第22章:水面下の交渉
ねじれ国会が、その機能を完全に停止してから、数日が過ぎた。
永田町は、まるで台風の目のように、不気味な静けさに包まれていた。だが、その水面下では、日本の未来を決める、二つの、全く異なる「交渉」が、同時並行で、進められていた。
一つは、自民党本部で行われていた、次期総裁を決めるための、醜い派閥抗争だった。
石破下流が去った後の、権力の空白。それを埋めようと、生き残った長老たちが、それぞれの派閥の領袖を担ぎ出し、泥沼の多数派工作を繰り広げていた。
「我が派閥から、候補者を出す!」
「いや、今回の敗北の責任は、お前たちの派閥にあるだろう!」
会議室からは、連日、怒号が漏れ聞こえてきた。彼らが語るのは、国民の生活でも、災害からの復興でもない。ただ、自分たちの派閥が、いかにして、党内の主導権を握るか、ということだけだった。
その、あまりにも旧態依然とした権力闘争を、冷ややかに見つめていたのが、小泉寸次郎だった。
彼は、どの派閥の会合にも、顔を出さなかった。
代わりに、彼は、党内の、当選回数の若い、改革派の議員たちと、秘密裏に、会合を重ねていた。
「皆さん。あの老人たちに、この党を任せておいて、未来はありますか」
小泉は、集まった若手議員たちに、静かに、しかし、力強く、語りかけた。
「国民が、我々に突きつけた、ノー。その意味を、彼らは、何も、理解していない。今、この党に必要なのは、過去の清算ではない。未来への、ビジョンです」
そして、彼は、自らの野心を、初めて、剥き出しにした。
「私が、総裁選に、立ちます」
その場が、どよめいた。
「そして、私が、この党を、一度、完全に破壊し、そして、再生させる。安野貴と、対等に渡り合える、新しい、保守政党へと、生まれ変わらせるのです。そのための、先頭に、私を、立たせてほしい」
それは、旧世代への、完全な、宣戦布告だった。
若手議員たちの瞳に、これまで、派閥の論理に、押さえつけられてきた、改革への、熱い炎が、灯り始めた。
そして、もう一つの「交渉」は、『YATAGARASU』の、静かなオフィスで、進められていた。
安野貴は、連日、野党各党の党首と、会談を重ねていた。
「安野さん! 我々と手を組み、非自民の、連立政権を樹立しよう!」
旧来の、左派政党の党首は、そう、息巻いた。
だが、安野は、静かに、首を横に振った。
「あなたの党の、エネルギー政策と、我々の、データに基づくシミュレーション結果には、あまりにも、大きな隔たりがあります。その理念のままでは、組むことはできません」
安野は、数合わせの、権力ゲームには、一切、興味を示さなかった。
彼が、交渉のテーブルに乗せていたのは、ただ一つ。『チーム未来』が掲げた、「五つの原則」と、そこから生まれた「政策」だけだった。
「我々の、行政のデジタル化法案に、賛同してくれるのか」
「政治資金の、完全透明化に、協力してくれるのか」
「その政策を実現するための、財源の裏付けは、どう考えているのか」
それは、あまりにも、実務的で、あまりにも、ストイックな交渉だった。
多くの野党党首は、彼の、その「政治家らしくない」態度に、戸惑い、そして、苛立ちを、隠せなかった。
「君は、政権を獲る気がないのか!」
そう、怒鳴って、席を立つ者さえいた。
その結果、野党間の、連立交渉は、ことごとく、決裂した。
『チーム未来』は、孤立した。
安易な妥協を拒み、自らの原則に、固執しすぎた結果だった。
「安野さん、このままでは、本当に、政治が、完全に、止まってしまいます」
夏目響が、不安そうな顔で、安野に尋ねた。
「ああ。分かっている」
安野は、窓の外の、灰色の空を見つめていた。「だが、俺たちが、ここで、理念を曲げれば、俺たちは、俺たちで、なくなるんだ」
そして、彼は、呟いた。
「カードは、全て、出揃った。あとは、最後の交渉相手が、誰になるか、だけだ」
その、数日後。
自民党の、総裁選挙が行われた。
結果は、日本中を、驚かせた。
派閥の長老たちが、互いに、票を食い合った結果、漁夫の利を得る形で、若手議員の、圧倒的な支持を集めた、小泉寸次郎が、地滑り的な勝利を、収めたのだ。
史上最年少の、自民党総裁の、誕生。
そのニュース速報が、流れた瞬間。
安野の、私用のスマートフォンが、静かに、震えた。
画面に表示された、差出人の名前。
『小泉寸次郎』
メッセージは、一言だけだった。
『二人で、話がしたい』
水面下での、それぞれの交渉が、終わり。
ついに、新旧二つの世代を代表する、二人のリーダーが、直接、対峙する時が、来た。
日本の未来を決める、本当の、交渉が、始まろうとしていた。




