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第七話 無限クローゼット

 優弥たちがトマム鉱山に到着したのは午前九時頃で、生存者救出の壁と言われる七十二時間まで残り約三時間と迫っていた。


 坑道は入り口から十メートル入った辺りから先が完全に塞がれている。大小の岩が折り重なり、アリの這い出る隙もないように見えるほどだ。これを取り除くのにどれだけの時間がかかることか。


 気の遠くなるような作業だが、生存者がいる可能性が捨てきれない以上、早々に取りかかるべきだろう。


 ところが――


「今日はもう陽が落ちる。作業は明日からだな」

「何をバカなことを! すぐに始めるべきだ!」


 前言は鉱夫を取りまとめる現場責任者のトーマスで、それに反論しているのがローガンだった。


「しかしなあ、下手に掘り返すと二次災害の恐れもあるんだぞ。それにあれだけの岩を運び出すには人手も足りん」

「貴様、それでも責任者かっ!」


 トーマスに殴りかかろうとするローガンをイーサンたちが羽交い締めにして押さえる。こんなところでケンカしても生き埋めになった人たちが助かるわけではないが、鉱夫らを顧みようともしない責任者にはさすがに優弥も腹を立てた。


 だが、頭に血が上った状態では冷静な判断は出来ない。


「トーマスさん、災害の発生から七十二時間を過ぎると、遭難した人の生存率が急激に低下するんだ。だから一刻も早く救出を開始する必要があるんだよ」

「そ、そんなこと誰が決めたんだ! 俺は知らん!」


「いや、決めたとか決めないとかそういうことではなく……」


「この状況なら生存者などいるわけがない! だから人数が集まってからゆっくり安全に……」

「ふざけるなぁ!」


 とうとうローガンがイーサンたちを振り解いてトーマスに殴りかかった。周囲に集まった鉱夫たちも、誰一人として彼を止めようとする者はいない。


 彼らは上司が自分たちの命を軽んじていることに腹を立てているようだった。まあ、当然と言えば当然であろう。


「もういい! 俺たちは俺たちでやる! 帰ったら管理局にきっちり報告してやるから覚えておけ!」

「ふん! 忠告はしたからな。報告でも何でも好きにするがいいさ。せいぜい死なないことだ!」


 捨てゼリフを吐いて立ち去る責任者を皆が憎々しげに見送っているのを尻目に、優弥は問題の坑道へと足を踏み入れる。それに気づいたローガンたちが慌てて彼の後を追った。


「お、おい!」

「誰か明かりを用意してくれないか? すぐに作業を始めたい」

「分かった!」


 勢いよく答えて外に向かったのはイーサンだ。すでに陽が落ちかけているので、坑道の中にはほとんど光が射し込んでいなかったのである。


 しばらく待つとイーサンがランプを手にした数人の鉱夫を連れて戻ってきた。十分とは言えないが、これで作業には取りかかれそうだ。


 優弥は手近な岩に手をかけて引き抜こうとしたが、ビクともしなかった。


「どいてみな」


 見かねたローガンが彼を下がらせて岩を引っ張る。大きな岩に足をかけ、終いには顔を真っ赤にして全力で引き抜こうと躍起になっていたが、やはり結果は同じだった。


「ツルハシ持ってこい!」


 最初から素手で挑もうとしたのが大きな間違いだったのである。たとえ岩を引き抜けたとしても、両手で抱えるほどの大きさがあれば重量もかなりのものとなるはずだ。


 だが、ツルハシが来てからは早かった。優弥とローガンたち四人が次々に岩を砕いていき、崩落や落盤の兆候を慣れた鉱夫が周囲の音で探る。


 むろん優弥が自身のSTRを意識すれば、これらの岩は簡単に取り除いていけるだろう。しかしそれでは折り重なった岩がバランスを失い、二次災害を引き起こし兼ねない。


 加えて彼は直感的に、自分の能力を不用意に他人に知られるべきではないと考えていた。だから無限クローゼットも使わず、瓦礫はネコと呼ばれる手押しの一輪車で鉱夫たちに運び出してもらっていたのである。


 その刹那――


「おい、今声が聞こえなかったか?」

「ん?」


 優弥が手を止めてローガンに言ったが、彼は気づかなかったようだ。イーサンたちも繰り返しツルハシを振り回しているので、それらの音が坑道に響いているばかりである。


「皆、少し手を止めてくれ」

「どうしたんだ、ユウヤ?」


「声が……うめき声が聞こえたような気がしたんだよ」

「なにっ!? 本当か!?」


「うぉーい! 誰かいるのかー! いたら声出してくれー!」


 その場にいた全員が耳を澄ませたが、しばらく待っても反応はない。すでに救出作業を始めてから二時間あまりが経過している。七十二時間まで残りあと一時間、優弥の焦りが幻聴を聞かせたのだろうか。


「悪い、気のせいだったようだ」

「いや、いい。作業を続け……」


「たす…………け…………」


「おい!」

「聞こえた……!」

「女の声……だったよな?」


「いるのか-っ!?」

「返事してくれー!」


「た…………すけ…………て…………」


「この奥だ!!」

「待ってろ、今助ける!」

「もう少しの辛抱だぞ! がんばれ!」


 どうやら幻聴ではなかったようだ。彼らの耳には微かではあるが、確かに助けを求める声が聞こえたのだ。


 その方向に向かってローガンたちが一斉にツルハシを振り下ろす。だが、所詮人間は非力だ。焦る気持ちを嘲笑うかのように、遅々として掘り進むことが出来なかった。


(ここで出し惜しみをしてどうする。人一人の命がかかっているんだぞ。この力を知られたら恐れられる? 利用される? ならどこか遠くへ逃げればいいだけだ。それにここで力を使わなければ、あの世に逝った時に真奈美と玲香に顔向けも出来ないではないか!)


 決意した彼はローガンの肩を掴む。


「どいてくれ、俺がやる」

「あ?」


 無限クローゼットは背後に開いた。そこにめがけて岩を放り投げればいい。


 天井近くの直径一メートルはあろうかという一番大きな岩に両手をかけると、彼は心に強くSTRを意識した。


(さあ、STR20万オーバーの(パワー)を見せてやる!)


 次の瞬間、全く重さを感じなくなった大岩を、彼はバレーボールのバックトスのように無限クローゼットの枠線の中に放り込むのだった。

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