまで各々のテーブルで飲んだり話したりしていた冒険者たちが、一斉にこちらを見ている。
「おい、今なんて言った? 死霊術師?」
「嘘だろ。この町に死霊術師が来たのか」
最初は囁き声だった。だがすぐに声が大きくなる。
「教会に通報した方がいいんじゃねえのか」
「気味悪いな……。禁忌職だろ、死霊術師って」
「なんでこんな辺境に来たんだ。王都で何かやらかしたんじゃねえのか」
テーブルの一つから、大柄な冒険者が立ち上がった。腰に斧を下げた、日焼けした中年の男だ。
「おい、あんた。悪いことは言わねえ。ここじゃねえ別の町に行ってくれ。死霊術師がいるってだけで、町の評判が落ちるんだよ」
他の冒険者たちが同調するように頷いた。受付嬢は困り果てた顔で、奥の扉をちらちらと見ている。
リリスの感情が共鳴を通じて伝わってきた。怒りだ。強い怒り。
「ぬしに向かって何を——」
「いいんだ、リリス」
俺はリリスの腕に軽く触れて止めた。
「慣れてる」
リリスが黙った。
——慣れてる。
十五歳で村を追われた日。各地のギルドで門前払いされた半年間。エリーゼに「影にいて」と言われた夜。ダリウスに「足手まとい」と笑われた酒場。七年分の「慣れ」が、この三文字に詰まっている。
リリスはそれを知っている。昨夜の魂の契約で、俺の七年間を見たからだ。
だから黙った。黙ってくれた。ただ、共鳴を通じて伝わってくる怒りは消えなかった。俺への怒りではない。俺に「慣れてる」と言わせた世界への怒りだ。
斧の冒険者が一歩近づいてきた。
「聞こえなかったか? 出ていけって言って——」
「——何を騒いでいるんだい」
低いが、よく通る声がギルドに響いた。
奥の扉が開いた。
出てきたのは老婆だった。白髪を後ろで束ね、右手に杖をついている。小柄で、頭一つ分は俺より低い。だが背筋はまっすぐ伸びていて、歩く姿に揺るぎがなかった。
ギルドが一斉に静まった。
冒険者たちが自然と道を開ける。さっきまで騒いでいた男たちが、まるで叱られる前の子供のように口を閉じた。斧の冒険者が一歩下がり、目を伏せた。
ギルドマスター・オルガ。元Aランク冒険者。テルミナの冒険者たちに言わせれば「生きた伝説」——七十歳を超えてなお、この町のギルドに君臨する女傑だ。
オルガは俺の前まで歩いてきて、立ち止まった。
小さな目が、俺をじっと見つめている。値踏みではない。もっと深いところを見ている目だった。
長い沈黙。
ギルドの全員が息を呑んでいた。
「……お前さん、魂鎮めができるのかい」
心臓が跳ねた。
「……わかるのか」
「お前さんの周りの空気がね。50年前に見たのと同じ色をしている」
オルガの声は静かだった。だがギルド中に響いていた。一言も聞き漏らすまいと、全員が耳を傾けている。
「50年前、あたしのパーティにも死霊術師がいた」
ギルドがさらに静まった。オルガが過去を語ることは、めったにないのだろう。
「名前はユーリ。あたしより三つ年下の、おとなしい男の子でね。天職のせいでどこにも居場所がなくて、あたしが拾ったんだ。——お前さんと同じだよ」
オルガの目が遠くなった。50年前を見ている目だ。
「あたしはあの子のおかげで生きている。Aランクダンジョンの最深部で、不死の魔物に囲まれた時——パーティは全滅しかけた。あの子が一人で前に出て、魂を鎮め続けた。何十体も。何十体も。体中から血を流しながら」
オルガの声が、わずかに震えた。だがすぐに持ち直した。
「あの子は帰ってこなかった。あたしの代わりにね」
ギルドが静まり返っていた。誰一人、口を挟める空気ではない。さっきまで「教会に通報しろ」と言っていた冒険者たちが、うつむいている。
オルガは杖で床を一つ、叩いた。乾いた音がギルドに響いた。
「死霊術師を禁忌扱いする連中の気が知れないよ。あの子たちは命を賭けて人を守る。それを、知りもしないで忌み嫌う。——恥を知りな」
最後の一言は、ギルドの冒険者たち全員に向けられていた。誰も顔を上げられなかった。
オルガが受付嬢に向き直った。
「登録を受理しな」
「は、はい!」
受付嬢が慌ててペンを走らせた。手が少し震えているが、表情はもう怯えではなかった。何かを決意したような顔だった。
オルガが俺の肩に手を置いた。小さな手だが、温かかった。小声で、俺だけに聞こえるように。
「お前さんの魂の色……見たことがないくらい澄んでいる。ユーリよりもずっとね。大物になるよ、あんた」
魂の色が見える? 普通の人間にはできないはずだが——聞き返す前に、オルガはもう踵を返していた。
「ランクはDスタートだ。実力テストは免除してやる。あたしの目に狂いはないからね」
そう言い残して、奥の部屋に消えていった。
胸の奥が熱かった。
七年間、死霊術師だという理由で蔑まれてきた。十五歳で村を追われ、各地のギルドに門前払いされ、パーティの仲間にすら理解されなかった。
なのにこの老婆は——初対面で、俺の天職を認めてくれた。死霊術師を「命を賭けて人を守る」存在だと、ギルド中の前で言い切った。
目の奥が熱い。泣くわけにはいかない。泣いたら、七年間の全部が溢れてしまう。
リリスが何も言わずに隣に立っていた。共鳴を通じて、俺の感情は全て伝わっているはずだ。だがリリスは何も言わなかった。言う必要がなかった。ただ、そっと俺の外套の裾に触れた。それだけで十分だった。
◇
「パーティ名の登録もお願いします。二人パーティですので」
受付嬢——名前はフィーナと言った——がまだ少し緊張した顔で聞いてくる。だが、さっきまでの怯えはもうなかった。
パーティ名か。考えてなかった。
「月下の棺じゃ!」
リリスが即答した。
「……もうちょっとマシな名前はなかったのか」
「わらわのセンスに文句をつけるのかえ? 月と棺——吸血鬼と死霊術師にこれ以上ふさわしい名はあるまい」
「いや、まともな依頼が来なくなりそうだが」
「気にするでない。実力で黙らせればよい」
フィーナがクスッと笑った。「月下の棺ですね。登録しました」
少しだけ、ギルドの空気が和らいだ気がした。斧の冒険者がバツの悪そうな顔でカウンターに近づいてきて、短く言った。
「……さっきは悪かったな。ギルドマスターに恥かかされたよ」
「気にしてない」
「俺はハンス。何かあったら声かけてくれ」
そう言い残して、テーブルに戻っていった。ぶっきらぼうだが、悪意はなかった。
帰り際、掲示板の前を通った。色とりどりの依頼書が貼られている。魔物討伐、護衛任務、薬草採取。Dランクの俺たちが受けられるものも多い。
その中に、一枚だけ異質な依頼があった。紙が黄ばみかけている。長い間、誰も手をつけていない。
「町の墓地にて亡霊が暴走。討伐求む。報酬:金貨5枚」
金貨5枚。Dランク依頼としては破格の報酬だ。それでも手つかずのまま残っている理由は明白だった。亡霊は物理攻撃が効かない。剣士が斬っても魔法使いが焼いても、実体のない相手には届かない。
——だが、死霊術師なら。
「最初の依頼、これにしよう」
「ほう、墓場とは」
リリスが楽しそうに笑った。
「わらわにはぴったりじゃの」
「あんたが行ったら余計に墓地が怖い場所になるんじゃないか」
「失礼な。わらわは麗しい吸血鬼じゃ。墓場が華やかになるであろう」
フィーナがまた笑った。今度はもう、怯えた顔はしていなかった。
「お気をつけて。あの墓地、もう二ヶ月近く誰も手をつけてないんです。……ご無事で戻ってきてくださいね」
最後の一言に、少しだけ心がこもっていた。
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