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第四話 魔王ティベリア

「どちら様……でしょうか……?」


「グッモーニン! おお! カワイいおジョウさん、ハジめましてね-。ミーはエリヤ・スミス、アメリカからキたユウシャだよ!」

「ゆ、勇者様!?」


 その朝突然やってきたのはどう見ても王国民ではない、勇者を名乗る金髪の大柄な男性だった。ソフィアは彼の言葉を聞いて、すぐにユウヤと一緒に召喚されたもう一人の異世界人だと気づく。そしてその傍らにはさらにもう一人――


「サイショウサマからここにいるってキいたんだけど、ユウヤいる?」

「あ、ちょ、ちょっとお待ち下さい」


 当の優弥は昨夜遅くまでポーラと飲んでいたらしく、二人とも週末で仕事が休みとあって起きてきていなかった。


 なお、休日なのでシンディーとニコラに門番の役目はない。彼女たちの名誉のために、二人がサボって訪問者を素通りさせたわけではないことを付け加えておこう。


「あれ、エリヤ久しぶり……その()は?」


 優弥がパジャマの裾から手を入れ、腹を掻きながら起きてきたのは定番の光景である。しかし実際に腹を掻いて誰かが起きてくるのを見たことはない。無意識の行動なのだろうか。


「こちらマオウさまねー、ユウヤにアいたいってイうからツれてきたよ」

「魔王!?」

「魔王様!?」


 優弥もソフィアも驚いて言葉を失った。


(わらわ)はティベリア・アルタミラ。アルタミラ魔法国の王じゃ」


「えっとエリヤ、おままごとやれってか?」

(たわ)けが!!」


 ティベリアが叫んだ瞬間、優弥は反射的に隣りにいたソフィアを自分の後ろに隠した。刹那、リビングダイニングのテーブルが粉々に砕け散る。彼のパジャマもズタボロで、鉱山の仕事で鍛え上げられた見事な筋肉が、上半身のみだがその姿を露わにしていた。


「何の真似だ、クソガキ! エリヤ、ソイツ殺していいか?」


 彼は怒り心頭だった。今のはどう見ても目の前にいる魔王を名乗る幼女の仕業だ。見た目はともかくとして、捨て置くにはあまりにも危険過ぎる。現に彼がソフィアを庇わなければ、テーブルの代わりに彼女が細切れにされていた可能性があった。


「ノンノン、マオウサマをコロしちゃノンね! マオウサマもいきなりどうしたの?」

「済まぬ。少々確かめたくての」


「この見た目クソガキが本当に魔王だってか?」


「許せ。ソチが庇わずとも、その娘に害は及ばなかったのでな」

「舐めたこと言ってんじゃねえぞ。テメエが見た目通りの年齢じゃないことは分かってるからな!」


 彼は魔王と紹介された直後に、幼女のステータスを確認していた。


 彼女の肩書きには確かに『魔王』とあった。HPやSTR、DEFは、これまで聞かされていた成人平均値のおそよ四倍弱、2千に届かない程度だ。しかし魔力を示すMPは突出して高く、その値は約3万2千。


 そんな見た目幼女の年齢は軽く二百歳を超えていた。


「壊したアレも元に戻そう」


 魔王はそう言って右手のひらをリビングダイニングに向ける。すると一瞬の後、壊れたテーブルが元通りの形を取り戻していた。


「しかし、(わらわ)の魔法を受けてかすり傷一つ負わんとは……」

「パジャマはかすり傷じゃ済んでねえけどな!」

「おお、そうじゃった。それも直そう」


 テーブル同様にパジャマも元通りで、再び彼の筋肉はその中に包まれた。


「エリヤ、もう一度聞く! これは何の真似だ!?」


「マオウさまがユウヤにアいたいってイったからツれてきたよ」

「で、結果がこれか。しばくぞ!」

(STRをMAXでな)


「妾が改めて謝罪しよう。敵意は持っておらぬ故、許してはくれぬか」


「敵意がなくていきなり魔法をぶっ放すかよ。許してやってもいいが、それは俺の攻撃を受けて生きていられたらだな」

「ユウヤ!?」

「ユウヤさん?」


 次の瞬間、彼は無限クローゼットから小石を取り出し、1万ほどのSTRを乗せて魔王の胸に放った。これで風穴が空き、彼女は絶命するはずである。普通なら確実に命を落とすような魔法攻撃を仕掛けたのだから、自分がやられても文句は言えないだろう。


「魔王だか何だか知らねえが、俺にケンカを売った報いだ!」

 だが――


「…………」

「…………」

「…………」


 小石は幼女の胸を貫くことなく跳ね返った。しかし優弥もDEFをMAXの約165万に上げていたため、同様に小石を跳ね返す。そしてピンポン玉のように二人の間を何度か往復した小石は、やがて耐久力を失って自壊した。


 優弥が放つ小石は、その時に乗せられたSTRに比例した耐久力を持つ。音速を超えても風圧で砕け散らないのはそのためだった。


「これで、許してもらえるかの」

「あ、ああ……なんかアホらしくなってきた」


 仕方なく二人を家の中に招き入れると、ソフィアに茶を出してもらってから部屋に戻らせた。なんとなく同席させるのはマズいと感じたからだ。


「それで、俺に何の用があるって?」


「城からこの国を見た時に、お主のとてつもない力を感じての」

「城から見た? それも魔法でか?」

「そうじゃ」


「魔法ってのは便利なモンなんだな」

「ノンノン、そんなことデキるのはマオウさまだけね。ミーにはムリだよ」


 ところで、彼が一度攻撃を仕掛けてきた魔王を許したのには別の理由もあった。それは、その身に魔法を受けたせいなのか、今までなかったMPが生えていたからだ。

 もっとも値はたったの100で、使える魔法も『燃焼』という意味不明なものだった。


「ま、妾の魔法を受けたから、というのは間違いないじゃろうな」

「ふーん。で、この『燃焼』ってのは何の役に立つと思う?」


「その名の通り物を燃やせるのと、後は湯を沸かしたりも出来るぞ」

「湯を沸かす?」


「石などに『燃焼』をかけて水に放り込めば、やがて湯になるじゃろ」

「ああ、なるほど……って、水に放り込んだら火が消えちまうじゃないか」


「魔法の火は水では簡単に消えんのじゃよ。込めた魔単(またん)によるがの」


 実は魔力には単位というものが存在し、使用する魔法によってその値も一定ではない。この魔力単位のことを略して一般に魔単と呼ぶ。


 例えば『燃焼』なら魔単1はMP10である。そして『燃焼』に消費する魔単が1ならばおよそ一秒、2ならば二秒だが、3だと六秒で4だと二十四秒と、階乗的に燃焼時間が増えていく。つまり魔単10の消費なら四十二日間も燃え続けることになるのだ。


 むろん外的な消火作用が働かない状況が前提なので、水中であったり寒冷地であったりすれば燃焼時間は減る。


 また一回の『燃焼』発動で得られる熱量に変化はないため、大きな石を使おうが小さな石を使おうが水温などの上昇量は変わらない。つまり大きな石を用いたからといって、より多くの水量を温められるというわけではないのだ。


 なお『燃焼』による炎の消火に関しては、同じ『燃焼』魔法を使える者がそれをイメージするだけで叶う。


「俺の魔力を半分使って二分か。中途半端な魔法だなあ」


「そうでもないぞ。森の中などで野営する時も火の心配をせずともよいから便利じゃ」

「そうか、着火には困らないってわけだ!」

「うむ」


「もっともそうそう野営することなんてないしなぁ」


 まあ、とにかくMPが生えたことだしと、彼は楽観することにした。

(風呂沸かすのにどのくらいMP消費すりゃいいんだろ)

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