テイク・ファイブの夜
執筆にあたり生成AIを使用しています。
1960年代後半、学生運動が盛り上がっていた頃。
デモ帰りの大学生・水原三郎は、場末の飲み屋でおでんをつまみながら、隣に座った見知らぬ客に話しかけた。
「日本は米帝の戦争に加担させられてる。全部、米軍のせいです。基地さえなくなれば解決するんですよ」
隣の男は黙って聞いていた。
水原がひとしきり持論を語り終えたところで、男がぽつりと口を開いた。
「君は『フォークゲリラ』を知ってるか?」
水原は嬉しそうに頷く。
「ええ、もちろん。新宿駅の西口に集まって歌ってますよね。議論の場にもなってるとか。素晴らしいことですよ」
男は少し黙ってから、ぽつりと呟いた。
「……私は、あれが嫌いなんだ」
「……え?」
男・内田勝男は、脚でリズムを取りながら、ジャズの名曲「テイク・ファイブ」のメロディを口ずさんだ。
「その曲、知ってますよ」と水原。
「私はサックス奏者なんだ」
「へえ、音楽家の方でしたか」
「ああ。明日はクラブで演奏する予定だ……米軍基地で久しぶりにな」
「米軍基地?」
水原の眉がぴくりと動く。
「君も知っているだろうが、戦時中、ジャズは敵性音楽として禁止された。私も音楽家として食っていけなくなった。つらかったよ。でも、終戦後しばらくすると、状況が一変した」
水原は黙って耳を傾ける。
「米軍が基地内のクラブで演奏するバンドを募集したんだ。もちろん私は飛びついたよ。私だけじゃない。戦前戦中と不遇だったジャズマンたちが、こぞって応募した。我々にとって米軍は命の恩人なんだ」
水原、無言。
内田は続ける。
「フォークゲリラの若者たちは『米帝は出ていけ』と言っている。それが私には理解できない。米軍は確かに他国で戦争をしているが、米軍のおかげで命を繋ぎ、いま生きていられる人もたくさんいる。私のようにね。フォーク連中は米軍の一面だけ見て非難しているようにしか見えない。それに、戦争さえ終わればいいと言うだけで、どうやって終わらせるか、戦後処理をどうするか、考えているとも思えない」
水原、眉を寄せる。居心地の悪さが顔に出ている。
「私のような者に、君たちは『米軍と関わるのはやめろ。仕事を変えろ』とでも言うのかい?……もしそうなら、私はお断りだ。君たちがどう言おうと、私はジャズを続けるし、米軍への恩も忘れない……ジャズは自由の音楽だ。戦争に利用されることもある。だが、それ以上に、人を縛らない音楽なんだ。私にとってはな」
内田、カウンターに代金を置き、立ち上がる。
「それからもうひとつ。……君らの運動は、徒労に終わると思う。認めたくないだろうが」
店主に礼を言い、内田は去る。
水原、内田に反発を覚えつつ、心の片隅に反戦運動への疑念が生じたのを感じる。
数日後、仲間内での運動会議で水原は発言した。
「暴力的なやり方では支持を得られないんじゃないか?」
だが、リーダー格の男は即座に言った。
「今さら何を言ってる。お前の覚悟はそんなものか?」
水原は反論できなかった。
その後、日米安保条約は反対運動を尻目に自動延長。学生運動は東大安田講堂事件をピークに退潮し、やがてセクト同士の殺人合戦に至り国民の支持を失う。新宿フォークゲリラも排除された。
水原は、内田と会って以降運動から距離をおくようになり、卒業後は親のコネで就職した。
内田と同じくらいの年代になり、水原のある思いは強くなった。
「内田さんは正しかった。俺は現実を見ず、理想ばかり語っていた。信念もなく、流行に乗って騒いでいただけだ」
内田とはその後会っていない。年齢から考えて、おそらくもう生きてはいまい。墓がどこかすらわからない。
それでも水原は、内田が安らかに眠っていることを祈る。
内田が生前演奏したであろう「テイク・ファイブ」を聴きながら。
(了)
【参考資料】
川﨑大助『日本のロック名盤ベスト100』講談社現代新書