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第29章:最高のライバル

総選挙の、公示日。

日本の、新しい政治を、象徴するような、光景が、東京の、巨大ターミナル駅前で、繰り広げられていた。


駅の、南口広場。

そこには、与党・自民党の、巨大な、演説ステージが、組まれていた。

数千人の、聴衆を前に、マイクを握っているのは、総理大臣、小泉寸次郎だった。


彼は、もはや、かつてのような、感情的な、言葉は、使わない。ただ、自らが、信じる、保守の、理念に基づき、力強く、そして、誠実に、未来への、ビジョンを、語りかけていた。


「――自由な、競争こそが、イノベーションを生み、この国を、強くするのです! 政府の役割は、過度な介入ではなく、皆さんが、挑戦するための、公正な、ルールを、作ることです!」

その言葉に、彼の支持者たちが、熱狂的な、拍手を送る。


そして、その、熱狂を、駅のコンコースを挟んだ、ちょうど、向かい側。

北口広場では、もう一つの、巨大な、群衆が、生まれていた。

そこは、『チーム未来』の、演説会場だった。


壇上に立つのは、党首、安野貴。

彼の背後には、巨大な、LEDスクリーンが、設置され、彼が語る、政策の、根拠となる、データや、シミュレーション結果が、リアルタイムで、映し出されている。


「――競争は、必要です。しかし、その競争から、こぼれ落ちた、人々を、社会全体で、支える、セーフティネットなき、競争は、単なる、弱肉強食に過ぎない! 我々が、目指すのは、誰一人、取り残さない、賢い、政府です!」


彼の、その、ロジカルで、しかし、力強い訴えに、集まった、若者や、女性たちが、共感の、声を上げる。

二人の、演説会場は、物理的には、分断されていた。

だが、その間に、かつてのような、憎悪や、罵声は、なかった。

互いの、支持者たちは、時折、向かいの広場を、ちらりと見やり、「あいつらは、ああ言うが、俺たちは、こう信じる」と、自らの、立ち位置を、確かめているかのようだった。


それは、敵意ではない。

健全な、緊張感。

自分たちとは、違う、もう一つの「正義」が、すぐそこに、存在することを、誰もが、理解していた。

その日の、夕方。


全ての、遊説を終えた、安野が、党本部の、オフィスに戻ると、彼の、秘書官が、一枚の、メモを、差し出した。

「小泉総理からです。『例の件、データに、一部、誤りがあった。修正版を、送る』、と」

安野は、そのメモに、目を通すと、小さく、笑った。


「例の件」とは、現在、両党が、水面下で、協力して、進めている、次世代の、サイバー防衛に関する、国家機密レベルの、プロジェクトだった。


選挙では、互いに、激しく、火花を散らしながらも、国の、根幹に関わる、安全保障の問題については、党派を、超えて、協力する。

それが、二人の間で、結ばれた、暗黙の、紳士協定だった。


安野は、タブレットを、手に取ると、小泉から、送られてきた、修正データに、目を通した。

そして、彼は、そこに、いくつかの、改善点を、書き加えると、一言だけ、メッセージを、添えて、返信した。


『借りは、返した』

数分後。

総理大臣執務室で、その返信を、受け取った、小泉は、思わず、声を、上げて、笑った。

そして、彼もまた、一言だけ、返信を、打った。


『これで、一勝一敗だな。次はないぞ』

彼らは、敵ではない。

そして、馴れ合う、仲間でもない。

それぞれの、背負うもの、守るべき、理念のために、時には、激しく、対立し、時には、国益のために、協力する。


互いの、能力を、誰よりも、認め合っているからこそ、決して、手を抜かない。

最高の、ライバル。

その、健全な、緊張関係こそが、10年前には、誰も、想像しえなかった、この国の、新しい、政治の、エンジンと、なっていた。


安野は、窓の外の、夜景を、見つめた。

明日の、遊説先は、大阪だ。


小泉もまた、同じ、大阪の、別の場所で、演説を、行うことになっている。

「負けるかよ」

安野は、誰に、聞かせるともなく、静かに、しかし、力強く、呟いた。

その瞳は、ハッカーだった頃の、あの、獰猛な、輝きを、取り戻していた。

戦いは、続く。


だが、それは、もはや、絶望的な、消耗戦ではない。

未来を、賭けた、胸の、躍るような、ゲームだった。

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