第十三話 和解の条件
年末祭の二日目、大広場に立ち並ぶエバンズ商会関連の屋台では変わらず閑古鳥が鳴いていた。王都で起きている不買運動を知らない他所からの観光客も、異様な雰囲気を感じて近寄ろうとはしない。
貴族も鉱山ロードや市民を敵に回すとろくなことがないと知っているため、日頃商会と懇意にしている者ですら大広場を避けていた。
なお、主にエバンズ商会が扱っている生活必需品などは、彼らに商品を卸している者たちが屋台を出したため、ひとまず市民生活も難なく年を越せるようだ。売値は商会よりもわずかだが安く、市民がそれを買い求めるのは必然だった。
卸しの者たちもいつも商会に買い叩かれている分いきいきと商売しており、それだけで商会の存在意義が問われる現状を浮き彫りにしている。もっとも市民は品物が安く買えればそれでいいので、商会の役割を完全に理解しているわけではない。
流通を担う大きな商会を失うことは、結果的に自分たちの首を絞めることに繋がるのである。それがたとえ普段は不利益をもたらすものだったとしても、だ。
「来たか」
「「お待たせしました」」
優弥は騎士のトニーとチェスターを自宅に呼び出した。表向きはエバンズ商会からの訴えに対する事情聴取を受けるというのが理由だ。他にぞろぞろと来ようとしていたので、彼が訪問を許可するのは二人だけだと余人の同行を拒んだのである。
なお、女性陣は寮に入居を済ませたビアンカを連れて、王国祭に出かけていった。彼女たちには小遣いとして小金貨十枚を持たせてある。ビアンカは恐縮しきりだったが、それだけあれば五人で綿アメを二つずつ食べても無駄遣いしない限り十分余るだろう。
「二人は王国祭が始まる前日、つまり一昨日だけど、大広場で演説した青年のことを知っているか?」
「はい、ブレントですね。彼なら騎士団が管理している牢に入れられています」
「拷問なんかはされてないか?」
「今はまだ。年末年始に拷問したがる騎士なんかいませんから」
「ということは年が明けたら……」
「副団長が騒乱罪を適用するって息巻いてますから拷問されるのは確実でしょうね」
「副団長が? 団長ではなくて?」
副団長はチャーリー・ロビンソン、三十二歳だそうだ。
「団長は逆に彼に同情してますよ。なんたって鉱山ロード様の大ファンですから」
「そ、そうか」
「もちろん、我々もです!」
「あははは、ありがとう」
「チャーリー副団長は例の商会との癒着が疑われている方です。団長とは元々仲がよくありません」
「俺はそのブレントを助けてやりたいと思ってるんだけど」
「すみません。我々もそう思いますが、牢に入れられている者を勝手に外に出す権限は持ってないんです」
「だろうな」
「ユウヤ・ハセミ様を許可なく手引きしても反逆罪に問われます」
「さすがに反逆罪は死刑だもんな、頼めないよ。それより二人とも」
「「はい?」」
「俺のことはフルネームで呼ばず、名前で呼んでいいから」
「ありがとうございます。ではユウヤ様と呼ばせて頂きます」
「うん、それでいい。それと状況は分かった」
「お役に立てず申し訳ありません」
「構わんさ。事情聴取の件は、相変わらず無実の一点張りだったとしておいてくれ」
「「分かりました」」
二人を見送ってから、彼はどうしたものかと考えていた。このまま放っておけばブレント青年が拷問にかけられてしまう。しかも騒乱罪は重罪だから処刑も免れないだろう。また、家族がいた場合にはそちらにも累が及ぶ。
あまりやりたくはないが、国王か宰相を脅すという手もないわけではない。
(いや、いくら何でもそれはやり過ぎだろう)
平民一人を救うのに国王や宰相を巻き込むというのは、あまりに借りが大きくなりすぎる。この時期王都邸に滞在しているというウィリアムズ伯爵やサットン伯爵も同様だ。彼らなら嬉々として手助けはしてくれるだろうが、ある意味日本で暴力団の手を借りるのと大差はない。
「貴族に頼らない方法があれば……」
その時、扉をノックする音が聞こえた。誰かと尋ねるとトニーとチェスターだと言う。
「どうした? 帰ったんじゃなかったのか?」
「いえ、帰りはしたんですけど、伝言を頼まれまして」
「伝言? 誰から?」
「エバンズ商会の会頭、コンラッド・エバンズ氏からです」
「エバンズ商会の? 何だって?」
「訴訟の件で話したいことがあるとかで、こちらを訪れる許可を頂くか、ダメなら商会の本部まで足を運んでほしいとのことです」
「内容は聞いてるか?」
「訴訟の取り下げについて、と言ってました」
「もう音を上げてきたってか!?」
「いえ、そんな様子ではありませんでしたけど」
「うーん、そうだな。出向くのも面倒だし、訪問を許可するって伝えてくれ」
「いいんですか?」
「ソフィアたちもまだしばらくは帰ってこないだろうし……ああ、許可するのは会頭一人だ。護衛の同行は敷地の外まで。トニーとチェスターは案内を頼む」
「我々でいいなら構いませんけど」
「二人ならいいさ」
「「承知致しました」」
それから待つこと一時間ほどで、トニーたちが戻ってきた。
「お、来たか」
「あの、ユウヤ様」
「うん?」
「コンラッド会頭が、大番頭のエイベル・ホワイトさんも同席させてほしいと言われているんですけど」
「そうか、話をする気がないってことだな。許可は取り消しだ。帰れと伝えてくれ」
出ていったトニーたちが慌てて戻ってくる。
「失礼した、自分一人でいいと言ってます」
「最初からそうしろよ。分かった。連れてきてくれ」
間もなくトニーとチェスターに付き添われて、エバンズ商会の会頭、コンラッド・エバンズが入ってきた。大番頭と護衛は敷地の外で待機させているとのことだ。
コンラッドの見た目は五十歳前後で、さすがに大商会の会頭らしく整った身なりだった。髪もきちんと櫛が通されており、口髭でさえ上品に見える。身長は百七十センチほどで、スラリとしたスタイルの俗に言うイケオジだった。
「お初にお目にかかる。私がエバンズ商会の会頭、コンラッド・エバンズと申す者だ」
「鉱山ロードのユウヤ・ハセミだ」
「ふむ。思っていたよりお若いのだな」
「俺の品評をしにきたのか?」
「これは失礼。無駄話には付き合って頂けないということか」
「相手は大商会の会頭様なんでね。こっちはそれだけ用心しているってことだよ」
「なるほど。では早速だが、この度は迷惑をかけて済まなかった。訴訟はこの後すぐに取り下げる」
「そうか。理由を聞かせてくれ」
「証拠が出せないと分かったからだ」
「やっぱりね。だいたい無実なんだから、証拠なんてあるわけがないだろ。訴訟はアンタの差し金か?」
「いや、番頭の一人だ。奴はクビにした。当事者の御者三人も同様だ」
(可哀想に。まあ、そもそもはアイツらが通せんぼしたのが原因だからな)
彼はそこで大きく溜め息をついて見せる。
「で、それで手打ちにしろと?」
「ああ。それと我々が和解したことを喧伝させてほしい」
「アンタ、俺を舐めてるのか?」
「そちらに損害は出ていない。しかし我が商会は大きな損害を被り番頭の一人を失った。これで我々の禊は済んだと考えるが?」
「はん! アンタんとこの損害も人材の損失も全て自業自得だろ。
対して俺は訴訟なんて起こされて大変に不愉快な気分にさせられた。この落とし前はどうつけてくれるんだ? まさかご免なさいと謝ったら許してもらえるなんて思ってないよな!?」
「分かった。いくら払えばいい?」
「金なんかいらねえよ。和解の喧伝に関して条件を飲め。それで許してやる。心配しなくても不可能なことをさせるつもりはない」
「承知した。それなら条件を聞こう」
優弥から条件の内容を聞いたコンラッドは、そんな簡単なことでいいのかと驚いたが、元々彼自身が商会に対して何の感情も抱いてなかったと聞いて納得したようだ。
話し合いを終えた彼らが帰ってしばらくすると、持ちきれないほどの荷物を抱えた女性陣が帰宅したのだった。




