追憶・二「神と悪魔」
「あぁ、素晴らしきかな。素晴らしきかな。
今日も今日とて残業だ」
既に夜は更け、いつもの木陰に俺はいた。
覗く空には満天の星々が映り、その一つ一つが綺麗に輝いていた。
「ったく、世界を救うのも楽じゃない」
その隣で彼女が同じように横になっている。
彼女の名はエマ・ヴァレンタイン。
いつの間にか、俺の寝床に侵入してきた。
「それはそうと、デイヴィット。思うんだが、君はどうして眠っているんだ?」
「ようやく仕事が落ち着いたからだ。君と話す余裕はないよエマ。
だから僕の睡眠を邪魔しないでくれると助かる」
アイマスク越しでも彼女の匂いは分かる。独特な匂いだ。埃臭い匂いの奥に、懐かしさを感じるようなそんな匂い。
「目の前にこんな美女がいるのに?つれないな。研究室で一人で籠っているとそうなるのかな?」
「自分でいうな。それと訂正だ。僕のこの対応はただの疲労のせいだ。人は寝ないと死ぬんだぞ。
君も寝たらどうだ。疲れてない訳じゃないだろう?」
「ん~、疲れてはいるけど、こんなのは序の口だ。疲れているという事象には当て嵌まらない」
「そうか。ならせめて僕を寝かせろ」
「そんなことを言わないでくれよ。同じ世界を救う同志だろう?」
「……世界を救うって?冗談だろ?」
「どうしてそう思うんだ?」
エマが俺に疑問を投げかける。いい加減に眠れないと思った矢先だ。
俺は体を起こし、アイマスクを額に上げ、視界を広げる。
「仮にだ。お偉い方が言う『ExMachina計画』が実現したとして、この星はもう死に瀕している。
根本的に間に合ってないんだよ。僕達は」
「そうかい?手段はいくらでもある。確かに私達は間に合ってないかもしれない。
でも、だ。この限りなく広大な宇宙に私達が生まれたことと同じように、奇跡というのは存在する」
「奇跡ってのは偶然の産物だ。そんなものに自分達の命運を託すのか?」
「奇跡は起こすものだよデイヴィット。そうでなければならない」
「君は神にでもなるつもりか?馬鹿馬鹿しい。人は神に在らず、人は人だ」
「フフ、上手い事言うね。でも確かに、私は神にでもなろうとしているのかも……ね」
不意に見せるエマの笑顔が少し曇ったのが見えた。
俺は知っている。彼女がどういった存在なのかを知っている。
でも、やはり、彼女はどうってことはない。ただの一人の、人間だろう。
「……やはり根を詰め過ぎだな。少し寝ておけ」
「眠れないさ。そういう人間だ」
「聞こえなかったか?人間だとしたなら、眠っておけ。世界を救う前に、死んでしまうぞ」
「だから、眠れないんだよ。私は人とは違う存在だから」
こんな夜でもエマの目元には深いクマがある。眠れない夜は俺にもある。
どうすれば、眠れるかは良く知っていた。
「ハァ……どうして人は眠れなくなると思う?」
「心理的要因、身体的要因、生理的要因だろう?私の場合その三つが激しく乱れているからね」
「不正解。なんだ?『天才』様だというのに知らないのか?
人が眠れない理由。それはな――」
俺はいじらしく否定して、笑って見せる。
エマの回答は恐らくほぼ合っているが、それでも、世の中はそう難しくないということを知っていなさそうだったから。
「不満だからだ。
だが、解決する方法はある。知っているか?
世の中には嘘みたいなバカみたいなどうしようもない奴等が考えた方法があるんだぜ」
俺は立ち上がる。
「どうしたんだ。急に」
「知らないようだから、ついて来い。
もちろん着替えて来いよ?シャワーも浴びて来い。その匂いじゃ、臭くて敵わん」
「な、何を――」
夜の中で握った彼女の手は冷たい。
「悪魔的な遊びってヤツを教えてやる」
これから世界を救うというのに、目の前の彼女が救われていないのは世の不条理だ。
俺は不条理が嫌いだ。
だから、この時、俺は彼女の手を取ったのかもしれない。
ジャンルをSFに変えました
ファンタジーではあるけど異世界かと言われると違うので




