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第七話 セント・グランダール大聖堂

 ヴアラモ孤児院のシスターは三十二歳のマチルダという名だった。彼女自身も孤児だったため、教会が手を引いた後もここに残り子供たちの面倒を見続けていたそうだ。


 当初は他にもシスターがいたが、子供が独り立ちしたり引き取られて人数が減ったため、彼女たちも一人また一人と孤児院を出ていった。そして最後まで残っているのがマチルダただ一人というわけである。


(フラグか? フラグ立てちまったのか、俺!?)


 出掛けにソフィアたちの同行を拒んだのが悔やまれた。


 彼はいったんそこを出ると、近くの商店でなるべく胃腸に優しいミルクやらパンやらを買い込んで再び孤児院に戻る。


「あの、これは……?」

「何も言わずまず食え。そして飲め」

「ですが……ゴホッ……」


「いいから言う通りにしろ。アンタがそうしないと子供たちが飲み食い出来ないんじゃないのか?」

「わ、分かりました。さあ皆、この方のよきお心からの贈り物です。感謝して頂きましょう」


 今にも壊れそうなテーブルに並べられた食べ物に子どもたちが一斉に群がった。そうして落ち着いた頃、彼はシスター・マチルダに依頼の件を持ちかける。


「職業紹介所でロレール亭の依頼を受注したのはアンタか?」

「はい……いけなかったのでしょうか?」


「あの依頼は宿の従業員を家まで護衛するって内容だ。それは分かっていたんだろうな?」


「はい。歩いて数分間の護衛であれば……ゴホッ……子供たちと私で何とかなるかと……」

「なるほどな」


 とにかくわずかでも収入が必要だったため、たまたま目にした制限のない依頼を無我夢中で受注したとのことだった。


「実はあれは俺宛の依頼だったんだよ」


「そうでしたか……余計なことをして申し訳ありませんでした」

「いや、アンタに落ち度はないから気にするな」

「ありがとうございます」


「しかしそれでも受注したいと思うか?」

「私もこの子たちにも、手を差し伸べて下さる方はほとんどいません。ゴホッ……出来ることなら何でもしたいと思ってます」


「そうか……分かった、依頼はそのままアンタたちに譲ろう」

「えっ!?」


「もっとも護衛対象に何かあったら問題だからな。俺も手助けはしようと思ってるよ」

「あの、貴方様は一体……?」


「巷で流行ってる鉱山ロードってのは知ってるか?」

「す、すみません。世俗には疎いものですから」

「そうか。なら余計に都合がいい」


 仕事はビアンカ用の寮が完成してからになるため、すぐに始まるわけではない。優弥はそれまでの生活費としてひとまず銀貨十枚をシスターに手渡した。


「こ、これは?」

「せっかく仕事を譲ったのにその前に飢え死にされちゃ困るからな。足りないのは分かってるから明日か明後日には人を寄越す」


 一度に金貨を何枚か置いていってもよかったが、ここにいるのは力のない痩せ細ったシスターと子供たちだけだ。悪い奴に目をつけられたら一溜まりもないだろう。火種は残さないに越したことはない。


 後はシンディーたちに衣類や食材などを届けさせればいい。ソフィアもついていくだろうし、何ならその際にビアンカとの顔合わせを済ませるという手もある。


 彼女たちならその後も時々様子を見に行くようになどと言わなくても、勝手に行動してくれるはずだ。


「というわけなんだけど、頼まれてくれるか?」

「ダメ! みんな絶対に同情するでしょ! って言ってませんでたっけ?」


 特大のブーメランが返ってきた。


「ま、あそこに行ったら誰でもそうなるって見本だな」

「でも、ユウヤのそういうところって悪くないと思うわよ」


「ポーラ、うるせえよ」

「私も同じですよ」

「私たちの旦那様は心から尊敬するに値する素晴らしい方です!」


「あー、もう! 恥ずかしいからやめてくれ」


 そうして翌日、ロレール亭のランチ営業が終わった後に、ソフィアたち三人はビアンカを伴ってヴアラモ孤児院に向かった。むろん途中商店街に寄って食料を仕入れてからである。


 衣類は実際に子供たちと会ってみないとサイズが分からないので、まずは寒さを凌ぐための毛布なども買い込んだ。優弥から金貨を十枚も手渡され、金に糸目をつけずに必要な物はどんどん買うように言われていたからである。


「うふふ。ユウヤさん、優しいです」


 その優弥も、鉱山の仕事を休んである場所に来ていた。


「お約束はございますか?」

「ないな」


「でしたら申し訳ございません。改めてお約束をなさってからお越し下さい」


 修道服姿の女性は頭を下げてそう言ったが、態度は明らかに彼を馬鹿にしているようだった。いきなり教会にやってきて、司教クラス以上の者への面会を希望したのだから無理もないだろう。


 だが、そんなことくらいで諦めるほど、彼の聞き分けがいいわけがない。

 そこはセント・グランダール大聖堂、王都にあるハルモニア神教の本拠地だった。


「シスター、ちょっといいか?」

「チッ! なんでしょう」


「今チッて舌打ちしなかったか?」

「気のせいでございましょう」

「アンタ名前は?」

「エスメと申します」


「ならシスター・エスメ、次の二つの中から一つを選べ」

「はい?」


「一つはアンタのせいでこの大聖堂とやらが跡形もなく崩壊すること」

「は? なにを……?」


「もう一つは鉱山ロードが面会を求めていると、今ここにいる司教以上で一番位の高い者に伝えることだ」

「こ、鉱山ロー……」


「デカい声で叫ぶな! さあ、どうする?」


 彼の肩書きを聞いたシスターの顔から血の気が引いていた。もし鉱山ロードが教会を訪れたら、絶対に逆らってはならないという通達が出されたのはつい先日のこと。


 あれだけの栄華を誇っていたキャベンディッシュ剣術道場が一瞬で傾き、少し前には王家に縁のある公爵家の建物が粉々にされた。他にもいくつかの凶事の原因が鉱山ロードを怒らせたことにあると、通達にはそう記されていたのである。


「も、ももも、申し訳ありません!」

「ん?」


「す、すぐに司祭様から枢機卿(すうききょう)猊下(げいか)にお伝え頂きます」

「そう。分かってくれたならよかった。俺もこの素晴らしい教会の建物を壊すなんて不本意だったからね」


「で、では失礼致します!」

「あ、そうそう」


 振り向いて駆け出そうとしたシスターを呼び止める。


「俺さ、気が長い方じゃないみたいだからあんまり待たせないでね」

「ひぃぃぃっ!」


 それから間もなく、彼はボールドウィンと名乗る司教に案内されて大聖堂の最上階の一室に通されたのである。

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