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第12話「第2段階の呪い解除」

 テルミナに来て二週間が経った。

 その間、依頼をこなしながらシャルロットの体調を観察し続けた。第1段階の呪い解除後、残りの6層が新しい均衡を形成するのを待つ必要があった。無理に次の層を剥がせば、呪い全体のバランスが崩れて魂ごと壊れる。

 毎朝、魂視でシャルロットの呪いの状態を確認する。初日は不安定だった均衡が、日を追うごとに落ち着いていく。黒い鎖の揺れが小さくなり、金色の魂の輝きが少しだけ強くなった。

 二週間目の朝。魂視で見て、確信した。

「今日、第2段階の解除に入る」

 シャルロットの目が一瞬強張った。だがすぐに頷いた。

「わかった」

 宿屋の部屋を治療用に整えた。窓を閉め、静かな環境を作る。ベッドにシャルロットを座らせ、向かい合う形で椅子に座った。リリスは部屋の隅で見守っている。

「今回は鎧の右腕部分に巻きついた呪いを解く。成功すれば、右腕が完全に自由になる」

「今でもある程度動くけど」

「ある程度、だろ。第1段階で表層の束縛を外しただけだ。第2層は筋肉と骨に食い込んでいる。これを外せば、鎧そのものが右腕から剥がれる」

 シャルロットが自分の右腕を見た。黒い鎧が肌に融合しかけている腕。呪いの紋様が指先まで走っている。

「手順を説明する。俺が魂魄支配で呪いの第2層に直接触れる。呪いを引き剥がす時、かなりの痛みがある。前回より深い層だから、比べものにならないくらい痛い」

「……舐めないで。これくらいの痛み、今までずっと——」

「シャルロット」

 俺はシャルロットの目をまっすぐ見た。

「痛かったら痛いって言っていい。我慢しなくていいんだ」

 シャルロットが言葉を止めた。

 しばらく、何も言わなかった。唇が微かに震えた。

「……誰にも、そんなこと言われたことない」

 小さな声だった。半年間、一人で呪いの痛みに耐えてきた。その前も、叔父に呪いをかけられた時、父は病床で何もできず、使用人たちは恐れて近づかなかった。「痛い」と言える相手が、一人もいなかった。

「今は言っていい。俺が聞く」

「……わかった」

    ◇

 治療を始めた。

 シャルロットの右腕に手を当てる。鎧越しに呪いの冷気が伝わってくる。魂魄支配を展開し、第2層の呪いに触れた。

 ——硬い。

 第1層は比較的柔らかかった。表層の束縛を解くだけだったから。だが第2層は違う。呪いが筋繊維の一本一本に食い込み、骨にまで根を張っている。これを引き剥がすのは、肉体から棘を一本ずつ抜くような作業だ。

 最初の一本を引いた。

 シャルロットの体が跳ねた。

「っ——!」

 歯を食いしばっている。額に汗が浮かぶ。だが声は出さない。

 二本目。三本目。呪いの棘を抜くたびに、シャルロットの体が震える。呪いが抵抗している。引き剥がされまいと暴れ、シャルロットの神経を焼く。

「平気……平気だから……」

 平気じゃないのは、共鳴ではなく、その表情を見ればわかる。顔が蒼白で、唇を噛みすぎて血が滲んでいる。

「無理するな。——リリス」

 リリスが動いた。シャルロットの左手をそっと取り、自分の両手で包んだ。

「わらわがおるからの。力を込めてよいぞ」

「い、いらない。一人で——」

「一人で耐える必要はないと言うたじゃろう。ぬしは頑固じゃのう」

 シャルロットの目に涙が浮かんだ。我慢の限界が近い。

 俺は手を止めなかった。ここで止めれば、剥がしかけた呪いが元に戻る。一気にやるしかない。

「シャルロット、あと少しだ。耐えてくれ」

 最も深い棘に手をかけた。骨に食い込んだ呪いの根。これが第2層の核だ。

 引いた。

「——ッッ!!」

 シャルロットが声を上げた。我慢できなかったのだろう。叫びに近い声だった。リリスの手を、握り潰さんばかりの力で握りしめている。

 呪いが暴れた。黒い霧がシャルロットの右腕から噴き出し、俺の手に転移しようとする。リリスの不死再生が即座に反応し、転移した呪いを消し去った。

 最後の根を引き抜いた。

 黒い鎧の右腕部分が、音を立てて砕けた。破片が床に散らばる。その下から現れたのは、白い肌だった。呪いの紋様が消え、本来の少女の腕が姿を見せた。細いが、剣士の筋肉がついている腕。

 シャルロットは荒い息をついていた。涙が頬を伝っている。痛みの涙だ。だがその目は——もう、虚ろではなかった。

「……動く」

 右手を開いた。閉じた。指が一本ずつ、自由に動く。

 握った。拳を作った。力が入る。半年ぶりの、自分の腕だ。

「動く……ちゃんと動く……!」

 シャルロットが自分の右手を見つめた。何度も開いて、閉じて。指先まで感覚が戻っている。呪いの冷気も、痺れも、もうない。

「あと5段階。必ず全部外す」

 俺がそう言うと、シャルロットは——初めて、まっすぐこちらを向いて笑った。

 不器用な笑みだった。頬に涙の跡が残っていて、目が赤くて、髪はぐしゃぐしゃで。でも、これまでのどの表情よりも明るかった。

「……ありがとう」

 それから、慌てて顔をそむけた。

「あ、いや、まだ途中だし。お礼を言うのは早いか。全部終わってから言う。今のは忘れて」

「素直になるがよい」

 リリスがにやにやしている。まだシャルロットの左手を握ったままだ。シャルロットが気づいて、慌てて手を引っ込めた。

「う、うるさい! 離して!」

「ぬしが離さなかったのじゃぞ?」

「っ……!」

 シャルロットの耳が真っ赤だった。

 俺は椅子にもたれて、長い息を吐いた。治療の疲労が一気に来る。だが、悪い疲労じゃなかった。

    ◇

 午後。

 シャルロットは昼食をたっぷり食べた後——リリスに「よく食べるのう」と笑われていた——宿屋の裏庭に出た。

 俺は部屋の窓から見ていた。治療の疲労で体が動かない。リリスが「ぬしは休んでおれ」と言って茶を入れてくれた。

 裏庭で、シャルロットが木剣を手に取った。宿の主人が薪割り用に置いていたものだ。

 構えた。

 右腕を前に、左足を引いて、重心を落とす。アイアンメイデン家の剣術の基本構えだろう。半年間使えなかった右腕で、もう一度剣を握る。その手が震えていた。

 一振り。

 空を切る音が鋭かった。

 二振り、三振り。振るたびに、動きが滑らかになっていく。体が思い出している。骨に刻まれた型が、筋肉に命令を下す。四振り目で踏み込みが加わり、五振り目で回転が入った。

 六振り目——。

 風が鳴った。

 木剣が空気を裂く音ではない。木剣の周囲の空気そのものが渦を巻いた。斬撃の軌道に沿って、風の刃が走る。裏庭の端に積まれていた薪が、三本まとめて真横に弾け飛んだ。

 シャルロット自身が驚いた顔をしていた。自分の剣技の威力に。

 裏庭の塀の向こうから、声が聞こえた。ギルドの冒険者が数人、通りかかったのだろう。

「おい、今の見たか……?」

「あの動き……木剣であの威力って、尋常じゃねえぞ」

「Aランク……いや、それ以上か? あの呪いの少女、何者だよ」

 シャルロットは冒険者たちに気づいて、剣を下ろした。少し気まずそうにしている。だが、俺には見えた。シャルロットの表情の奥に——剣を振れる喜びが、隠しきれずに溢れていた。

 リリスが窓辺で茶をすすりながら呟いた。

「よい剣じゃの。あの娘、本気で鍛えておったのじゃな」

「ああ。呪いが全部外れたら、相当な戦力になる」

「ぬし、嬉しそうじゃの」

「……そうか?」

「共鳴で丸わかりじゃ」

 否定はしなかった。

    ◇

 夕方、ギルドに行くと、空気が慌ただしかった。

 冒険者たちがカウンターの前に集まっている。フィーナが深刻な表情で依頼書を掲示板に貼り出していた。

「緊急依頼です。テルミナ北部のラーゼル村が魔物の群れに襲われています。至急救援を求めています」

 依頼書を見た。ランクはB級相当。魔物の群れの規模は推定三十体以上。通常なら、Bランクパーティ二組以上で対処する案件だ。

 だがテルミナにBランクパーティはいない。

 奥の扉が開いて、オルガがてきた。ギルド全体を見渡してから、俺に目を向けた。

「レイド。行けるかい」

 ギルドの他の冒険者たちも、俺を見ていた。二週間前は「気味悪い」と言っていた連中が、今は「あいつなら」という目で見ている。

「ああ。行きます」

 隣にいたシャルロットに向き直った。

「シャルロット、来るか?」

 シャルロットは一瞬だけ目を見開いた。それから、右手で腰の剣を掴んだ。午後の素振りで確かめたばかりの、自分の腕。自分の剣。

「当然。——借りを返すわ」

 リリスが腕を組んで笑った。

「では三人で行くとしようかの。わらわも久々に暴れたいところじゃ」

 オルガが小さく頷いた。その目に、50年前の記憶が一瞬よぎったのを、俺は見逃さなかった。


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