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オービタルアークゼロ ―ExMachina/Albumnotes―  作者: ソクラテス一郎
序章「夢よ、奇跡と共に咲け」
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第十八話「思い出せ」

 風が吹く。夜は明け、カラスが空を飛んでいる。


 そこにはリントブルムと呼ばれていた厄災が命を終えた姿でアピスの前に倒れていた。


 骸となったリントブルムの額にはぽっかりと大穴が空いており、爛脳が丸ごと焼かれていた。


 その場に佇むアピスの左腕が蒸気を上げて、熱を発している。

 光を失ったその義手をリントブルムの死骸へと添える。

 それはアピスにとって、この世界に存在するための足跡となり得る。


 人々の記憶に深く刻まれるように、その偉業は語り継がれるだろう。


 その偉業が、その記憶が、その存在が、アピスを生かす。


 とうに死んでいるその体は誰が為に在らんことか。


「……記憶は命よりも重い……か。リントブルム、お前は一体、誰の記憶を受け継いだんだろうな」


 独り言をぼやくアピス。

 その後ろにジャックが武器を構えて、近づく。


「腕に自信がないだと?やはりお前、只者じゃなかったか。その義手、どういった物だ」

「……さぁな。お前が、どういう奴か喋ってくれるなら、教えてやらんこともない。

 まぁ、教えたところで、この旅が終わればお前もじき私を忘れる」

「?」

「まぁ、嘘を吐いたのは謝るが、そんな気にするな。

 お前の障害になることはないと約束する。

 聞かれたくないことがあるのは、誰も同じだろう、ジャック」

「…………。」


 少し逡巡した後にジャックが朱刀を鞘に納めた。


「それで?もうサプライズは懲り懲りだぞ。これからどうするつもりだ?」

「冒険は気の向くままだ。とりあえず、あの……アルヴァルトとかいう子供についてだ。

 匣を取り出す」

「どうやって?」

「アタシがなんの考えも無しにアンタ達を雇ったとでも?」

「どういう意味だ?」

「二人共大丈夫!?」


 そこにドロシーが空から降りてくる。


「丁度いいとこに来た。ドロシー。

 そこで寝てるアルヴァルトについて調べたいことがある。

 世界最高峰のファイアウォールを持つイリュシオン中央研究室をハックしたことがある奴ならそれくらい朝飯前だろう?」

「え!?え!?な、なんで?なんで?なんで知ってるの!?」


 アピスのその言葉にドロシーの顔が少し青ざめる。


「仲間にするなら、少しは調べる。どうやってギルドのブラックリストに入ったのかな。

 安心しろ。アタシは別に警察じゃない。イリュシオンの憲兵隊に差し出すなんてこたぁしねぇからよ」

「お前、本当に何者だよ」

「どうでもいいこと聞くな。さ、帰るぞ」


 そうして、アピスは朝日を背にクロッカスへと帰っていく。


 ◆


 アストラ大陸。

 かつて、そこはユーラシア大陸と南アフリカ大陸と呼ばれていた大陸が戦火の末に荒れ果てた物だ。


 大災害『再生』と人類の外敵たるレギオンの出現。

 それに伴う大戦勃発により、世界はそのほとんどが荒廃した。

 後にラプラス戦役と呼ばれる人類にとってこれまでで最も大きな戦いだった。


 歴史。


 それは人々によって紡がれる光の道筋。


 記憶。


 それは人々にとってなくてはならないもの。


 少女。


 彼女は、人々の希望。


「詩的だね」


 真っ白な何もない部屋。


 そこにサングラスをかけた男が一人座って、ルービックキューブで遊んでいた。


「ん~?あれ?珍しいね。君が僕に喋りかけるなんてさ」


 その眼前に女が一人佇んでいた。


「誰のせいでこうなっていると思っているんだ?私も君同様、孤独なんだよ。少しは分かってくれないか?」

「僕のせいだって言いたいのかい?それはお門違いだ。

 君と僕がこうやって同じ器を共にしているのは、君の上司の命令のせいだろう?」

「上司などではないよ。彼らとは協力関係を築いているだけだ。君と私の束縛を代償としてね」


 彼女の名はユノという。その髪は赤く、短い。

 翡翠色の瞳は深い森林すらも呑み込みそうなほど、深く鈍い光を放つ。


「ユノ。君の力があれば、僕を除いた人間なんてゴミだろう?

 仲良しごっこは止めておいた方がいいと思うよぉ。君の思う結果は得られないだろうから」

「信じることを止めてしまっては、我々は存在意義を失う。だろう?」

「んふ、それは確かにそうだ。たまには面白いことを言うじゃないか。

 それで?僕に用があるんだろう。内容は大体察しがつくけど」

「君は話が早くて助かるよ。ユートピア」


 ユートピア。そう呼ばれるサングラスの男は不気味な笑いを薄く浮かべる。


「かの『匣』が開けられた。君の仕業だろ?」

「どうやって?僕はここに閉じ込められているのに?」

「言い訳にすらなってないぜ。たとえ君がここにいたとしても、君ならそれが出来るし、なにより君にとって『匣』が開けられることは君にとっても好都合だ」

「まぁ、否定はしないけど、この世界に生きている者なら、あの『匣』は欲しくて当たり前の物だと思うよ?」

「うーん。認めないつもりなら言わせてもらうけどね。

 君、私が寝ている間に力を使っただろう?」

「おっと、後だしかよ。ズルいねぇ。

 でも、僕がやったって証拠はない。確かに僕は少し力を使ったけれど、それが『匣』が開けられたという事象に結びつかせることは至って難しい」

「では何に力を使った?」

「……んふ」


 ユートピアは、ズレていたサングラスの位置を中指で少し直し、ユノをニヤリとした顔で見やる。


「人間、窓もない扉もない何も無い白い部屋でず~~~~っと閉じ込められていると、少しは手遊びをしたくなるものだよ。

 君も、そういう類の悪夢を見ていた筈さ」


 その言葉にユノは疑問を含んだ静かな瞳で座るユートピアを見下して、そして僅かに笑う。


「そんな夢は見たことがないな。一体、誰の話をしているんだい?」

「……あぁ~いや、ごめんね。少し、勘違いをした。

 そうだ。そうだったね。君は彼女じゃないから、その記憶を持ってなかったか。 

 悪いね。でも大丈夫。『匣』が開けられたというならば、君も、いや人類さえもがじき思い出す」


 そして、ユートピアの手に在ったルービックキューブの全面が一色ごとに揃う。


「一人で世界を救った少女の存在をね」


 ◆


 厄災を退けた英雄を祝いながら、クロッカス全体では宴が開かれていた。

 酒が酌み交わされて、街がこれまでにない活気で賑わっている。


「本当にやっちまうとはなぁ!」

「あれだよあれ!あの赤毛が俺達の街を厄災から救った英雄さぁ!」


 街に帰ってきた英雄達の中で傷一つ付いていないアピスを見て、観衆が次々と歓喜の声を上げた。

 アピスはそれを聞いて、軽やかに手を振って応える。


「おー、ニート共、このアピス様に救われた気分はどうだ?

 頭を垂れて、敬いやがれよクソ野郎共」


 皮肉をたっぷり混ぜて。


「悪いが、サインは後で頼むぜ。今、ちょっと忙しいんだ」


 盛り上がる観衆を余所に、当の英雄本人は数人を連れてとある人物に会いに行っていた。

 酒屋。『リキッド』の扉が開かれ、その中にアピスが何食わぬ顔で入っていく。


「わお、いらっしゃいませ!」


 中でテーブルを濡れ布で拭いていたルノがそれに接客する。

 だが、アピスの瞳にルノは映っていない。

 ルノを素通りするアピスの後ろには見知った顔が二つあった。


 マックスとアルヴァルトである。


「え!?ア、アル!?」


 怪我だらけのマックスに抱えられたアルヴァルトは気を失っているのか目を瞑っている。

 まるで死んでいるみたいに。


「どうしたの!?ねぇマックス!?」


 慌てるルノにマックスは、静かに答える。


「分からない。俺も分からないんだ。とりあえず、治療してやってくれ。息はある筈だ」

「わ、分かった!直ぐ準備してくる!こっちに来て!ベッド貸すから!」


 小走りで奥へと向かうルノに付いていくマックス。

 そして、その後を追うドロシー。


「私も行くよ。コイツの事もあるし、調べたいこともあるしね」


 ドロシーが担いでいた血だらけのヒイロを見てそういう。


「ああ」


 アピスを置いて二人が店の奥へと行く。


「酒クセェなぁ、相も変わらずって感じか?」


 視線をキョロつかせて、カウンターでグラスを洗っているグローと目が合う。


「あぁ、いたいた。やっぱり随分老けてるな」

「お前さん……誰だ」

「…………まぁ通りすがりの冒険者ってところだ。

 アピスっていう。よろしくグロー」


 少し、悲しそうな顔をするアピスを横目にジャックがグローの佇まいを見て言葉を漏らす。


「知り合いか?そうは見えないが……」

「知り合いみたいなもんだ」

「俺の知り合いにお前のようなモンはおらんが?」

「今会ったから、知り合いみたいなもんだ」

「ほお、それで?色々聞きたいことはあるが、まず。

 ガキたちが世話になったみたいだな。何があった?」

「ま、簡単に言うとだ。ソロモンの匣を手に入れた」


 その言葉にグローがぴくりと眉を動かす。


「あそこに行ったのか。良く生きて帰ってこれたな」

「まぁな。そんでこっからが本題なんだが、グロー・メイン。

 フレッド・マーキュリーから預かっている物がある筈だ」

「……意味が見得ねぇ。冗談にしちゃ笑えねぇなぁ?」


 亡くなった友人の話をされたグローの眉間に皺が寄る。


 すると、アピスが懐に手を入れ、何かを取り出す。

 それは携帯型の小さいラジオ端末のような物であった。

 同時に、その手には黒い長方形の物体が握られていた。


 その物体は黒く透明で中には仄かに翠色に光るテープが巻かれていた。


「見覚えは?」

「……記録器レコード再生機プレーヤー……か?」

「ご名答。じゃあ、こいつを聞いてみろ」


 アピスがそういうと、その機器を戸惑うグローの前に置いて見せる。

 レコードをプレーヤーにセットした状態で。


「思い出せ。お前がすべきだったことを」


 恐る恐るグローがそのプレーヤーのスイッチを押す。

 グローの視界に翠色の粒子が綺麗に舞い上がり、そこではない何処かを見ている様だった。


「……お前……これを何処で……」


 その様子を見たアピスが静かにうなづいて、カウンターの椅子に座る。


「人は忘れる生き物だ。だろう?

 言った筈だ。お前にも、フレッドにも。『また来る』ってな」


 そういって、アピスがその義手をグローの頭に乗せる。

 瞬間、過去の記憶が蘇る。


 小さい頃、夢を見ていた筈だったあの頃に聞いた冒険の数々。


 クロッカスに外からやってきた一人の冒険者のことを。


 顔を思い出すことは出来ないが、それでも、あの時、頭を撫でられた感触だけは覚えている。


 冷たいが温かいその腕は、確かにその冒険者の物だった。


 忘れていたのだ。自分が何故冒険者であったかを。その起源を。その理由を。


「あ……あん……あんた……」

「ようやく思い出したか。なら僥倖だ。()()……覚えてるよな?」

「は……はは……ハハハ……ああ……覚えてるよ。

 今、この瞬間まで、忘れていたがな。じゃあ、また、直ぐに行ってしまうんだな」

「ああ、冒険者というのは、そういうもんだ」


 冒険とはそういうものだということを。


 ◆


 ――報告。かの地で『匣』が開けられた。


 ――どういうことだ。計画には無い。


 ――アクセス権限を持っている者は我々以外にはいない筈だ。どうなっている。


 ――知らん。だが、良いではないか。この退屈な世界にも変化が訪れたのだろう?


 ――ドゥーア。言葉を慎め。創造主の御前だ。


 ――俺は元からお前らと馴れ合うつもりはない。


 ――シックスの奴は何処をほっつき歩いているんだよ。


 ――どうでもいいことだ。それよりも、トゥリス。ユノは何故いない。


 ――知るかよ。アイツは僕達とは違うんだから。


 ――もう一つ報告すべき事由がある。


 ――どうしたんだよノーヴェム。改まって。


 ――今回の『匣』の件によって、ヌルが目を覚ました。

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