第三話 好意の行方
「それじゃやっちまうか」
優弥は養生の中にある旧ヴアラモ孤児院の建物を見上げた。元は修道院だったため二階建てで造りもしっかりしている。ただ、長く手入れされていなかったせいで壁のあちらこちらが崩れており、このまま放置されていればいずれ倒壊する危険すらあった。
その建物の上空に無限クローゼットの枠線を出す。それを被せるようにして地面に到達させれば収納は完了である。この先使い途があるかは分からないが、何かを押し潰したり大きな穴を埋めるなどの必要が出てくれば、役に立つこともあるだろう。
(さすがにドラゴンは鱗が硬いだろうから潰すのは無理かもな)
もっともそのドラゴンに遭遇する可能性はゼロに近いらしい。出会ったらお終いとは聞いているが、勇者エリヤは諸々のステータスが3万にも満たない状態で魔法国へ旅立ったのだ。故に彼は、自分のステータスならドラゴン退治くらい余裕なんじゃね、などと考えていた。
もっともそう思うのも無理はないだろう。レベルは前回上がってから15のまま変わっていないが、HPやSTR、DEFは約165万ものバケモノのようなパラメータだからである。
(出会えないのは残念だが仕方ないか)
それはともかく孤児院だった建物はきれいさっぱり姿を消し、敷地は更地になった。基礎の部分もスパッと切られたように真っ平らである。
彼はそのまま工房を訪れ、親方に更地になったことを告げた。
建ててもらうのは子供たちが全員で寝られる十畳部屋と、雨天でも走り回って遊べる二十畳部屋をメインに。
そうそう来客があるとは思えないが、念のために客間として使える六畳部屋を三つ。
加えて八畳のマチルダ専用の執務室、トイレ、風呂を備えた平屋建ての建物である。
トイレは小学校にあるような共同使用で、男女それぞれ一つずつ。それとは別に大人用が男女共用で一つとした。風呂は少し大きめだが男女は分けていない。
「二階建てにしなくていいのかい?」
「シスターが一人ですから子供の数は増やせませんし」
「よっしゃ、分かった。って、まさかまた工期が五日とか言わねえよな?」
「ああ、それはないです。のんびりやって下さいとは言えませんけど、設計からお願いするんで無理のない感じで大丈夫ですよ」
今ある小屋で寒さは十分に凌げているので、多少日数がかかっても問題はないだろう。
工房への依頼も終わり帰宅すると、ソフィアに荷物が届いていると告げられた。
「誰から?」
「ウィリアムズ伯爵様からみたいです」
「おお! ということは……」
早速開封すると、中には思った通り一組のトランプが手紙と共に入れられていた。手紙には領内の貴族を呼んで神経衰弱をやってみたところ、作法などそっちのけで全員夢中だったと書かれている。
また、特に奥様方にはババ抜きが大流行したそうだ。本来ババ抜きは最後の一枚を持った人が負けなのだが、こちらの世界では手元のカードを財産と考え、最後まで残った人が勝ちというルールに変更した。
何もなくなったのに勝ちというのはおかしいと、伯爵から物言いがついたからである。それとゲーム名もババ抜きではなく『秘宝』となった。最後の一枚がお宝というわけだ。
「凄いな。きっちり揃ってるし、面取りもしてある。厚さも丈夫さも申し分ない」
「これが本当のトランプなんですね!」
「ほら、ちゃんと裏には模様もつけられているから、透けて見えたりしないだろう?」
「ホントですね! 神経衰弱が難しそうです」
使い心地を確かめるためにしばらく二人で遊んでから、ソフィアがシャッフルをやりたがったので任せてみる。まあ、やはり最初は覚束ないものだ。何度もカードを落としていたが、お陰で彼は自分が幼かった頃のことを思い出せた。
もちろん紙のカードなのでリフルシャッフルではなく、日本では極めて一般的なヒンドゥーシャッフルである。
「ユウヤさんみたいにうまく出来ません」
「何度もやってれば出来るようになるさ。ただ、神経衰弱やった後は一度かき回した方がいいんだけどね」
「そうなんですね」
「ほら、シャッフルしてもだいたい二枚一組になっちゃってるだろ?」
「ホントだぁ! じゃ混ぜ混ぜしましょう!」
この後ポーラが帰ってきたので、その日は夕食を済ませてからしばらく三人でトランプゲームに興じた。
「それで、ウィリアムズ伯爵に会いに行くの?」
「いや、トランプの権利関係で話をしたいって手紙に書いてあったんだけど、もう十分報酬をもらったようなものだしな」
「でもこの一組で金貨十枚もするんでしょ? すっごい儲かるんじゃないの?」
「今はまだ量産も出来ないだろうから高くても仕方ないのさ。それに新しい紙の開発も含めて、製造に関する新技術の確立には金も労力も驚くほどかかるんだよ。だから出来ればその儲けは職人たちに還元したいね」
「そういうところは尊敬出来るわよね」
「しろしろ、もっと敬え」
「…………」
「ゆ、ユウヤさんのいた世界には、これが一家に一つはあったんですよね」
「まあ、全家庭ってわけでもないだろうけど、多分あったと思うよ。安いのだと百円……銅貨一枚くらいで買えたし」
「そんなに安いんですか!?」
「それだけ普及したってことだろうね。こっちでも何年かすれば、銅貨一枚とは言わないけど平民でも買えるくらいになるだろうし」
「その頃にはウィリアムズ伯爵も大富豪どころじゃないわよね。それでもユウヤは権利を放棄するつもりなの?」
「使い切れないほどの金を持っても仕方ないじゃないか。俺はソフィアやポーラたちと不自由なく暮らせればそれで満足なんだ」
「ユウヤさん……」
「ユウヤ……」
「あ、でも二人を縛るつもりはないから、そこは勘違いしないでくれよ」
「もう!」
「ユウヤさんの……」
「「朴念仁!」」
そうは言ったものの、さすがに彼女たちから向けられる好意に気づかない彼ではなかった。しかし真奈美と玲香を亡くしてから、まだ一年も経っていない。
少々危ないこともあったが、最低でも一年は喪に服そうと思っている。恋をするにしても結婚するにしてもスタートはそこからだ。そのスタート前に二人、あるいはどちらかに好きな相手が出来れば、潔く祝福しようと決めていたのである。
もっとも本当にそんなことになれば、身悶えするくらいには彼も二人に惹かれていた。しかも幸か不幸かこの世界は一夫多妻制だから、どちらか一方を諦める必要もないのだ。
一回りも年下のソフィアを、いくら可愛くても恋愛対象に含んではならないと、最初は倫理観から心にブレーキをかけていた。しかし一緒に生活しているうちにいつの間にかブレーキは緩み、一人の魅力的な女性として見るようになっていたのである。
一方のポーラはまず見た目がドストライクで、よく憎まれ口を叩くが根は優しいと分かっていた。簡単に言うとツンデレタイプである。加えてドジっ子要素も兼ね備えているので、意外にも庇護欲をそそられるのだ。
(ま、それでも当面はな……)
そうして王国の夜は更けていく。




