第四話 奉仕活動
週末、優弥たちユーティアロの四人は冒険者ギルド主催の奉仕活動に参加するために王都北支部に来ていた。冒険者人口が多いとのロラーナの言葉通り、支部の周りは多くの冒険者でごった返している。
「ロラーナ、集まっているのはほとんどがEかFランクだよな?」
「はい。そうだと思います」
「今日は奉仕活動ってのも合ってるよな?」
「はい。合ってます」
「なのにどうして皆革鎧を着てるんだ?」
「冒険者ギルドに来る時の正装みたいなものだと聞きました」
「あー、あの舐められたら終わりってヤツか」
「多分そうでしょうね」
対して優弥たちは動きやすく多少汚れてもいいようにと、全員カーキ色のシャツに黒いズボンのパンツルック姿でお揃いだった。服を何着か仕立てようと市場に行った時に、都合よく既製品が売られていたのを見つけて購入したものだ。
野球のユニフォームのように背中の上の辺りにはパーティー名であるユーティアロの文字が刺繍されている。優弥の発案でロラーナが縫ったものだが背番号や個人名はない。
「奉仕活動に舐めるもなにもないだろうに」
「それがそうでもなくて、過去に揉め事に巻き込まれたせいで冒険者嫌いの人もいるんです。そういう人たちがわざと絡んでくるんですよ」
「奉仕活動している者に絡むとはろくでもないな」
「冒険者側も引きませんからどっちもどっちではないでしょうか」
「そんなもんかね」
集合時間になったところで支部長のドネルが朝礼台に立ち、冒険者ギルドの一員としてやら地域の人たちと仲良くなどと訓示を始める。ただ一言、優弥の耳に気になる言葉が飛び込んできた。
「なあロラーナ、さっき聞こえた正当防衛精神に則りってなんのことだ?」
「それはですね、国王陛下が定められた法に由来しているんです」
カズヒコが国王に就任する前、この国では冒険者による暴力沙汰が日常茶飯事だった。勝てば官軍負ければ賊軍という考えが蔓延していたのである。
カズヒコはこれを重く見て、王位に就いてまず原則論としての喧嘩両成敗法を発布した。また付帯条項として正当防衛を定義し、やられたらやり返すのではなく暴力が護身のためにどうしても必要だった場合のみ情状を酌量するとしたのである。
ここから派生したのが先に手を出したら負けという考え方で、先に手を出す者がいなければ後もないため暴力沙汰は起こり得ない。結果的に喧嘩が激減したというわけだ。特に明文化されているわけではないが、これが正当防衛精神と呼ばれる所以だった。
「なるほどね」
「国王陛下は小さないざこざでも容赦なく取り締まったそうで、お陰で王都はとても平和になったと聞いてます」
「それでも起こるものは起こるんだよな?」
「はい。冒険者嫌いの人は特にえげつないですね。奉仕活動中の冒険者の目の前でゴミをポイ捨てしたり、せっかく集めたゴミをわざとばら撒いたりして挑発するんです」
「逆にそっちは取り締まられないのか?」
「私は捕まったり罰せられたりという例は聞いたことがありません」
喧嘩両成敗法が冒険者だけをターゲットにしているならば、一般人に増長する者が現れても不思議ではない。暴力沙汰を起こすのが冒険者ばかりだったとしても、それでは法が正しく機能しているとは言えないだろう。一般人が冒険者に喧嘩を煽るなら、そちらも厳しく取り締まるべきだ。
「俺たちにも関係ないとは言えないな。アリアとロラーナは俺かティベリアのどちらかと必ず一緒にいるようにしてくれ」
「四人で固まっておればよいじゃろ」
「基本はそうなんだがほら、手洗いとかで離れる場合があるだろ」
「なるほど。確かにそうじゃの」
支部長の長めの訓示が終わり冒険者たちがちらほらと散り始めた。ある程度担当する区画が決められているが、一カ所に集まりすぎない限りそこまで厳密ではないようだ。
ただ優弥たちは割り振りの時に話を聞いていなかったため、どこに行けばいいか分からない。改めて支部長に確認するのも面倒に感じて、適当にどこか人の少なそうな区画を探すことにした。
「ようロラーナちゃん、登録は済んだようだな」
「リッキーさん、タッカーさん、バッカスさん、おはようございます」
「四人でいるってことはパーティー組んだんだ」
「はい。パーティー名はユーティアロです」
「ユーティアロ? 聞き慣れねえ名前だな」
「全員の名前のアタマの文字から取ったんですよ」
「へー、語呂がいいし洒落てるじゃねえか」
「ありがとうございます」
「ロラーナちゃんの婚約者の、えっとなんだっけ?」
「ユウヤ・ハセミだ。ユウヤでいい」
「そうか。俺もリッキーでいいぜ。で、アンタらはどこの区画なんだ?」
「割り振りを聞きそびれてしまってな。適当に人の少ないところに行こうと思ってたんだ」
「そうかい。なら俺たちと一緒に来ねえか? 近くにボロッちい教会があるんだ。そこに併設されてる孤児院の建物を補修する」
教会は築百年以上の建物なので老朽化が進んでいるそうだ。その横にある孤児院も同様らしい。シスター二人と子供八人が住んでいるが、一番上の子でも十歳と幼いので彼らに補修作業は不可能だろう。そもそも孤児院には資材を買う余裕もないと言う。
「教会の本部とかから金は出ないのか?」
「孤児院の補修費用までは出てないみたいだな」
「妻たちに力仕事は無理だぞ」
「教会の掃除がある。どっちかってえと俺たちはそれが苦手だから引き受けてくれると助かるんだ」
「補修の資材や掃除道具はどうした? 見たところ手ぶらのようだが」
「そんなものいちいち担いで歩けるかよ。向こうに置いてある」
「だそうだが三人はどうしたい?」
「旦那様がいいなら妾は構わんぞ」
「アリアもユウヤと一緒ならどこでもいいよ」
「ユウヤ様に従います」
教会の清掃ならアリアとロラーナが危険な目に遭うこともそうそうはないだろう。他に一組のパーティーと数人の冒険者が教会に向かって歩き出したが中に二人、優弥が覗いたステータスに【騎士】の称号とギルド職員と表示されている者がいた。
「ロラーナ、知ってたら教えてほしいんだが、ギルドの職員が奉仕活動に参加することはあるのか?」
「ありますよ。以前冒険者と一緒にゴミ拾いしている職員さんを見かけたことがありますので」
「それは革鎧なんかを着て?」
「いえ。その時はギルドの制服を着てました」
「だとするとあの二人は監視員だろうな」
「えっ!?」
ステータスにギルド職員とある二人は革鎧を身に着けている上に腰に剣まで差している。それをロラーナに伝えると、監視員で間違いないだろうとのことだった。もちろんこの会話はリッキーたちには聞こえていない。
「でも帯剣は大げさですよね」
「俺たちの護衛も兼ねてるんじゃないか?」
「護衛ですか?」
「一応国王の賓客ってことになってるからな」
「あ、なるほど」
「護衛など必要ないのにのう」
「しかしこれで俺たちが割り振られた区画が教会の方角だったことは分かった」
「言われてみれば、ですね」
「分かったのは方角だけで、教会が目的地かどうかは分からんけどな」
「違っていた場合は慌てるじゃろうな」
「それは見物だ」
案の定、途中から方向を変えた優弥たちに気づいた職員二人は慌てて後をついてくるのだった。




