第15話「実力の証明」
翌日、ギルドの掲示板に新しい依頼が貼り出された。
「テルミナ南西・旧ヴァルツ廃城にA級魔物【骸骨将軍】が出現。周辺住民に被害あり。至急討伐を求む」
A級魔物。通常ならA級パーティが対処する案件だ。報酬は金貨50枚。だがその金額に釣られる冒険者は、テルミナにはいない。Bランクですら足りないのだから。
掲示板の前で、冒険者たちがざわめいている。
「A級魔物だぞ……。王都からA級パーティを呼ぶしかないんじゃないか」
「でもそれだと二週間はかかる。その間に被害が広がるぞ」
オルガが奥の部屋から出てきて、俺を見た。
「レイド。できるかい」
ギルドの冒険者たちの目が集まった。ほんの数週間前は「気味悪い」と後ずさりしていた連中が、今は「あいつならどうだ」という目で見ている。
「問題ない」
即答した。
「Cランクパーティでα級魔物を? 無茶だろ」
斧のハンスが声を上げた。心配の色がある。以前「出て行け」と言ったのが嘘のようだ。
「無茶じゃない。骸骨将軍の構造は魂視で見えている。対処法はある」
オルガが小さく笑った。「行っておいで」
◇
旧ヴァルツ廃城は、テルミナから南西に半日の距離にあった。
300年前の戦争で廃棄された城砦だ。石壁は半ば崩れ、塔は傾き、蔦と苔に覆われている。かつてここを拠点にした将軍が、城を守ったまま戦死したという。
城門の前に立った時、リリスが目を細めた。
「濃いの。死者の気配が城全体から漂っておる」
魂視を展開した。
城の内部に、魂の反応が見える。一つ、二つ——数え切れない。骸骨兵だ。戦死した兵士の骨が、魔力によって動く屍兵。城の通路や広間のあちこちに潜んでいる。
「100体近いな」
「100体……」
シャルロットが息を呑んだ。
「そして奥に一体。強い魂を持った存在がいる。骸骨将軍だ。300年前の将軍の遺骨が魔力で蘇ったもの。こいつだけは魂を持っている」
「作戦は?」
「まず骸骨兵を片づける。100体を一体ずつ相手にしていたら日が暮れる」
「どうするの」
「鎮魂する。全部同時に」
リリスが振り向いた。
「100体同時に鎮魂じゃと……? それができるのか、ぬし」
「やったことはない。でも、できる気がする」
「気がする、とは頼りないのう」
「気がする時は大体できる」
リリスが呆れた顔をしたが、共鳴を通じて伝わってきたのは——信頼だった。
城門をくぐった。
薄暗い通路。石壁の隙間から冷気が吹き込む。足元に骨が散らばっている。進むにつれて、骨が動き始めた。壁に寄りかかっていた骸骨が立ち上がり、剣を拾い、こちらに向き直る。
一体、二体、五体、十体——。
通路の奥から、広間から、階段の上から。次々と骸骨兵が現れる。錆びた鎧を着て、折れた剣を持ち、空洞の目でこちらを見つめている。
数十体が通路を埋め尽くした。さらに後方からも足音が聞こえる。囲まれつつある。
「レイド」
「わかってる」
目を閉じた。
魂魄支配を——城全体に広げた。
これまでの最大範囲は町一つ分だった。だがあの時は感知しただけだ。今回は「干渉」する。100体の骸骨兵に同時に作用させる。
感覚が広がった。城の隅々まで、俺の魂魄支配が浸透していく。壁を通り抜け、床を這い、天井を伝う。全ての骸骨兵の「核」に触れた。
骸骨兵には魂がない。生前の魂はとうに消えている。動いているのは、魔力が骨を操っているだけだ。魂のない骸体を動かしている魔力の糸。それを断つだけでいい。
「——魂鎮」
城全体が震えた。
一瞬の沈黙。
そして——100体の骸骨兵が、同時に崩れ落ちた。
骨が床に散らばる乾いた音が、城全体にこだました。立っていた骸骨が一体残らず瓦解し、ただの骨の山になった。通路を埋め尽くしていた脅威が、一瞬で消えた。
シャルロットが目を見開いていた。
「……嘘でしょ」
「嘘じゃない。骸骨兵は魂を持たない。操っている魔力の糸を断てば、ただの骨に戻る」
「それはわかるけど……100体同時って……」
「ぬし、化け物じゃの」
リリスが笑っている。だがその目は笑っていなかった。驚愕を隠せていない。真祖の吸血鬼をもって「化け物」と言わしめる魂魄支配の規模。覚醒前の俺には、到底できなかったことだ。
「奥に行こう。本番はここからだ」
◇
廃城の最奥。かつての謁見の間だったのだろう。高い天井に、壊れた玉座。そこに——立っていた。
骸骨将軍。
全身を黒ずんだ甲冑で覆い、大剣を床に突き刺して直立している。頭蓋骨の目の奥に、青白い光が灯っていた。
骸骨兵とは格が違う。こちらは魂を持っている。300年前に戦死した将軍の魂が、未だに城を守り続けている。
俺たちが踏み込んだ瞬間、将軍の目の光が強まった。大剣を引き抜き、こちらに向き直る。
速い。
大剣が横薙ぎに振られた。石柱が切断される。破片が飛び散る中、シャルロットが前に出た。
剣を合わせた。金属音が謁見の間に響く。
「っ——重い!」
骸骨将軍の一撃は、シャルロットの体を半歩後退させた。だがシャルロットは踏みとどまった。右腕に力を込め、将軍の大剣を弾く。
反撃。シャルロットの剣が将軍の甲冑の隙間を狙う。だが将軍はそれを大剣で受け、蹴りでシャルロットを突き放した。
300年前の剣技が、骨の体に刻まれている。生前はS級に匹敵する戦闘力だったのだろう。死してなお、その技は衰えていない。
シャルロットが再び突進した。今度は回転を加えた斬撃。将軍が受け、返す。シャルロットが避け、反撃する。互角の剣戦。
リリスが血の茨を放った。将軍の足元を拘束しようとする。将軍は大剣で茨を切り払いながら、シャルロットの斬撃を受ける。一対二でも崩れない。
俺は後方から魂視で将軍の魂を観察していた。
——見えた。
この将軍は、怒りで戦っているのではない。義務感だ。「城を守る」という300年前の命令に、今も従い続けている。
自分が死んでいることを、知らないのだ。
「リリス、シャルロット、少し下がってくれ」
「は? 今下がったら——」
「いいから。俺に任せてくれ」
シャルロットが迷った。だがリリスが「ぬしを信じよ」と言って、シャルロットの腕を引いた。
俺は骸骨将軍の前に立った。丸腰だ。
将軍が大剣を振りかぶる。
魂魄支配を展開し、将軍の魂に直接語りかけた。
「——将軍」
大剣が止まった。俺の頭上で。
「将軍、戦争はとうの昔に終わった」
将軍の目の光が揺れた。
「お前が守っていた城は、300年前に役目を終えている。お前が仕えた王は天寿を全うし、国は平和になった。もう、守る必要はない」
将軍の魂に触れていた。その奥にある記憶を読み取る。この男は——忠義の人だった。国を守るために最前線に立ち、城を守るために最後まで剣を振り、ここで死んだ。そして死んだ後も、命令を守り続けた。300年間、ずっと。
「お前の忠義は、十分に果たされた」
大剣がゆっくりと下ろされた。
骸骨将軍は——膝をついた。
目の奥の光が、青白い炎のように揺らめいた。
「……そうか」
声が聞こえた。骨の口から、魂の声が。
「終わっていたのか。……300年も、無駄に守っていたのだな」
「無駄じゃない。お前がここにいたから、300年間この城から魔物が溢れることはなかった。お前の忠義が、この地を守っていた」
将軍の魂が震えた。
「……そうか。そうであったなら——良い」
大剣が床に落ちた。将軍の甲冑が崩れ始める。骨が一つずつ、静かに崩壊していく。
最後に残った頭蓋骨が、俺を見上げた。目の光が、穏やかに揺れていた。
「ありがとう、若き死霊術師よ。……良い眠りに就ける」
光が消えた。頭蓋骨が砕け、塵になり、風に流されていった。
謁見の間に、静寂が戻った。
◇
テルミナに帰還した。
ギルドで報告すると、オルガが即座に言った。
「Bランクに昇格だ。異論のある者はいるかい」
ギルドは沈黙した。異論など、あるはずがなかった。
フィーナが新しい冒険者登録証を手渡してくれた。
「レイドさん、おめでとうございます。……最近、テルミナの人気者ですよ」
「人気者?」
「ええ。鉱山の幽霊を成仏させてくれた話も、北部の村を救った話も、みんな知ってます。『死霊術師って怖い職業だと思ってたけど、全然違うんだ』って。昨日なんか、子供たちが『大きくなったら死霊術師になりたい』って言ってたんですよ」
「……そう言ってもらえると、嬉しいよ」
思わず笑った。素直に。
十五歳で村を追われてから、ずっと忌み嫌われてきた天職。それが、この小さな町で、少しずつ受け入れられている。子供が「なりたい」と言ってくれる職業になりつつある。
その笑顔を、リリスとシャルロットが同時に見ていた。
リリスは目を逸らした。共鳴で何かが伝わったのか、耳がわずかに赤い。
シャルロットは「何笑ってんのよ」と呟いて、掲示板に顔を向けた。その首筋も赤かった。
◇
——その直後だった。
ギルドの奥にある通信魔道具が鳴った。
甲高い警報音。緊急通信だ。フィーナが駆け寄り、魔道具に触れる。王都ギルド本部からの通信が流れた。
「——至急、全ギルドに通達。Sランクパーティ【曙光の英雄】が、第十五層ダンジョン攻略中に壊滅的被害。勇者ゼノン・ブレイド重傷。聖女エリーゼ重傷。魔戦士ダリウス行方不明。風術師ミレーヌ軽傷。至急応援を——」
ギルドがざわめいた。
Sランクパーティの壊滅。王国最強と呼ばれた【曙光の英雄】が。
俺は、動けなかった。
オルガが俺を見た。静かな目だった。
「……お前さんの、元パーティだね」
返事ができなかった。
ゼノン、重傷。エリーゼ、重傷。ダリウス、行方不明。
——俺を追放した、あの四人。
俺がいなくなった後、魂鎮めのない状態でダンジョンの深層に挑んだのか。蘇る魔物を止められる者はいない。呪詛を防ぐ者もいない。霊障から守る者も。
当然の結果だった。予想できた結果だった。
なのに——胸が、痛んだ。
「レイド」
リリスの声が聞こえた。共鳴を通じて、俺の感情が全て伝わっているはずだ。
俺は息を吐いた。
「……大丈夫だ」
「嘘じゃ」
リリスが小さく呟いた。だがそれ以上は言わなかった。
シャルロットも何も言わなかった。ただ、俺の隣に立っていた。
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