令和のランボー…他力で生き残った男
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✦令和のランボー
― 他力で生き残った男 ―
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❥プロローグ 俺がZ世代のヒーロー?
「阿闍世さん、写真撮ってください!」
「“最後の味方”って本当にいたんだって、
みんな言ってます!」
工場の休憩室で、若い社員たちがスマホを向けてくる。
もう工場の中だけの話じゃない。
SNS には何万件もの「いいね」が並び、
記事のタイトルにはこうあった。
《“人間力”だけで工場を立て直した男》
《元ニート、Z世代のランボーになる》
阿闍世は苦笑した。
――ランボー、冗談だろ?
ついこのあいだまで、車の運転すらできず、
職業訓練校へ行くのも怖かった自分がだ。
けれど胸の奥で確信しとることがひとつだけある。
「俺は強いから生き残ったんじゃない。
弱いまま、みんなに“助けてもらった”けぇ、
ここまで来れたんじゃ。」
脳裏に浮かぶのは、あの不思議な老人。
旅人――阿仏羅。
あの日、すべては始まった。
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第一章 最初の山 ― 「どうせ俺なんて」
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その朝、阿闍世は、いつもより早く目を覚ました。
スマホに表示される予定はひとつ。
《職業訓練校 CAD/CAMコース 入校式》
「……行くんか、本当に。」
布団の中で天井を見つめる。
身体は重い。
脳内には、これまで途中で投げ出してきた場面が、
映画みたいに流れてくる。
いじめ、不登校、留年、アルバイトで叱責、
ブラック企業での挫折。
そして失恋。
怒りを両親にぶつけ、ニート。
何をしても続かない。
何をしても信じられない。
“どうせ俺なんて…”
その言葉だけが、心にこびりついていた。
それでも、その日だけは違った。
玄関に置いた、自分で結んだ靴紐。
外には父の車ではなく、自分のコンパクトカー。
これまで運転するときは、
必ず父がその運転を代行した。
父親は、
自分の怒りをぶつける相手でもあった。
今日は誰もいない。
震える指でエンジンキーを回す。
かすかな振動が背中を押した。
――今日は、人生の再スタートじゃ。
ところが、訓練校の現実は冷たかった。
図面は理解できない。
数字を見ると頭が真っ白になる。
ミスばかり。
昼休み、トイレの個室で頭を抱える。
「……やっぱり俺はダメじゃ。」
そこで聞こえた声。
「阿闍世よ……お前さん、
立体を“感覚で”掴んどるな。」
「それこそ、
お前さんの隠れた才能、
脳が起こした錯覚なんじゃ…」
個室の前に立っていたのは――阿仏羅だった。
この老人は、
なぜか人の“心の底”だけは見える。
「見方を変えてごらん。
ほぉら、
頭を柔ぁこうにしてな。」
阿仏羅は積み木を使って、
黒板の図面を、
平面ではなく、立体で再現してみせた。
影の角度、光の当たり方――
「4次元?、
いや 5次元?
なんじゃそれ…」
その瞬間、阿闍世の中でカチッと音がした。
図面では理解できなかった形が、
“触って、見て、感じて”分かった。
阿仏羅は静かに言った。
「お前さんは算数は苦手じゃが、
空間把握は天才級じゃ。
立体よりも先にあるものが見えるじゃろ?」
続けてこう言った。
「ええか阿闍世。
お前の祖先は
紀州和歌山からお殿様と一緒にここに来た
“街を設計した筆頭家老”なんじゃよ。」
「この国の礎を築いた一族のDNAが流れとる。
しかし、お前さんが今信じとるのは
“どうせ俺なんて”の声だけじゃ。」
「わしの仕事はな、
お前さんの中にある
サラブレッドのDNAを引っ張り出すことじゃ。」
その日から、
阿闍世は積み木、影、触覚で学び始めた。
逃げ出しそうになる日も多い。
雨の日、雪の日は特に心が折れる。
そうは言っても校門の向こうに、
阿仏羅の姿が見える気がする。
「逃げてもええ。
大事なのは、
戻ってくる癖をつけることじゃ。」
その声だけで、阿闍世は少しずつ戻ってこれた。
この日を境に、彼の中で初めて
「どうせ俺なんて」が薄くなった。
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第二章 二つ目の山 ― 弱者の心を束ねる男
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訓練校のクラスは、
社会から溢れた者たちの寄せ集めだった。
DV被害、長期引きこもり、学習障害、
不登校、借金、家庭崩壊…、
そして 理由不明の解雇。
誰もが「過去の痛み」を抱えていた。
でも、阿闍世には分かった。
――あいつらの傷は、俺の傷と繋がっとる。
孤立した者の隣に、自然と座る。
パニックで倒れた子には水を渡す。
授業について来れない仲間には、
一緒に残って勉強する。
説教はしない。
ただ、“そばにいる”。
それだけで少しずつ、教室が温かくなっていった。
ある日、
担任の先生が職員室で言った。
「あいつは、落ちこぼれなんかじゃない。
“人生ゲーム”を動かす才能がある。」
阿仏羅は廊下でつぶやいた。
「トラウマを正しく見つめた者だけが、
本当の才能を取り戻せるんじゃ。」
「阿闍世は今、
サラブレッドの血を思い出しとる。
立体の先にあるものを見つめよ!」
その変化は、誰の目にも明らかだった。
授業中に泣き出した年上の同級生。
阿闍世はただ言った。
「泣くんなら、ここで泣けぇ。
俺も一緒におるから…。」
その一言が、仲間たちの心を救った。
やがて担任がこう言った。
「このクラスのリーダーは阿闍世だ。」
ざわつく教室。
冗談混じりの笑い。
でも、どこか安心したような空気。
阿闍世は言った。
「何かあったら、一緒に泣こうや。」
泣き笑いのような空気が、教室を包んだ。
この瞬間、阿闍世は理解した。
――これは俺だけの再生物語じゃない。
ここにおる全員の、
再スタートの物語じゃ!
令和のランボーは孤独な戦士じゃない。
弱者を集め、隊をつくれる人間。
それが阿闍世の二つ目の成功だった。
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第三章 三つ目の山 ― AIに落とされても、最後に残るもの
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卒業式。
写真の中心に立たされ、
仲間に押しつぶされながら撮影された。
しかし――ここからが本当の戦いじゃった。
就活。
AI選考。
《あなたのスコアは基準未満です》
何十社も落ちた。
職歴、空白期間、学力。
AIは容赦なかった。
「結局……俺は変われんかったんか。」
公園のベンチで空を見上げたとき、スマホが震えた。
【阿闍世さんと一緒に働きたいです!】
同級生からのメッセージだった。
【阿闍世さんのおかげで卒業できました】
【また一緒に頑張りたい】
【阿闍世さんをちゃんと見てくれる場所、
もう一度探しましょう】
そして担任から。
【校長が動きます。待っていてください】
数日後――
訓練校長が中堅工場の社長に頭を下げていた。
「この子はAIでは測れません。
一ヶ月でいい。
雇ってみてください。」
先生も言う。
「一番できなかった子です。
でも、一番頼られる子になりました。」
社長はため息をついた。
「……一ヶ月だけだぞ。」
――ここから阿闍世の“本物のランボー訓練”が始まった。
最初の一週間はミスだらけ。
けれど、他人のミスには敏感だった。
迷う新人には作業の順番を書いて渡す。
泣き出した派遣社員には缶コーヒーを渡す。
パワハラ課長には冗談まじりのツッコミ。
「課長、声でかすぎて部品が逃げようしとるでぇ。」
休職明けの社員にはそっと寄り添う。
「しんどかったら、トイレに避難してええで。
そのときは俺もサボるわ。」
その“寄り添う力”が、工場全体を変えた。
ベテランの手元を動画に撮り、若手に伝えた。
「この“間”と“指の力の抜き方”だけは
AIには真似できん。」
1か月で工場は劇的に改善された。
社長は呆然とした。
「……君は何者だ?」
そして言った。
「阿闍世くん。
うちに残ってくれんか。
君は“AIに潰されそうな人間”の最後の味方じゃけん。」
胸の奥で阿仏羅の声がした。
「ご先祖さんが、そばで見とるぞ。」
阿闍世は深く頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
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エピローグ 二つの四十歳と、他力という最新兵器
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1989年、父・頻婆娑羅は40歳だった。
時代はバブル。
周りは羽振りがよくて笑っていた。
だが、父だけは違った。
高卒で役所へ入ったが、出世競争から外れた。
学歴の高い後輩にも抜かれた。
悔しさは息子へのプレッシャーになった。
「大学へ行け!
ワシがなれんかった分、
お前は勝てや!」
願いは呪いに変わり、家庭は歪んだ。
しかし、阿闍世は知らなかった。
父が羨んだ“勝ち組の家庭”も、
バブル崩壊で
人生を狂わせていったことを…。
――父の時代も、父の人生も、
しんどかったんじゃね。
価値観ってのもシャボン玉と一緒、
そのうち消えてなくなる…
2025年。
阿闍世は40歳になった。
賃金は上がらず、税は増える。
正社員は減り、AIは仕事を奪う。
コスパとコンプラという
和製英語が猛威をふるう…
父が生きた40歳は“天国のふち”。
自分の40歳は“地獄の釜の穴”のようだった。
でも、ふと思った。
――負けとるのは俺だけじゃない!
勝ったように見えるあいつの家庭も、
時代と一緒に崩れとったんじゃ!
その夜、阿闍世は仏壇の前に座った。
「父さん……しんどかったんじゃろうな。」
涙ではなく、温かい何かが胸に落ちていった。
「俺は、父さんとは違う四十歳になったで。」
「俺は“勝ち組”でも“負け組”でもない。
みんなから“幸せ”をもらって
生きとる有り難い四十歳なんじゃ!」
線香の煙がまっすぐ昇る。
「俺は仲間と一緒に、
生き残ってみせるけぇなぁ。」
工場の夜風が、汗ばんだシャツを冷やす。
空を見上げると、かすかに星が見えた。
阿闍世は小さく笑った。
「お釈迦様のおっしゃる他力はな、
弱い者が生き残るための、
最新兵器じゃけん。」
物語はここで幕を閉じる。
だが、阿闍世のランボー人生は、
まだ始まったばかりだ。
「ありがとう…」




