第十二話 アルタミラ国民の怒り
アルタミラ魔法国の首都エブタリアでは、レイブンクロー軍による略奪が凄惨を極めていた。女子供は捕らえられ、中でも若い女性は年端もいかない少女も含めて、兵士たちの欲望の捌け口とされていたのである。
男と老人は有無を言わさず殺されていった。全財産を差し出し大帝国に忠誠を誓うと命乞いした貴族も、奪われるだけ奪われて惨殺。もはや彼らは魔法国の民に対し、慈悲の欠片も見せることはなかった。
「こそこそと逃げ隠れするしか能のない、魔王に見捨てられた哀れなアルタミラの民たちよ! 今出てくれば命だけは救ってやろうではないか!」
いったん空襲が収まったところで、広場の中心に現れた男が叫んだ。彼は自身を大帝国軍部隊長のジャイルズ・ウッドと名乗った。
「男も女も子供も老人も、兵士でも構わん! 武器を捨てて投降するならこの広場に集え! 十分だ! 十分だけ時間をやる!」
「ウソだ! 出ていったら殺すに決まってる!」
声の主は物陰に隠れているのか姿が見えない。だが、ジャイルズがその方向を指さすと、上空から火炎玉が撃ち込まれた。
「ぐわぁぁっ!!」
「見たか! 愚か者には死あるのみだ! 諸君らに残された道は二つ! 投降するか焼け死ぬかだ!」
崩れかけた建物の陰から様子を窺っていたエリヤの許に、アルタミラの兵士数人が寄ってきた。
「勇者様、ご無事だったんですね」
「ミーはヘイキだけど、あれはヒドいね!」
「何とかなりませんか? このままでは……」
「やはりもう投降するしかないんでしょうか」
「ノンノン、トウコウだめだよ。アニメだとトウコウしてもコロされるだけだから」
「あにめ……というのが何かは分かりませんが、やはり出ていけば殺されるのですか」
「あ! バカが!」
声を潜めて話していると、あちらこちらから両手を挙げて投降の意思を示しながら住民が出てきた。最初は一人、そして二人。
「おお、出てきてくれたか、勇気ある者よ。もう安心だ。見ろ! 私は彼らを殺しはしない! 残りは五分を切ったぞ! さあ、早く出てきてくれ!」
その言葉にさらに三人、四人。それからは広場にどんどん人が集まってきた。そして時間の終わりを告げたジャイルズが彼らに向かって叫ぶ。
「これで助かりたい者は全員だな? では約束通り他は焼け死ぬがいい!」
次の瞬間、広場以外の周囲に次々と火炎玉が投下される。エブタリアはすでに廃墟の街並みの様相を呈していたが、それらがさらに瓦礫の山と化す様子を、広場の面々は複雑な面持ちで眺めるしかなかった。
間もなく広場周辺は火の海に飲まれ、住民が慣れ親しんだ街が焼かれていく。そんな光景に目を奪われていた彼らは気づかなかった。
その場からジャイルズの姿が消えていたことに。
「諸君! 狩りの時間だ!」
突然の声に、広場に集められた者たちが我に返る。それはジャイルズの声だった。しかし姿は見えない。ワイバーン部隊は役目を終えたのか、すでにいなくなっていた。
そして火が回っていない建物の上に、弓を構えたレイブンクローの兵士たちが姿を現す。彼らは矢をつがえると、広場に集まった者たちに向けて一斉にそれを放った。
「ぎゃっ!」
「うがぁっ!」
「痛いっ!」
「やめろー! ぐふぅっ!」
「おいっ! 約束が違うじゃないか!」
「何を言う! 私は君たちを殺してはいないし、生きていれば味わうことになる地獄の苦しみから救おうとしているではないか!」
「詭弁だっ……ぐふぅっ!」
「素直に我々と同盟を結んでいればこんなことにはならなかったのだ! 恨むなら逃げた魔王を恨め! わーっはっはっはっ!」
その時、異変が起きる。弓兵の一人が、まるで糸の切れた人形のように建物から落下していったのだ。
「な、何事か!?」
そしてジャイルズは見た。次々と落下していく弓兵の額には穴が空いていたのだ。
「何が……起きている……?」
全ての弓兵が得体の知れない何かに頭を撃ち抜かれるまで、ものの一分もかからなかった。そして呆然と立ち尽くすジャイルズの前に、一人の男と小さな少女が現れる。
「街がめちゃくちゃじゃねえか。魔王、魔法で火を消せねえか?」
「造作もないことじゃ」
彼女はそう言って両手を天にかざした。すると突然上空に雲が立ちこめ、すぐに土砂降りの雨が降り始めたのである。間もなく辺りは白い湯気に覆われたが、数分後にはわずかにくすぶる炎を残し、湯気は風にあおられて視界を開いた。
「ユウヤ! ユウヤだよ! マオウサマとイッショにユウヤがキてくれたよ! サイコーハッピー!」
「おうエリヤ……ボロボロじゃねえか」
弓兵は言わずもがな、優弥の追尾投擲の標的とされたのだ。ちなみに勇者の全身は埃まみれの上に煤だらけだが怪我はないようだった。
「魔王様だっ!」
「魔王様が来てくれたぞ!」
「「「「魔王様!!」」」」
広場に集められていた住民たちも、魔王の姿を見て駆け寄ってくる。
「魔王……魔王だと……!?」
その中でただ一人、ジャイルズだけは予想外の状況を何とか理解しようと必死に頭を巡らせていた。そして彼の中で一つの答えが導き出されたようだ。
「ふは……ふははははっ! 魔王、よくぞ私の前に姿を見せてくれた。一緒に来てもらうぞ!」
「…………」
「「「「…………」」」」
だが、その場にいたジャイルズ以外の全ての者たちが、呆れ顔で冷めた視線を彼に向けた。この状態で未だ自分が優勢と思っているとは、度し難い愚か者である。
「エリヤ、ソイツ捕まえてくれないか」
「オーキードーキーね!」
「な、何をする! 放せ!」
そこへ住民の一人がどこかから縄を見つけてきて、ジャイルズを縛り上げた。
「貴様ら! こんなことをしてタダで済むと思うなよ!」
「魔王様、コイツは許せません! 我々にコイツを裁くお許しを!」
「な、何を……!?」
「そうじゃな。我が民を苦しめ死に至らしめたこと、一度ならず万死に値する」
「ま、その前に色々と聞かなくちゃ。えっとまずは名前と所属を教えてもらおうか」
「さっき大帝国軍部隊長のジャイルズ・ウッドって言ってました!」
「なんだ、名乗ってたのか。なら次の質問だ。隊長なら知ってるだろ。何人で攻めてきた?」
「ふん! 誰が答えるものか!」
「勘違いするなよ。お前が選べるのは二つ、素直に質問に答えるか手足を一本一本へし折られるか、だ」
「ユウヤ、もしかしてゴウモンしようとしてる?」
「俺がやらなくても皆やりたくて仕方ないんじゃないのか?」
そう言って住民たちを見回すと、一部の女性などを除いて一同が力強く頷いていた。




