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第11話「三人パーティ」

 シャルロットの呪い治療は、しばらくテルミナを拠点にして進めることになった。

 第1段階の解除に成功したとはいえ、まだ6段階残っている。次の解除には少なくとも数週間の間隔が必要だ。呪いが新しい均衡に落ち着くのを待たなければ、無理に剥がせば魂ごと壊れる。

 その間、シャルロットはパーティに仮加入することになった。

「【月下の棺】、三人目のメンバー追加登録をお願いします」

 ギルドの受付でフィーナに書類を渡す。フィーナは少し驚いた顔をしたが、すぐに書類に目を落とした。

「シャルロット・アイアンメイデンさん、天職は……騎士、ですね。了解しました」

 カウンターの奥で、冒険者たちがまたざわめいている。

「おい、見たか。あの死霊術師、吸血鬼の次は呪いの少女連れてきたぞ」

「好き好んで厄介な連中ばっかり集めてるな」

「いや、墓地の亡霊退治したのも、呪いの冒険者を助けたのもあいつだろ。腕は確かだ」

「腕が確かでも、気味悪いもんは気味悪い」

 シャルロットが俺の袖を引いた。

「……気にならないの? あんなこと言われて」

「慣れてる」

 シャルロットが黙った。少しの間、俺の顔を見つめてから、目を伏せた。

 ——また「慣れてる」って言った。この人、どれだけ我慢してきたんだろう。

 そんな声が、シャルロットの表情から読み取れた。共鳴ではない。ただ、同じように追放された者同士の、勘だ。

    ◇

 三人での生活は、予想外に賑やかだった。

 宿屋の部屋は二部屋取った。俺が一部屋、リリスとシャルロットが一部屋。当然の配分だが、問題は朝だった。

「シャルロット、朝食は何がよい?」

「自分で食べます。別に世話になるつもりは——」

「まあまあ、遠慮するでない。ぬしは病人じゃろう? 大人しくしておれ」

「病人って言わないで! 呪いはまだあるけど、体は動くんだから!」

「動くと言うても、右腕以外はまだ満足に使えぬじゃろう。無理をするでない」

「っ……うるさいわね!」

 朝からリリスとシャルロットが言い合っている。リリスは800年の余裕でシャルロットを「妹」扱いし、シャルロットはそれを全力で拒否する。だが拒否しながらも、リリスが毛布をかけ直してくれるのは受け入れているし、リリスが用意した湯たんぽも捨てていない。

 俺は台所で三人分の朝食を作っていた。卵とパンとスープ。最近はこの組み合わせが定番になりつつある。

 テーブルに並べると、シャルロットがスープを一口飲んだ。

「……美味し」

 言いかけて、口を閉じた。

「何でもない」

「素直になるがよい」

 リリスが微笑んだ。シャルロットの耳が赤くなる。

「素直とかじゃなくて! 普通に、温かいものが久しぶりだっただけで——」

「半年間、森で一人だったのじゃろう? 温かい飯を食えるのは幸せなことじゃ。わらわは800年食えなかったからの。その気持ちはよくわかる」

 シャルロットが言葉を詰まらせた。リリスの声に、嘘のない実感がこもっていたからだろう。

「……ありがと」

 小さな声だった。リリスが満足げに頷いた。

 俺がその光景を見て、少しだけ笑った。

 シャルロットとリリスが同時にこちらを向いた。

「何がおかしいの」

「何がおかしいのじゃ」

 見事な同時発声だった。本人たちはそれに気づいてさらに不機嫌になり、俺はスープを飲んで誤魔化した。

    ◇

 ギルドの掲示板で、Cランク依頼を受けた。

「テルミナ北方・旧カーデン鉱山にて霊体が出没。鉱夫の作業に支障あり。鎮魂を求む。報酬:金貨8枚」

 鉱山に幽霊が出る。物理攻撃が効かないので、通常の冒険者は手が出せない。俺向きの依頼だ。

 テルミナから北に半日歩くと、旧カーデン鉱山に着いた。岩肌が露出した山の中腹に、木造の坑道入口がある。鉱山ギルドの監督官が出迎えてくれた。恰幅の良い中年の男で、名はゲルトという。

「助かるよ、冒険者さん。もう三ヶ月も奥の坑道が使えなくてね。近づいた鉱夫が次々と気を失うんだ。医者は原因不明って言うし、教会の祈祷も効かねえ」

「霊障ですね。坑道の奥に何かあるはずです」

「好きにやってくれ。ただし、落盤には気をつけてくれよ。あの辺りは100年前にでかい事故があってな。……鉱夫が何十人も生き埋めになった」

 100年前の落盤事故。それが原因か。

 三人で坑道に入った。松明の光が湿った壁を照らす。奥に進むほど空気が冷たくなる。生きている人間の温度ではなく、死者の冷気だ。

「魂視」

 見えた。坑道の奥に、無数の魂が揺らめいている。青白い光が壁や天井に漂い、怨嗟の声がこだましていた。

 だが——よく見ると、怒りではなかった。

 悲しみだ。

 魂魄支配を展開し、最も近い魂に語りかけた。

「——聞こえるか」

 魂が震えた。形を成す。青白い光が、かつて人間だった輪郭をとった。鉱夫だ。年老いた男の姿。目に涙を浮かべている。

「お前さん……わしらが見えるのか」

「ああ。俺は死霊術師だ。お前たちの声が聞こえる」

 老いた鉱夫の魂が崩れるように泣いた。

「100年じゃ……100年間、誰にも聞こえなかった。わしらはここで死んだ。落盤で。だが——仲間の遺体が、まだ奥に埋まっておる。誰も掘り出しに来てくれなかった。わしらはただ、仲間を弔ってほしいだけなんじゃ」

 他の魂たちも形を成し始めた。十数人の鉱夫の魂が、俺の前に集まってくる。全員が同じことを訴えていた。仲間を掘り出してくれ。ちゃんと弔ってくれ。それだけでいい。

「……わかった。必ず伝える」

 俺はゲルトのところに戻り、事情を説明した。

「落盤で亡くなった鉱夫たちの魂が、仲間の遺体をちゃんと弔ってほしいと訴えています。遺体が埋まっている場所は魂視で特定できます。発掘して、弔ってやってください」

 ゲルトは最初は半信半疑だった。だが、俺が指し示した場所を掘り返すと、実際に遺骨が出てきた。100年前の鉱夫たちの、忘れ去られた遺骨。

 ゲルトの顔色が変わった。

「……本当だったのか。こいつら、100年もここで待ってたのか」

「ああ。仲間に会いたかったんだ」

 遺骨を全て掘り出し、鉱山の麓に墓を作った。簡素だが、ちゃんとした墓だ。墓標を立て、鉱夫たちの名前を刻んだ。名前はゲルトが古い記録から調べてくれた。

 魂鎮を施した。鉱夫たちの魂が、一人ずつ穏やかに消えていく。最後に残った老いた鉱夫が、微笑んだ。

「ありがとう……死霊術師さん。100年ぶりに、安心して眠れるわ」

「ゆっくり休んでくれ」

 全ての魂が還った後、坑道の冷気が消えた。

 ゲルトが深々と頭を下げた。

「感謝する。これで鉱夫たちも安心して働ける。——追加報酬を出させてくれ。金貨5枚。いや、10枚だ。100年越しの弔いをしてくれたんだ。これくらいじゃ足りねえが」

 依頼報酬と合わせて金貨18枚。パーティの資金が一気に潤った。

 帰り道、シャルロットが不思議そうに聞いてきた。

「あんた、死者と話せるの?」

「魂魄支配で魂に直接語りかけられる。言葉というより、感情や意志の交換に近いけど」

「……すごいのね。死霊術師って、忌み嫌われてるけど——本当は、死者と生者を繋ぐ仕事なのね」

 そんなふうに言われたのは、初めてだった。

    ◇

 夜。宿屋の食堂で三人で食事を取った。

 今日の稼ぎが良かったので、いつもより豪華にした。肉のシチューに焼きたてのパン、サラダ、デザートの果物。シャルロットは黙々と食べていたが、シチューのおかわりを頼む時だけ、少し恥ずかしそうにしていた。

「これからの方針を話しておきたい」

 食後、俺は切り出した。

「しばらくテルミナで依頼をこなしながら、シャルロットの呪い治療を進める。第2段階の解除は二週間後を目処に。それまでは無理をしない」

 シャルロットが頷いた。それから、少し迷ってから口を開いた。

「……あの。一つだけ言っておきたいことがある」

「何だ」

「私もちゃんと戦えるから。足手まといにはならないから。今日は出番がなかったけど——」

「わかってるよ」

 俺はシャルロットを見た。

「お前の剣技、かなりのものだろ。魂視で見えた。呪いに蝕まれた体で、魂の中の剣技の記憶がまだ鮮やかに残っている。相当鍛えてきたんだな」

 シャルロットの目が一瞬大きくなった。それから、必死に表情を整えて、腕を組んだ。

「当たり前でしょ。アイアンメイデン家の剣術を舐めないで。名門騎士家の長女として——」

 声が少し震えた。「名門騎士家の長女」。追放される前の自分の肩書き。もう使えないはずの、誇り。

 リリスが静かに微笑んだ。「よい目をしておる。ぬしは強くなるぞ、シャルロット」

 シャルロットは何も言わず、パンの最後の一切れを口に押し込んだ。耳が赤かった。

    ◇

 二人が部屋に戻った後、俺は宿屋の屋上に出た。

 夜空が広がっていた。テルミナの夜は暗い。王都と違って街灯が少なく、星がはっきり見える。満天の星空。パーティにいた頃は、夜番で仲間の魂を守ることに集中していて、こんなふうに星を眺める余裕はなかった。

 何気なく、魂視を展開した。

 最近、範囲が広がっている。覚醒前は目の前の数メートルが限界だったが、リリスとの契約以降、どんどん感知範囲が伸びている。今ではテルミナの町全体が見える。住民たちの魂が、家々の中で穏やかに眠っている。温かい光の点が、無数に瞬いている。

 静かな町だ。良い町だ。

 ——ふと、違和感を覚えた。

 足元の遥か下。地面の、そのさらに下。町の地下深くに——何かがいる。

 いや、「いる」のではない。「ある」のだ。

 巨大な気配。魂とも呪いとも違う、もっと根源的な何か。底の見えない深淵が、テルミナの地下に口を開けている。そこから微かに、途方もなく古い魂の残響が漂い上がってくる。数百年、数千年——いや、もっと古い。人間の歴史より古い気配だ。

 背筋が冷えた。

「……この町の下に——冥府の門がある……?」

 呟いた声が、夜風に消えた。

 星空の下で、俺は立ち尽くしていた。テルミナの地下に眠るものの正体は、まだわからない。だが一つだけ確かなのは——あれは、俺の魂魄支配に反応しているということだ。

 呼んでいるのか。それとも、警告しているのか。

 階下から、リリスの声が聞こえた。

「レイド、いつまで起きておるのじゃ。明日も依頼があるじゃろう」

「……ああ、今行く」

 もう一度だけ、足元の地下に意識を向けた。

 深淵は沈黙していた。だがその沈黙は、何かを待っている沈黙だった。


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