表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

第5話「契約の力」

 目を覚ますと、朝だった。

 昨夜は結局、地下迷宮の入口近くで野営した。焚き火はとうに消えている。向かい側の木の幹にもたれて、リリスが眠っていた。銀髪が朝露に濡れて光っている。

 800年ぶりの眠りは、どんな夢を見るのだろう。

 日の出が近い。東の空が薄く白んできた。

「リリス、起きろ。朝だ」

「……ん」

 紅い瞳がゆっくりと開いた。リリスは数回瞬きをしてから、空を見上げた。地平線の向こうから朝日が顔を出す。黄金の光が森を照らし、リリスの銀髪が朝焼けに染まった。

 リリスの目が細くなった。

「まぶしい……」

 つい身構えた。吸血鬼に日光は毒だ。パーティにいた頃に読んだ魔物図鑑にもそう書いてあった。真祖なら影響はさらに大きいはず——

 だが、リリスの肌は焼けていなかった。

「……じゃが、悪くない」

 リリスが手を伸ばし、陽光を掌で受けた。眩しそうに、だが嬉しそうに。800年ぶりの朝日だ。

「日光が平気なのか」

「平気ではない。ほんの少し、肌がちりつく。じゃが、以前のように灼けて倒れることはないようじゃ。……おそらく、ぬしとの魂の契約の効果じゃの」

 契約の効果か。昨夜、互いの魂を結んだあの術。どんな影響があるのか、正直まだよくわかっていない。

「歩きながら確かめよう」

 野営を畳んで、街道に出た。南に向かって歩く。リリスに現代の世界情勢を簡単に説明しながら。

「エルドガルドの大陸は今は一つの王国が治めてる。王都はヴァルハイム」

「ヴァルハイム? 知らぬ名じゃの。800年前は七つの領邦が争っておった」

「教会の力が強くなって、統一を後押ししたらしい」

「教会か」

 リリスの声が一瞬冷えた。800年前、彼女を封印したのが教会だ。当然の反応だろう。

「……まあよい。ぬしがおれば、教会くらいどうにでもなる」

「いや、どうにもしないでくれ。目立ちたくない」

「つまらぬ奴じゃの」

    ◇

 歩きながら、魂の契約の効果を一つずつ確認していった。

 まず、リリスの弱点の緩和。日光はさっき確認した通りだ。流水——街道沿いの小川を渡る時にリリスが怯んだが、俺が手を引いて一緒に渡ったら平気だった。距離が近いほど効果が強まるらしい。

「聖属性はどうじゃろうな。試すのは怖いが……」

「試さなくていい。聖属性の攻撃を受ける場面が来たら、俺が近くにいる」

「……ふん。頼もしいことを言う」

 次に、俺側の変化。魂魄支配の精度が明らかに上がっている。昨日より遠くの魂が見えるし、細かい感情の揺れまで読み取れる。リリスの不死再生と連動しているのか、小枝で切った指の傷が、目に見える速度で塞がった。

「再生能力か。吸血鬼の力の一端がぬしにも移っておるな」

「便利だが、過信はできないな。たぶん微弱なものだろう」

「じゃが、毒耐性や呪い耐性もある程度は付与されておるはずじゃ。真祖の再生力は、ただの治癒とは格が違う」

 そして——最も厄介な効果。共鳴。互いの感情が薄く伝わる。

 街道を並んで歩いている時、ふとリリスを見た。朝の光の中で銀髪が揺れていて、横顔が——

「今、わらわのことを綺麗だと思ったじゃろ」

 リリスがにやりと笑った。

「……感情が筒抜けか。厄介だな」

「厄介とは失礼じゃの。素直に綺麗と言えばよいものを」

「別に綺麗とは思ってない」

「嘘じゃ。共鳴で丸わかりなのじゃ、ぬし。嘘がつけぬ関係になったことを、まず受け入れるのじゃな」

 リリスは楽しそうだった。俺の方は頭を抱えたくなった。今後ずっと、心の中を覗かれながら暮らすのか。

「安心せい。四六時中ではない。強い感情だけが伝わるのじゃ。日常の些末なことまではわからぬ」

「強い感情だけ、ね。それはそれで困るんだが」

「ふふ。では、なるべくわらわに強い感情を抱かぬよう気をつけることじゃな」

 無理だろう。800年の封印を経てなお傍若無人なこの吸血鬼の隣にいて、何も感じないわけがない。

    ◇

 昼過ぎ、街道の途中で人影が現れた。

 五人組。武器を持った男たちが道を塞いでいる。革鎧に短剣、錆びた長剣、木の盾。装備の質から見てCランクからDランクの冒険者崩れだろう。

「おいおい、こんな辺鄙な道に男女二人連れか。通行料をいただこうか」

 先頭の男が下卑た笑いを浮かべた。背の高い禿頭で、頬に切り傷がある。

 魂視を使った。

 五人の魂の色が浮かび上がる。先頭の禿頭は灰色。その隣の二人も灰色。良心の欠片もない。長年の悪事で魂が濁りきっている。四人目——小太りの男も灰色だが、やや薄い。

 五人目。後ろで目を伏せている若い男。まだ二十歳にもなっていないだろう。この男だけ、魂の色が違った。薄い青色。仕方なくやっている色だ。罪悪感がある。

「リリス、三人は任せた。あと一人は俺がやる」

「残りの一人は?」

「放っておいていい」

 リリスが不思議そうな顔をしたが、すぐに口元が弧を描いた。

「了解じゃ」

 禿頭が何か叫ぶ前に、リリスが右手を振った。

 血の魔法。リリスの指先から紅い茨が伸び、禿頭を含む三人の盗賊を一瞬で地面に縫い止めた。茨が手足に巻きつき、身動きが完全に封じられる。三人が悲鳴を上げたが、もう遅い。

「ば、化け物——!」

「化け物とは心外じゃの。わらわは麗しい吸血鬼じゃ」

 四人目の小太りが俺に斬りかかってきた。

 魂喚を試す。意識を集中し、空気中に漂う古い魂の欠片に呼びかける。

 応えがあった。空気が揺らぎ、半透明の兵士の姿が一瞬だけ現れた。古代の鎧を着た戦士——地下迷宮に眠っていた魂の残像だ。残像が盾を構え、小太りの剣を弾く。金属音が響いた。

 残像はすぐに消えた。まだ一瞬しか維持できない。だが、その隙で十分だ。体を低くして小太りの懐に入り、足を引っかけて倒す。うつ伏せに押さえつけ、腕を極めた。

「がっ——! やめ、折れる!」

「暴れなければ折らない」

 Sランクパーティで七年間戦ってきた。Cランク程度の盗賊なら、術を使わなくても制圧できる。ただ、魂喚の感触を試しておきたかった。

 結果はまずまずだ。一瞬だけなら呼び出せる。修練すればもっと持続できるようになるだろう。

 五人目——薄い青の若い男——は、腰を抜かしてへたり込んでいた。顔面蒼白で、短剣を持つ手が震えている。

 俺は小太りを縛り上げてから、若い男の前に歩み寄った。

「お前はここにいるべき人間じゃないだろ」

「……え」

「魂の色が違う。お前だけ、仕方なくやっている色をしてる」

 若い男の目が見開かれた。

「借金か、脅されたか。事情は知らない。だが、まだ戻れるうちに戻れ。このまま続けたら、魂の色が変わる。灰色になったら、もう戻れない」

 若い男はしばらく固まっていた。それから、目に涙を溜めて、何度も頷いた。

「あ、ありがとうございます……すみません、すみません……」

 走り去っていく背中を見送った。

「ぬし」

 リリスが隣に立った。共鳴を通じて、感情が伝わってくる。感心でもなく、呆れでもなく——温かい何か。

「善悪を見分けるだけではなく、善の側を救おうとするのじゃな」

「大したことじゃない。見えたものに従っただけだ」

「それが大したことなのじゃ。見えても見ぬふりをする者の方が、遥かに多い」

    ◇

 盗賊を縛り上げて街道脇に転がし、先を急いだ。

 日が傾き始めた頃、リリスが突然足を止めた。

「レイド」

「どうした」

「腹が減った」

「……吸血鬼って腹減るのか」

「吸血鬼も食事は楽しめる。800年ぶりに体を動かしておるのじゃ。何か食わせろ」

「干し肉しかないが」

「それでよい。いや、よくない。温かいものが食べたい。町はまだか」

 苦笑した。「もう少しだ。町で何か食おう」

 丘の上に出た時、眼下に小さな町が見えた。石造りの壁に囲まれた、こじんまりとした集落。畑が広がり、煙突から煙が上がっている。壁は古いが手入れされていて、門の前には花が植えられていた。

「テルミナ、か」

 辺境の町。王都からは街道で何日もかかる。冒険者の数も少ないだろう。死霊術師を知る人間も少ないかもしれない。——そう期待したい。

「小さな町じゃの」

 リリスが呟いた。夕日を浴びて、町が橙色に染まっている。

「じゃが……温かそうじゃ」

「ああ。ここで新しく始めるか」

 丘を下り、テルミナの門にたどり着いた。門番の兵士が近づいてくる。初老の男で、穏やかそうな顔をしていた。

「冒険者かい? 登録証を見せてくれ」

「冒険者登録はまだだ。これからギルドに行く」

「なら天職を教えてくれ。記録に残す決まりでね」

 門番が書板を構えた。ペンを持つ手が、穏やかな笑顔のまま止まっている。

 隣のリリスの感情が伝わってきた。怒りではない。静かな、だが確かな意志。「わらわがおるぞ」という気配。

 俺は門番をまっすぐ見つめた。

「……死霊術師だ」

 門番のペンが止まった。笑顔が消え、顔色が変わる。

「死霊術師……?」

 ああ、また、この反応か。十五歳からずっと見てきた顔だ。恐怖と嫌悪が混じった、あの表情。

 だが今日は、一人じゃない。

「死霊術師だ。入れてもらえるか」


読んで下さりありがとうございました!

★★★★★評価と[[[ブックマーク]]]、リアクションお願いします!

Youtubeにて作品公開中!

http://www.youtube.com/@mizukara-h2z

ご感想やご質問など、ぜひコメントでお聞かせください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ