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後宮闘球 ~妃の序列は楕円球が決める~  作者: 遊佐東吾


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3/7

後ろへ繋いで前に出ろ

 昼時とあって街全体が活気づいていた。

 中でも目抜き通りの両端には露店がずらりと立ち並び、皇都とはまた違った趣のにぎわいを見せている。

 アザナイ皇国東部の中心となる街、ギアン。

 サクラは宣教師ジルベールとともにこの街を訪れていた。もちろん仕事だ。

 先々代から今のダエン皇に至る三代で街道が整備され、昔に比べればずいぶん旅もしやすくなったと聞く。実際、二日間の旅程もまったく苦にならなかった。


 それよりも問題はジルベールである。

 世話係というよりもお目付け役になった気分で、サクラは巨漢を一喝した。


「もうダメですよ。いったいどれだけ呑めば気が済むんですか」


「堅いことは抜きにしましょウ。ね、サクラ。この地方独特の、様々な果実から作られた魅惑的な酒がワタシを誘ってくるのでス」


「いいえ、ダメです」


 店先で大袈裟に「おおウ」と嘆いてみせるジルベールの腕を引っ張り、サクラはどうにか早くこの通りを抜けようとする。

 先ほどから少し目を離すとこの有様だった。酒を売っているとみるや、すぐにふらふらと引き寄せられていってしまうのだ。まるで大きな子供である。

 商いの盛況ぶりは喜ばしいことなのだが、こんな落とし穴があるとは思いもよらなかった。

 主の顔を見上げながらサクラが言う。


「いいですかジルベール様。今日中にもう1チーム、明日からはさらに東方へ足を延ばして別のチームを視察しなければならないんですからね」


 すでにこの日、陽が高く上り切る前に明星闘球団の視察を終えていた。

 先の試合で負傷退場したカンノトだが、倒された際に肩を痛めたのだという。復帰までに二か月から三か月かかるらしく相当な重傷だ。ただ当の本人は明るく前向きな態度であり、久しぶりに会うサクラへ対してもいつも通りの朗らかさだった。


 このように皇国各地に散らばっている24チームの状態をチェックして回るのも、ラグビーの伝道師たるジルベールの大事な仕事の一つなのだという。

 加えて週末になれば地方開催の試合を観戦する必要があった。試合内容の詳細をダエン皇へ報告するために。今回はその場所がここ東部なのである。

 であれば当然、サクラとしてもついていくしかない。

 報酬を充分すぎるほどにもらっているのもあるにはあるが、そもそも手を抜いて適当な仕事をするつもりなどなかった。


 そう意気込んでいるサクラに腕を引っ張られるがままだったジルベールなのだが、いきなり往来の真ん中で立ち止まってしまう。まるで根が生えたかのように、どれだけ押しても引いても動かない。

 迷惑そうに人々が二人を避けて通りすぎていく中、ジルベールはひどく真剣な表情で切り出した。


「先日の開幕戦において、わずかな出場時間ながら凄まじい快足を披露したWTB(ウイング)カンノト。彼とアナタはとても親しい仲だったのでしょウ?」


「はあ。まあ、そうですけど」


「ならばすぐに次の目的地へと向かわずとも、今晩くらいはともに過ごして旧交を温めてくればいいではありませんカ。一日くらいならスケジュールの遅れも特に問題ないですシ」


 彼の言葉通り、サクラとカンノトは古い付き合いの仲である。

 ただし目の前の男はその意味合いを決定的に誤解しているようだった。でなければわざとらしく目配せをしてくるはずがない。

 つかんだままだったジルベールの腕を離し、サクラは答える。


「ただの友人ですよ、ただの」


「ただの、を随分と強調するんですねエ」


「事実ですから」


 さすがにつっけんどんな言い方だったか、と多少の補足もしておくことにした。


「まあ、そりゃ彼にはすごく助けられた部分だってありますけど」


 実際、カンノトとの出会いが今の自分へと繋がっている。

 当然感謝はしているのだが、それが恋愛感情へ移り変わっていくのかどうかはまったく見通せないでいた。


     ◇


 これまでのサクラの人生で、彼女自身が選択できたことなど何一つない。

 濁流に呑み込まれていくかのような転機が何度も訪れ、そのたびに流れ着いた先でどうにか生きてきただけだ。


 サクラは鉱夫の娘として生まれた。母の顔は覚えていない。父曰く「おまえを産んだせいで体を悪くしちまった」のだそうだ。

 そんな父が身を粉にして働いていた西部地域の鉱山だが、長年続いた採掘によって資源が枯渇し、とうとう閉山が決まってしまう。


 次に父が選んだ仕事は北部地域での開拓だった。

 北部のそれも最北端における開拓事業、そのための人員がアザナイ皇国全土で募集され、渡りに舟とばかりにサクラの父も参加した。

 このとき、サクラは十歳になっていたかどうか。


「皇都に比肩するほどの新しい街を!」


 勇ましい掛け声とともに始まった一大事業は、しかしすぐに中断してしまう。

 皇国の支配が及んでいない遊牧民の襲撃を受けたためだ。

 道路を作っていた人夫の集団が皆殺しにされたのだが、その中にはサクラの父も含まれていた。

 居住区も襲われ、サクラを含む女たちは手当たり次第にさらわれていく。


 だがその遊牧民も、拠点に戻って勝利の宴を催しているところを同じ遊牧民の別部族に急襲された。いかに勇猛な戦士であろうと、したたかに酔っていては勝てるはずもない。

 一方的な虐殺が繰り広げられている間、サクラたちは牢を模した移動式の家屋に囚われたままだった。なので惨劇を直接目の当たりにせずに済んだ。

 絶え間なく聞こえていた悲鳴が途切れ途切れになった頃、一人の少年がずかずかと中へ踏み込んできた。


「お、ここにも人がいたぜ」


 でも女ばっか、と首をひねっている。

 さらに馬が続いて現れた。騎乗している男は血の匂いを漂わせながら、険しい表情を崩さずに吐き捨てる。


「やつらが戦利品扱いした者たちだろうな。まったく、厄介なことだ」


「じゃあ父上、あんなちっこいガキも?」


 明らかにサクラを指差して少年が言った。

 あまりに怯えすぎて、もう心が麻痺してしまったかのようなサクラにとって、彼の失礼な言葉を甘んじて受ける道理はない。


「はっ。あんたも似たようなもんでしょ、クソガキ」


 これがカンノトとの出会いだった。

 後になって聞かされた話だが、当時は遊牧民の各部族の間でアザナイ皇国への対応が分かれていたらしい。強硬派と恭順派、是非はともかくサクラはどちらとも縁があったということだそうだ。

 遊牧民との暮らしを選んだのはサクラだけで、解放された他の女たちはみな帰っていった。戻る場所などない彼女にとって、選択を許されたこと自体が温情といっていい。


 わずか数日でいろいろ体験したせいで、父の死を悲しむのは忘れていた。薄情なのはサクラ自身も承知している。しかし優先すべきは新しい生活への順応だ。

 その助けになってくれたのが少年カンノトである。

 彼にはそんな意識などなかったかもしれないが、同世代の子供ということでひっきりなしに話しかけてくれたのだ。もちろんからかい半分ではあったのだろう。それでもサクラにとってはありがたかった。


 生まれて初めて、彼女に心穏やかな日々がやってくる。

 もちろん生活は厳しい。移動しながらの牧畜に少しでも早く慣れようと四苦八苦し、失敗してはカンノトに笑われたり怒られたりもした。けれども緊張感のあった父と二人きりの生活よりよほど気が楽だ。

 馬の乗り方も彼から叩き込まれた。


「おれなら自分の足で走った方が速いんだがな」


 そんな戯言を口にするカンノトへ勝負を挑んだこともある。

 他愛ない意地の張り合いがいつの間にか部族総出のお祭り騒ぎとなり、馬に乗ったサクラ対カンノト、賭けの対象となりながら二人のレースが催された。

 結果はサクラの惜敗に終わったが、ほんの少し距離が長ければ逆転できたはずなのにと今でも思っている。


 月日が経ち、遊牧民の部族連合も皇国傘下に入ることが決まった。マドカ皇からダエン皇の統治へと代わって四年目である。

 あくまで名目上の支配とあって、取り立てて混乱はなかった。


 ただ一つ、大きな出来事として挙げるならば、それはカンノトに対する複数のラグビーチームからの勧誘だろう。中でも北部ではなく東部地域の明星闘球団が最も熱心に声を掛けてきたのだそうだ。

 どうやらサクラ対カンノトのレースを観戦していた中に取引相手の商人がいたそうで、彼の快足ぶりは随分と広く知れ渡っていたらしい。


 アザナイ皇国東部地域は大陸の強大な連邦国家と国境を接している。

 そのため、対抗できる兵力を持つマヤシャー家がこの地を代々治めていた。そんな家柄から輩出された妃がラグビーチームである明星闘球団を保有し、今年は名誉ある大会にて優勝を果たしそうな勢いなのだという。


「行くよ、東に。どうせなら強いチームがいいしな」


 カンノトに迷いはなかった。

 見るからに頑健な青年となった彼だが、瞳は子供だった時分と変わっていない。とにかく面白そうな方へ、きっとそれだけなのだ。


「離れてしまうと一抹の寂しさがあるなあ」


 本人には絶対に伝えないが、サクラは内心でそう思っていた。

 もはや兄妹同然の仲であり、別れて暮らしていくのを上手く想像できなかった。

 そんな彼女がある日族長の移動式家屋に呼び出されてしまう。カンノトが旅立ってまだ数日しか経っていない頃の話だ。


「お呼びですか」


「うむ。まあ、楽にしてくれ」


 頷いたサクラはさっそく適当な床へ座りこむ。

 族長であるミカフクの顔にはいつもの険しさがなく、むしろ眉が困ったように寄っているのが何とも言えず可笑しい。


「実はな、息子のことでお願いしたいことがあってな」


「カンノトの?」


「うむ」


 それっきり黙りこんでしまった族長ミカフクの言葉の続きを、サクラは辛抱強く待つ。

 ようやく彼の口から告げられたのは予想外の内容だった。


「サクラおまえ、あいつについていってくれんか」


「え?」


「ラグビーなる未知の競技の選手になるということがそもそもワシにはよくわからんし、人より馬や羊の方が多い暮らしをしていたあいつが、街でやっていけるかどうかも不安で仕方ないのだ」


 族長の提案に驚きを隠せなかったサクラだが、ようやく合点がいく。


「なるほど。それで街を知っているわたしに任せたい、と」


「そういうことだ」


 再び彼女の人生が川のごとく流れだす。

 東部地域の都ギアンを本拠とする明星闘球団にて、カンノトは来季から正式にプレーする運びだ。ならばとサクラもギアンを目指して出発した。


 長旅にさほどの問題はなかったが、困ったのは到着してからである。

 手当たり次第に人へ聞き込み、明星団の拠点を突き止めたまではよかった。練習を終えてきたカンノトに直接会うこともできた。

 しかしそこで知らされたのは、遠方よりスカウトされてきた選手は誰もがまず寮で共同生活をしているという事実だった。もちろんカンノトも例外ではない。


「わたし、やることないじゃないか」


 サクラは途方に暮れた。

 このまますごすごと帰るべきか、それとも何か仕事を見つけて都に居座るべきなのか。はっきりとした答えを出せずに頭を抱えてしまう。

 そんな彼女を見かねたか、父である族長によく似た困り顔でカンノトが言った。


「チームに関係する仕事が何かないか、上の人たちに掛け合ってみるよ。そうすれば親父からの指令をちゃんと守ったことになるだろ」


 ふいと横を向き、伸びた黒髪をかき上げながら。

 手配してもらったギアンの宿で待つこと三日、サクラへ割り振られた仕事はまたしても想定外のものであった。

 なぜか明星団関連での働き口ではなく、「宣教師ジルベールの世話係」という謎に包まれた任務だったからだ。


     ◇


 各地区でのリーグ戦はつつがなく節を消化していく。

 ただし異変はあった。前年の優勝チームである明星闘球団が連敗を重ね、指揮するヘッドコーチを交代させる荒療治に出ても状況が一向に好転しないのだ。


 さらに競技以外のところでも不測の事態が起こる。

 東部地域の辺境、連邦との境界線が定められている一帯で、今さらながら小競り合いが勃発した。

 マヤシャー家は状況を楽観視せず国境付近まで兵を進めており、相手の出方次第によって大規模な戦闘も辞さない構えのようだという。

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