0章ー16
「さてこれで最後の授業は終わり。数日のことだけど中々楽しかったよ」
参考書をジョンは閉じると横に置こうとしたがリーンはそれを止めた。
「それは君に渡すよ。僕からの気持ちだと思って」
「ならありがたく」
薬草の勉強にはなったが文字の方は全くダメだな。独特の形でどれも似たように見える。幸い絵があるからなんとか分かる。
「最後に聞いておく。お前もアクアに行く気はないか?」
「何度も誘ってくれて嬉しいけど考えは変わらない。だから次の機会があれば君の誘いに乗らせてもらうよ」
淹れてあったお茶に口をつけるリーンは思い出したように隅に置いてあった鞄を持ってきた。
「もう一つ僕からの選別としてこれはどうかな」
リーンは鞄から出したのは魔筒だった。それは本堂の持っていたものよりも細かな装飾と細工が施されていた高級品のように見えた。
「僕が昔使っていたものでね。壊れているけど売ればそれなりの値段にもなるはず。それか中を出して君の武器を隠すのにもいいかもね」
あまり役にたちそうにはないな。形状からして大型ハンドガンやマシンピストルくらいだがタダで貰えるならいいとしよう。
「ありがたいがここには一度戻る予定だ。後で貰いに来る」
「そう?ならその時に」
再び魔筒を鞄に収めるとリーンは適当に置いた。
「ならもう行かせてもらう」
「そうだね。ならまた後で」
手を振るリーンにジョンは背を向け小さく手を振り返し塔を出ていった。
ジョンは目的地に向けて歩きだすと目的地の反対側にある門の前には馬車が一台待機していた。質素ながらも重厚な作りの馬車にはユアンたち三人とコニーと数名の兵士が待っていた。
「待たせたか」
「いや、丁度準備ができたところだ」
そう言うコニーは真剣な表情でユアンに向けて敬礼した。
「ではユアンさまお気をつけて。そして先方によろしくお伝えください」
「はい、ボードさま。そして一日でも早く助けを呼びにきます」
力強く言うユアンにコニーはなんとも言えない顔をするも直ぐに真顔に戻した。
「では馬車へどうぞ」
コニーのその言葉に待機していた兵士たちは準備を始め、フライドとホリーはユアンに手を貸して馬車に乗せていた。
「ジョン殿、本当に戻ってくるのか」
「そのつもりだ。だが長居はしない」
「そうか。こちらとしては姫さまに付いていてもらいたかったが残念だ。戻ってきた時は今後について話をしよう」
今後か。地図と金と食料をくれたら嬉しいな。
そんなこと思いながらジョンは最後に馬車に乗り込んだ。それなりの大きさの馬車には四人乗っても窮屈さはなかったが馬車の中は重い空気が流れていた。
あれからまともに話してなかったからな。気まずい…よし、気にしないでおくか。
俯くユアンを見ず小さくある窓の外を眺めていると、馬車は小さな揺れとともにゆっくりと動き出した。
これが馬車…結構揺れるな。それに時々大きく揺れて腰にくる。
慣れない乗り物に若干酔いながらも外の景色に集中するジョンは肩を叩かれるまで声をかけられてることに気付かなかった。
「…ん?」
「ジョンさま大丈夫ですか?先ほどから声をかけてたのですが」
横に座るフライドの言葉にジョンは中を見ると、俯いてたユアンは顔を上げて心配そうな顔で見ていた。
「気分が悪いのですか?」
「すまん考え事をしていた。なんだ?」
その問いにユアンは姿勢を正しジョンを見つめた。
「ジョンさん…しつこくてすいませんがお気持ちは変わりませんか?」
「変わらないな。一度戻った後は近いうちに砦を出ていく気だ」
「ではもう少しでお別れですね。…ジョンさんこれを受け取ってください」
ユアンはそう言うと手に握っていたものをジョンに手渡した。それは骨を思わせる白い指輪で装飾は一切なく一見して指輪には見えなかった。
「こいつは指輪…だよな?」
疑問のままに問うジョンにユアンは頷いた。
「はい、それは我が家に伝わる宝物の一つです。詳しいことは知りませんがこの指輪は由緒あるものだそうです。…私からのせめてもの気持ちです」
指輪か。ただサイズが合いそうにないな。だがそれだけ凄いものならありがたく貰っておこう。
「分かった。ありがたく貰っておく」
指輪を眺めた後、懐へと収めた。
「ありがとうございます。…ジョンさまはここを出た後どうされますか?」
「出た後にでもゆっくり考えるとする。せっかく生きてるんだ。これからは好き勝手やらせてもらう」
そうだ。あれだけ命がけ戦ったんだ。これからは、いやこの世界では好き勝手しよう。この世界は分からないことばかりだが、幸いこの能力と俺自身の力で充分やっていけるしそもそも戦う必要もない。
「そうだな。平穏に生きてみたいな」
「平穏ですか。いいと思います。私にできることはありませんが応援してます」
「そうか。ありがとう」
今後どうするかはぼんやりと考えてたが、こんな会話で明確な目的が出てくるとはな。平穏な生活…パズルでもはまったみたいな感じで妙にすっきりした。
気分が良くなりジョンは再び外を外の景色を眺めた。
「ん?」
徐々にスピードが落ちていく馬車に気付きジョンはホルスターからハンドガンを出した。
「どうした?なにかあったか」
「すいません。木が倒れてて道を塞いでて、一度止めます」
そういう兵士の言葉にジョンはハンドガンを収めると代わりに端末を出してショットガンを選ぼうとした。
「…ん?画面が動かない」
フリーズしたように動かなくなった端末にジョンは操作しようと触るも画面に変化はなかった。
…まずいな。
「警戒しろ」
ジョンの言葉に三人は理解し各々の武器に手を伸ばした。
馬車は止まるとジョンはハンドサインで三人と兵士にその場から動かないよう指示を出し一人馬車を下りた。
端末の操作ができないとはな。武器はハンドガンとナイフだがどうにかなるだろう。問題は弾数くらいか。さすがにこいつは補充はできない。
臨戦態勢に入りながら倒れてる木へと近づくと、姿を現すのを待っていたように周囲の森から二人の男が現れた。
スーツの男…見たことがあるな。たしか…そうだ。フィールドとかいう制限する能力とか言ってたな。
「よう、やっと会えたな」
戦う気満々に構えるスーツの男にジョンは素早くハンドガンを向けて引き金を引くも、いくら力をこめようと指に硬直したように動かなかった。
「無駄だ。あんたのことはずっと見ていた。ここら一帯は能力も飛び道具も使えなくなってる。使えるのはこいつくらいなものだ」
そう言ってスーツの男は自身のナイフを見せた。
二つ制限されたわけか。そんな能力ならとうの昔に…ん?
スーツの男の目と鼻から一筋の血が流れると男は袖で血をぬぐいナイフを構えた。
「話はいいか?いい加減待ちくたびれた」
そう言うもう一人の兵士風の男は背中から槍を抜きゆっくりとジョンへと歩き出した。
「とっととこいつとお姫さまの首を持って帰るぞ。あんまり遅いと英雄王になにされるか分からないぞ」
ジョンは二度三度とハンドガンを向けて撃とうとするも先ほど変わらず引き金を引くことはできず、諦めたようにハンドガンをホルスターに収めて代わりにナイフを抜いた。
二人同時に仕掛けてくる気配はないが槍か。リーチの長さがまずいな。
「あんたもナイフか。ナイフのなにがいいのかね」
そう言いながら構える男はジョンにゆっくりと近づいていった。
じわじわと距離を縮めてくる男にジョンはそこから動かずナイフの掴み方を変えると、慣れた手つきでナイフを投げた。
「え?」
矢のように真っすぐ飛んでいくナイフに男は虚を突かれ動けず、顔のど真ん中に刺さった。
「え?へ?痛い…なんだ…これ」
戸惑ったような声をあげ槍を手放す男は自分の顔を何度か触るとゆっくりと膝から倒れていった。
「やってくれるな」
睨むスーツの男は早足で仲間の元に近づくと刺さっているナイフを容赦なく引き抜き、それをジョンへと投げた。
「なんの真似だ?」
「勘違いするな、お前は許さん。だがやる時はフェアにやる」
敵意を漲らせながらもスーツの男はナイフを構えずに馬車の方を指さした。
「そこにいる連中は見逃してやる。アクア王国でもどこでも好きな場所に行けばいい」
「そう言って仕掛けた罠にかけるのか?」
「罠?はっ、こいつは俺とあんたの問題だ。仲間の仇…あいつらの仇を討たせてもらう」
どうやら俺は大切な奴をやったらしい。なら仕方ない、ここまでやったんだ。応じてやらないとな。
「ちょっと待ってろ」
ジョンはそう言うと馬車の御者台に座る兵士を見た。それで向こうも察したのか馬車の方を向いてなにかを話し始めた。
少しするとユアンたちは馬車から降りてきた。
「ジョンさん!」
声をはりあげるユアンにジョンは振り向かず手を振って応じた。
「ユアンさま急ぎましょう。ジョンさま…ご武運を!」
「ジョンさん!また!また必ずどこかで!絶対!絶対です!」
叫ぶユアンにジョンはただ姿勢を低くしナイフを構えた。そして遠ざかっていく足音を聞きつつ目の前の敵に集中した。
「罪な野郎だ。…そんじゃお前に無情に殺された仲間の仇…果たさせてもらう」
態勢を低く駆けてくるスーツの男にジョンはそれに応じるように待った。
男は互いの間合いの手前で止まると勢いよくナイフを突き出す中、ジョンは顎を引いて寸前のところで躱しナイフを振るった。
男は後ろに跳んで躱すもナイフの一撃は小さく頬を斬った。
斬られた傷を指で撫でる男にジョンは距離を詰めた。
再び間合いに入る二人は互いにナイフを振るい二度三度と火花が散った。ぶつかり合う二つの刃は攻防を繰り返すもジョンの前蹴りによって状況は変わった。
「うおっ」
繰り出された蹴りに男は横にとっさに躱すもジョンはそこで止まらず力強く振るわれたナイフが胸を斬った。
「ぐあっ!」
後ろに下がる男は胸を押さえ態勢を整えようとするも、ジョンは隙を見逃さず距離を離すことはなかった。
「くっそがっ!」
怒りの声をあげナイフ大降りに振るう男にジョンは前蹴りで吹き飛ばした。胸に放たれた一撃に男の体は宙に浮くと数メートル先まで地面を転がった。
衝撃で呼吸困難になる男はどうにか立ち上がろうとしたが、早歩きで近づいたジョンに手を踏み潰された。
「ぐっあああああああああああ!」
悲鳴をあげて苦しみの声を上げる男にジョンはナイフを蹴り飛ばした。
「…畜生。これだけやってもダメか」
話せるようになった男は息絶え絶えに声をあげると、ジョンは端末を出して見せつけた。
「聞かせろ。俺の能力はいつ使える?」
「能力?それは俺が死ぬまでだ。皆すまない」
悔しそうに呟く男にジョンはジッと見つめると小さくため息をついて男の横にしゃがんだ。
俺も甘いな。
「お前の熱意に一つ教えてやる。本堂とかいう中年は無事だ。相方の女も一緒だ」
その言葉に驚いた顔で固まると力が抜けたように笑った。
「そうか。ならちょっとはマシだ。仇を討てなかったのはやっぱり心残りだけどな」
呼吸が整うと男は深く深呼吸をした。
「ふーっ…お前たちのいた砦は攻撃を受けてる。英雄王が王様を拷問して直接砦に転移できる
転移門の場所を聞き出した。そこから召喚者が奇襲を仕掛け後に剣聖の部隊が正面からの突撃。さすがにこれで終わりだろう」
そう言うと男はゆっくりと体を起こした。
「あんたがもし砦に戻るなら本堂のことを頼む。せめてあいつだけでも助けてやってくれ」
「仲間思いだな。生きてたら手を貸そう」
「礼を言っとく。あの二人には本当にこの世界に来て本当に助けられた…いや、救われたんだ」
思い出を懐かしむように言う男は小さく頷いた。その意味を理解したようにジョンはナイフを逆手に持ち勢いよく振り下ろした。
「死んだ仲間のために仇討ちか。俺にはよく分からん感覚だが生きてる仲間のために動く気持ちは分かるつもりだ」
ジョンはユアンたちの進んだ方を見るとまだ遠くには行っていないようでその後姿はまだ見えた。
追いつこうと思えば追いつくが…悪いがここでお別れだ。幸い偵察機の映像からだとこの先待ち伏せはないはずだ。
偵察機からの映像を端末から見るジョンは方向を変えて砦の方を確認した。すると男の言う通りのようで上空からでも分かるほどに激しい乱戦が行われ、離れた先では森に待機していた兵士たちは真っすぐ砦に向かっていってた。
まさに総攻撃か。さすがに危険だな。戦況は最悪で俺一人が入っても大した意味はない。
「…まぁいい一度は戻ると言ったし、なにより死地には慣れてる」
小さくなっていくユアンたちをもう一度見つめたジョンは馬車へと目を向けた。馬車自体はそのままだが足である馬は移動のためかいなくなってた。
「行きは馬車で帰りは走りか。久々にいい運動になりそうだ」
元来た道を戻るジョンは徐々にスピードを上げて駆け足で砦へと向かった。




