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第十二話 侍女は騎士よりも強し

「ハセミ様、驚きました」

「ご領主様、凄かったです!」


 優弥が馬車に戻ると、興奮冷めやらぬといった感じで、トバイアスとタニアが声をかけてきた。倒したゼブラレオをそのままにしておくわけにもいかず、また鼓膜が破れてしまった騎士たちもすぐに動けなかったため、その日は少し早いが野営することになった。


 ちょうどテントを設営出来る広場もあったので、旅の疲れも癒やせそうである。


「ゼブラレオの肉って食えるのか?」

「食べられないことはありませんが、筋が多くて固いので好んで食べる者は少ないですね」


 答えたのはネイトで、彼によるとゼブラレオの死体は燃やして処分するらしい。


「そうか。肉が美味ければバーベキューやれると思ったんだがな」

「ハセミ様、ばーべきゅーとは何ですか?」


「外で適当な大きさに切った肉や野菜を焼きながら食べるのさ。普通に食うより断然美味い。果物を焼いてもイケるぞ」

「それはぜひやってみたいですね」


 皇帝の言葉にタニアもネイトも大きく頷いている。


「ハセミ様、食材を用意すればばーべきゅーは食べられますか?」

「ああ、いいぞ。道具は持ってる。しかし騎士全員は無理だなー」


「構いません。私たち四人で楽しみましょう」

「分かった。食材を切ったり下味つけたりしなきゃいけないんだが」


「料理長と侍女たちにやらせます。ネイト、彼らを呼んでハセミ様の指示に従うように伝えてきて」

「かしこまりました。失礼致します」


(料理長まで連れてきてんのかよ)


 しかし天下の皇帝の従者たちである。その中に料理長がいても不思議ではないだろう。


 間もなくネイトが戻ってきたので侍女たちに食材のカットを頼み、料理長にはそれらへの下味つけをやってもらう。特にプロの腕は必須ではないが、バーベキューの説明をしたところやる気に火がついたようだ。


 また、加熱は石を敷き詰めて燃焼の魔法で間に合わせようと考えていたら、野外調理のための炭を持っているというではないか。そこで彼はさっそくバーベキューセットを出して実演を始めた。


「炭が赤くなったら食材を網の上に乗せて、焦げない程度によく焼けたら食べてくれ」


 辺りに香ばしい香りが立ちこめ始めると、騎士たちも興味深そうな目を向けてくる。だが悲しいかな、すでに彼らの分がないことは説明済みだ。それでも知恵が回る者はいるようで、最初の肉がいい具合に焼けたと見るや一人の騎士が手を挙げた。


「陛下! お毒見は私にお任せ下さい!」


 その声に他の騎士たちが、バッと一斉に隣にいる者と目を合わせる。


「陛下! そのお役目はどうぞ私めに!」

「いえ、私こそ適任! 私をご指名下さい!」

「「「「陛下!」」」」


 とまあ、こんな調子で一気に騒がしくなった。


 トバイアスは片手を顔の辺りまで挙げて彼らを落ち着かせると、肉の一切れを皿に乗せて料理長に手渡した。下処理をしたのは料理長だから、彼に毒見をさせようというわけだ。


 それをすぐに察した料理長は、皿を受け取って肉を口に入れる。少々大きめにカットされていたが、一口で口に放り込んでしまった。


「はっ! はふっ、ふっ、はっ、はふっ!」


 騎士たちが固唾を飲んで見守っている。そんな中、何とか肉を飲み込んだ料理長はあまりの熱さに涙目になっていたが、皿とフォークを天高く掲げると大声で叫んだ。

「うまーーいっ! うまいうまい! うまーいっ!」

「さ、陛下も、肉が焦げないうちにどうぞ」


 ネイトが肉やら野菜やらをきれいに盛りつけて皇帝に渡す。それを口に運んでハフハフしていたが、すぐに目を見開いて手が止まらなくなっていた。


「な、なんですか、これは!」

「どうだ、美味いだろう?」


「美味しいなんてものじゃありません! 普段は毒見を待たなければいけないので、味はよくても冷めたものばかりなんです。温かい料理がこんなに美味しいものだったなんて、ずっと忘れてました!」


「そ、そうか。それはよかった。さ、タニアもネイトさんも早く食え。焦げたら勿体ないぞ」

「では遠慮なく……はほっ! ほっ! ほっ……こ、これは何と言いますか……」


「ほら、タニアも。火傷に気をつけてな」

「はい、失礼します……ふほっ! はっ! んっ……お、美味しいです!」


「皇帝は他人に取ってもらわず自分で好きなのを選んで食うといい」

「そうします! このタマネギが甘くて……はふっ!」


 食材は侍女たちによって次から次へと網に並べられていく。さすがに皇帝用の食材、特に肉類は調理前から他と一線を画すほど高級感が伝わってきていたが、彼はそれ以外にも構わず手をつけていた。


 焼けた食材が皇帝を含む四人の口に運ばれる度に、騎士たちが情けない表情を見せる。彼らにはちゃんと食事が用意されるはずだが、目の前でこれを見せられては我慢が拷問と等しく感じられることだろう。


 さらに可哀想なのが侍女たちである。食材を切ったり下処理が終わった物を網に乗せたり、目の前の料理から漂う香りをもろに受けているのだ。さすがに優弥も彼女らが気の毒でならなかった。


 ちなみに騎士たちに対しては、一度自分のことを疑ったので同情はしてやらないことにした。謝らなくていいとは確かに彼自身の発言だったが、謝罪を受けていないのも少しばかり根に持っていたのである。


(ゼブラレオの時は無傷で終わらせてやったのにな)


「なあ皇帝」

「あ、僕のことはアスとお呼び下さい」


「そうか。ならアス、こっちの食事が終わったら、彼女たちにもバーベキュー食わせてやったらどうだ?」


 侍女たちの耳がピクッと動いたように見えたが、おそらく錯覚だろう。


「そうですね。ハセミ様さえよろしければ、彼女たちにも楽しんでもらいましょうか」


「ハセミ様、こちらをどうぞ」

「ハセミ様、お肉は足りてますか?」

「「「ハセミ様!」」」


 侍女たちが皇帝を差し置いて、一斉に彼の目の前に肉やら野菜やらを寄せてくる。中には皇帝用の肉まであった。


「これお前たち、皇帝陛下の御前ですよ」


「皇帝、覚えておけよ」

「何をですか?」


「女性を味方につけるということは、ある意味騎士に護られるより心強いってことをだよ」

「わ、分かりました! 肝に銘じておきます!」


 二人の視線の先には、余計な一言で侍女たちから総スカンを食らい、食材を寄せてもらえなくなったネイトの姿があった。

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