第二話 降りかかる災難
新年の王国祭も終わり、王都グランダールは普段の姿を取り戻しつつあった。ただ女神に捧げる日、つまり元旦を挟んだ祭りの最中、エバンズ商会の屋台に客が訪れることはほとんどなかったようだ。
騒乱罪で処刑されそうになっていたブレント青年は無罪放免となり、それと同時に優弥に対する商会からの訴えが取り下げられたにも拘わらずである。
なお、虚偽の証言をして鉱山ロードを貶めようとした罪により、番頭のバーナビー・ハリスと三人の御者は斬首。また、彼らと癒着し騎士団の名誉を傷つけたとして、副団長チャーリー・ロビンソンも同様に斬首刑が執行された。
モノトリス王国には処刑が決まった罪人を、市民の納めた税で生きながらえさせる慈悲はないということである。むろん、処刑前夜の豪華な食事が与えられることもない。
ところで優弥はヴアラモ孤児院の古い建物の解体を理由に、ヘレフォード工房の親方に養生を頼んでいた。結局解体せずにそのまま丸ごと無限クローゼットに放り込むことにしたのだが、それを誰かに見られるわけにはいかないからだ。
一瞬で建物が跡形もなく消えてしまっては周囲に怪しまれるので、それを隠す上で養生は必要だった。外すのは新しい建物が出来上がってからでいい。子供たちにも危険だから絶対に近づいてはならないと釘を刺しておいた。
同時にビアンカ護衛ミッションもスタートした。どうやらシスターと子供たち五人全員で送ってくるらしい。その人数がいればそうそう危ない目に遭うこともないだろうが、念には念を入れて優弥も付き添っている。
「エビィリンは眠いのか?」
「へいきー!」
無事にビアンカを送り届けた時、優弥に抱っこされた五歳の少女は目をしょぼしょぼさせていた。
「エビィリン、ちゃんと起きてないと明日から連れてきてもらえないぞ」
「えー、やだー。おきてるもん!」
「マチルダ、いくら小さなエビィリンでも、アンタが抱えて帰るのは辛いだろ?」
「いえ、そんなことは……」
「無理するな。まだ体も本調子じゃないだろうし。なあエビィリン、今日はおじちゃんの家に泊まるか?」
「うん! ユウヤおじちゃんのいえにとまるぅ!」
「よろしいのですか?」
「構わないよ。それじゃ帰り道気をつけてな」
「ありがとうございます。失礼します」
ところが家に入った途端にエビィリンは再起動したようだ。これなら風呂に入れてやれる。
「ソフィアお姉ちゃんかポーラお姉ちゃんとお風呂入っておいで」
「えー、ユウヤおじちゃんとはいるぅ」
「あ、その、ユウヤ?」
「うん?」
「私たちもう、先に入っちゃったから」
「そうなの?」
「まさかエビィリンちゃんが泊まることになるなんて思わなかったので……すみません」
「そっか。なら仕方ない。ユウヤおじちゃんと一緒に入るか」
「はいるー!」
さすがにエビィリンのサイズに合う着替えはなかったので、ソフィアの服を用意してもらった。それから二人は浴室に行く。
「エビィリン、頭洗ってあげるからギュッと目を閉じててな」
「ぎゅーっ」
「あはは、口で言わなくてもいいんだぞ。いいって言うまで目を開けるなよ」
「うん! ぎゅーっ」
聞こえてくる二人の会話に、ソフィアもポーラも温かい笑みを浮かべる。
「さすがよね」
「何がですか?」
「ユウヤよ。子供の扱いに慣れてるっていうか」
「ああ、娘さんがいらっしゃったんですもんね」
「そんなこと、本人の前では言えないけど」
「そうですね」
浴室では相変わらず賑やかな声が響いている。
「ほら、後ろ向いて」
「きゃっきゃっ! くしゅぐったいよー」
「首洗うからうーってして」
「うーっ」
なんだか微笑ましい。それから間もなく優弥も自分を洗い終えて、二人で浴槽に浸かったようだ。
「あー……」
「やだ、ユウヤったらオジサンみたいな声だして」
「でもあの気持ちは分かります。私もお湯に入ったら変な声出しちゃうことありますもん」
「あるある! 私なんかこの前、カエルが鳴くみたいな声出しちゃった」
「なんですか、それー」
ところが、ソフィアとポーラが笑い合っていると、何とも聞き捨てならない声が聞こえてきた。
「ユウヤおじちゃんの、おっきぃ!」
「あははは、そうかぁ?」
「かたーい!」
「逞しいだろ」
「にぎにぎしてもいい?」
「いいぞ。ほれっ!」
「ひゃぁっ! かおにかかったぁ!」
二人はバッと顔を見合わせてから慌てて風呂場に向かう。そして乱暴に浴室の扉を開けて――
「ちょっとユウヤ!」
「ユウヤさん、何してるんですか!?」
「はぁ?」
「ひゃん! またかおにかかったぁ! きゃっきゃっ」
彼女たちが見たもの、それは浴槽に向かい合って浸かり、手で作った水鉄砲でエビィリンにお湯を飛ばして遊ぶ優弥たちの姿だった。
「あ、あの……その……」
「お、お湯加減はどうかなぁ、なんて……」
「ははーん。二人とも、何か変なことかんがえてただろ?」
「ま、まさかそんな……」
「へ、変なことなんて何も……」
「ユウヤおじちゃん、へんなことってなぁに?」
「うん? ソフィアお姉ちゃんとポーラお姉ちゃんがね、とーってもエッチなこと考えてたみたいだよ」
「ちょ、ユウヤ!?」
「ユウヤさん!?」
「ふーん、えっちなことってなぁに?」
「何だろうね。おじちゃんもよく分からないから、後でお姉ちゃんたちに聞いてみよっか」
「うん! きくー!」
「ま、それは待って!」
「ユウヤさん、ひどいです!」
「あれー? 教えてあげないのぉ? 教えてくれないんだってさ。エビィリン、どうする?」
「んー、おしえてくれるまでこしょこしょするぅ!」
「おお! ならユウヤおじちゃんは二人が逃げないように捕まえててあげるね」
「うん!」
「で? 二人はいつまでそこでそうして独身男性の入浴シーンを眺めてるわけ?」
そう言うと彼は二人に向けて水鉄砲でお湯を飛ばし、見事に顔に命中させた。
「ひゃぁっ!」
「ご、ごめんなさい!」
逃げるように扉を閉めて去っていった二人が、その後優弥に捕まり、エビィリンのこしょこしょ攻めに悶絶したのは言うまでもない。
「はぁはぁ……もうらめぇっ」
「許して! エビィリンもう許してぇ!」
存分に二人をくすぐったエビィリンは、とても満足したようだった。それから思い出したようにウトウトし始めたため、優弥に抱っこされて寝室に向かう。
「こ、子供って……」
「怖い……ですぅ……」
しかし二人に自覚はなかった。これが優弥にあらぬ疑いをかけたために降りかかった災難だったということを。




