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第14話「呪いの正体」

 テルミナに戻ってから、俺は宿屋の部屋に籠もった。

 机の上に魔術書を広げ、紙に呪いの構造を書き出していく。北部の村で見た呪屍獣の呪いの核と、シャルロットの第2段階解除の時に見えた紋章。二つを並べて照合した。

 結果は明白だった。

 完全一致。

 術式の構造だけではない。呪いを編む際の「癖」まで同じだ。魔術師にはそれぞれ固有の癖がある。文字で言えば筆跡のようなもので、同じ術式を使っても、編み方の細部が術者ごとに違う。シャルロットの呪いと、呪屍獣の呪いの核は、同一の術者——あるいは同一の体系から出ている。

 さらに気になることがあった。

 第2段階の呪いを剥がした時、最も深い部分に紋章が刻まれているのが見えた。呪いの奥に隠された、術者の刻印。呪屍獣の核にも、同じ紋章があった。

 円の中に二匹の蛇が絡み合う意匠。見覚えはないが、古い魔術書のどこかで似たものを見た気がする。

 ページを繰った。深夜まで調べ続けて、ようやく見つけた。

 ——冥渦の呪術。

 数百年前の魔王が用いたとされる古代呪術の体系。死者の魂を操り、生者に呪いをかけ、魔獣を不死の兵として蘇らせる。二匹の蛇の紋章は、冥渦の呪術を示す刻印だった。

 本を閉じた。

 これは、個人が手を出せる領域じゃない。

    ◇

 翌朝。三人で食堂のテーブルについた。

 朝食を済ませた後、俺は分析結果を切り出した。だがその前に、聞いておくべきことがあった。

「シャルロット。お前の叔父——グレゴリーについて、もう少し詳しく教えてくれないか」

 シャルロットの手が、カップの上で止まった。

「……何が知りたいの」

「呪術の心得があったか。外部の魔術師と繋がりがあったか。呪いの鎧——あれは元々何だったのか」

 シャルロットはしばらく黙っていた。カップの中の茶を見つめている。それから、小さく息を吐いた。

「いいわ。話す。……あんたたちには、ちゃんと話しておくべきだと思う」

 リリスが俺の隣で静かに座っている。共鳴を通じて、リリスの感情が伝わってきた。シャルロットを急かすなという、穏やかな意志。

「アイアンメイデン家は、王国有数の騎士名家よ。代々、王家直属の近衛騎士を輩出してきた。私はその長女で、正当な後継者だった」

 シャルロットの声は淡々としていた。感情を抑えている声だ。

「叔父のグレゴリーは次男。剣の腕は並で、政治に長けた人だった。お父様が病に倒れた時、叔父上が家政を代行するようになった。私がまだ十五歳の頃よ」

「十五歳……」

「叔父上は最初から家督を狙っていたんだと思う。でも長女の私が健在な限り、正当な継承権は私にある。だから——排除することにしたのね」

 シャルロットの手が拳を握った。

「あの鎧は、元々アイアンメイデン家の家宝だった。『鉄の処女』と呼ばれた初代当主の戦鎧。代々受け継がれてきたもので、私が成人した時に正式に授けられるはずだった」

「家宝を呪いの触媒に改造した?」

「そう。十六歳の誕生日の朝、叔父上が『成人の贈り物だ』と言って鎧を持ってきた。鎧に触れた瞬間——体中に激痛が走って、気を失った。目が覚めた時には、鎧が体に融合しかけていた」

 リリスが低い声で言った。

「成人の祝いに見せかけて、呪いをかけたということか。……外道じゃな」

「お父様は病床で何もできなかった。使用人たちは怖がって近づかなかった。叔父上が『呪いの子は家の恥だ』と言って、私を離れに隔離した。それから数ヶ月——教会の司祭も、宮廷魔術師も、みんな来たけど、誰も治せなかった」

 シャルロットの声が、微かに震えた。

「最後にお父様が面会に来てくれた。でも——」

 言葉が途切れた。

「お父様は……私を怖がったの。自分の娘なのに。呪いの紋様が広がった私の手を見て、一歩後ずさった」

 静かな声だった。怒りでも悲しみでもない、もっと深い場所にある痛みだ。自分の父親に恐れられるということの重さ。

「その翌日に、追放された。『治療の見込みがないなら、せめて他の者に呪いが移らない場所へ行ってくれ』って。お父様の言葉じゃなくて、叔父上が手紙で伝えてきた。お父様が本当にそう言ったのかは——今もわからない」

 シャルロットが顔を上げた。乾いた笑みを浮かべている。

「笑えるでしょ。名門騎士家の長女が、自分の家族に追放されるなんて」

「笑えない」

 俺は言った。

「全く笑えないよ」

 シャルロットが俺を見た。その目が少しだけ揺れた。

    ◇

 シャルロットの話を聞いた後、呪いの分析結果を共有した。

「お前の呪いと、ラーゼル村の呪屍獣に使われた呪いは、同一の体系から出ている。その名前は——冥渦の呪術」

「冥渦……?」

「数百年前の魔王が使ったとされる古代呪術だ。死者の魂を操り、生者に呪いをかけ、魔獣を不死の兵として蘇らせる。極めて高度な呪術体系で、現代では失われたとされていた」

 シャルロットの顔が強張った。

「魔王の呪術って……叔父上がそんなものを使えるはずがない。あの人は剣と政治しか能がない——」

「その通りだ。だから、お前の叔父は単独犯じゃない」

 俺は机の上に広げた紋章のスケッチを示した。

「冥渦の呪術を使うには、古代の知識と膨大な魔力源が必要だ。個人の資質や努力でどうにかなるレベルじゃない。最低でも、古代の魔術書にアクセスできる機関——そして、それを実行できる魔力を持つ組織が背後にいる」

「組織って……誰が」

「わからない。だが、心当たりは一つある」

 リリスが口を開いた。

「教会じゃな」

 俺とシャルロットが同時にリリスを見た。

「800年前、わらわを封印したのは教会じゃ。あやつらは表向きは聖なる機関を名乗っておるが、その裏に何を抱えておるか——わらわは身をもって知っておる。古代の禁術を封じ、管理しているのも教会じゃ。管理しているということは、使おうと思えば使えるということじゃ」

 推測の域を出ない。だが、筋は通る。

「今の段階では断定できない。ただ、一つだけ確かなことがある」

 俺はシャルロットを見た。

「お前の呪いは治す。それだけじゃなく、この呪いを使ってお前を苦しめた奴らを、必ず突き止める」

 シャルロットが息を呑んだ。

「……なんで、そこまでするの。私のために」

「理由がいるか? 仲間が苦しんでるのに、黙って見てる方がおかしいだろ」

「仲間……?」

 シャルロットが目を瞬いた。

「私、まだ仮加入なんだけど」

「仮も本も関係ない。うちのパーティに入った時点で、お前は仲間だ」

 シャルロットが何か言おうとして、口を閉じた。それから、もう一度開いて、また閉じた。

 最後に、小さく呟いた。

「……仲間って言ってもらえたの、初めてかもしれない」

 リリスが満足げに頷いた。「よかったのう」

「べ、別に嬉しくなんかないから! ただ事実を確認しただけで——」

「嘘じゃ。共鳴でわらわにはわかる。ぬしとレイドが契約しておらずとも、顔に全部書いてあるぞ」

「っ……!」

 シャルロットが顔を真っ赤にして席を立った。「ちょっと外の空気吸ってくる!」と叫んで食堂を飛び出していった。

 リリスが笑っている。俺も少しだけ笑った。

    ◇

 その夜。

 屋上に出て、夜空を見上げた。習慣になりつつある。

 魂視を展開した。テルミナの町が眠りについている。穏やかな魂の光が、家々の中で瞬いている。

 足元に意識を向けた。テルミナの地下。冥府の門。

 ——脈動していた。

 前回感じた時より、明らかに強い。深淵が呼吸するように膨らみ、縮む。何かが、目覚めかけている。

 鉱山の幽霊を鎮めた日から、この脈動は少しずつ強くなっている気がする。俺が魂魄支配を使うたびに、地下の何かが反応しているのか。それとも——時期が来ているのか。

 今すぐ調査すべきか。いや、情報が足りない。冥府の門について、オルガに聞いてみるべきかもしれない。

 魂視の範囲をさらに広げた。テルミナの外。北の森。南の街道。東の——

 止まった。

 遥か南東——王都の方角から、複数の魂が動いている。

 見覚えのある気配だった。

 金色に輝く魂。聖剣の力で増幅された、眩いほどの光。その隣に、聖女の白い魂。赤い炎の魂。風の色をした魂。

 四つの魂が、こちらに向かっている。

「……ゼノンたちか」

 心臓が一拍、強く打った。

「何があった?」

 七年間、一緒にいた仲間の魂。追放した側の人間たち。あの四人が王都を離れて移動しているということは、何かが起きている。

 まだ遠い。テルミナに来るかどうかもわからない。だが——方角は、こちらだ。

 夜風が冷たかった。

 星空の下で、俺は静かに息を吐いた。過去が、追いかけてくる気配がした。


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