第16章:最大の賭け
党内の亀裂が、日に日に深まっていく中。
総理大臣、石破下流は、官邸で、一人、絶望的な状況に追い詰められていた。
世論調査では、内閣支持率は、ついに、10%台にまで落ち込んでいた。不支持の最大の理由は、「災害対応への不手際」。もはや、彼が、どんな立派な復興計画を語っても、国民の心には、全く響かなかった。
そして、彼を、さらに苛んでいたのが、自民党内からの、公然たる「退陣要求」だった。
その先頭に立っていたのは、皮肉にも、かつて自分が目をかけてきた、若手エースの小泉寸次郎だった。
小泉は、党内の若手議員たちをまとめ上げ、「このままでは、党が死ぬ」と、連日、石破おろしの急先鋒となっていた。
「裏切り者が」
石破は、執務室で、一人、苦々しく呟いた。
彼は、小泉の行動が、単なる党や、国を憂う気持ちからではないことを、見抜いていた。
彼は、この混乱に乗じて、自分が、次の総裁の椅子に座ろうとしているのだ。その野心が、石破には、透けて見えていた。
だが、もはや、自分には、党内を抑え込む力も、国民の支持も、残されていない。
このまま、何もせずにいれば、自分は、党内の権力闘争によって、惨めに、引きずり下ろされるだけだろう。
歴代総理の中でも、国難を乗り越えられなかった、「最悪のリーダー」として、歴史に、その名を、不名誉な形で、刻まれてしまう。
それだけは、耐えられない。
長い政治家人生の、最後のプライドが、彼に、そう叫んでいた。
その日の深夜。
石破は、腹心の、官房長官と、党の幹事長だけを、官邸に、極秘に呼び寄せた。
「もう、これしか、道は、残されていない」
石破は、疲れきった、しかし、どこか、吹っ切れたような目で、二人に告げた。
その言葉に、二人は、息を呑んだ。
翌日の、午前11時。
石破は、予告なしに、官邸で、緊急の、記者会見を開いた。
その場に集まった記者たちは、誰もが、彼の「退陣表明」を、確信していた。
石破は、テレビカメラの前で、まず、この度の災害で、政府の対応が後手に回ったことを、国民に、深く、謝罪した。
そして、彼は、誰もが予想しなかった、次の一手を、放った。
「しかし、今、我々に、必要なのは、永田町の中での、不毛な、権力闘争ではありません。この国難を、いかにして乗り越え、いかにして、新しい日本を、再建するのか。その、国家の、根本的な方針を、改めて、国民の皆様に、お示しし、そして、その審判を、直接、仰ぐことであると、私は、固く、信じます」
彼は、そこで、一度、息を吸い込み、最後の賭けを、宣言した。
「本日、私は、日本国憲法第7条に基づき、衆議院を、解散いたします」
会見場は、爆発したような、どよめきと、フラッシュの嵐に、包まれた。
「解散だと!?」「この、タイミングで!」「正気か!」
内閣支持率が、史上最低レベルにまで落ち込んでいる、この状況での、解散総選挙。
それは、政治の常識では、到底、考えられない、自殺行為に等しい、ギャンブルだった。
だが、石破には、勝算があった。
いや、彼が描いていたのは、自民党が、単独で勝利するという、シナリオではなかった。
彼は、国民に、こう問いかけるつもりだった。
『確かに、我々は、失敗した。だが、国難に立ち向かうためには、長年の経験と、実績を持つ、我々、自民党が、与党として、責任を果たすしかないのだ』
『対する、『チーム未来』は、確かに、災害対応では、活躍した。だが、彼らは、外交も、安全保障も、そして、経済運営も、知らない、素人集団だ。こんな、国難の時に、国のかじ取りを、彼らに、任せることができるのか』
彼は、国民の「変化を恐れる心」に、賭けたのだ。
『チーム未来』が、どれだけ支持を集めても、単独で、過半数を獲ることは、不可能だろう。
そして、他の野党は、あまりにも、弱体化しすぎている。
選挙の結果、どの政党も、過半数を取れない、「ねじれ国会」が、生まれる。
そうなれば、最後は、政党間の、連立交渉になる。
その、泥臭い、権力ゲームにおいて、最も、経験と、ノウハウを持っているのは、誰か。
我々、自民党だ。
石破は、この解散総選挙という、劇薬によって、党内の「石破おろし」の動きを、完全に封じ込めた。
そして、小泉寸次郎の、次期総裁への道を、一旦、閉ざした。
彼は、自らの、政治生命を、延命させるために、この国全体を、巨大な、サイコロとして、振ったのだ。
自民党本部で、そのニュースを見ていた小泉は、怒りに、奥歯を、ギリリと、噛み締めた。
「あの、老害が! 党も、国も、道連れにする気か!」
一方、『YATAGARASU』のオフィスで、その報に接した、安野貴は、静かに、しかし、獰猛に、笑った。
「面白い。受けて立ってやろうじゃないか」
石破が仕掛けた、最大の賭け。
それは、彼が、自らの手で、旧世代の政治と、新しい世代の政治が、日本全土を舞台に、正面から、激突する、最終決戦の、ゴングを、鳴らしてしまったことを、意味していた。




