第十六話 頂けるなら……
「鉱山ロード殿に伝えよ。我がヘルナンデス子爵家が本物のバーベキューの楽しみ方を伝授して差し上げるとな」
「いえ、申し訳ございません。今回のバーベキューは鉱山ロード様の貸し切りとなっておりますので、たとえご宿泊頂いておりますお客様でも、決まった方以外のご参加はお断りさせて頂いております」
「何を言っておる! ヘルナンデス子爵家を拒む理由などなかろう。鉱山ロード殿に聞いてみるがよい」
優弥がそろそろ時間が近づいてきたので宿の庭に降りようとしたところで、何やら不愉快な会話が聞こえてきた。宿のボーイが困っている様子だったが、自分には関係ないとそのまま通り過ぎようとしたのだが――
「あ、ハセミ様!」
「はい?」
声をかけられたら立ち止まらないわけにはいかない。面倒事に巻き込むなら、後で宿に苦情を申し立てるしかないだろう。
「実はこちらのヘルナンデス子爵閣下が、ハセミ様にバーベキューの……」
「おお! では貴殿が鉱山ロード殿か! お初にお目にかかる。私はハドソン・ヘルナンデスと申す。ヘルナンデス子爵家の当主である」
「はあ……」
(宿への苦情申し立ては決定だな)
「聞けばこれからバーベキューをされるとか。ぜひ我が子爵家にバーベキューの本当の楽しみ方を伝授させてくれ!」
「いえ、興味ないんで」
「そうかそうか、では早速……今なんと申された?」
「興味ないって言いました」
「そんなはずがなかろう。遠慮は無用だ。これからバーベキューに精通した使用人たちを連れて参る。会場で待っていてくれ」
「いや、本当に興味ありませんから連れてこないで下さい。迷惑です」
「ん? もしや貴族相手の作法を気にしておられるのか? ならば心配は無用。我らとて平民と分かっている鉱山ロード殿に作法を求めるような無粋はせぬ」
「人の話を聞けよ。来るなって言ってるのが分からねえかなぁ」
「な、なんだと……」
「それとボーイさん、アンタどうして俺を呼び止めた? バカなのか?」
「も、申し訳ございません……」
「カレブだな。名前覚えたぞ。後でしっかり苦情を言ってやるから覚悟しておけよ」
「そ、そんなぁ……」
「いいから支配人呼んでこい。鉱山ロード様が大変にご立腹だってな!」
「は、はい!」
ボーイとのやり取りを呆然と眺めていた子爵だったが、優弥が一人になったことで再起動を果たしたようだ。
「こ、鉱山ロード殿、なぜヘルナンデス子爵家を拒まれる?」
「別にアンタだけを拒んでるわけじゃねえよ。傍若無人な貴族が嫌いなだけだ」
「貴様! 我が子爵家を愚弄するというのか! ええい、鉱山ロード殿とて容赦はせぬぞ! そこへ直れ! 無礼討ちにしてくれる!」
子爵が剣の柄を握ったところで優弥は追尾投擲スキルを発動させ、鞘に向けて無限クローゼットから取り出した小石を指で弾いた。次の瞬間、剣もろとも鞘が真っ二つに砕け飛ぶ。
「死にたいならそう言えよ」
「なっ! なにをした!?」
「さあな。ほら、死にたいんだろ? ここじゃ宿や他の客の迷惑になるから表に出ろ」
「ハセミ様! 申し訳ございません!」
そこへ真っ青になった支配人が駆けつけてきた。彼は一瞬で何が起こったのかある程度把握したようだ。
「ヘルナンデス子爵閣下、どうかお部屋にお戻り下さい。サットン伯爵閣下の名の下、貴族や商会によるハセミ様への接触は禁止されております」
(あれは俺が直接言ったことなんだが、いつあの伯爵が言ったことになったんだ? まあ害はないから別に構わんけど)
「なん……だと……?」
「そもそも俺に本当のバーベキューの楽しみ方を教えるだって? 冥土の土産に教えてやるが、バーベキューを広めたのはこの俺なんだよ!」
「め、冥土の……」
「土産……?」
「早く表に出やがれ! 支配人、アンタもだ!」
「お、お許し下さい、ハセミ様!」
「す、すまなかった! 私が愚かだった!」
「ふん! なら今聞いたことは誰にも言うな。言ったらそこに転がってる剣の欠片が次は自分の頭になると思えよ」
冷や汗を額に浮かべながら何度も首を縦に振る様子を見て、彼はバーベキュー会場へと向かった。
◆◇◆◇
「でな、子爵と支配人を軽く脅かしてやったんだ」
「もう、ユウヤさんたら」
「バーベキューを発明したユウヤに本当の楽しみ方を教えるとかちょーウケるんですけどぉ!」
ポーラがどこかで聞いたような言葉遣いをしている。
(翻訳の指輪、大丈夫か?)
「申し訳ありません、鉱山ロード様。後日職業紹介所に事情を話して、宿に苦情を入れてもらいます」
ゾーイが本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
「ああ、もういいよ。二度とこの宿は利用しないだろうし。あ、でもこれはここだけの話ね。広まると宿が潰れるかも知れないから」
「気に入らないと徹底的にやっつけるユウヤにしては珍しいことを言うわね」
「ポーラは俺をなんだと思ってるんだよ。俺だってそのせいで職を失う人が出るのは望んでないんだぜ。それにこうしてお別れ会を開いてくれたのもこの宿だしな」
「道場は潰したのに?」
「人聞きの悪いこと言ってくれるな。まだ潰れちゃいないだろ」
「潰れたも同然よ。門下生もどんどんいなくなってるみたいだし」
この話にはロイとゾーイも食いついていた。詳しく聞いて複雑な表情になっていたのが、優弥としては心外だったようだ。
「でもさぁ、ユウヤって正義の味方みたいなこともすれば、けっこうえげつないこともするわよね」
「ん? 俺は聖人君子を気取るつもりはないぞ。そもそもこの国の国王も宰相も気に入らないからな」
「まあ、それは仕方ないとは思うけど」
「鉱山ロード様、なぜ国王陛下や宰相閣下をお嫌いなんですか?」
ゾーイが不思議そうに問いかけてきたが、この件に関しては正直に答える必要はないだろう。
「内緒。それよりバーベキューはどうよ?」
「あっ! ビックリするくらい美味しいです! さっきゾーイと二人で話してたんですけど、絶対金貯めて俺たちもバーベキューセット買うことにしたくらいですよ」
「ロイ君とあっさり意見が一致するのは珍しいんです」
「そうか。がんばれ」
「「はいっ!」」
「あら、意外」
「なにが?」
「ユウヤなら結婚の前祝いとか言って、ポンッとプレゼントしちゃうのかと思った」
ソフィアもうんうんと何度も首肯している。
「ああ、それは違うぞ。二人がこれからの目標にするって言ってるのに、俺がプレゼントしちゃったら意味が無くなっちゃうだろ?」
「なるほど。たまにはいいこと言うのね」
「たまにはって……」
「ユウヤさんのそういうところ、私は尊敬します!」
「やっぱりソフィアはいい子だなぁ」
「あの、すみません……」
優弥がソフィアの頭を撫でていると、ばつが悪そうにロイとゾーイが上目遣いで話しかけてきた。
「どうした? 遠慮しないでどんどん食えよ」
「あ、はい。頂いてます」
「その、目標のことなんですけど……」
「うん?」
「結婚したら家も買いたいと思ってますし、頂けるなら頂きたいなと……」
「は?」
「「ば、バーベキューセット、お願いします!」」
二人が揃って腰を直角に折り両手を差し出した。見事な最敬礼お強請りである。だが、それを見た優弥は呆れ顔でこう返した。
「人がせっかくいいこと言ったばかりなのに何だよそれ! 金貯めて買え!」
二人はガックリと肩を落としていたが、一年後の結婚式会場には、鉱山ロードの名でバーベキューセットが祝い品として届けられるのだった。




