第1話「死霊術師は、いらない」
酒場は歓声に包まれていた。
王都ヴァルハイムの一等地にある高級酒場『黄金の杯』。シャンデリアの灯りが金色の壁を照らし、給仕たちが高い酒を次々に運んでいく。テーブルには焼いた猪の丸焼きが鎮座し、銀の皿に盛られた色とりどりの料理が所狭しと並んでいる。
Sランクパーティ【曙光の英雄】が、第十三層ダンジョンの踏破に成功した。その祝いの席だ。
店の中央で、金髪碧眼の青年が杯を高々と掲げている。聖剣勇者ゼノン・ブレイド。俺たちのパーティリーダー。
「今日の勝利は、俺たちの実力の証だ!」
歓声が上がる。聖女エリーゼが慎ましやかに微笑み、炎剣士ダリウスが「さすがゼノンだぜ!」と拳を突き上げ、風の踊り子ミレーヌが花弁を散らす風魔法で宴を彩った。ギルドの職員も、他のパーティの冒険者たちも、こぞってゼノンに握手を求めている。
光の中にいる四人。王都中の称賛を浴びて、眩いほどに輝いている。
——その輪から外れた場所で、俺は一人、カウンターの端に座っていた。
レイド・ノクターン。天職——死霊術師。
カウンターの隣の席は空いている。俺が座った時、両隣の客がそれぞれ席を移った。別に何もしていない。ただ座っただけだ。だがその時、俺の天職を知っている冒険者が小声で囁いたのが聞こえた。「あいつ死霊術師だぞ。近づくな」。それだけで、カウンターの端に見えない壁ができた。
七年間、ずっとこうだ。慣れた。
安い麦酒を口にしながら、さっきの戦闘を思い返す。
第十三層の最深部。不死の魔将。ゼノンの聖剣で斬っても、ダリウスの炎で焼いても、何度でも蘇った。エリーゼの聖光魔法すら通じず、パーティは壊滅の瀬戸際に追い込まれた。
俺が魂魄支配で魔将の不死性を封じた。
具体的に何をしたか。魔将の魂に直接干渉し、再生の核を一つずつ潰した。核は九つあった。九つ全てを同時に抑え込まなければ、潰した端から再生する。俺は両手の指一本一本に意識を分割し、九つの核を同時に掴んで、押さえ続けた。三十分間。鼻血が出ていた。視界が白く明滅していた。立っているだけで精一杯だった。
その間に、ゼノンが聖剣で止めを刺した。
「ゼノンの一撃が決め手だったな!」「さすがSランク!」「聖剣勇者の本気はやっぱ違うぜ!」
誰も、俺が何をしていたかに触れなかった。目の前で鼻血を拭いていた俺を、誰も見ていなかった。
——別にいい。感謝されたくてやっていたわけじゃない。
そう自分に言い聞かせるのも、七年目になると上手くなる。
◇
「おい、レイド」
顔を上げると、ゼノンが立っていた。
背後にエリーゼ、ダリウス、ミレーヌ。四人が揃っている。宴の喧騒から切り離された、カウンターの端。
嫌な予感がした。こういう並び方をする時、大抵ろくなことがない。
ゼノンの表情に、さっきの祝宴の明るさはなかった。だが、深刻さもない。報告を一つ済ませに来た、という顔だった。
「話がある。——お前は明日から、このパーティに来なくていい」
酒場の喧騒が、一瞬だけ遠くなった。
「……追放か」
「そんな大げさな言い方するな。ただ、お前はもう必要ないってだけだ」
ゼノンは腕を組んで、まっすぐ俺を見下ろした。
悪意はなかった。それが一番堪えた。
七年間一緒にいた仲間を切る時に、怒りも苦悩もない。ただの「処理」だった。不要になった装備を売り払うのと同じ温度で、人間一人の七年間を切り捨てている。
「正直に言う。お前が何をしてるのか、俺たちにはわからない。戦闘中もいつも後ろでブツブツ唱えてるだけだろ? さっきの魔将戦だって、俺の聖剣が最後に決めたわけだし。はっきり言って——戦力になってないんだよ」
——お前が何度死にかけたか、知っていたら同じことが言えるか。
言わなかった。言ったところで、信じてもらえないのはわかっている。七年間かけて証明できなかったことを、今更言葉で伝えられるはずがない。
「それに——」ゼノンの声が少し低くなる。「死霊術師がパーティにいるってだけで、俺たちの評判が落ちてんだ。教会からの高額依頼も減ってきた。わかるだろ?」
「レイドさん」
エリーゼが一歩前に出た。
困ったような笑顔。眉を下げて、小さく首を傾げて、申し訳なさそうに——だが目の奥は冷ややかだった。俺は七年間、この目を見てきた。優しい言葉の裏にある計算を。
「あなたがいると、パーティの雰囲気が暗くなるの。わかるでしょう? あなたの天職は……その、周りを不安にさせるから。あなた自身が悪いわけじゃないのよ。ただ——パーティのためを思うなら、身を引いてくれた方が、みんなのためなの」
「みんなのため」。七年間、その言葉で俺を影に押し込めてきた。「目立たないで」「ゼノンの手柄にしておいて」「影にいるのがあなたの役割でしょう」——全部、「みんなのため」だった。
そして最後に「みんなのため」に、俺を捨てる。
「死霊術師なんかに食わせる飯はねえんだよ!」
ダリウスが吐き捨てた。この男はいつもこうだ。単純で、直接的で、何も考えていない。酒場で他のパーティに「うちの死霊術師は足手まとい」と笑い話にしていたのを知っている。前日に魂鎮めで悪夢から守ってやった翌朝に、「昨日はよく寝た」と伸びをしていた男だ。
ミレーヌは——無言だった。
目が合った。一瞬だけ、ミレーヌの視線が揺れた。何か言いたそうに見えた。唇が微かに動いた。
だが結局、彼女は口を開かなかった。目を伏せて、一歩後ろに下がった。
沈黙は、時に暴言より重い。ミレーヌが何を知っていて、何に気づいていたのか。それを口にしなかったことが、何を意味するのか。——考えるのは、やめた。
俺は四人の顔を順に見た。
ゼノン。エリーゼ。ダリウス。ミレーヌ。
七年間、一緒に戦ってきた。眠れない夜に霊障から守り続けた。倒した魔物の魂が蘇らないよう、毎回毎回、鎮め続けた。四人のスキルが最大限に発揮されるよう、陰で魂を底上げし続けた。
その全てが、「後ろでブツブツ言ってるだけ」。
「七年か」
俺は立ち上がった。
「長い付き合いだったな」
「ちょっと待て、まだ話は——」
「もういい」
ゼノンの言葉を遮って、背を向けた。
「お前たちの言う通りだよ。死霊術師は暗くて、気味が悪くて、いないほうがいい。——ああ、全くその通りだ」
酒場の扉を開けた。外は夜だった。冷たい風が頬を撫でる。
振り返らなかった。振り返っても、見送る者はいないとわかっていた。
◇
七年分の荷物は驚くほど少なかった。
宿の部屋に戻り、棚を開けた。黒の予備の外套。使い込んだ古い魔術書が一冊。パーティの共有金庫から渡された分配金が銀貨数枚。それだけだ。七年間の全てが、背負い袋一つに収まった。
宿の主人に挨拶した。「お世話になりました」。主人は少しだけ困った顔をして、「あんた、いい客だったよ。静かで、部屋も綺麗に使ってくれて」と言ってくれた。
七年間で、別れ際に温かい言葉をくれたのは、この人だけだった。
王都の大通りを抜け、裏路地に入る。深夜の石畳に、俺の足音だけが響いている。酒場から漏れる灯りが遠ざかり、やがて闇だけになった。
見上げると、建物の隙間から星が見えた。
綺麗だった。
こんなにゆっくり星を見たのは、いつぶりだろう。パーティにいた七年間、夜はいつも仲間の周りに魂の守りを張っていた。ゼノンたちが安眠している間も、俺はずっと起きていた。魔物の残滓が悪夢にならないように。霊障が体に入り込まないように。毎晩、毎晩。
もう、その必要はない。
守る相手がいなくなった夜は、こんなにも静かだった。
「まあ、いいさ」
独り言が白い息に変わった。
「俺は死霊術師だからな。嫌われるのは——慣れてる」
外套の襟を立て、王都の門に向かった。行く当てはない。だが、立ち止まる理由もない。
門番に登録証を見せ、門を出た。門番は天職の欄を見て一瞬顔を強張らせたが、何も言わなかった。深夜に一人で王都を出る死霊術師。関わりたくないのだろう。
石畳が土の道に変わった。
——その時だった。
足の裏に、微かな振動が走った。
石畳の下。地面の、ずっと深いところ。何かが脈動している。心臓の鼓動のような、だがもっと大きな何かの鼓動。
「……なんだ、今の」
立ち止まって足元を見た。だが振動はもう止んでいた。
気のせいか。疲れているだけか。
俺は再び歩き出した。暗い街道の先に、何があるかはわからない。だが——背後に残してきたものより悪いことは、そうそうないだろう。
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