第七話 優弥の誕生日
「ユウヤさん、お誕生日おめでとうございます!」
「は? えっと……」
「ユウヤ、おめでとう!」
「え? ちょっと待って、なんで?」
「ふふー、私が誰だか忘れてない?」
「ああ、なるほど、職業紹介所に登録した時か」
「そう!」
十一月二十八日、確かに紛れもなく優弥の誕生日である。そしてこの日、彼は二十八歳になった。
仕事から帰宅すると、テーブルにはいつもと違った料理の数々。今朝ポーラは有休を使って仕事を休むと言っていたが、どうやらソフィアと二人でわざわざ準備をしてくれていたようだ。明日から週末、よって彼もゆっくり楽しめる。
「えっと、気に入ってもらえたら嬉しいんですけど」
ソフィアに手渡されたプレゼントは、以前から彼女が隠すように編んでいた手編みのマフラーだった。落ち着いたグレーに白いラインが入ったそれは、モコモコしていて暖かそうだ。
「私からはこれね」
ポーラがくれたのは手袋。こちらは手編みではなく既製品だったが、マフラーとお揃いの色で手の甲の部分に白い星形がデザインされている。
そこで彼は去年の誕生日のことを思い出した。
あの時、確かにその手の中にあった家族の温もりは、今でも鮮明に思い出すことが出来る。妻の手料理と幼い娘のはしゃぐ声。
(俺の誕生日なのに玲香にローソクを吹き消されたんだっけ。しかも中途半端に)
娘が寝てから妻と合わせたシャンパングラスは、結婚してからいつか使おうと二人で買った物だった。彼も妻の真奈美もそれをすっかり忘れていて、大笑いした記憶が懐かしい。
(あの時、真奈美は手編みのセーターを、玲香はクレヨンで描いた似顔絵を贈ってくれたんだよな)
大切に保管してあったそれらにも今は届かない。そう思うと有無を言わさずこの世界に召喚し、無理矢理に引き裂いた王国には改めて怒りを感じる。しかし目の前の二人からの贈り物の温かさに心が鎮められたのも事実だった。
「ユウヤさん、大丈夫ですか?」
「ユウヤ、どうしちゃったの?」
「へ?」
ソフィアが慌てたように席を立ってハンカチで彼の頬を撫でる。
「あれ? 俺、泣いて……?」
「辛いことでもあったんですか?」
「ユウヤ、もしかして思い出してたの?」
「あ……うん……そうだな……」
「ポーラさん、なにかご存じなんですか?」
「えっと……ユウヤ、話してもいい?」
「いや、俺から話すよ」
彼はソフィアからハンカチをもらい、目と頬を拭ってから顔を上げた。それを見てソフィアが席に戻ると、まずはプレゼントに礼を言う。そして――
「ソフィア、実は俺、この世界の人間じゃないんだ」「え……? 意味が分からないんですけど」
「この世界とは別の世界から召喚されてきたんだよ」
「召……喚?」
今から二カ月ほど前までは地球の日本という国に住んでいたこと。それが突然王国の勇者召喚に巻き込まれ、無理矢理この世界に来させられたこと。そしてもう二度と日本には帰れないことなどを伝えた。
むろん、無能と蔑まれ金を持たされて城を追い出されたのと、それによって王国に恨みを抱いていることなども付け加えてである。
「抱き合わせ……ですか?」
「ちょっと待って! お城から追い出されたなんて聞いてないわよ」
「言ってないからな」
「それであの時お城に戻るのを嫌がったのね」
「お城に戻る?」
「ユウヤの身分証に書かれている名前が間違っているのよ」
「そうなんですか?」
混乱気味のソフィアを落ち着かせるために、彼は王城で受け取った方の黒い身分証を出して見せた。そこには『召喚者』の文字と『ハセミユウヤ・ニホンジン・サイコーハッピー』の名がはっきりと刻まれている。
「な、長い名前ですね……ぷふっ」
「ソフィア、それ違うからな。俺の名前は……」
「分かってます。ユウヤ・ハセミさんですよね」
「う、うん……」
「でも……サイコー……ハッピー……んふふふ……」
長すぎる名前がツボにはまったのか、ソフィアは必死に笑いを堪えて肩を震わせていた。
「ひでぇなぁ、ソフィア」
「ご、ごめんなさい! だって……んくっ」
「それで何を思い出してたの? 向こうにいる恋人のこととか?」
「こいび……」
突然、ソフィアの笑いが止まった。
「いや、恋人はいなかった」
「ふーん、いなかったんだ」
「ほっ……」
「ほ?」
「い、いえ、なんでもありません」
「妻と娘がいたんだよ」
「つ、つまぁ!?」
「むすめぇ!?」
「今から半年以上前に自然災害で亡くなってしまったけどね」
「あ、もしかしてあの時話してた大切な家族って、奥さんと娘さんだったんですね」
「うん。二人からプレゼントもらって、去年の誕生日を思い出しちゃってさ」
「そうでしたか」
「でもユウヤ、そんな顔してたら天国の奥さんと娘さんも悲しむんじゃない?」
「そうですよ。一緒にお祝いした方がいいに決まってます!」
「そっか、そうだよな」
地球の神様が真奈美と玲香を天国に引き上げてくれたので、二人は間違いなく幸せに暮らしているのだ。暮らしている、という表現が正しいかどうかは分からないが、少なくとも苦しんではいないということである。
現世で逢えないのは寂しいが、妻子を地球に残したまま召喚されたわけではないことが、彼にとって唯一の救いだったかも知れない。それにこの世界では、ポーラとソフィアの二人が傍にいてくれる。
彼女たちはなくてはならない存在となった。
召喚当初の、馬に蹴られれば簡単に死んでしまうような低いステータスも、今では大岩を頭突きで軽くかち割れるほどだ。鉱山で周りに誰もいない時に試した。
不安なのは魔法で攻撃を受けた時だが、これは受けてみないと何とも言えない。しかしそもそも魔法攻撃されるようなシチュエーションに陥ることもないだろう。
「それではユウヤさん、改めておめでとうございます!」
「ユウヤ、おめでとう!」
それから優弥とポーラに酒が入り、酔い潰れた二人にソフィアがそっと毛布をかけるのだった。




