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第10章:見えない砲撃

神崎麗奈の勝利と、その後の国会での孤立。

この二つの出来事は、『チーム未来』の存在を、国民に、全く新しい形で印象付けた。

彼らは、単なる「ITに強い、意識の高い集団」ではない。「巨大な権力に、たった一人で立ち向かう、悲劇のヒロイン」という、極めて強力な物語性を、手に入れたのだ。


神崎を応援する声は、日増しに高まっていた。

『負けるな、神崎さん!』『永田町のいじめに屈するな!』

世論は、完全に、彼らの味方だった。


この状況に、最も強い苛立ちと危機感を覚えていたのが、小泉寸次郎だった。

補欠選挙の敗北の責任を問われ、党内での立場が危うくなっていた彼は、焦っていた。


「なぜ、分からないんだ!」

執務室で、彼は、タブレットに表示された世論調査のグラフを、忌々しげに睨みつけていた。


「あいつらがやっていることは、ただの人気取りだ。国を動かす、地道な努力を、何一つしていない。なのに、なぜ、国民は、あんな素人どもを支持するんだ!」


彼の苛立ちは、やがて、黒い感情へと変わっていった。

正攻法で、奴らの化けの皮を剥がすことができないのなら。

ならば、奴らと同じ土俵で、いや、奴ら以上に、汚いやり方で、そのイメージを、徹底的に破壊してやる。


彼は、党の広報部ではなく、外部の、とある会社に、密かに連絡を取った。

それは、表向きは、WEBマーケティングのコンサル会社だが、その実態は、金で、ネット上の評判操作や、競合他社のネガティブキャンペーンを請け負う、いわば「ネットの傭兵部隊」だった。


「先生。例の件、準備が整いました」

数日後、その会社の社長から、小泉の元に、一本の電話が入った。


その日の深夜。

SNS上に、一つの匿名アカウントが、告発めいた投稿を行った。


『#チーム未来の闇 拡散希望』

その投稿には、一枚の画像が添付されていた。

それは、羽生翔太が経営するドローン会社『PAPILLON』の、試作ドローンが、テスト飛行中に墜落し、炎上しているかのように見える、衝撃的な写真だった。


『天才と持て囃される羽生翔太。しかし、その実態は、安全性を無視した、危険な実験を繰り返す、無責任な経営者だった。彼のドローンが、いつ、あなたの頭の上に落ちてきても、おかしくない』


その投稿は、まるで、見えない司令塔がいるかのように、組織化された無数のアカウントによって、一斉に拡散され始めた。


「#羽生のドローンは殺人機」という、悪意に満ちたハッシュタグが、瞬く間に、トレンドの上位へと駆け上がっていく。


もちろん、その写真は、巧妙に加工された、完全なフェイクだった。

墜落したように見えたのは、数年前に、開発の初期段階で起きた、ごく小さなバッテリートラブル。それを、望遠レンズで撮影し、炎や煙を、CGで加筆したものだった。


だが、一度、拡散された「衝撃的な画像」の力は、どんな「事実」よりも、強かった。

人々は、真偽を確かめることなく、そのショッキングな情報を、次々と、信じ込み、そして、再拡散していった。


『YATAGARASU』のオフィスで、その動きを監視していた安野のチームは、すぐに、それが組織的な情報操作であることを見抜いた。


「ひどい! これは、名誉毀損だ!」

羽生は、怒りに、顔を真っ赤にして震えていた。


「落ち着け、翔太」

安野は、冷静に、データの流れを分析していた。「敵の狙いは、俺たちを、感情的にさせることだ。ここで、俺たちが、怒りに任せて、感情的な反論をすれば、相手の思う壺だ」

「じゃあ、どうするんですか! このまま、黙って見過ごすんですか!」


「いや」

安野は、キーボードを叩くと、一枚のデータを、モニターに映し出した。


「反論はしない。ただ、事実だけを、提示する」

彼が公開したのは、羽生の会社の、全てのドローンの、過去三年間にわたる、全フライトログと、メンテナンス記録だった。


そこには、一件の重大事故も起こしていないという、揺るぎない「事実」が、誰の目にも明らかな形で、記録されていた。


そして、安野は、チームの原則に従い、こう付け加えた。

『我々は、この情報操作を行った個人や団体を、非難しません。ただ、データと事実に基づき、冷静なご判断を、国民の皆様にお願いするだけです』


それは、あまりにも、大人で、そして、誠実な対応だった。

だが、その声は、フェイクニュースという、けたたましいノイズにかき消され、多くの人々には、届かなかった。


小泉寸次郎は、その状況を、自民党本部で、満足げに眺めていた。

彼は、初めて、安野たちの、アキレス腱を見つけた、と確信していた。

奴らの「クリーンすぎる」という、その一点を突き続ければ、必ず、倒せる。


見えない砲撃は、まだ、始まったばかりだった。

それは、日本の政治が、政策論争ではなく、イメージと、印象操作で戦う、新しい、そして、より暗い時代へと、足を踏み入れた、瞬間でもあった。

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