第30話「依頼ラッシュ」
朝のギルドに着いた時、フィーナが机に突っ伏していた。
「フィーナ?」
「あ、レイドさん……おはようございます……」
顔を上げた。目の下に隈がある。徹夜したのだろう。カウンターの上に書類の山が積まれていた。通常の依頼書ではない。全て赤い枠——緊急依頼だ。
「テルミナ南の街道で、倒したはずのゴブリンが再出現」「東の農場付近で骸骨兵の群れが蘇り」「北の森で魔獣の残骸が動き出した報告あり」
全て蘇り現象だ。王国全体の問題が、テルミナ周辺にも波及し始めている。
「レイドさんでなければ対処できない案件ばかりで……近隣の町からも依頼が来ていて……」
フィーナの声が震えている。仕事量の問題ではない。死者が蘇るという事態そのものへの恐怖だ。
「全部受ける」
「全部って……十二件ありますよ?」
「四人いるからな。分担すれば一日で回れる」
振り返ると、四人が控えていた。リリスが腕を組んでいる。シャルロットが剣の柄に手をかけている。セラフィナが静かに頷いている。メルティが俺の袖を掴んでいる。
「行くぞ」
◇
三日間で三十六件の依頼を消化した。
南の街道のゴブリン蘇り。東の農場の骸骨兵。北の森の魔獣残骸。近隣の村からの急報。次から次へと湧いてくる案件を、五人で片端から処理した。
基本は分業だ。リリスとメルティが魔法で群れを制圧し、シャルロットとセラフィナが個体を仕留め、俺が魂鎮で完全に沈める。冥府で鍛えた第2段階の魂鎮は、以前の倍の範囲を一度に処理できる。効率は格段に上がっていた。
三日目の夕方にはテルミナ周辺の蘇り案件は全て片づいた。だが翌朝にはまた新しい依頼が来る。蘇り現象は止まらない。根本原因——教会の魂の搾取——が続いている限り。
レイドの名は、もうテルミナだけに留まらなかった。
「テルミナに死霊術師がいる。蘇りを止められる唯一の冒険者」
近隣の町から、わざわざ馬を走らせて依頼に来る者もいた。ギルドの通信でレイドの名を問い合わせてくる支部もあった。フィーナは相変わらず書類の山と格闘していたが、目の下の隈は消えていた。代わりに、誇らしげな顔をしていた。うちのギルドの冒険者が注目されている。それが嬉しいのだろう。
◇
四日目の朝。依頼の合間を縫って、シャルロットの呪い解除に挑んだ。
第4段階。胴体部分だ。
宿屋の部屋。窓を閉め、静かな環境を整える。シャルロットがベッドに座り、俺が向かい合う。リリスが見守り、セラフィナが控えている。メルティは——俺の袖を掴んだまま隣に座っている。
「メルティ。治療中は集中が必要だから、少し離れてくれ」
「えー」
「えーじゃない」
メルティが渋々袖を離した。リリスの隣に移動し、代わりにリリスの腕にしがみついた。
「それじゃ始める。今回は胴体部分の呪いを外す。成功すれば、上半身の鎧が完全に剥がれる」
シャルロットが頷いた。唇を引き結んでいる。四度目だが、慣れることはない。毎回違う痛みがある。
魂魄支配を展開した。第4層の呪いに触れる。
冥府で習得した「魂の修復」を併用した。以前は呪いを「引き剥がす」しかなかったが、今は違う。呪いが食い込んだ部分の魂を修復しながら、呪いだけを分離する。患部を治しながら手術するようなものだ。精度が段違いに上がっている。
シャルロットの体が震えた。歯を食いしばっている。だが、以前ほどの苦悶ではない。
「……前より、楽です。痛いけど……前よりずっと」
「魂の修復を使ってる。ダメージを受ける端から治してるからな」
「すごい……冥府で何を覚えてきたんですか」
「いろいろだ。じっとしてろ」
最後の層を剥がした。黒い鎧の上半身部分が——音を立てて砕けた。
破片が床に散らばる。胸甲、肩当て、背当て。シャルロットの上半身を覆っていた呪いの鎧が、全て消えた。
その下から現れたのは——少女の体だった。
白い肌。華奢だが、剣士の筋肉がうっすらとついた肩と腕。呪いの紋様は消え、本来の肌が露出していた。
シャルロットが自分の体を見下ろした。
「……久しぶりに、自分の体が見える……」
声が震えていた。半年以上、鎧に覆われていた上半身。自分の肌を、自分の目で見ること。それがどれだけの意味を持つか。
——直後、シャルロットの目が俺を捉えた。
俺が目の前にいることに、今気づいた顔だった。
「み、見るなーーー!!」
叫びと同時に枕が飛んできた。避けた。二発目が来た。避けられなかった。顔面に直撃した。
「見てない。見てないから落ち着け」
「見てたでしょ絶対見てた!!」
見てない。いや正確には一瞬見えたが、治療者として必要な確認だった。そう説明しても今のシャルロットには通じないだろう。
リリスがさっと毛布を広げて、シャルロットの肩にかけた。
「焦るでない。……綺麗じゃの、シャルロット」
シャルロットの動きが止まった。毛布を両手で握りしめている。顔は真っ赤だが——目が潤んでいた。怒りの涙ではない。
「綺麗」と言われたことが、刺さったのだ。半年間、呪いの鎧に覆われて、自分の体が「呪われたもの」としか思えなかった。それが初めて——綺麗だと言ってもらえた。
「う……うるさい……」
毛布に顔を埋めた。肩が震えている。
メルティが小声で「シャルちゃん、泣いてるの?」と聞いて、リリスが「泣いてないのじゃ。目から汗が出ておるだけじゃ」と答えた。
◇
夕方。依頼を全て終えて、テルミナの東にある丘に登った。
夕日がテルミナの町を橙色に染めている。石造りの屋根が夕焼けを反射し、煙突から夕食の煙が立ち昇っている。穏やかな光景だ。
シャルロットが新しい服を着ていた。宿の女将がくれたワンピース。淡い青色の、シンプルだが品のある仕立て。女将が「うちの娘が着ていたものだけど、サイズが合うなら」と持ってきてくれた。
鎧ではなく、布の服。シャルロットにとって、半年ぶりの「普通の服」だ。
「……あの」
シャルロットが俺の横に立った。夕日を見ているふりをしながら、ちらちらとこちらを見ている。
「これ、変じゃないかな。ずっと鎧しか着てなかったから……普通の服の着方がよくわからなくて」
「似合ってるよ」
正直に言った。淡い青色はシャルロットの金色の瞳に映える。風に揺れるスカートの裾が、夕焼けの光を透かしている。
シャルロットの頬に赤みが差した。目を逸らして、髪を耳にかけた。
「っ……そ、そう。ならいいけど……」
口元が、ほんの少し上がった。怒りでも照れ隠しでもない、もっと柔らかい表情。初めて見るはにかみ笑いだった。
「シャルちゃん可愛い!」
メルティが駆け寄ってきた。シャルロットの周りをぐるぐる回りながら、目を輝かせている。
「ねーねー、ししょうもそう思うでしょ! シャルちゃん似合ってるよね!」
「言っただろ。似合ってるって」
「二回言った! ししょうが二回言った! シャルちゃん、二回言ってもらえたよ!」
「うるさい! 数えるな!」
シャルロットがメルティを追いかけ始めた。メルティが笑いながら逃げ回る。半透明の体がふわふわと浮いて、シャルロットの手をすり抜ける。
リリスが腕を組んで見ている。
「わらわの見立ては間違いなかったの。あの色はシャルロットによく映える。次はもう少し大人っぽい服も——」
「いいから! もうほっといて!!」
セラフィナが丘の端に立ち、夕日を見ていた。追いかけっこの喧騒から少し離れて。
ふと、こちらを見た。
「……似合っている」
小さな声だった。シャルロットに聞こえたかは怪しい。だがセラフィナの紫の瞳に、穏やかな光があった。
◇
五人で丘からテルミナを見下ろしていた。夕日が沈みかけて、空が紫に変わり始めている。
何気なく、魂視を展開した。テルミナの町が魂の光に満ちている。住民たちの温かい魂が、家々の中で夕食の支度をしている。穏やかな光の点が、無数に瞬いている。
この町が好きだ。この場所を守りたい。
視界を広げた。テルミナの外。北の森。東の農場。西の街道。
南——。
足が止まった。
南の街道沿いに、いくつかの点が移動していた。魂の点だ。だが色が違う。テルミナの住民の温かい光ではない。
黒い点。
暗い色の魂。悪意ではないが——目的を持った冷たさ。任務を遂行する者の色。以前見た灰色とも違う。もっと暗い。もっと深い。訓練された何かだ。
数は——五つ。少数精鋭。
「……何か来る」
呟いた。リリスが隣で目を細めた。
「教会の斥候か?」
「わからない。前のマルクスの時とは色が違う。もっと——厄介な相手かもしれない」
夕日が完全に沈んだ。テルミナに夜が降りてくる。南の街道を、黒い点が静かに北上している。
何かが近づいている。
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