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第12章:国家的な危機

小泉寸次郎が仕掛けた情報戦は、安野たちの、常識を超えた「沈黙の反撃」によって、完全に不発に終わった。


それどころか、その誠実な対応は、『チーム未来』への信頼を、以前にも増して、強固なものにしていた。世論調査では、もし今、総選挙が行われれば、『チーム未来』は、50議席以上を獲得するという、驚異的な予測さえ、出始めていた。


永田町は、次の総選挙に向けて、水面下での駆け引きが激化していた。

誰もが、政治という、人間が作ったルールの上での、次なる戦いのことばかりを考えていた。

だが、本当の危機は、いつも、人間の予測を、遥かに超えた場所からやってくる。


その日の、午後4時16分。

紀伊半島沖、深海のプレートが、千年の沈黙を破って、ついに、その身をよじった。

マグニチュード9.1。

観測史上最大級の、南海トラフ巨大地震。

日本列島は、まるで木の葉のように、数分間にわたって、激しく揺さぶられた。

そして、その数十分後。太平洋沿岸の、広大な地域に、黒い壁のような、巨大な津波が、牙を剥いて襲いかかった。


東京も、震度6強の、強烈な揺れに見舞われた。

国会議事堂の中では、予算委員会の審議中だった議員たちが、悲鳴を上げながら、机の下に潜り込む。その醜態は、皮肉にも、テレビで全国に生中継されていた。

官邸には、直ちに、緊急災害対策本部が設置された。


陣頭指揮を執るのは、現役の総理大臣、石破いしやぶり 下流げる。彼は、その長い政治キャリアの中で、幾度となく災害対応を経験してきた、ベテラン政治家だった。

だが、彼が慣れ親しんでいたのは、電話と、ファックスと、そして、各省庁から上がってくる、紙の報告書を元にした、旧来の危機管理システムだった。


その、あまりにもアナログなシステムは、広域にわたる、未曾有の複合災害の前で、完全に、その機能を停止していた。


「総理! 被害状況の全容が、全く掴めません!」

「各省庁からの報告が、バラバラで、情報が錯綜しています!」


石破は、対策本部の席で、ただ「全力を尽くすように」と、同じ言葉を繰り返すばかりだった。

彼の脳内にあるのは、過去の災害の「前例」だけ。リアルタイムで、刻一刻と変化する、現場の状況を、正確に把握し、最適なリソースを配分するという、デジタル時代の危機管理能力は、彼には、絶望的に欠けていた。


『A県では、3つの市が、完全に孤立状態にある模様』

『B市の避難所では、食料と水が、全く足りていません』

『SNS上では、救助を求める、悲痛な叫びが、溢れていますが、その真偽を確認する術がありません』


テレビが伝える、断片的な情報。ネットに溢れる、玉石混淆の叫び。

石破率いる政府は、どこに、誰が、どれだけいて、何を必要としているのか、という、最も基本的な情報を、全く、把握できずにいた。


自衛隊や、消防の、英雄的な現場での活動にもかかわらず、司令塔である政府が機能不全に陥ったことで、救えるはずの命が、刻一刻と、失われていく。


自民党政権が、この10年間、高虫改革の遺産の上に胡座をかき、見て見ぬふりをしてきた、行政システムの、根本的な脆弱性。

その「膿」が、国家的な危機の瞬間に、最悪の形で、噴出したのだ。


小泉寸次郎も、対策本部に詰めていた。

彼は、何もできずに、右往左往するだけの、老齢の閣僚たちを、そして、モニターの前で、ただ「全力を尽くす」と繰り返すだけの、無力な総理、石破下流の姿を、愕然と、見つめていた。

これが、自分が信じてきた、この国の、統治機構の、正体なのか。

データも、テクノロジーも、そして、スピードも、ない。

あるのは、前例と、縦割りと、そして、責任の押し付け合いだけ。


同じ頃。

『YATAGARASU』のオフィスは、静かだった。

だが、その静けさは、絶望ではなく、極限の集中から生まれる、戦闘の静けさだった。


安野貴は、巨大なモニターに、被災地の衛星写真を映し出し、無数のデータを、重ね合わせていた。

SNS上の位置情報付きの投稿、携帯電話各社の基地局の通信記録、自動車のプローブ情報、そして、夏目響の『KOTOBA』が、リアルタイムで解析する、救助要請の悲鳴。

彼は、チームのメンバーに、短く、そして、力強く、告げた。


「――政府を待っていたら、手遅れになる」

「俺たちが、やる」

それは、一民間企業による、前代未聞の、「国家の危機管理の、ハッキング」だった。


安野の瞳に、かつて、高虫の剣として戦った、あの頃と同じ、獰猛な光が、再び、宿っていた。

国が、その機能を失った時。


本当の力が、試される。

安野貴と、『チーム未来』の、見えない戦争が、今、始まろうとしていた。

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