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後宮闘球 ~妃の序列は楕円球が決める~  作者: 遊佐東吾


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2/7

馬より速く

 通例として、開幕戦のカードには前年の優勝チームが登場する。

 栄誉あるその役目を担ったのは東春妃所有の明星闘球団。黄と赤の横縞でデザインされたユニフォームは、色合いがやや目にうるさいようにサクラは感じていた。


 対して挑む側にあたるのは、同じ東地区所属である石英闘球団だ。昨シーズンは東地区五位の成績に終わったことから、オーナーたる妃はちゃんとした名ではなく東ノ五妃とだけ呼ばれている。

 地区優勝を果たせなかった妃は全員が同様の扱いであった。そのあまりの冷遇ぶりにダエン皇の意図が働いているのかどうか、平民のサクラにはわからない。

 だが後宮事情が何であれ、実際にプレーする選手たちにとっては屈辱的な名称でしかないはずだ。白一色のユニフォームの十五人がスタンドまで伝わってくるほどに気合を漲らせ、王者相手に真っ向から勝負を挑んでいく。


 前半は一進一退の攻防だった。

 ダエン皇が見守る中での開幕試合とあって、双方の緊張感は相当なものだったに違いない。なのでリスクを負って大きくボールを動かす展開よりも、堅実にFW(フォワード)を軸とした肉弾戦を選択するケースが目立っていた。

 両チームともにトライを奪えず、敵陣でペナルティによるショットの権利を二度得た明星団が6―0とリードしての折り返しである。


「上手くできてるんだな……」


 独り言として呟いたはずのサクラの言葉を、傍らの巨漢は聞き逃さなかった。


「ほほう、それはどういう意味でしょうカ」


 前半の40分を通して立ったまま観戦していたジルベールだが、弾んだ声色に疲れた様子は一切感じられない。

 同様に立ちっ放しだったサクラにも疲労はなく、頭の中でこれまでに学んだラグビーの知識をおさらいしていた。


 ラグビーにおける得点にはいくつものパターンがある。

 敵陣のゴールラインを超え、ボールを地面に置くことができれば5点。ラグビーの華であるトライだ。

 その場合、さらにコンバージョンと呼ばれるキックの権利を得ることができる。二本の縦棒とそれらを繋ぐ一本の横棒でゴールポストが形作られているわけだが、その間を見事に通すことができれば追加でもう2点。


 これらとはまた別に、PG(ペナルティゴール)DG(ドロツプゴール)による得点もある。相手側が重い反則を犯した場合に認められるのがペナルティゴール、ゲームが動いている流れの中で一度ボールをバウンドさせ、そのままゴールを狙って蹴るのがドロップゴール。

 ともに3点を得られるプレーではあるが、ドロップゴールは難度が高くそれほど目にする機会は多くない。サクラも未見だ。


「仮に後半、石英団がトライを決めれば5点。でもそれだけじゃまだ1点負けたままですよね。コンバージョンキックまで決めて、ようやく1点を勝ち越せる。その得点の配分が巧みだなあって思ったんです」


「実に見事な洞察、サクラにはラグビーを観る目が備わっていますネ」


「何をおっしゃいます。こんなのは素人が気づける程度の内容ではありませんか」


 太い人差し指を激しく横に振ったジルベールが、「とても大事ですヨ」と続けた。


「たとえばペナルティゴールを得られる局面で、あえてスクラムや敵陣深くへのタッチキックを選択する場合もありまス。3点よりも5点、7点が欲しい状況ですネ。作戦に影響を及ぼす得点配分の妙が、熱の入ったゲームを演出するのですヨ」


 小声ながら彼は一息にまくし立てる。

 言わんとするところはきちんとサクラにも伝わった。

 力自慢や速さ自慢、そんな連中が始終ぶつかり合っている競技と見られがちなラグビーだが、ちょっと掘り下げていけば非常に戦術的なゲームなのだとわかる。八人のFWと七人のBK(バツクス)が的確に状況を判断し、即座に意思を統一し連携していかなければならないのだから。


「ですので、6点のリードなどあってないようなものでス。後半早々に逆転されてしまっても驚くには値しませン」


 上機嫌で解説するジルベールだったが、サクラは貴賓席中央に陣取る東春妃の動向が気になった。

 ジルベールとの会話の中で一瞬、彼女がこちらを向いて鋭い視線を送ってきたように思われたためだ。まあ、今回もサクラの被害妄想なのかもしれないわけだが。

 開幕戦を巡る二人の会話を最後に引き取ったのはダエン皇だった。


「ジルベール殿の見解通り、後半の出だしには注目だな」


 おそらく前半とはうって変わって点の取り合いになるぞ、との予言も添えて。

 ダエン皇がまさしくラグビーの見巧者であるのを、後半が始まって10分も経たないうちにサクラは実感させられた。

 石英団に二本のトライと一本のコンバージョンが決まり、あっさり12―6とスコアをひっくり返してしまったのだ。

 前年の成績を比較すれば王者と地区五位。戦前の見立てでは誰もが力の差を感じていたに違いない。

 しかしジルベールはそんなサクラの心を読んだかのように、「新しいシーズンはまったく別物なのですヨ」と告げる。


「どのチームも、王者をその座から引きずり下ろすために戦力を補強し、対策を練ってくル。強みを消し弱みを突こうとしてくるのでス。だからこそ連覇は難しイ」


 ここまで観戦していてサクラにも気づいたことがあった。

 FW同士によるスクラムは明星団がやや優勢だ。強力なFW陣を擁して昨年は見事優勝を果たしたという情報も事前に頭へ入れている。

 それゆえなのか、多くの場面で攻撃が単調になってしまっていた。敵が待ち受けているディフェンスラインへ繰り返しFWを突っ込ませ、どうにか前進しようとするもなかなか上手くいかない。

 ならばと外へ展開してみても、石英団ディフェンスの出足は早い。パスを受けたBKがすぐに潰されてしまい、また密集でのボール争奪戦だ。これではさすがに明星団FW陣のスタミナも奪われてしまう。


 サクラは視線をフィールドから外さない。

 格下にリードを奪われ、明星団には焦りもあるだろう。だがまだ6点差だ。

 鋭い出足のディフェンスに生じやすい、選手と選手の間のギャップを突くようなプレーができれば、明星団もトライを取り切れるはず。


「いい目ですね、サクラ。その目に熱が宿るのでス」


 傍らでジルベールが鷹揚に頷いている。

 ここで明星団サイドも動いた。どうやら三人、選手を交代させるようだ。

 まず疲れの見えているFWを二人。背に3番をつけたPR(プロツプ)と呼ばれるポジションの選手に、6番をつけたFL(フランカー)の選手である。

 最前線で体を張り続けるプロップ、そしてFWの中でも運動量を求められるフランカーを交代させるのは戦術的に受け身な印象だが、致し方ない。


 ただし三人目の交代を観客席へ知らせて回る伝令人の大声を耳にして、サクラは思わず「うっそでしょ」と声を上げてしまった。無礼であると咎められても申し開きできない行為だ。

 それでもラグビー第一のジルベールには些末な問題らしい。


「明星団は14番のWTB(ウイング)も代えるようですネ。昨シーズンにはいなかった若い選手が入ってくるようですが、彼がどうかしましたカ」


 問われればすぐに返答する。これもサクラの仕事のうちだ。


「あのう、個人的な知り合いといいますか、古くからの友人なんです」


 二つ年上の青年、カンノト。

 アザナイ皇国北東部の草原地帯に生きる遊牧民であり、彼の快足ぶりを聞きつけた明星団にスカウトされたのはサクラも知っている。

 それでもまさか、こんなに早くデビューの機会がやってくるとは想像していなかった。故郷の部族も彼を誇りに思い、直接観られなかったことを残念がるだろう。

 二人の会話を耳にしていたらしいダエン皇が、またしても興味を示してきた。


「ほう、どのような選手だ。直答で構わぬ」


 慌ててサクラは頭を下げ、「仰せとあらば」と受ける。


「技術についてはまだまだ未熟でしょうが、ただ彼……カンノトは遊牧民の出で、馬よりも速く走れます」


 嘘くさい逸話だが、誇張はなかった。

 部族の中でも飛び抜けて俊足だったカンノトは、ある日馬と競争して見事に先着したのだ。負けたその馬に騎乗していたのがサクラ本人なのだから間違いない。

 この紹介がダエン皇にはすこぶる愉快だったらしい。


「馬よりも速く走る男か! はっは、それはいい。ずいぶん活きのいい若手を発掘してきたものだな、東春妃よ」


 サクラが記憶しているかぎり、ダエン皇が妃の誰かへ話しかけたのはこれが初めてのはずだ。自身への特別扱いなのだと認識したか、返答する東春妃の声は隠しようもないほどに弾んでいた。


「ええ、ええ、それはもう。我がマヤシャー家の私財を投げうち、強き者速き者を集めさせております。これも陛下の情熱にお応えしたいがためでございます」


「そうか。もうよいぞ」


 急に周囲の温度が下がったかと思わせるような、ダエン皇の乾いた声だ。

 東春妃の言葉の端々に、「私こそが正妃に値する」という強烈な自負がにじみでていたのは否定できない。ただそれにしたってダエン皇の反応は冷ややかすぎる。

 不遜な憶測だが「誰であれ、皇は正妃を定めるつもりがないのかも」とサクラが感じるには充分なやり取りだった。


 そんな重い空気を吹き飛ばすかのように、観客席から大きな歓声が沸く。

 サクラも見逃さなかった。交代早々の背番号23、ウイングのカンノトが相手のパスをかっさらっていったのだ。それも自陣深くの危険な位置から。

 肩まである長い黒髪をなびかせ、カンノトのストライドはどんどん大きくなっていく。こうなれば誰も彼には追いつけない。

 最後のタックルをさらなる加速で振り切り、駆けに駆けたカンノトがゴールラインのど真ん中へと飛び込んだ。見事なトライである。


 最高の位置を得たコンバージョンキックも成功し、13―12とスコアは再び逆転。わずかながら明星団のリードと変わった。


「馬より速いウイング、その看板に偽りなしでしタ。たったワンプレーで証明してしまいましたネ。これは新たなスターが生まれた瞬間かもしれませン」


 これ以上ないというほどにジルベールが相好を崩している。カンノトの快足ぶりがよほどお気に召したのだろう。

 旧知の仲であるサクラにとっても、友の活躍はうれしいものだ。

 さらにもう一人、ダエン皇も立ち上がって静かに拍手を送りだす。その拍手が次第に大きな波となって観客席全体へうねっていく。


 その拍手の音が鳴り止まぬうちに石英団のキックオフによって試合が再開され、ボールが明星団の陣内へ大きく蹴り込まれてきた。

 がっちりと受け止めたのは勢いに乗るカンノト。

 ボールを持って走りだした彼は、一直線に並んだ敵のディフェンスラインをまたしても切り裂きにかかる。


 だが今度は石英団が許さなかった。

 二人がかりでの激しいタックルをカンノトへ浴びせ、彼を地面へなぎ倒す。おまけに一人は首のあたりへの危険なハイタックルであった。

 サクラの記憶にあるかぎりでは、カンノトが痛みを訴えたことはない。

 そんな彼なのに倒れたまま起き上がれないでいる。あれほど強烈な当たりを急所付近へ受けてしまってはどうしようもなかったのだろう。

 ラグビーという競技が持つハードな一面だ。


 結局カンノトは負傷退場となり、晴れ舞台だったはずのデビュー戦は短く苦い終わり方となってしまう。

 彼の容体が気になって観戦どころではなくなってしまったサクラだが、ジルベールの世話係である以上は勝手に席を外すことなどできない。

 最終的なスコアは18―16、二本のペナルティゴールを決めた石英団が番狂わせとなる逆転勝利を収めた。

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