表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/30

第7章:小さな地殻変動

投票日の夜。

自民党候補の選挙事務所は、テレビカメラと、数百人の支援者で埋め尽くされ、早くも祝勝ムードに包まれていた。壁には、巨大な必勝ダルマが飾られ、テーブルには、高級寿司やオードブルが並んでいる。


午後8時。投票が締め切られると同時に、テレビ各局が、一斉に出口調査の結果を速報した。

『――自民党候補、当選確実!』

そのテロップが流れた瞬間、事務所は、「うおおお!」という、地鳴りのような歓声に包まれた。支援者たちは抱き合い、万歳三唱が始まる。


選対本部長として、この戦いを指揮してきた小泉寸次郎は、マイクの前に立ち、満面の笑みで、勝利宣言を行った。

「皆様! 我々の、伝統と実績に裏打ちされた政治が、国民の皆様から、再び、信任を得ました! これもひとえに、皆様の力強いご支援の賜物です! ポッと出の素人集団に、我々自民党の、牙城を崩すことなど、できるはずもなかったのです!」


そのスピーチは、全国に生中継された。

旧世代の、圧倒的な勝利。日本の政治は、何も変わらない。誰もが、そう確信した。


一方、その頃。

多摩地区の小さな貸し会議室に設けられた、『チーム未来』の開票センターは、通夜のような静寂に包まれていた。候補者の神崎麗奈は、集まってくれた数十人のボランティアスタッフに、申し訳なさそうに、頭を下げていた。


「私の、力が及ばず、本当に、申し訳ありませんでした」

だが、その時だった。

部屋の隅で、ノートパソコンを睨みつけていた安野貴が、静かに、しかし、誰もが聞き取れる声で、言った。


「いや、まだだ。まだ、終わっていない」

全員の視線が、安野に集まる。

彼は、壁のモニターに、自らが独自に集計した、あるデータを映し出した。


「テレビの出口調査は、固定電話を持つ高齢者層に、回答が偏る傾向がある。俺たちのデータによれば、投票所に足を運んだ、若者と、現役世代の投票率は、彼らの想定を、遥かに上回っている。勝負は、ここからだ」


彼の言葉を、信じる者は、ほとんどいなかった。

だが、開票が始まり、一時間、二時間と、時間が経過するにつれて、誰もが、信じられない光景を、目の当たりにすることになる。


開票速報の画面。

序盤こそ、自民党候補が、圧倒的な票差でリードしていた。

しかし、期日前投票の票や、投票率の高い新興住宅地の票が開き始めると、神崎麗奈の票が、まるで猛獣のように、自民党候補を追い上げ始めたのだ。


『おや? これは、どうしたことでしょう。神崎候補、驚異的な追い上げを見せています!』

テレビのアナウンサーの声が、徐々に、困惑と興奮の色を帯びてくる。

自民党の選挙事務所では、あれほど賑やかだった歓声が、嘘のように消えていた。


小泉寸次郎は、貴賓席で腕を組み、顔面蒼白で、画面の数字を睨みつけている。

「バカな。何かの、間違いだ。こんなことが、あるはずがない」


彼が信じてきた、組織票と、業界団体の締め付け。

その票は、確かに、いつものように、彼らの元に入っていた。


だが、彼が「その他大勢の、声なき声」だと見下していた、無数の一般市民の票が、彼らの組織票の、分厚いコンクリートの壁を、静かに、しかし、確実に、突き崩し始めていたのだ。


そして、運命の、午前0時過ぎ。

全ての票が、開かれた。


テレビの画面に、最終結果のテロップが、打ち出される。

アナウンサーが、もはや絶叫に近い声で、その文字を読み上げた。


『神崎麗奈、当選確実! 大逆転です! 歴史的な、大番狂わせが起きました!』


『チーム未来』の、小さな貸し会議室。

一瞬の静寂の後、爆発したような、歓喜の叫び声が、天井を揺るがした。

神崎は、その場に崩れ落ち、ボランティアの仲間たちと抱き合って、ただ、涙を流していた。

それは、金も、組織も、知名度も持たない、ごく普通の人々が、巨大な権力に打ち勝った、奇跡の瞬間だった。


安野は、その輪から少し離れた場所で、静かに、窓の外を見つめていた。

彼のスマートフォンに、一つのメッセージが届く。差出人は、夏目響だった。


『見たか、小泉。これが、あんたが見下した、素人たちの声だ』

それは、決して、地滑り的な大勝利ではなかった。


だが、この国を覆っていた、分厚く、固い地盤に、確かに、一本の亀裂が入った。

日本の政治史を、永遠に変えることになる、ほんの小さな、しかし、決定的な、地殻変動の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ