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第三話 アルタミール領主邸

 魔王がアルタミール領の邸が完成したと知らせに来てから数日後、暦は四月の最初の土曜日を指していた。辺りはすでに春めいていたが、ここより北に位置するエスリシア大陸では、未だに雪が降る日も珍しくないらしい。


「ということはぁ!」

「「温泉!」」


 温泉はいつ入ってもいいものではあるものの、やはり冬が一番と言える。寒い地域の住人には否定されることもあるかも知れないが、特に春夏秋冬で季節をはっきりと感じられる者にとって、冬の温泉は格別なものなのだ。


「ユウヤ・アルタミール・ハセミ伯爵閣下、ようこそおいで下さいました。私が領主代行を務めさせて頂きます、ウォーレン・ディアスと申します」


 この地の領主となるので、彼は魔王から領名をミドルネームとして使うように言われたのである。


「家令を拝命致しました、モーゼス・ハワードです」

「料理長のニコラスです」

「メイド長のメイジーと申します」


「衛兵隊長のパーシー・ヘイズだ。自分は敬語が苦手なので、言葉遣いに関しては大目に見て頂きたい」

馬丁(ばてい)のリックと弟のロイです」

「ろ、ロイと申します!」


「ティベリア魔王陛下からこの領地を任されたユウヤ・アルタミール・ハセミだ。こちらが婚約者のソフィアとポーラ。主にソフィアの護衛を務めるシンディーとニコラ、友のビアンカだ」


 彼女たちがそれぞれ名を呼ばれたタイミングで一礼する。


「俺たちは基本的に週末しかここに来ない。だがそれはこの領地を(ないがし)ろにしているわけでも、君たちを疎ましく思っているわけでもない。俺は元々モノトリス王国に住む者で、たまたま先の戦争で手柄をあげたためこの地を任されることになったからだ」


「存じております。あの戦いでは閣下がお一人で敵軍を全滅させたことも、ドラゴンを討伐されたことも」

「閣下は私たち、いえ、魔法国民の恩人です。死んだかつての仲間たちもきっと報われたことでしょう」


「私たちは何があろうと魔王陛下と閣下に忠誠を誓います!」


「そ、そうか、うん。まあ、色々とありがたいが、領民にはあまりそのことは言わないでほしい」

「魔王陛下からもそのように伺っておりますので、どうぞご安心下さい」


 一通りの挨拶を終えると、優弥たちはウォーレンとモーゼスの二人に邸内を案内された。なお、首都の復興で自国を離れられないティベリアはこの場にはいない。


 邸は三階建てで、一階の玄関口を入ると幅二十メートル、奥行き十五メートルほどの吹き抜けのホールが迎えてくれる。なお、建物はこのホールを挟んで対照ではなく、正面から見て左側の方が二割ほど大きい。


 そのホールの壁を隔てた左側には厨房と食堂に加えて応接室が二室。それに使用人用の食堂と風呂、彼らが寝泊まりする部屋もある。右側は大浴場だ。


 二階には吹き抜けを挟んで左右それぞれの中央に通路があり、左側には領主代行の居室と執務室。さらに小会議室が二室と来客時に接待を担当する使用人の控室がある。通路を挟んだ反対側は一室ぶち抜きの大会議室となっていた。


 右側は通路の両側に四室ずつ計八室の客間フロアで、いずれも広さは一室二十畳ほどである。


 また、左右を結ぶ通路は吹き抜け部分を囲む設計となっていた。


 三階も左右間の通路は二階と同様で左側に居室三室と守衛室一室、右側は客間二室分の広さの居室が四室である。


 ただし守衛室に関しては客間の半分ほどの広さしかないので、その隣の一室はほぼ客間四室分と大会議室を除けば邸の中で最も広い。なお、三階の七室には全て内風呂が備えられており、さらに左側三室にはバルコニーに源泉掛け流しの温泉露天風呂も設置されていた。


 当然この一番広い一室を優弥が、残った左側二室をソフィアとポーラの二人が使用する。右側四室はシンディー、ニコラ、ビアンカに割り当てられ、余った一室も空き部屋のままにしておくのは勿体ないので、談話室として皆で使うことになった。


 ところで温泉大浴場についてだが、本来は邸の主人とその家族、及び賓客のみが使うことを前提とされていた。


 しかし温泉のよさを知っている彼は、使用人たちにも大浴場の利用を許可したのである。

 ただ、優弥たちが滞在する週末に限っては遠慮してもらうことにした。もちろん、こちらの世界では温泉に入れるだけでも大変な贅沢なので、それで文句を言う使用人は一人もいなかった。


 敷地は三メートルほどの高さがある石の壁で囲われており、門は正面と裏側の二カ所のみ。それぞれに小さな守衛所があって正門八名、裏門四名が昼夜問わず交代で立哨する。その他ホールに八名、三階の守衛室に六名と予備兵が四名。衛兵だけで合計三十名が在籍していた。


 もちろん交代制なので、常に三十人が職務に就いているわけではない。


 また邸とは別に建てられた使用人寮があり、そこに家族で住んでいる者もいる。その家族にも、優弥は週末以外の温泉ばかりでなく、無料というわけではなかったが邸の食堂利用も許可していた。


 衛兵以外の使用人をまとめると、家令一人に執事が二人。厨房に料理人が二人と見習い五人。雑務全般を任されるメイド十人と彼女らをまとめるメイド長が一人。敷地を整える庭師一人に見習いが三人。さらに馬丁が二人と、実に多くの者たちがこの邸で働くこととなっていた。


 しかし魔王曰く、これでも城にいた使用人の数に比べれば五分の一にも満たないそうだ。それだけ多くの者の命が、先の戦争で失われたということである。


 ちなみにメイドや見習いも含めて、ある程度自衛可能な程度には訓練を受けているとのことだった。


 また、モノトリスの家に通じる転送ゲートは優弥たち六人の居室と大浴場、玄関前に加え正門と裏門のすぐ外、あとはホールと応接室に設置されている。これらのゲートは優弥たちとティベリア以外は起動出来ない。


 他に邸の周囲に広がる街、エイバディーンにあるいくつかの空き家にも転送ゲートが設置されているが、いずれも一度に通れるのは六人までだ。


 余談だが街の人口はおよそ百万と、かなり大きな規模だった。


「さて、そろそろかな」


 その日は、エイバディーンの有力者たちとの会談が予定されていた。ここは元々はレイブンクロー大帝国のヘンダーソン子爵領で、街がこれだけ発展したのも先々代子爵の手腕によるところが大きいとのことだった。


 しかし先代と当代の当主は毛ほどもそれを受け継がず、私腹を肥やすことばかりに専念していたらしい。そのことが原因で転封されたとの噂も聞いていたが、とにかく領民は新しくやってきた領主に期待半分、不安半分といったところだった。


 彼は温泉に入りたがっていたソフィアたちを自由行動にすると、ウォーレンと共に有力者たちが待つ二階の大会議室へ向かう。そして扉を開けた先に待っていたのは男性七人、女性二人の合わせて九人の有力者たちだった。

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