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オービタルアークゼロ ―ExMachina/Albumnotes―  作者: ソクラテス一郎
序章「夢よ、奇跡と共に咲け」
1/25

プロローグ「特異点」

映像記録・CO01/529/4/24・再生。


「――ニューラル通信。各コロニー、応答せよ」


 暗い室内の中、無重力の中を揺蕩う女性は眠りから覚めて、直ぐに『アーカディア』の内線で通信を試みた。同時に録画を始める。


『――――』


 応じる者はいない。

 こうなってから、およそ数十年、数百年経つ。時間の感覚も分からなくなってきた。

 もう一度、女性は通信を試みる。


「応答せよ。応答せよ。こちらコロニー01(ワン)

『――――』


 それでも、通信に出る者は誰もいない。

 今度は録音に切り替えて話す。


「こちら、コロニー01。

 もしこの音声記録を聞いたなら、通信をください。

 どうか、無事を祈っています」


 他に誰もいない室内。

 響く声はあれど、返ってくる言葉は何もない。


「……まったく……私じゃなかったら、気が狂ってるね」


 いつもそうするように。

 女性は語り掛けている。

 永遠とわに暗い星が煌めく窓の外を見て。


「えっと、今は朝か」


 壁に掛けられたデジタル時計には、6時00分を示している。


「前の覚醒から三年。

 睡眠期間が二分の一になってる。悪い兆候だ」


 備え付けのコーヒーメーカーのスイッチを入れるとそこから湯気が上がった。

 棚に置いてあった食パンを二枚トースターに入れる。


「さて、どう暇を潰したモノだろうか」


 今日、何をする。


「ゲーム実況はもう飽きたし」


 目を覚ますと、毎日その考えが頭に浮かぶ。


「一人じゃ、流石にやる事もなくなってくるな」


 昔はそうしなくても、目に映る全てが輝いていて、暇などはなかったというのに。


 ――チン!


 トースターから焼かれた食パンが目覚ましい音と一緒に跳び出る。


「……取り敢えず、朝食を食べたら、いつもの作業を行う。

 食事の音は聞かれたくないからここで切るね」


 ――再生終了。


 映像記録・CO01/530/3/20・再生開始。


「――ニューラル通信。各コロニー応答せよ」

『――――』


 応じる者は誰もいない。


「また……ダメかぁ……」


 深いため息を吐く女性は部屋の天井を仰いで見つめている。

 覚醒後のルーティン。《《生存者の確認》》。

 彼女の中でそれは使命にも近いだろう。

 しかし、運命は残酷にもそれには答えない。


「次は……いつだろうな。

 前回の覚醒から一年周期を超えつつある。というか超えたか。

 このままだと、眠れなくなるな」


 瞳の奥に宿る光も薄れていく。

 ただ退屈。この世界にただの一人。

 その事実を認めることはまだ、出来ない。


「参ったなぁ……」


 そう呟く彼女の腕には翠にぼんやりと光る亀裂が走っている。

 以前までは無かったものだ。


「どうしたものか……」


 言葉も遂には出なくなる。


「ううん。このままじゃダメだ。

 気分転換と行こう。こういう時は音楽だ。

 そうだな……」


 女性は考える。


「ロックが聞きたい。不安を消し飛ばせるような、そんな否定の曲が聞きたい」


 決断した女性は目の前のタブレットを触る。

 オーディオを起動させ、プレイリストを探り、適当な物を流す。

 部屋に置いてあったスピーカーから軽快で豪快な音楽が流れ始める。


「いいね。人の生活はこうでなくちゃ」


 すると、女性は音楽に乗って体を揺らし始める。しかし、言葉とは裏腹に心は踊らない。

 

「……ハハ、本当、人間ってクソくらえって感じだ」


 そこに、音楽に紛れてタブレットの通知音が耳に流れる。


「ん?」


 女性が画面を覗き込む。

 それはトークアプリにメッセージが届いた通知だった。


 気になって、女性はそのメッセージを開く。


 そこには、意味不明な文字の羅列が写っていた。


「なんだこれ?バグったか?」


 メッセージは次から次へと送られてくる。

 以前、意味のない文字の羅列だ。


「変な電波でも拾ったか?相手は……ん~、unknown……」


 メッセージの相手の名前は不明。

 ただひたすらにメッセージが送られてきている。


「おい。故障か?」


 しかし、女性は異変に気付く。


「あ、いや、これって……」

 

 メッセージの化け文字列が整合された物に変わっていくのを感じた。

 そうしてようやく、意味を成した文章になる。


『いい、おんがく』


 目を見開く。


「クッ、プッハハッハッハッハ!なんだそれ!」


 その文章に女性は驚くよりも、笑ってしまった。

 乾いた声ではなく、心の底から。

 ただのその稚拙な文章で。


「盗み聞きとは良い度胸してるね」

『わるぎ、ない』


 女性の言葉に反応するように不明の相手はメッセージを送ってくる。


「へぇ……それはそうだろうね。それで?君は一体誰なのかな?

 盗聴器でも付けた?」


 不思議と笑みが零れる。


『わたし、は、CO00、の、管理AI』

「ほぉ?」


 話し相手が居るというだけで人間はここまで喜べるものか。


「そう言えば、そういうのもあったなぁ。アーカディアの心臓だったかなんだったか。もう記憶も曖昧だ。

 まだ生きてるなんてね。大したもんだ」

『AI、は、いきていない』

「ああ、そりゃそうか。機械だもんね。

 じゃあ、AI君。ちょっと頼みたいんだけどさ……」

『なに、だ』

「私の話し相手になってよ。ちょっと、というかかなり退屈なんだよね。

 いいかな?」

『わかった』

「良い返事だ。さて、じゃあ君に名前はあるかな?

 流石にAI君って名前は味気ない」

『なまえ』

「うん。名前」

『こまった。わたし、に、なまえ、は、ない』

「へぇそうなんだ。じゃあ赤ちゃんだね。

 私が名前を付けてあげよう」


 女性はいじらしく笑う。まるで久しぶりに友達と出会った少女のように。


「そうだな……。かっこいい名前がいいな。

 ダサいのは嫌いだからね」


 考える女性の傍らに写真立てが一つ。

 その女性ともう一人、その隣に男が写っていた。

 ゴミ同然となってしまったその写真立てをみて、女性は微かに笑う。


「あまり、こういうのは良くないけどもういいか。

 どうせ君は助けに来れないしね」

『?』

「あぁ、いやこっちの話。

 決めたよ。君の名はデイヴィット。いい名前だろう?」

『デイ、ヴィット』

「そう、デイヴィット。そして、私はエマ。

 これからよろしくね。人でなし同士気楽に頑張ろう」


 いつぶりだっただろうか。

 会話をするだけでこんなにも楽しかったのは。

 それが機械相手でもきっと、心はそこにあるのだろう。


 ――再生終了。

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