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第19話「教会との対峙」

 門前の緊張が、ギルドの中にまで持ち込まれた。

 司祭は「場所を変えましょう」と穏やかに言い、オルガは「ならギルドで話そうか。うちの領域でね」と応じた。主導権の奪い合いは、最初の一手から始まっていた。

 ギルドの酒場スペース。普段は冒険者たちが酒を飲んでいるテーブルの一つに、司祭が座った。聖騎士たちは入口と窓際に配置されている。ギルドの冒険者たちも自分のテーブルから動かず、成り行きを見守っていた。

 俺はオルガの隣に座った。リリスとシャルロットは少し離れた場所に立っている。リリスは腕を組んで壁にもたれ、シャルロットは剣の柄に手をかけていた。

 フィーナがカウンターの奥で、心配そうにこちらを見ている。

「改めて名乗りましょう。私は教会上級司祭、マルクス・ヴェルナー。テルミナで禁忌の術が行使されているとの報告を受け、調査に参りました」

 マルクスは両手を組み、テーブルに肘をついた。穏やかな笑顔。だが目が笑っていない。

「死霊術師レイド・ノクターン。あなたを教会の審問にかけます。大人しく同行していただけますね?」

「審問の法的根拠は?」

 オルガが即座に割り込んだ。

「教会の教義に基づきます。死霊術は禁忌であり——」

「教義と法律は違うよ」

 オルガの声は低いが、ギルド中に響いた。

「王国法に死霊術を禁じる条文はない。調べたよ。冒険者ギルドの規約にもない。教会の教義は教会の内部規範であって、王国の法律ではない。教会員でもない冒険者を、教義を根拠に拘束する権限はあんたたちにはない」

 マルクスの眉が僅かに動いた。法的論争を仕掛けられることを、想定していなかったのだろう。

「ギルドマスター殿。教会は王国の精神的支柱です。教義に反する行為を黙認することは——」

「精神的支柱であることと、法的権限を持つことは別だ。あんたたちが持ってるのは信仰の権威であって、逮捕権じゃない」

 マルクスの笑顔が、僅かに硬くなった。

「……であれば、冒険者ギルドの協力を要請します。調査への任意の協力です」

「任意なら、断る権利がある。レイド、お前さんはどうする?」

 俺は立ち上がった。

「審問には応じない」

 マルクスの目が鋭くなった。

「ただ、一つ聞きたいことがある」

「……何でしょう」

 魂視を発動した。

 マルクスの魂が見えた。灰色——だが、均一な灰色ではなかった。表面に黒い斑点が散っている。嘘の痕跡だ。何度も何度も嘘を重ねてきた魂に特有の、汚れた色。

 そして、魂の奥に——野心が渦巻いていた。金色でも白色でもない、濁った黄色。功名心。出世欲。自分のために他人を踏み台にする者の色。

「お前の魂、かなり淀んでるな」

 マルクスが目を見開いた。

「嘘を重ねてきた色をしている。それに——功名心が強い。出世したくてたまらないという色だ」

「な……何を言って——」

「お前は教会の正式な命令で来たんじゃない。個人的な功名心で動いている。禁忌の死霊術師を捕まえれば、上に評価される。昇進できる。——違うか?」

 ギルド内が静まり返った。

 マルクスの顔から血の気が引いた。それから、赤くなった。怒りと動揺が混ざった表情だった。

「で、でたらめを! これは教会の正式な調査であり——」

「正式な調査なら、大司教の署名入りの令状があるはずだ。見せてくれ」

 オルガが手を差し出した。

 マルクスの口が開いて、閉じた。令状は——出なかった。

 聖騎士たちの表情が変わった。入口に立っていた騎士の一人が、マルクスに向き直った。

「司祭殿。……これは正式な教会の命令ではないのですか?」

「う、うるさい! 私の判断で来ているのだ。上の許可は事後に——」

「事後承認。つまり独断ということか」

 俺はマルクスを見下ろした。座っている男と、立っている俺。視線の高低差が、そのまま立場の差になっていた。

「帰れ。二度とこの町に来るな」

「き、貴様——教会に刃向かうのか!」

「教会に刃向かってるんじゃない。お前個人の野心を追い返してるだけだ。もし教会が正式に問題にしたいなら、正規の手続きで来い。大司教の令状と、王国法に基づく法的根拠を持ってな。その時は正々堂々応じる」

 マルクスが椅子を蹴って立ち上がった。顔が真っ赤だ。何か言い返そうとして——ギルドの周りを見回した。

 冒険者たちが、全員、レイドの側を見ていた。

「レイドさんは町の恩人だぞ」

 最初に声を上げたのは、ハンスだった。登録初日に「出て行け」と言って、後から謝ってきた斧の冒険者。腕を組み、マルクスを睨んでいる。

「墓地の亡霊を祓って、呪いの森の少女を救って、北の村を魔物から守った。教会が何を言おうと、俺たちはレイドさんの味方だ」

 他の冒険者たちも頷いた。数週間前は「死霊術師」と聞いて顔を引きつらせていた連中が、今はレイドの側に立っている。

 ギルドの外にも人が集まっていた。町の人々だ。八百屋のおばさん、パン屋の主人、子供たちの親。朝の騒ぎを聞きつけて来たのだろう。

「教会さんよ、うちの死霊術師に何してくれてんだ」

「レイドさんがいなかったら、墓参りもできなかったんだぞ」

「うちの息子の悪夢を治してくれたのもレイドさんだ。恩人に手を出すな」

 マルクスの顔が引きつった。町ぐるみで死霊術師を庇っている。教会にとって、これは最悪の光景だろう。

「……覚えていなさい」

 マルクスは吐き捨てるように言って、椅子を蹴倒した。聖騎士たちに撤退を命じ、足早にギルドを出ていく。門に向かう背中に、町人たちの冷ややかな視線が突き刺さっていた。

 ギルドに静寂が戻った。

 それから——歓声が上がった。

「やったぞ! 追い返したぞ!」

「レイドさん、かっこよかったぜ!」

「魂を見るって、嘘を暴けるのか。すげえな死霊術師」

 フィーナが泣きそうな顔で笑っていた。「よかった……本当によかった……」

 ハンスが俺の肩をバンバン叩いてきた。痛い。

    ◇

 騒ぎが落ち着いた後、オルガに呼ばれた。

 ギルドマスターの私室。二人きり。

「見事だったよ」

 オルガが茶を淹れながら言った。だが、表情は明るくなかった。

「魂視で嘘を暴く。あれは効果的だった。だが——あの手は一度しか使えない」

「わかってる」

「次は教会も対策してくる。嘘のない人間を送ってくるか、法的根拠を固めてくるか、あるいは——力ずくで来るか」

 オルガの目が鋭かった。

「あの司祭は小物だ。だが、教会には小物じゃない連中がいる。今回の件が上に報告されれば、次はもっと大きな力で来る」

「……次に来る時までに、もっと強くなる。仲間も増やす。法的な備えも整える」

「それだけじゃ足りないかもしれないよ」

 オルガが茶をすすった。

「でもまあ——あんたにはあたしがついてる。元Aランクを舐めるんじゃないよ」

 二度目の台詞だった。だが、一度目より力がこもっていた。

    ◇

 その夜。テルミナから南に馬を走らせていたマルクス司祭は、街道沿いの宿で一通の報告書をしたためていた。

 手が震えている。屈辱と、恐怖で。

 あの死霊術師の目。紅い——いや、青白い光を帯びた目が、自分の魂の奥底まで見透かしていた。嘘が通用しない。感情が読まれる。隠し事が全て曝かれる。

 あの力が広まれば——教会にとって、致命的だ。

 ペンを走らせた。宛先は、教会本部。大司教ヴァルキス閣下。

 「テルミナの死霊術師は危険です。魂を視る能力を持っています。嘘を看破し、人間の本質を暴く力です。この能力が一般に知られれば、信仰の権威に対する重大な脅威となります」

 ペンが一瞬止まった。次の一文を書くべきか迷った。だが、書いた。

 「このまま放置すれば、教会の秘密が暴かれる可能性があります」

 封をして、早馬に持たせた。王都までは五日。

 翌朝には届く。

    ◇

 王都。教会本部。

 大司教ヴァルキスの執務室は、白い石造りの荘厳な部屋だった。高い天井にステンドグラスの光が差し込み、壁には聖典の一節が金文字で刻まれている。

 その部屋の主は——細身の老人だった。白い法衣に金の刺繍。穏やかな顔立ちだが、目の奥に底の見えない暗さがある。

 ヴァルキスは報告書を読み終え、静かに机の上に置いた。

「……魂を視る死霊術師、か」

 指先で報告書の縁を叩いた。一定のリズム。

「面白い。そして——危険だ」

 窓の外を見た。王都の尖塔が朝日に輝いている。その向こうに、テルミナがある方角。

「……ならば、勇者を使おう」

 静かな声だった。何万人もの信徒を導く大司教の声は、穏やかで、冷たくて、一切の感情を含まなかった。


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