第5章:二つ目の武器 - 『未来まる見え政治資金』
小泉寸次郎が『未来議会』を嘲笑してから、数週間後。
政界に、最初の「実戦」の機会が訪れた。与党・自民党のベテラン議員が、金銭スキャンダルで辞職。その欠員を補うための、衆議院の補欠選挙が、東京の多摩地区で行われることになったのだ。
永田町では、誰もが自民党の圧勝を信じて疑わなかった。そこは、長年にわたり、自民党が強固な地盤を築いてきた、保守の牙城。小泉寸次郎は、党の若手エースとして、この選挙の総責任者に名乗りを上げた。彼は、ここで圧倒的な勝利を収めることで、党内での求心力を高め、そして、安野たちの「お遊び」に、現実の厳しさを叩きつけようと目論んでいた。
その頃、『チーム未来』のオフィスでは、安野、夏目、羽生の三人が、候補者の選定について、激しい議論を交わしていた。
「知名度のあるタレント候補を立てるべきだ!」「いや、地元の名士にお願いするのが定石だろう」
チームの若いスタッフたちの間でも、意見は真っ二つに割れていた。
だが、安野は、そのどちらも選ばなかった。
「俺たちの候補者は、『未来議会』で決める」
彼は、『未来議会』に、新たに「候補者公募」のページを開設した。
『我こそは、という候補者を、求めます。経歴、年齢、性別、一切不問。問うのは、この国を良くしたいという、あなたの情熱だけです』
数日のうちに、全国から、三百名を超える応募があった。
そして、最終的に、候補者を選ぶのは、安野たちではない。応募者たちの経歴と、政策論文を全て公開し、国民による「電子投票」で、最も多くの支持を集めた人物を、公式な候補者とする、と宣言したのだ。
その結果、選ばれたのは、誰もが予想しない人物だった。
神崎 麗奈、38歳。
政治家でも、有名人でもない。地元のIT企業で働く、二人の子供を育てる、ごく普通のシングルマザーだった。彼女が『未来議会』に投稿した、「子育て世代が、本当に働きやすい社会制度の構築」という、実体験に基づく切実な論文が、多くの人々の共感を呼んだのだ。
「正気か、安野! こんな、政治経験ゼロの素人で、あの自民党の牙城に勝てるわけがない!」
チーム内からも、不安の声が上がった。
「勝てるさ」と安野は、静かに答えた。「俺たちには、旧世代には絶対に真似できない、『二つ目の武器』があるからな」
選挙戦が公示された日。
『チーム未来』のウェブサイトに、新たなページが、静かに公開された。
『未来まる見え政治資金』
それは、安野がCEOを務める『YATAGARASU』の、最新のブロックチェーン技術を駆使して作られた、革命的な会計システムだった。
サイトを訪れた人々は、度肝を抜かれた。
そこには、神崎麗奈陣営の、全ての「収入」と「支出」が、一円単位で、リアルタイムに表示されていたのだ。
『午前9時15分、匿名希望様より、1000円のご寄付を頂きました』
『午前10時32分、選挙事務所のコピー用紙代として、548円を支出しました』
『午後1時05分、ボランティアスタッフの昼食のお茶代、1380円』
金の流れが、完全に、ガラス張りだった。
誰が、いつ、いくら献金し、それが、何のために使われたのか。その全てが、国民の監視下に置かれていた。
寄付も、クレジットカードやスマホ決済で、100円から可能だった。政治献金という、これまで一部の富裕層や企業のものでしかなかった行為が、誰にでもできる、クリーンで、身近な「候補者への応援」へと生まれ変わった瞬間だった。
一方、自民党の候補者陣営は、旧態依然とした選挙運動を続けていた。
業界団体や、地元の有力者を集めた、非公開の会合。そこで交わされる、巨額の献金と、見返りの約束。
その金の流れは、分厚い帳簿の裏に隠され、国民の目に触れることは、決してない。
小泉寸次郎は、安野たちの新しい試みを、鼻で笑った。
「面白いことをやる。だが、選挙とは、そんな綺麗な金で勝てるほど、甘いものではない。最後にモノを言うのは、組織の力と、長年培ってきた、人間関係の『しがらみ』だよ」
彼は、まだ気づいていなかった。
自分たちが信じてきた「常識」が、足元から、静かに崩れ始めていることに。
国民は、初めて、自分たちが託した「一円」が、どう使われるのかを知った。そして、その透明性に、これまでの政治にはなかった、圧倒的な「信頼」を感じ始めていた。
二つの武器、『未来議会』と『未来まる見え政治資金』。
理想を、具体的なテクノロジーで形にした、新しい挑戦者たち。
彼らが、旧世代の牙城に、どれほどの風穴を開けることになるのか。
その答えは、投票日までの、残り二週間で、明らかになる。




