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後宮闘球 ~妃の序列は楕円球が決める~  作者: 遊佐東吾


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5/7

ナンバー8を倒すには〈2〉

 大会は第10節終了まで進んでいた。馬騒動の勃発した翌週だ。

 東西南北、それぞれの地区で6チームが総当たりするわけだが、同一チームとの対戦は合計三度ある。

 最終の第15節を終えると、各地区の優勝チームのみがプレーオフの決勝トーナメントへと進出し、ダエン皇の御前にてそのシーズンの覇者が決まる。


 長いリーグ戦の日程もすでに七割近くを消化し、優勝戦線から脱落したチームが多くなってきた。

 最大のサプライズはやはり、前年の優勝チームである明星闘球団が連覇どころの成績ではなく、東地区の最下位に低迷していることだろう。


「いやあ、まさか明星団があれほどまで脆さを見せるとは」


「少なくとも東地区の制覇は堅いと読んでおったのですが、わからんもんです」


 日中に第10節の試合を無事に終え、その慰労会という形で礼拝堂での宴会が催されていた。集まっているのは大会の関係者、それも裏方にあたる人たちである。


 手持ち無沙汰なサクラが壁にもたれ、ぼうっと窓から外を眺めてみても、月も星もまったく見えぬ暗い夜だった。

 ジルベールの従者である彼女だが、宴会に関してはほとんどやることがない。料理は懇意にしている食事処が請け負っており、酒についても客同士でぐいぐい注ぎ合っている。下手に世話を焼こうとしても断られる始末だ。


 現在のアザナイ皇国では、ダエン皇の指示によって行政府への平民の登用が増えていた。大規模なリーグ戦を支える裏方にも有能な人材が多く参加している。

 そんな人たちを労いながら、忌憚のない意見交換をするのがジルベールにとっての宴会だ。特に盛り上がった夜の酒量は凄まじいことになってしまうのが、サクラにとっての頭痛の種ではあるのだが。


「明星団の内部事情、ジルベール殿は何か聞き及んでおられますか?」


「視察は何度かいたしましたが、チーム関係者からワタシにはなかなか本音を話してもらえませン。警戒されているんでしょうネ」


 別に陛下へ告げ口するつもりなどないのですガ、と広い肩を竦めている。


「あたし、とんでもない話を耳にしましたよ」


 その会話の輪の中へ小柄な女性も入ってきた。各チームが皇都で試合をする際の宿泊施設の手配を任されている人であり、サクラも何度か話したことがある。


「今、明星団のヘッドコーチって実質三人目らしくて」


「んん? それどういうこと?」


 あのですね、と事情通の小柄な女性が話を続ける。


「二人目のヘッドコーチが権限の一切を剥奪されて、とにかく置物扱いになっているらしいんです。状況を立て直せなかったのはお前の責任だー、って。で、別のコーチが暫定的に作戦を立てて指揮を執っているそうで」


「無茶苦茶だ」


「でももうそれ以前の問題っぽいですけどね。首脳陣と選手の間だけにかぎらず、選手同士でも溝が深まっているって話も聞きましたから。起用法で揉め、俸給の額で揉め、もはや大半の選手は移籍希望だとか」


「崩壊ここに極まれり、だ」


「なるほどね。皇国全土から選手をかき集めて、それで拵えた最強チームがたったの一年しか続かないんじゃ、こりゃやっぱり東春妃というかマヤシャー家のやり方が上手くなかったんだなあ」


 熱のこもっていく会話を何とはなしに聞きながら、サクラはカンノトの置かれた状況を不憫に思っていた。話を聞くかぎりさぞ居心地の悪いチームなのだろう。他の選手と同様、移籍先を模索しているのかもしれない。

 とはいえ、いざとなれば彼を連れて遊牧民の暮らしに戻るだけである。表向きの態度はどうあれ族長も歓迎してくれるはずだ。


 舐める程度に水を口に含みつつサクラが、そろそろジルベールたちのところにも酒とすり替えて水を置いておこうか、と考えだしていたその矢先。


「そういえばサクラ殿、大手柄だったそうですね」


 いきなり例の小柄な女性から話が振られてきた。


「うえ? わたしですか?」


「またとぼけて。つい先週のことじゃないですか。逃げ出して往来を走る馬を、ひらりと飛び乗って制してみせたってもっぱらの噂ですよ」


「あー」


 結果的にあのときは誰も怪我人が出ず、馬もお咎めなしとなっている。

 だからサクラの中ではすでに片が付いた話であった。今さら称賛の体で持ち出されても正直こそばゆいだけだ。

 なのにジルベールが誰よりもうれしそうな顔で何度も頷いている。


「皆さんにもご覧になっていただきたかったですネ。サクラの格好よさときたら、全身が痺れてしまうほどでしたかラ」


 集まっている一同から「おおお」とどよめきの声が上がった。

 顔を覆ってしまいたくなるくらいに恥ずかしいが、それでは逆にジルベールへ恥をかかせてしまう。

 伏し目がちに小さく頭を下げ、最低限の礼儀は守って嵐が過ぎ去るのを待つ。

 けれども場の熱気はまだまだ冷めそうになかった。


「サクラ殿の瞬時の機転と、実行に移せる俊敏さと技術、何より並外れた度胸。ラグビーをやっていたらきっと名SH(スクラムハーフ)になったでしょうねえ」


「おおう、確かに適任でス!」


 いかにも固そうな握り拳を作って、ジルベールが大いに賛同している。

 ラグビーのポジションにおけるスクラムハーフとは、常にFW(フォワード)陣の近くでプレーしBK(バツクス)陣への橋渡しをする役割だ。小柄な選手が務めることが多い。

 ボールの運び手が倒され、双方が奪い合う密集ができればすぐに駆け付け、素早くパスを放る。そうやってゲーム全体のリズムを作っていく。

 スクラムハーフがチーム一小柄であろうと、屈強で鳴らす猛者たちへタックルを仕掛けていかなければならないのは同じだ。勇気がなければ務まらないといえる。


「ジルベール殿がナンバー8の8番、そして従者のサクラ殿がスクラムハーフの9番というわけですな。いやあ、以心伝心。どんな状況でも巧みにボールをさばける頼もしい布陣かと」


「そのコンビ、観てみたいなあ」


「絶対に強いチームが出来上がりますねえ」


 当のサクラを蚊帳の外にして、酔っ払いたちは大盛り上がりだ。

 これ以上ないくらいに上機嫌のジルベールが、握った拳を高々と掲げる。


「さあ皆さん、呑みましょう呑みましょウ! 皇都中の酒という酒を平らげる勢いで呑みましょウ!」


 いつになく長い夜になるのを、不承不承ながらサクラも受け入れるしかなさそうだった。


     ◇


 翌朝、昨晩の熱気が嘘のように礼拝堂は静まり返っている。

 さすがにジルベールだってあれだけ呑んでいればまだ起きていないはずだ。

 もちろんサクラの就寝もずいぶん遅くなったわけだが、だからといって日課の清掃を放りだしていいわけではない。


「おっと、片付けそびれた酒瓶が」


 夜の仕事の手抜かりを祭壇上に見つけ、慌てて近寄っていく。

 そのときまで気づかなかった。席の最前列に人影があったことに。


「あの、お祈りに来られた方でしょうか」


 ジルベールでないことだけはすぐにわかった。体格が違いすぎる。

 声掛けを受けてゆらりと立ち上がったのは、サクラとほぼ身長が変わらぬ女だった。濃い茶系の色でまとめられた衣を身にまとい、木製である椅子と床に溶け込んでしまっている目立たなさだ。


「いいえ。あなたに用があって参りましたのよ、サクラ殿」


「わたしに、ですか」


 面と向かって女の顔を見てみれば、ある程度年嵩がいっていることはわかる。

 だが異質な顔立ちだった。

 美人であるとか不細工であるとか、そういった話ではない。

 仮に明日、サクラが彼女と往来ですれ違ったとしても、おそらくそのことを認識できないまま通り過ぎてしまうだろう。

 あまりに平凡で特徴がなく、その一切が印象に残らない女。


「ご存知でしたか。あなたがここにいられる理由を」


 唐突な女からの問いかけに、サクラは「いいえ」と首を横に振る。

 そのあたりの事情はまったく知らされていなかった。


「平民であり、遊牧民なぞとともに暮らしていたあなたが、かような厚遇を受けることができているのはひとえにある御方の慈悲によるもの。まずはその事実を胸に刻んでおきなさい」


 なかなかに高圧的な物言いだが、おかげで事情は見えてきた。


「ある御方、ですか。それって──」


 一人、サクラの頭に浮かんだ人物がいる。

 明星闘球団にいるカンノトを訪ねていき、その彼に伝手を頼ってもらった。そうして降って湧いたような仕事が宣教師ジルベールの世話係だったのだ。

 誰かしら手駒にできる人間を、影響力甚大と見なされているジルベールの元へ送りたかったのはどういう立場の人物か。

 答えを探すのはさほど難しくない。消去法だ。


「口にせずとも結構。理解しておればそれでよいのです」


 しかし女にぴしゃりと遮られてしまう。


「さしあたって、サクラ殿にはその恩義に報いてもらわなければなりません」


 そう言って女は小さな瓶を差し出してきた。

「これは」と訊ねるサクラに対し、女は無表情のまま言った。


「ジルベール様はお酒に目がないそうですからね。この薬を混ぜれば、もっとお酒が美味しく感じられるのですよ。それはまるで天国のよう」


 相手が嘘を言っているのは一目でわかる。

 昨夜集まっていた人たちのような、ジルベールに対する敬意が目の前にいる女からはまったく感じられないからだ。

 サクラは唾の塊を飲み込む。


「断れば、どうなりますか」


「そうですねえ」


 抑揚のない声で女が続ける。


「そういえばサクラ殿、こんな噂はご存知でしょうか。あるチームの有望な若手WTB(ウイング)が、身分違いの高貴な御方を手籠めにしたとかしていないとか。早々に負傷してしまった役立たずだというのに、ねえ」


「──っ!」


 真実かどうかは関係ない。

 そのようにでっち上げればいつでもカンノトを葬り去れる、という意思表示だ。

 あまりにもはっきりとした脅迫である。


「ああ、それともう一つ。どなたかに相談されることはお勧めしませんよ」


 女が顔を近づけてきたせいで、思わずサクラものけぞってしまう。


「あなたの軽はずみな行為によって、もしかしたら血みどろの内戦が始まってしまうかもしれません。東部南部西部北部、どこからでしょうか。いずこかから皇都目指して進軍し、無辜の人々を巻き込んでの内戦がね。サクラ殿がたくさんの人死にをお望みでしたら、程なくしてそのような光景を見られること請け合いです」


 あまりいい趣味とは言えませんけど、と女は口の端を歪ませた。

 手駒にはきちんと手駒の働きを担わせる。それもただの捨て駒として。この場におけるサクラの選択肢はもはやないも同然だった。


「では、よい酒宴を」


 サクラの震える手へ、女が強引に薬の小瓶を握り込ませてきた。

 屈強なジルベールでさえも葬れるであろう、魔の薬を。

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