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第十三話 家長として

「あの、ユウヤさん……?」

「どうした?」


 ゴルドンたちが帰ってしばらくすると、恐る恐る部屋からソフィアが出てきた。


「ユウヤさんが夜盗をやっつけたんですか?」

「聞いてたのか」


「ごめんなさい。王国のとても偉い方にユウヤさんがあんな口を利いていたので気になってしまって」

「偉い、ねえ。確かに身分は高いかも知れないけど、アイツらには敬う価値なんかないぞ」


「でも貴族様なんですから……いつ無礼討ちされるんじゃないかと冷や冷やしました」

「心配しなくても俺が無礼討ちされるなんてことはないさ」


「ただいまー」


 そこへ仕事を終えたポーラが帰ってきた。夜盗騒ぎは落ち着いたし魔除けの指輪も渡してある。そもそも職場まで歩いて十分もかからないので、彼女を迎えに行くのは中止となったのだ。


「ね、騎士様に囲まれた凄い豪華な馬車とすれ違ったんだけど、この辺に来てたのかな」

「それなら……」


「そうなのか? 見たかったな。なあ、ソフィア?」


 正直に話そうとしたソフィアを遮り、優弥はウインクしながら言葉を被せた。


「え? あ、はい。そうですね」

「ん? なんか二人怪しいんだけど」


「気のせいだろ。だいたいポーラは俺のことをそういう目でしか見てないじゃないか」

「それもそうね」

「少しは否定しろよ」


「お腹空いたぁ。ソフィア、今日の晩ご飯なに?」

「あ……」


 宰相の訪問のせいで、夕食の支度が置き去りにされていたようだ。これから準備を始めると遅くなるということもあり、それならと久しぶりに三人で外食することに決まった。もちろん、優弥の奢りである。



◆◇◆◇



 ソフィアの足が完治したのは、十一月の半ば頃だった。季節は秋から冬に移ろい始めており、朝晩の冷え込みも段々と厳しさを増す。


 そんな夕食後の一時(ひととき)、リビングダイニングではソフィアの今後について話し合いが行われていた。


「ソフィア、無理に働こうとしなくてもいいんだぞ」

「そうよ。家のことをしっかりやってくれているんだもの」


「でもやっぱり私には収入がないので申し訳なくて……」


「家事は立派な労働だ。むしろそれに対して今まで報酬を出さなかったのはこちらの落ち度だな。今後は俺が毎月金貨一枚を出すことにしよう。少ないが受け取ってくれ」


「ま、待って下さい! そんなつもりで言ったんじゃありませんから」


 懐から金貨を出そうとする優弥をソフィアが慌てて止める。

「ん? なんかあるのか?」


「実はシモンさんにお昼時だけ手伝ってほしいと言われたんです」

「あ! ロレール亭でランチ始めたって聞いたわ」


「パンを売ってるのは知ってたけど、ランチってことは食堂で?」


 ロレール亭の食堂は十卓四十席あるが、宿泊客向けに朝食と夕食を出しているだけで昼間はパンの販売しかしていなかった。ところがソフィアによると、新しく主人の弟子として雇った料理人がなかなかの腕で、修行と実益を兼ねてランチ営業を始めることになったそうだ。


 そしてこれが大当たりだった。味がよくて値段が安く設定されていたものだから、外に行列を作るほどの大盛況となったのである。そのためホールがシモン一人では回り切らず、ソフィアの足が治ったのを聞いて声をかけてきたいうのだ。


「働くのはお昼時の十一時から三時間くらいですから、今まで通り家事もちゃんとやれます」

「家事のことは気にしなくていいけど、行列店の昼時って地獄だぞ」


「シモンさんにもそう言われました。目が回るほど忙しいって」

「それを分かった上でってこと?」


「はい。一人で家にいるとどうしても色々考えちゃうことがありますし、だったらそんな暇がないくらい忙しい方がいいかなって」


「そっか、そういうことなら俺は反対しないよ」

「そうね、私も賛成するわ」

「ユウヤさん、ポーラさん、ありがとうございます」


 気になる給金だが、賄い付きで一日銀貨三枚というから、三時間なら時給は千円となる。週末の二日間はランチ営業はないとのことなので、月に小金貨六枚とちょっと。そこそこの稼ぎになりそうだ。


「それとは別に、やはり家事の報酬は出さないとな」

「ですからそれは……」


「ソフィア、これからは君も働くことになれば、家賃やらは払うつもりなんだろう?」

「はい」


「俺とポーラは朝から晩まで働いているから、週末以外はどうしても家事をソフィアに任せることになる。そもそも朝食を作ったり掃除、洗濯、買い出しまで、俺にはやれと言われても出来ない」


「そうね。私も自慢じゃないけど、それをやれって言われたら気が変になりそうだわ」

「ポーラはちゃんと花嫁修業するべきだと思うぞ」


「大丈夫。私はユウヤもソフィアも手放すつもりはないから」

「ソフィア、いつか二人で逃げような」


「あら、何なら私はユウヤを旦那様、ソフィアを奥様と呼んでも構わないわよ」

「奥……ポーラさん!」


「ポーラよ、茶を持て」

「ははーっ!」

「もう! 二人とも!」


 それから優弥は真剣な表情をソフィアに向ける。


「冗談はさておき、他人行儀に見えてもそういうことはきちんとした方がお互いにうまくいくモンなんだ」

「そうなんですか?」


 今は自分一人現金を稼いでいないという負い目から、家事は課せられた義務と考えているかも知れない。しかしいざ外で働いて疲労を感じれば、何故二人と同様に働いているのに、自分だけが家事をやらなければならないのかという不満が生まれないとも限らないのである。


 もちろんソフィアは性格的にそんな考えには至らないだろう。しかしそれが何年と続いた場合、取り返しのつかない亀裂を生む可能性も否定出来ないのだ。


「この家の借主は俺だし、家長も俺だと思ってる」

「私もそれでいいわ」

「私もです」


「だからこれは家長としての命令だ。報酬を受け取ってくれ、ソフィア」

「わ、分かりました」


 この時、家事の報酬は月に小金貨六枚と決まり、同居者であるポーラの負担分は三分の一の小金貨二枚となった。


 ちなみにポーラのその他の負担分は、家賃や光熱費、食材費など諸々を含めて小金貨四枚である。今後はソフィアも同額を負担することになるが、家事報酬との相殺になるから大きな負担にはならないだろう。


 当然足が出る分は優弥が出しているのだが、そもそも彼にはあまり金を使う場面がなかった。


 ギャンブルはやらないし、娼館で(うつつ)を抜かすこともない。酒は飲むが嗜む程度で、日本と違って課金ゲームもなければ、旅行で散財しようにも土地勘がまるでないので行きようがないのだ。


 つまり金は貯まる一方。トマム鉱山の一件での報酬と、先日得た夜盗の討伐報酬を合わせて、鉱山管理局の口座には金貨千百枚。日本円にしておよそ一億一千万円が預けられたままである。


(王都は比較的治安がいいとはいえ、街には破落戸(ごろつき)もいるからな。ソフィアだけの時に強盗に入られたら困るし警備員でも雇うか)


 そんなことを考えながら優弥は二人の顔を眺め、今が幸せであることを改めて感じるのだった。

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