表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

なんでも押し付けてくる妹について

作者: 里見 知美

「ねえ、お姉さま。このリボン欲しい?」


 私の一つ下の妹シェリルは、ことある毎に「欲しい?」と言っては、自分がいらなくなったものを押し付けてくる。


 しかもお願いっていうんなら譲ってあげる、と上から目線で。


 いらないわ、というと私からのプレゼントを無下にされたと泣き喚き、まるで悲劇の主人公のように学院でも言い触れ回るので、事情を知らない周囲からは思いやりのない姉、と私が白い目で見られるのだ。


 押し付けてくる妹にうんざりしていても、断る事も出来ず、まるで掃き溜めのようになっていく私の部屋。


 私も馬鹿正直に受け取るほどお人好しでもないので、それとはわからないように手を入れて、売り出せる商品にした。父の名を借りて、平民客対象のブルネット商会というのを立ち上げて、オプショップ(リサイクルショップ)部門で妹から譲り受けたものを元手に売りに出しているから、採算はまあまあ取れているのだけど、何せ学院の合間にコツコツと手直しをしているので、需要と供給が追いついていないのが現状だ。


 あまり部屋が閑散としていると妹に怪しまれるし、メイドに頼んでも妹にバレる可能性もあり、頼むこともできない。また「私がプレゼントしたものを売り飛ばしてるのよ〜、お姉様酷い」とか言い触れ回られても困る。一応商売品だし。平民相手の店に貴族が来られては、寄り付きがたくなってしまうし。


 両親は両親で、”姉思いの妹のために”と、なんでも妹が欲しいものを買い与え、私には妹から譲られたものばかり。


「どうせ、すぐに飽きてお前のものになるんだから、よしとしなさい」とは父の言い分。

「手直しすれば売れるのだから、よしとしなさい」とは母の言い分。


 本心は、妹に買い与えても姉が売りに出すから収支は変わらないだろう、ってとこだろうか。


 確かに、いくら商会をいくつか持っているとはいえ、子爵家の我がランダース家に有り余るほどの財産はないし、妹が不要になった物は、まだまだ新品とも言える状態のものばかりだ。そのまま使えるものも多くあるだけに、勿体無いとは思うけど。妹のために買った小物や装飾品は、彼女にだからこそ似合うのであって、私には似合わないものだったりする。


 靴やドレスはサイズがそもそも合わない。私の方が姉だってわかっているのかしらね、うちの両親は。大きいものを小さく詰める分には問題なくとも、小さいものを大きくするにはそれなりの技量が必要になるのよ。


 平民相手の店では、さすがにドレスはそのまんまでは売れないので。あまりにもサイズやデザインが無理すぎる物は完全に解いて別商品を作るしかないけど、何着かのドレスは私の社交用に生まれ変わる。じゃなきゃ私の着るものがないし、妹のせいで新品は買ってもらえないし。妹は妹で、私が彼女のお古を着ていることに満足気味。腹が立つが、何も言うまい。


 妹シェリルは、小柄で可愛らしい癖に、出るとこは出ていて男性を魅惑する小悪魔的な存在だ。黙って座っていれば人形のように可愛らしいのに、口を開けば悪魔のように毒を吐いてくる。それに気が付かず、鼻の下を伸ばす男連中もどうかと思うけど、愛らしいブルネットの髪はくるりと自然にカールをして、まばたけば風が巻き起こるんじゃないかと言うほどの長いまつ毛も、大きな瞳を縁取って愛らしさを浮立たせている。潤んだ瞳で「そんなつもりじゃなかったの」なんて言われればすぐさま許してしまうのだろう。


 姉である私フローネは、父によく似たオレンジ色の強いクリンクリンの赤毛で、凛々しい眉毛は気の強さを象徴しているかのよう。「お姉さまの目の上にはにんじんが乗っている」とは妹の言葉。ええ、ええ。あなたの目の上の三日月のような美しい眉は、全部抜いて描いてるのよね。知ってるわよ、本当は毛虫のようなゲジゲジ眉毛だってことも、メイドが丁寧に一本一本、毛抜きを使って抜いてるってこともね。でも、姉である私はそんなこと口にしないわよ。だってみんな既に知ってる。お父様もお母様もみんな毛深いんだもの、我が家の家系は。


 色の白さは姉妹でよく似ているのに、私の顔にはソバカスがいっぱいで、妹にはない。妹曰く、肌のキメが違うのよ、らしい。


「シミとかホクロとか出来やすい肌なのよね、お姉さまの肌って。もっと気を遣った方がいいんじゃない?目の横の小皺と笑い皺」


 余計なお世話よ。誰かさんのおかげで、笑い皺より眉間の皺が気になってきてるんだから。まだ18歳なのに、なんでシワの心配までしなくちゃいけないのよ。


 それでも気になることは気になるので、薬草と手作りの化粧品まで作るようになって、これまた商会を通してランダース家の財政を助けてる。出費ばかりのあなたと違ってね。


 お陰様で貴族令嬢なのに、刺繍の腕だけではなく裁縫のスキル、薬学スキルまでもが上がる一方だ。嫡女なので、手に入るスキルはあればあるほど将来役に立つということで、そのせいもあって、お母様もお父様も私のこと、無碍にはしないけど。何か納得いかないのよね。





 ところがある日、妹が家族団欒の席で、自分の婚約者を「姉様、欲しいならあげるわ?」と言ってきた。


 お母様がお茶に咽せた。


「ちょっとシェリル?!ダレンのこと大好きで婚約できないのなら死ぬって言ってた癖に、どうしちゃったの」


 ああ、そんなこと言ってたのか。


「ん〜ちょっと彼、つまんないのよね。趣味も話も合わないしぃ。最先端をいく私の結婚相手にはちょっと無理かなあって思うの」


 知ってる。


 ダリルはダマール子爵家の三男で、私たちの二つ上の幼馴染だ。そして、(ここ大事!)ダリルはもともと、私と非公式ではあったけど結婚の約束もしていた人でもある。 


 約二年前、私が成人(16歳)するのを待っていたダマール子爵とダリルが婚約の申込みに来たが、いつの間にかシェリルとの婚約が結ばれていた。姉が手に入れる前に、自分が手に入れなければ我慢ならない妹の差金だった。何がどうなってフローネの名前からシェリルになったのか、いまだに謎である。


 いや、さっきの『婚約できなきゃ死ぬ』ってやつだろう、十中八九。


 ダリルは「あんな悪魔と結婚するなんて嫌だ!」と泣いて嫌がって憔悴していたが、「すぐに飽きて用済みになるから(何気にひどい言葉だと思うけど)それまで我慢してくれ」と父が頭をさげ、「それまでは私も絶対婚約も結婚もしないから、お願いダリル」と私も泣いて縋った。そうでもしないと、妹は絶対に諦めない。私が先に手に入れるのは絶対に許さない、と生き霊になってでもダリルに迫るだろう。


 父は、ダリルにブルネット商会の店長の座を空け渡し、どちらの娘とうまくいってもいかなくても、店長は君だと契約書も用意した。店の権利は父の名前のままなので、ダリルがもし失敗しても責任を負うことはないという好条件で。ま、ダリルはできる男なので失敗などしないけど。私も商品の仕入れを手伝ってるし。主に妹のお古(オプショップ)関連で。


 ダマール子爵としては、どちらの娘でも構わなかったらしい。何せスペアでもない三男のことだ。せめてもの親心から、心許せる友人の娘たちに託した。姉であればランダース子爵家の婿養子に入れるし、妹の方であっても平民に落ちるとはいえ、堅実に売り上げを伸ばしている貴族向けのランダース商会と、飛ぶ鳥を落とす勢いのある平民向けのブルネット商会で職は用意されているし、事業提携も結べるので安心だから。


 ちなみにダリルは現在ブルネット商会の店長を任されている、真面目で朗らかな青年である。私は商品の搬入と毎月末の決算期には手伝いに行くので、一緒に食事をしたり、幼なじみとしての付き合いは続けている。婚約者であるはずの妹は、彼がどこでどう働いているかも知らないようだけど。


 婚約して以降、最初の3ヶ月くらいは何かと会っていたけれど、妹は速攻で飽きてしまったらしい。ダリル曰く、うちの売れ筋の商品(妹のリサイクル品)を見せたけど全く興味を示さず、素材の鉱石だとか、リンゴや蚕の話を笑顔でしていたら段々会う時間が短くなって、この半年はほぼ会ってもいないらしい。ダマール子爵家は農園と蚕の生産業を営んでいるから、そう言う話題が出ても仕方がない。


 と言うのは建前で、当然ダリルはわざと妹が興味を持たない話を振っているに違いない。


 週に一度の交流会も月に一度になり、季節ごとになり、それすらもドタキャンが入り、気が付けば半年以上会っていないらしい。


「早く婚約解消してくれないかな」

「他に目星の付けた男性がいれば、すぐなんでしょうけど。ちょっと心配よ」

「その手があったか!」


 そう言ってキラッキラの笑顔でダリルがすぐさま行動した結果が、今ここである。





 お父様は、ブランデーのグラスを回しながら新聞から目を外し、チラリと私に目配せをする。その視線を受けて、私はわずかに口の端を上げて見せた。


「シェリルは、自分のわがままだけ聞いてもらうんじゃなくて、ちゃんとダリルのことも考えてるの?」


「やだわ、お姉さまったら。甲斐性のない男の肩を持つなんて貧乏くさいったら。でもお姉様、いまだに婚約もしていないのよねぇ。ほんと、手間がかかるのねぇ。だから、彼は可哀想なお姉さまに譲ってあげるから、お父様、お願い。シェリルのわがまま、許して?」




 欲しい男が現れたらしい。


 最近、隣国の留学生が学院にやってきたらしい。金髪碧眼のキラキラしい王子様のような男である、とみんなが噂をしていた、と妹は言う。


 私は三年生なので会う機会はないが、一学年にやってきたその少年は、既に取り巻きがいるらしく。妹は、取り巻きと同レベルなど許せなかったようだ。猫をかぶって可憐な少女を演じて、姉にいじめられているのと嘯いたらしい。


「は?なんでそんな嘘ついたのよ?」

「だってぇ、そうでもしないとこっち見てもらえないんだもん」


 いや、だからってね。


 私の学年や友人たちは、そんなことを信じたりはしないし、暇もない。ランダース家の跡取りに喧嘩を売るような真似もしない。が、留学生や、今年入ってきたばかりの新入生の中には、妹の嘘に騙される人もいるようだ。


 まあ、一年生はそのうち理解するだろうし、留学生はこの国の人でもない為、気にすることもない。もしいいとこの坊ちゃんであるならば、調べればすぐにわかるはずだし、妹の校則に反した豪華絢爛な服装とツヤッツヤな肌を見て「いじめられている」と思うのであれば、全くもって観察眼のない男である。そう言う輩は無視するに限る。


「シェリルのこと、一番可愛いって言ってくれるの。私、やっぱり結婚するならそう言ってくれる人が良いわぁ」


 と言うわけで、妹は躊躇なく婚約者(ダリル)を手放したのである。


 神妙な顔をしながらも、私は密かに喜んだ。



 次の日、父に呼ばれてダリルが我が家にやってきた。父からの説明を受けてシェリルとダリルの婚約はつつがなく解消された。父は二年間もよく我慢してくれた、感謝すると頭を下げた。




「ダリル、留学生の件、何かした?」

「いや。特には何も。ただ、俺の友人の伝手を使って向こうに噂を流しただけだよ。学院の二年生に婚約してない自称美人がいるって。ついでにそれが、シェリルって名前だとも言ったかな」

「美人だったら誰でもいいって人?」

「いや、自称美人がどれほどのものか見てみたいっていう、性格の悪いナルシストなんだってさ」

「性格の悪い、ナルシスト」


 どちらが美しいか勝負しろ!と喧嘩でも売るつもりかしら。


「そんなことより、俺たちの結婚だ。急ぐぞ」

「え、急ぐっって言っても、つい今しがた婚約解消したばかりで無理よ」

「いや、実は半年前に婚約は解消してる。フローネが18歳になったから、それと同時に俺は君と婚約していた」

「は?」

「言えなくてごめんよ。でもランダース子爵が誰にも漏らすなって言うから。ちゃんと婚約の書類はここにあるし、婚姻書には既にサインをもらってある」


 お父様の昨夜の目配せは、そう言う意味だったのかしら。


 結婚式は、私が二十歳になってからという約束で。でも籍はその日のうちに入れることになって、二人揃って役場で宣誓だけを済ませてしまった。


 あっという間に私、人妻になりましたよ。まだ学院も卒業していないんですが、いいのでしょうか。まあ法律上では成人してるし、問題ないんですけどね。


 籍を入れた帰りに連れて行かれたのが、こじんまりした一軒家。「二人の愛の巣」とダリルが頬を染めていう。


 え、なにこれ。すごいわ。


 とりあえず、私が次期子爵当主ではあるものの、まだまだお父様も若く。暫くは二人だけで暮らしたいと、手際よくダリルがブルネット商会の近くに用意していたのである。


「半年間、フローネは知らなかったとは言え、俺は手も出さず清い関係を通したんだ。もう待てない。一緒に暮らそう」


 既成事実を作ってしまえば誰にも邪魔されない、とあれよという間に押し倒されてしまった。


 そんな事を言われたら、ねえ。なんだかんだ言って二年も無理をさせてしまったし、私も辛かった。おまけに寝室は豪勢にもバラの花びらがベッドに散らされ、とっておきの林檎酒(ダマール産)と高級チョコレートトリュフ(王都で大人気)をお互いに食べさせあって、ムードに流された。


 夫婦の部屋の大部分を占めるベッドはダリルが特注で注文をして、こっそり納品していたらしい。ふかふかなのにギシギシしないマットレスとシルクのシーツが素晴らしく、夢のように贅沢だったため、つい朝方まで持ち込んでしまった。


「責任を取って結婚しました」と翌日の午後に両親には事後報告をした。いや、結婚したので事に及んだんですが。母は卒倒、父は苦虫を噛み潰したような顔になってました。幸せになるから許して。





 さてその頃、シェリルはというと。


「アレックス様ぁ!お待ちになってぇ。私、またお姉さまにぃ!」

「ねえ、シェリル嬢。いい加減そんなにコロコロ太っていてお姉さまに虐められてるなんて、わけないよね?」

「えっ、コロコロ……っ!?」

「だって、ほら。こちらにいるエマニュエル嬢こそが、酷い目に遭ってるって言う風貌だよ。みてごらんよ、こんなに痩せ細ってしまって、制服ですら体に合っていないし、よく見ればつぎはぎだらけだ」


 とある伯爵家の庶子だと言うエマニュエル嬢は、真っ赤になって俯いてしまっている。確かに、彼女はやせすぎだし、髪も後ろで束にまとめただけ、制服も丈が短く、縫い代が下された跡がはっきり見える。実際のところ、伯爵夫人とその息子に蔑ろにされていると言う噂と、平民として暮らしていた癖が抜けていないからだと言う噂もある。


 俯いて震えている割に、視線だけはギラギラとアレックスを注視しているところを見ると、こちらも色々思惑がありそうな気もするが。現状から助け出してくれるなら誰でもいいと思っているのか、藁にも縋りたいと思っているのか、或いは玉の輿を狙ってザマァをしようとしているのか。


 しかし、アレックスと呼ばれた美しい件の留学生は、他人の痛みがわからない、けど頭の良いクズなナルシストだったので。


 そんな彼女たちの視線も思惑もきっちり理解している上で、別にエマニュエルに手を差し出そうなどとは思っていなかった。いかにも虐められていますな風貌で学院にきて、かわいそうにと思われたいのかな、それとも救ってくれる王子様を夢見ているのかな、と考えるくらいで。だからこそ、ただの比較対象としてシェリルの前に連れてきた。


「君たち、虐められているとか虐げられているとか、悲しそうに被害者ぶってるけど、学院生でしょ。ここには法律家の先生もいるし、生活指導のカウンセラーもいる。教師や専門家には相談した?出るとこ出れば、家庭内暴力や虐待の疑いがある場合、そう言った保護制度の適用もこの学院にあるよね?そもそも配給されている制服を色々飾り立てたり継ぎはぎしたりって校則違反でしょ。学院内生活態度で内申点減点されてるって知らないの?」

「「えっ!?」」


 周りに集まって来ていたギャラリーのほとんどは、うんうんと頷いている。中には青ざめて、慌ててかけていく生徒もいたが。留学生にも教えられる事実である。


 余談ではあるが、女生徒を侍らせているアレックスも実は減点対象になっているのだが、自分のことは気がつかないらしい。これは自国への報告書にまとめられている為、帰ったら地獄が待っているのだが、知らぬが仏である。


 まともな学生達は、学院へは将来への希望する勉強のためか、繋がりを持つために通っている。一年生のうちは一般常識学科全般を受けるものの、二年生に上がってからは、専門学科へ進む人がほとんである。二年生で普通学科に通っている人たちは、「私まだ世間一般の貴族常識を知らないんです」と暗に言っているもので、自慢できることではない。大きな顔で通っているのは、将来の方針を立てていないやる気のない人間か、既に道が決まっていて、横のつながりを求めている人たちばかりだ。


 シェリルは普通科の二年生である。明らかに考えてもみなかった事を言われて、素でキョトンとしてしまった。


 そう言われてみれば、フローネは経営学科で領地経営かなんかを学んでいたような気がする。三年生になってからは、薬学が必要でとか、なんちゃらを覚えなくてはと忙しくしていた。でもあまり真剣に聞いていなかったからよく覚えていない。他にも色々ユニットを取っていた気がする。


 母親にも色々言われていたが、自分は次女だから家を継ぐわけでもないし、嫁に出される身だから別に勉強とか必死になる必要はないと思っていた。


 可愛くて、優しげで、おしゃれでいれば自ずとお相手は見つかるからと。美しくて豊満な体を持つ自分なら、上を目指して、王子様とか、公爵子息とか、選びたい放題だと。


 考えてもみれば、どこで公爵子息とかと出会ったかしら。と言うか、伯爵位より上の人たちに出会ったことがない、気がする。まだ二年生だからと活動圏は広げていなかったし、会えていないだけでどこかにいると信じていたけど。


 それまでは、ダリルを婚約者として添えておけば、お姉さまの歯軋りする姿が見れるし、時が来たらダリルなんてあくせく働く平民じみた子爵家のカスを捨ててもっと上を目指して、と。それで、美しいアレックス様に乗り換えようとして。脈アリだと信じて。


 この学院に、高位貴族がいないと言う事をシェリルは知らなかった。伯爵位でも序列の高い家は王都ロイヤルカレッジに通っているからだ。いないのだから出会えるはずもない。下位貴族の人間が大臣や宰相の職を得ることはない。せいぜい補佐までだ。社会に出ればまたチャンスはあるかもしれないが。


 学ぶべきことが違うし、出会いの場も全く噛み合わない。全ての貴族が集まるのなんて、年に一度の王宮での年始年末のパーティくらいだろう。それも婚約者のいない未婚の男女は呼ばれないのが常である。


 兎も角、シェリルはアレックスを愕然として見つめた。彼が自分の王子様になって、あれこれ貢いでくれることはないと理解した。そしてつい先日、シェリルはダリルを捨てた。お姉さまに()()()()()()のだ。


 そして自分には、婚約者がいない。


「え、?」





 ダリルが言っていたように、アレックスはナルシストであり、割と鬼畜だと自覚もある。自分以外はどうでもいいと言う性格の持ち主だから、それは個性と自身で認めた。国に帰れば、実はまあまあ美人な婚約者はいるが、それもまだこの学院レベルよりはマシと思う程度、自分より美しい人間などこの世に存在しないのでは、と本気で考えている節もあった。


 だからこそ、シェリルが美人だと言う噂をきいて、自分とどちらが美しいか比較してみたかっただけなのである。だが、シェリルのレベルなら自国にも学院にもゴロゴロいる。全く骨折り損だったとがっかりしたと言うのが本音で、これなら自国の婚約者の方がまだスッキリした美人で見応えがある。


()()()()()は、ゴテゴテ光り物をつけなくてもソコソコ美しいよ。まあ、僕には劣るけれど、君はあれだ、カラスが七面鳥になりたくてゴテゴテいろんな羽をつけて見せる童話の鳥と同じだよ」


 帝国語を学ぶために一年生で初めて読む外国語童話であるからして、誰の記憶にもあるものの、あれは確か孔雀では、と思いつつ誰も口を開かない。アレックスがキラキラしい孔雀王子で、ほかは十把一絡げの野鳥の括りなのは明確で、誰も被弾したくはなかったから。


「え、婚約者!?」


 シェリルは童話の鳥よりも気になった言葉を復唱した。


「ん?ああ、もちろんいるよ。当たり前じゃないか。この歳で留学で他国に出てきて、婚約者もいないなんて言ったら、帰ったら独り身街道まっしぐらだろう。そんな無謀な道を、この僕が進むわけがないでしょう?」

「そ、そんな…っ」


 これには大勢の取り巻きたちも、息を呑んだ。あわよくばを狙った普通科のお馬鹿さんたちが意外と多かった事を示され、まともな学院生たちは眉を顰めた。アレックスは肩をすくめ、苦笑する。


「まあ、僕の美しさに目が眩んでしまうのもわからないでもないけれど、君たちじゃ太刀打ちはできないくらい僕の婚約者は、まあ、そこそこ美しいからね。何と言っても我が国の第5王女なんだから」


「お、王女様が、婚約者……っ」


 そりゃあ、格が違うわな、と誰もが納得した。



 そんな暴露から、数時間後。シェリルは授業を終えて慌てて家に帰った。思えば学院で姉にも会っていない。馬車も別だから気にもしていなかった。三年生は自由登校だったり研修があったりして、学院ではあまり見かけなかったのだ。だからこそ、姉にいじめられているなどと大っぴらに嘘もつけたわけだが。


「ダリルを返してもらわなくちゃ」


 アレックスがいうことが正しいのなら、「二年普通科のシェリルですぅ」なんて馬鹿をさらけ出した自己紹介なんてするんじゃなかった。まだ二年生だから、そのうち高位貴族の令息にも会えるに違いないとのんびりして、遊びすぎた。婚約者がいることも足枷になると思って内緒にしていたのがよくなかった。いや、さらけ出していたら、他の男なんてよりどりみどりなどと言えなかったが。


 もっとちゃんと目標を絞っておくべきで、ついでにいうならスペアのダリルを手放すべきでもなかったのだ、と今更ながら焦りまくる。


 よく考えれば、姉は家の後継だから、黙っていても相手は寄ってくるのだ。貴族でいたい次男、三男以下の令息達が。だからこそ、姉は選ばなくても待っていればよかったのだ、と気がついた。


 だが、自分はそうではない事も悟った。相手次第では平民一直線である。自分こそがとっとと婚約者を見つけて、その将来の地位を確保しておくべきだったのだ。いや、そういう意味ではなかったけれど、確保はしてあった。確保してあったのに。


「お姉さま!お姉さまはどこ!ダリルを返して!ダリルは私のものなのよ!」



 この時になって初めて。


 姉がすでにダリルと婚姻を果たし、初夜も済ませたことを知った。シェリルがいらないと言ったその舌の根も乾かないうちに婚姻を済ませ。受領された婚姻届のインクも乾かないうちに、子作りもしたと。


 私ですら、まだなのに。


 忙しいからと、手すらも握っていなかった。最後にダリルと会ったのはいつだっただろうか。チヤホヤされるのは楽しかったけど、男女の関係になろうとか考えたことはなかった。物欲は高いけど、性欲はなかったし、興味もあまりなかった。だって、お姉さまは、そんなそぶりもなかったから。


 シェリルは怒りやら驚きやらで泡を吹いて倒れた。


 いらなくなったものを姉に押し付けたのは、羨ましいだろうと思ったからで。


 フローネは、後継だから商会の仕事も手伝っている。仕入れも新商品の導入も任せられているのに、シェリルには何も任せられていないから。私の方が役に立つと見せつけたかっただけだ。


 姉が手にするよりも早く手に入れて、私の方が目利きがあることを示したかった。だから()()()()()()()()()()()だけだ。


 新たに選んだ隣国の王子様然とした男には婚約者がいながら、妹に思わせぶりな態度を取っていた。あれが手に入るなら、審美眼の最頂点だと考えた。悔しがる姉の顔が見たかっただけで、恋していたわけではない。加えて自分の方が美しいと豪語し、シェリルに向かってコロコロ太っているとまで言った男を。


 誰が好きになんかなるものか。


 姉を悪く言っていたことも嘘だったとバレて、貢物をくれた男達も、何かとライバル意識を持っていた女達も、夢から覚めたかのように大人しく真面目になった。何人かは、学院からも去っていき、普通科のクラスは一気に人が減った。横のつながりが欲しかった真面目な生徒達は、恨みを込めた視線をシェリルに向けるようになり、学院生活は色を無くしてしまった。


 そして、短い留学期間が終わり、アレックスがあっさりと帰っていった頃には、誰も妹の周りには残っていなかった。



 結局、シェリルは打ちひしがれて、療養を兼ねて領地の修道院に入ることになった。


 数年もすると、まるで付き物が落ちたかのように、シェリルは逞しく立ち直り「男が何よ」と言わんばかりに、修道院の生活を楽しんだ。きれいなものが好き、美味しいものが好き、新しいものが好きというのは相も変わらず。


 意外と物作りに向いている性格だと本人も両親も驚いた。


「ねえ、お姉さま。修道院で作った葡萄酒、欲しい?」


 お願いって言うんなら、分けてあげてもいいわ。と上から目線も相も変わらず。


「修道院でお酒なんか作ってちゃダメでしょう」

「葡萄酒は主の恵みだからいいのよ!とっても美味しいんだから!」

「どっちにしろ、妊婦だからダメよ」

「ねえ、ダリルって猿なの!?猿でしょう!なんでここに来る度にお姉さまが妊娠してるのよ!」

「俺が妊娠するわけにはいかないからなぁ」

「きぃぃ!そう言う意味じゃないわよ!」


 フローネとダリルの間には、9人の子供が次々と生まれ、さすがに両親も呆れ気味だ。妹と共に領地に引っ込んだ両親に、子供が生まれる度に連れて帰ってくるのだが、毎回妊婦になっているフローネに、シェリルが癇癪を起こすのが常になった。


「このお茶は、妊婦にいいんだから、ちゃんと飲みなさいよ!」

「この薬草、足のむくみにも効くのよ、足の裏に塗り込むのよ、食べるんじゃないわよ」

「赤ちゃんのおむつかぶれには、ポーポーの軟膏がいいって言ったでしょ!」

「犬の子みたいに毎年毎年ポコポコ産んで!そのうち股が裂けても知らないからね!ダリル!あんたちょっと自制しなさいよ!」


 修道院の裏庭、と言うか裏山は妹の生産物でいっぱいである。果樹園もあれば、薬草の温室もあり、葡萄園では領地の働くお母さんで一杯である。両親が果樹園と葡萄園で働いている間、子供達は修道院の薬草園と野菜畑で学びながら遊ばせている。


 フローネの方はあまりにも子沢山なため、上の子達から順番に少なくても数ヶ月は修道院で生活をすることが教育に組み込まれた。最初はシェリルのためにと言うのもあったものの、全員を教育するにも金も時間も大変なのだ。下の子達は特に平民に降りる事を前提に、生活基盤を学ぶためでもある。


 10人目を妊娠した折に、王都の屋敷は売り払い、領地で商売をするべきか本気で考えている。ちなみに、シェリルと比較された挙句、理不尽にも実家から追い出されてしまった可哀想なエマニュエル嬢は、平民のエマとしてブルネット商会で働いていて、順調にぷくぷくと肉付きも良くなってきている。最近は搬入員のカールと懇意にしているよう。


「悲劇の主人公(ヒロイン)は私だけで良いのよ」とは妹の言い分だが、姉はなんとなく気づいている。


 なんでも押し付けてくる厄介な妹だけれど、シェリルは案外子供好きで、世話焼きで、そのくせかまってちゃんで、ちょっとツンデレが入っているものの、今の人生を楽しんでいるようで、ホッとしている。




 後日談。


 アレックスは国へ帰ってから、父から自分の婚約が破棄されていた事を教えられ、愕然とした。


 慌てて謁見の場に駆けつけると、そこには国王と王妃、王太子とその妃、そして元婚約者だった第五王女が勢揃い。アレックスの父が膝を付き頭を垂れるのをアレックスは目を丸くして見ていた。


「留学中の交友関係に問題あり。第五王女の降嫁先としてふさわしくない為、アレックス・ダフォー伯爵令息の有責で破棄とする」


 国王の言葉にアレックスは動揺した。


「な、なんで?どういうこと!?」


 王太子殿下が冷たい視線を向けて口を開く。


「お前は自分が一番美しいと思っているから、他の女に興味はないと思っていたのだが、報告書には多数の女生徒を侍らせていたとある。その結果、一人は修道院に入ることになり、もう一人は退学へと追い込まれ、貴族籍から抹消され市井に降ろされたらしいな。他の女生徒達も婚期を逃しそうだと苦情も来ている。おかげでこちらから仲介しなければならなくなった。俺の仕事を増やしてくれたな。

 しかも、お前に婚約者がいるということも隠していたと聞いた。自分の婚約者すら隠そうとする人間を信用する訳にはいかない。それに、少なくとも二人の女性の人生を狂わせた罪は重い。よって貴様はダフォー伯爵家から籍を抹消し、辺境の教会に入れることが決定した。そこの曰く付きの泉の管理を任せることになるから、用意しておけ」


 隣で王太子の話を聞いていた妹である第五王女が鼻で笑う。


「その美しい()()の顔を有意義に使えるんですもの、情けをかけたワタクシに感謝して欲しいわ」


「な、な、なんでそんな、馬鹿な!?」


「顔だけで世の中を渡っていけると思うなよ、小僧。我が娘を『そこそこ見れる顔』だと言ったこと、私が知らぬと思ったら大間違いだ」


 思いっきり国王の私情が挟まっていた。


 国王から睨まれ、第五王女からはそっぽを向かれ、親からも縁を切られたアレックスは、訳のわからないうちに辺境へと送り込まれてしまった。辺境の修道院の泉は管理人小屋がポツリとあるだけ。目の前の泉は美しく、水仙が咲き誇っていた。


 実はその泉には太古からの精霊が住み着いており、美しい男に恨みつらみの愚痴を吐きまくるのだという。その愚痴を聞き届けるのがアレックスに科された罰だった。その昔人間の男に袖にされたのだという。それ以来、美しいと思う男をその泉の管理人にさせ、愚痴を吐き出してもらわなければならなくなった。愚痴を言う相手がいないと泉が濁り、瘴気が湧く。瘴気がわくと魔獣が生まれるのである。


 幸い、精霊はアレックスが気に入ったようで、朝は日の出前から夜の月が隠れるまで付き纏い、毎日毎日愚痴を聞かされているという。


 週に一度、食材を届ける商人が、やせ細り憂いを帯びたアレックスを見て、「人間離れしてきたな」と呟いたとかなんとか。


 FIN.

読んでいただきありがとうございました。

最終的には落ち着いたものの、ダリルは最後までシェリルに苦手意識を持っていました。シェリルの方は、特別な感情はもともと持っていなかったので、悪気もなさげ。喉元過ぎれば、なんとやらなシェリルは、あまり長いこと怒ったり執着したりできないタチです。内心では、子供を次々産みまくる姉と、それを仕込む義兄に「結婚しなくてよかった」と思ってる節あり。


フローネはなんだかん言っても姉なので、結局甘いんでしょうねぇ。ダリルを取られた時は流石に「こんちくしょう!」と思い、容赦無く奪い返しましたが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
え? 子供が10人? え?正気? ここでほかの感想が全部ふっとんでしまいました。 現代でさえ負担が大きいのに、中世っぽいこちらの時代じゃ 体ボロボロになってそう。 無計画でいきあたりばったりなとこ…
10回も出産の危険に晒すなんて、ダリルが主人公を本当に愛しているのか甚だ疑問だな。単にシェリルに立たなくて主人公には立つってだけが、この性欲クズの「愛情」の中身なのだろう。 なんだかんだ言って、シェリ…
シェリルやーな女だと思ってたけど鼻っ柱へし折られたら物言いがアレなだけの気が強くて面倒見のいい女になってるので、親が、親が悪いよ…。幼いうちに矯正しときなさいよ…。 ナルシストくんがちゃんとざまあされ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ