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Nem'oublibz.pas 私を忘れないでね。

作者: やませさん




 私は住宅街のアパートに住むOLだ。ベッドから起きて、テレビのニュースを見て朝食のトーストとコーヒーを飲む。それから洗面所で歯磨きをしてスーツに着替えてから会社に向かう私。差し掛かる交差点にていつも会う彼。


「おはようございます」


「はい、おはようございます。今日は良い天気ですね?」


 青年はニコッと返す。彼は先週、隣の住宅に引っ越してきた黒髪が似合う青年だ。年齢は私より2、3歳は上か、因みに私は20歳。そして通り過ぎる彼を、私は後ろ姿を眺める。今日も本当の気持ちを伝えられない気持ちを苦虫を噛み潰したように噛み締める。


 そんなある日の日曜日。コンビニで適当な買い物を済ませた帰り道、私は閑静な住宅街を歩いていた。


「おや、奇遇ですね」


 鉢合せしたのは青年。


「あ、どうも」


 私は不器用な口振りで挨拶する。不器用な私に青年はニコリと微笑みながら。


「よかったら話をしませんか?」と、わたしを誘う。


 場所は公園。2人は並んでベンチに座る。公園には桜、季節は春。青年は春の風に当たりながら言う。


「今日は少し暖かいですね?」


「そうですね。もう春ですから………」


 私は答える。こんな時に、不器用な自分が仇となる。


 青年は桜を眺めて言う。


「この公園に咲いているのはオオシマサクラと言いますね?。君はサクラの花言葉を知っていますか?」


「いえ………」


 緊張して答える。


「花言葉には純潔や精神美。そして咲いているオオシマサクラはアナタのような美しい女性と言うのです」


「そんな、美しいだなんて」


 照れる私。気持ちが温まる。青年はさらに言う。


「桜は人生と似ています。枝から蕾が出て花が咲き、そして最期は舞い落ちる桜のように儚い。あとフランス語では私を忘れないでねって意味もあります」


「そうなんですか?」


 青年は水が入ったペットボトルを取り出す。


「今日は暑いね……」


 額から汗、息づかい。ノドが渇いたことによりペットボトルの水を飲む。


 暑いといっても汗をかくほど気温は高くない。


「君はまだ、蕾かな」


「蕾ですか」


「そう、君はこれから色々な事を見て、嫌なこと、大変なこと、時に挫けそうなときが待っている。それらを乗り越えて蕾からやっと花を開く。この桜のように………」


 青年のセリフに合わせるように、桜の花びらが舞う。



 帰り道にて。私は青年のセリフの続きを思い出す。


 君はまだ、美しくなれる。そしてどうか僕を忘れないでいてくれ。


(あれは、どういう意味だったのだろう?)


 セリフを吐き出す彼が、何処か悲しい表情であった。


 すると、隣の住宅が葬式。喪服姿の人達がゾロゾロと列を作り、追悼している。桜が舞う季節なのに、そして霊柩車に乗る中年夫婦が持ち上げる遺影に私は。


(あれ?)


 思わず私はダッシュして駆け寄る。何故なら遺影の写真にはあの青年。 

 

「どういう事?」


 遺影を持ち上げる中年夫婦を前に、葬式に失礼極まりない事を忘れて声を張り上げる。


 駆け寄る私に驚く夫婦。


「アナタ、ハルトとどういう関係だい?」


 中年のオバサン、つまり母の方が尋ねる。


 私はあたふたした様子で。


「私、そのさっき、その人と公園で会って」


 気持ちが追いつかない私、変な言葉になる。


「アナタは何を言っているの?ハルトはこの1週間、外には出てないよ。あの子は重い心臓病を患っていて、昨日の夕方に息を引き取ったんだよ」


 オバサンの言葉に、私は沈黙した。さらに喋りだす。


「あの子は、桜が大好きでね。体調が良い時は花見に来ていたけど、あの子が一番好きな季節に最期を迎えるなんて皮肉だね………」


 私は、彼のセリフを正体を理解した。


 彼が死に際に自身を覚えてもらう為であることを。そしてもう長くないから、だから私に桜のように美しく、強く、自分の分まで生きて欲しいと言う意味だったのだと。


 私はヘタリ込み、人目を気にせずに泣いた。吐き出すように。



 あれから何年、不思議な経験が私を成長させた。ヒラヒラと散りゆく桜の木の枝にて、ひっそりと蕾が芽を出している。無事に咲くか、咲かないかはそれは蕾次第だ。


 そして公園の前で立ち止まる私は、桜を見る度に彼を、ベンチを眺める青年を思い出すのである。



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