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第23話「冥都ネクロポリス」

 城門は、二つの時代が溶け合ったような形をしていた。

 下半分は古代の石組み。苔むした巨石が隙間なく積まれている。上半分は中世の尖塔建築。ステンドグラスが嵌め込まれ、紫色の光を透かしている。左右の柱には、異なる文明の紋章が混在して刻まれていた。

 冥都ネクロポリスの入口だ。

「何これ……」

 シャルロットが声を漏らした。無理もない。門の向こうに広がる光景は、地上のどの都市とも似ていなかった。

 通りの両側に建物が並んでいる。だが統一感がない。古代神殿の白い列柱の隣に、木造のこぢんまりとした酒場がある。その向かいには東方様式の塔が建ち、裏手に石造りの教会が——いや、教会の上半分が存在しない。屋根から上が消えていて、代わりに空中に浮かぶ水晶の橋が隣の建物に繋がっている。

 全てが「記憶」で出来ているのだと、すぐに理解した。魂視で見ると、建物の一つ一つが魂の残滓で構成されていた。死者たちが生前の記憶から再現した建築物。異なる時代、異なる地域、異なる文化の記憶が混ざり合って、一つの都市を形成している。

「死者たちの記憶が、都市になっておるのか」

 リリスが興味深そうに壁に手を触れた。指先が壁を僅かにすり抜けた。実体はあるが、完全な固体ではない。記憶が物質化した半実体。

 セラフィナは折れた翼を引きずりながら、黙って周囲を見ている。堕天使にとって冥府は未知の場所ではないはずだが、この都市は想像の外だったようだ。

 通りに人影があった。——人ではない。死者の魂だ。

 半透明の人々が、通りを歩いている。買い物をしている者、談笑している者、子供を連れた母親の魂。生者と変わらない日常を送っている。ただし全員が淡く光っていて、足音がしない。

 俺たちの姿を見て、死者たちが足を止めた。

「生者か? 生者が冥府に来るなど……」

「待て。あの男、魂に触れる力を持っている。……死霊術師か」

「死霊術師だと? まだ地上にいたのか」

 ざわめきが広がる。だが敵意はなかった。死者たちの目に浮かんでいるのは——期待だった。

 一人の魂が近づいてきた。恰幅の良い中年男性。商人だったのだろう、半透明の体に立派な衣服を纏っている。

「いやあ、驚いた。生きた死霊術師がこの冥都に来るのは300年ぶりですぞ」

「300年前にも来た者がいたのか」

「ええ。わしが案内役を務めましてな。あの時の死霊術師は年老いた女性でしたが。——わしはルーベン。生前はヴァルハイムで交易商をやっておりました。死んで300年、今はこの冥都で案内人をしております」

 ルーベンは陽気な魂だった。300年も冥府にいるのに、商人気質は抜けていないらしい。

「さあさあ、こちらへ。管理者様がお待ちですぞ」

    ◇

 ルーベンに案内され、冥都の中心部に向かった。

 歩きながら、冥都の規模に驚いた。外から見た時は城壁の内側に収まる都市だと思っていたが、中に入ると空間が歪んでいる。通りが無限に続くように感じる。何千年分もの死者の記憶が重なっているからだろう。

 死者たちがすれ違いざまに俺を見る。好奇と期待の入り混じった視線。「死者の声を聴ける者」が来たという噂は、既に冥都中に広まっているようだった。

 中心部に、他の建物とは明らかに異なる構造物があった。

 塔だ。黒い石で造られた、細く高い塔。表面に古代の文字が刻まれている。地下迷宮で見たものと同じ系統——いや、こちらの方がずっと古い。文字の原型だ。

「管理者様は、あの塔の最上階にいらっしゃいます。では、わしはここで」

 ルーベンが一礼して去っていった。

 塔の入口に立つと、扉が自動的に開いた。俺の魂魄支配に反応している。この塔自体が、死霊術師のために造られた場所なのだろう。

 螺旋階段を登った。壁面に壁画がある。地下迷宮と同じ「始まりの死霊術師」の物語——だが、こちらはその続きだった。英雄として世界を救った後の話。死霊術師が冥府に降り、死者の国の秩序を整え、生と死の境界を守る「架け橋」となった物語。

 最上階。

 広い部屋だった。壁一面に蒼い炎が灯り、部屋全体が静かな光に満ちている。中央に椅子が一つ。そこに——座っている者がいた。

 老人だった。白い髭が膝まで伸び、目は閉じている。だが死者ではない。死者とも生者とも違う、別の状態。魂視で見ると、この老人の魂は——塔全体に浸透していた。塔が体であり、体が塔である。冥都そのものと一体化しかけている。

「……よく来た」

 目を閉じたまま、老人が口を開いた。声は低く、穏やかで、途方もなく古い響きを持っていた。

「数千年待った。お前が来るのを」

「あなたが冥府の管理者か」

「カロンと呼んでくれ。生前の名はもう忘れた。覚えているのは——自分が死霊術師だったということだけだ」

 リリス、シャルロット、セラフィナの三人が部屋に入ってきた。カロンの閉じた目が、僅かに動いた。

「真祖の吸血鬼。呪いの騎士。堕天使。……面白い連れだな」

 それからカロンは——目を開けた。

 蒼い瞳だった。蒼い炎と同じ色。その瞳が俺の魂を見て、一瞬、息を止めた。

「……まさか。お前は——『始まりの死霊術師』と同じ魂の色を持っている」

    ◇

「始まりの死霊術師」。

 地下迷宮の壁画に描かれていた存在。英雄として世界を救い、人々に祀られた死霊術師。

「あの壁画の人物か」

「壁画を見たか。なら話は早い」

 カロンが指を動かすと、部屋の空気が変わった。蒼い炎が揺れ、壁面に映像が浮かんだ。魂の記憶で再生された、太古の歴史だ。

「遥か昔、死霊術師は生者と死者の両方の世界を繋ぐ存在だった。生者には死者の声を伝え、死者には安らぎの場所を与えた。世界の均衡は死霊術師によって保たれていた」

 壁面の映像が動く。黒い外套の人物が、人々の中に立っている。生者と死者が共に暮らす世界。

「だが教会が台頭し、死霊術を『不浄』として弾圧した。死霊術師は迫害され、知識は失われ、冥府との繋がりは断たれた。——その結果が、今の世界だ」

 映像が消えた。カロンの蒼い瞳が俺を見ている。

「さて。お前の魂魄支配について話そう。お前は今、どこまで使える」

「魂視、魂鎮、魂喚。魂喚はまだ不安定だが」

「第1段階だな。本来は四つの段階がある」

 カロンが手のひらを上に向けると、蒼い炎が四つの輪を描いた。

「第1段階は今のお前だ。魂を視て、鎮めて、一時的に呼び出す。基本中の基本」

 一つ目の輪が光った。

「第2段階——魂の修復と魂の強化。壊れた魂を根本から癒す力。そして、仲間の魂に力を上乗せし、能力を引き上げる力」

 二つ目の輪が光る。

 魂の修復。それは事実上の——究極の治癒術だ。シャルロットの呪いも、セラフィナの封印も、魂の損傷という点では同じだ。第2段階に至れば、今よりもずっと効率的に治療できるはずだ。

 そして魂の強化。仲間のスキルを底上げする力。——俺が七年間、パーティで無意識にやっていたのはこれの原始的な形か。

「第3段階——魂の解放と魂の統合。魂を縛るあらゆる呪い、契約、封印を無効化する力。そして死者の魂を自身に取り込み、一時的にその力と記憶を使う力」

 三つ目の輪。

 魂の解放。あらゆる呪い・封印の無効化。それはシャルロットの七重の呪いも、セラフィナの天界の封印も、一気に解けるということか。

 カロンの指が、四つ目の輪に触れた。

「最終段階——『魂の架け橋』。生と死の境界そのものを操る。これが始まりの死霊術師の最終能力だった。ただし——」

 カロンの声が静かになった。

「最終段階に至った者は、歴史上一人しかいない。始まりの死霊術師ただ一人だ。わし自身も、第3段階までしか到達できなかった。数千年かけてもだ」

 四つの輪が空中で回転し、やがて消えた。

「お前がどこまで到達できるかはわからん。だが、お前の魂の色は——始まりの死霊術師と同じだ。可能性はある」

 俺は黙って聞いていた。拳を握っていることに気づいて、指を開いた。力が入りすぎていた。

「……一つずつやるしかないな。まずは第2段階だ」

「急ぐな。順序がある。まずは冥府の現状を知れ」

 カロンの表情が変わった。穏やかな老人の顔から、数千年を冥府で過ごした管理者の顔に。

    ◇

「冥府に異変が起きている。お前も気づいているだろう」

「怨念体か。普通の死者の魂が歪められて怨念体に変えられている。人為的だ」

「その通りだ。魂の循環が乱れている。本来、死者の魂は冥府を通過して還るべき場所に向かう。だがその循環が——ここ数十年、急速に滞り始めた」

「数十年?」

「ああ。原因は——地上にある」

 カロンが壁面に再び映像を浮かべた。今度は太古の歴史ではない。もっと近い時代。教会の大聖堂が映っている。

「教会は死霊術を禁じた。だがその裏で——自分たちは死者の魂を利用している」

 映像が切り替わった。教会の地下。暗い部屋。石の台座の上に、無数の魂が閉じ込められた水晶がある。魂が苦しみながら光っている。

「魂の搾取。死者の魂から力を抽出し、自分たちの術に変換している。聖女の治癒力、勇者の聖剣の力、聖騎士の超人的な体力——それらの源は、教会が搾取した死者の魂だ」

 全員が沈黙した。

 シャルロットが息を呑む音が聞こえた。リリスの拳が握られていた。セラフィナは——唇を噛んでいた。天界の裁定者として、人間界の秩序を監視していた存在だ。教会の内部事情に、何か心当たりがあるのかもしれない。

 俺の頭の中で、パズルの断片が繋がり始めた。

 ゼノンの聖剣の出力が落ちたのは、俺が魂魄支配で底上げしていたからだと思っていた。だがそれだけではない。聖剣そのものの力が、死者の魂から供給されていたなら——

 エリーゼの治癒力も。教会が聖女に与えた力の源が死者の魂なら、その供給が不安定になれば治癒力も落ちる。

「教会が魂を搾取すればするほど、冥府の魂の循環が乱れる。循環が乱れれば、魂は行き場を失い、歪み、怨念体になる。怨念体が増えれば冥府が不安定になり——やがて」

 カロンの蒼い瞳が、真正面から俺を見据えた。

「冥渦が起きる。生と死の境界が崩壊する。地上と冥府の両方が、滅びる」

 蒼い炎が揺れた。部屋の温度が一段下がったように感じた。

「レイド。お前は死霊術師だ。この問題を解決できるのは——お前しかいない」


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