第28章:真の二大政党制
大連立が、発展的に解消されてから、二年。
再び、衆議院の、解散総選挙の、季節が、やってきた。
だが、その選挙戦の、空気は、これまでの、日本の、どの選挙とも、全く、異なっていた。
かつての選挙は、常に、「自民党か、それ以外か」という、不毛な、二択だった。
野党は、与党の、スキャンダルを、暴き、足を引っ張ることに、終始し、与党は、安定という名の、現状維持を、訴えるだけ。
そこには、未来への、建設的な、ビジョンは、ほとんど、存在しなかった。
だが、今、国民の前に、提示されているのは、全く、質の違う、二つの、明確な、「未来への、設計図」だった。
『自由と、競争。そして、小さな政府』
総理大臣、小泉寸次郎率いる、自民党は、そう、訴えた。
彼らは、安野が、断行した、行政改革を、さらに、推し進め、あらゆる、規制を、撤廃し、民間の、自由な、競争を、促すことで、経済を、成長させる、という、力強い、ビジョンを、提示した。
それは、かつての、利権まみれの、古い、自民党ではない。個人の、自助努力と、挑戦を、最大限に、尊重する、「新しい、保守」の、姿だった。
『公正と、再分配。そして、賢い政府』
対する、安野貴率いる、『チーム未来』。
彼らは、自由な競争の、果実を、社会全体で、公正に、分かち合い、AIと、データを、駆使した、「賢い政府」が、教育、医療、そして、セーフティネットといった、国民の、最低限の、暮らしを、確実に、保障する、という、ビジョンを、掲げた。
それは、かつての、何でも反対の、古い、野党ではない。現実的な、財源論と、テクノロジーに基づいた、「新しい、改革」の、姿だった。
どちらも、魅力的で、そして、どちらにも、明確な、哲学があった。
国民は、初めて、自分たちの、価値観に、基づいて、国の、進むべき、大きな、方向性を、「選択」できる、時代を、迎えたのだ。
その象徴的な、出来事が、選挙戦の、中盤に、起きた。
テレビ局の、主催で、行われた、歴史的な、初の、党首一対一討論会。
登壇したのは、もちろん、小泉寸次郎と、安野貴だった。
これまでの、党首討論は、ヤジと、罵声が、飛び交う、単なる、パフォーマンスに、過ぎなかった。
だが、その夜の、二人の、討論は、違った。
「――小泉総理。あなたの、言う、徹底した、規制緩和は、確かに、経済を、成長させるかもしれない。しかし、その、競争から、こぼれ落ちた、人々を、どう、救うのですか。我々の、シミュレーションによれば、あなたの、政策では、貧富の差は、5年で、1.5倍に、拡大します」
安野は、手元の、タブレットに、鮮やかな、グラフを、映し出し、冷静に、問いかけた。
「良い、質問だ、安野君」
小泉は、全く、動じなかった。「だが、君の、手厚い、セーフティネットは、本当に、持続可能なのかね。その、莫大な、財源を、確保するためには、将来世代への、負担を、増やすか、あるいは、高い、法人税によって、企業の、国際競争力を、削ぐしかない。その結果、日本経済が、全体として、縮小していく、という、リスクを、君は、どう、説明するんだ」
ヤジは、ない。
個人攻撃も、ない。
あるのは、データと、ファクトと、そして、互いの、哲学への、敬意に基づいた、極めて、高度で、知的な、論戦だけだった。
その、スリリングな、やり取りを、日本中の、国民が、固唾を飲んで、見守っていた。
子供たちは、親に、尋ねた。
「お父さんは、どっちの、未来が、いいと思う?」
夫婦は、食卓で、議論した。
「私は、安定が、大事だと思うけど、あなたの、挑戦したい、という気持ちも、分かるわ」
政治が、初めて、国民の、日常の、会話になった。
自分たちの、一票が、本当に、この国の、未来を、左右するのだ、という、確かな、手応え。
真の、二大政党制。
それは、単に、二つの、大きな、政党が、存在する、という、形だけの、話ではない。
それは、国民が、全く、異なる、二つの、魅力的な、ビジョンの中から、自らの、責任で、未来を、選択できる、という、民主主義の、最も、成熟した、姿だった。
選挙の結果、どちらが、勝ったのか。
それは、もはや、重要なことでは、なかった。
この、選挙が、行われた、という、事実そのものが、この国の、政治が、新しい、時代へと、完全に、移行したことを、告げる、高らかな、ファンファーレだったのだから。




