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第十一話 オオサカ城

 モンクトンの商隊が天候不良で足止めを食らったのは結局あの一日だけで、港町コノハナクを出てから十一日目に一行は王都チュウオウクに入った。城壁内に入れば護衛の任務は終わりだ。


 ただバーベキューで消費した食材を返してもらうのと、ロラーナが商会を辞める手続きがあるため優弥たちはそのまま馬車で商会本部まで同行する。


「食材の準備には数日かかるそうだ。退職の手続きが済んだらロラーナの実家に行こう」


 一口に王都と言っても、正方形というわけではないがおよそ十五キロ四方以上の広さがある。人口は約百万人。その全てが城壁で囲まれており、出入り可能なのは東西南北の四つの門のみだった。


 オオサカ城は王都のほぼ中心に位置しており、そちらは一辺がおよそ二キロある正方形の堀と、高さ約二十メートルの石壁に囲われている。四隅と出入り門がある北と南には物見(やぐら)があった。


 その外側の約一キロ四方が、主に上級貴族の王都邸と大商会の本部などがある区画だ。堀はないがそちらも高さ約五メートルの壁で囲われている。


 出入り可能な門は四隅の他に一キロおきに一つの計十二カ所あるが、許可証を持つ者かそれに同行する者しか通ることを許されていない。この壁は貧民と呼ばれる人たちが皮肉を込めて呼び始めたのがきっかけとなり、通称『貧民返し』と名づけられている。


『貧民返し』の外側のうち、出入り門の近くには下級貴族の王都邸や壁の内側に置けなかった商会の本部などがある。冒険者ギルドや生活ギルドなどの各種ギルドがあるのもこちらだ。いわゆる外側の一等地と呼ばれている区画だった。


 エンニチ王国一のモンクトン商会の本部は、当然ながら城まで徒歩五分ほどで行ける『貧民返し』の内側にある。王都内はどこでも人が多いため馬車の速度が出せず、城門から本部まではさらに二時間ほどかかると言う。


 一方ロラーナの実家は、優弥たちのいる場所からだと王城の向こう側約三キロのところにあるとのことだった。本来なら『貧民返し』を迂回しなければならないが、商会本部から行けばいいので王城の堀を迂回するだけで済む。それでも最低二キロの損だ。


「会頭、堀の内側を突っ切れないか?」

「あかんあかん。お城の敷地に入るのんはワテらでも許可がいんのや。納品とかの理由がなければ許可は下りひん」


「理由ならあるぞ」

「なんや?」

「国王と取り引きする」


「国王陛下と取り引きやて!? サーカナクンか!」

「そうだ」

「それやったら謁見は叶うやろ。せやけど今日明日言うんは無理やで」


 下級貴族や大商会でも国王への謁見は申し込んでから許可が下りるまで、よほどの緊急性がない限り最低でも二週間は要すると言う。上級貴族なら短縮されるそうだが、それでも五日前後は待たされる。


 しかも必ずしも許可されるわけではなく、国王が納得する相応の理由が必要なのだそうだ。もっとも今回に限っては理由は難なくクリアされるだろう。問題は日数だが、優弥はそこにも勝算があった。


「会頭、本部に着いたら手紙を書こうと思うが今日中に国王の目に触れるようにしてほしい。可能か?」

「出来ひんことはないけど秘策があるんやな?」

「ああ」


 馬車は『貧民返し』の門を通り、やがてモンクトン商会の本部に到着。すぐに優弥は国王宛の手紙を書いてリンウッド会頭に託すのだった。



◆◇◆◇



「陛下、モンクトン商会より至急に目を通して頂きたいとの書簡が届きましたが、いかが致しましょう?」


 オオサカ城の最上階にある国王執務室では、重厚で美しい木目が輝くライティングデスクに向かう国王の姿があった。彼に尋ねたのはエンニチ王国宰相のカイラー・オーズリー。オーズリー侯爵家の当主である。


 部屋の広さは約十五メートル×三十メートルほどあり、観音開きの扉の左右には帯剣した護衛の兵士が二人ずつ立っている。国王から見て右側の壁には内側に開く扉があって、その脇に茶道具などが乗せられたワゴンが置かれ二人のメイドが控えていた。


「リンウッドやな。なんて?」

「申し訳ございません。私には読めない文字のようなものが書かれております」

「お前に読めん文字やと? どれ、寄越し」


 すでに開封されていた書簡を開いた国王が一瞬で硬直する。それを見た宰相の顔から血の気が引いた。


 急ぎの書簡とは言え、たかが商会からのものである。まずしかるべき部署で内容を吟味し、そこから高位の文官が目を通して最後に宰相である彼が国王の目に触れさせるかどうかの判断を下す。


 ところが今回は大陸にある全ての国の文字を読み書き出来るカイラーですら読むことが叶わなかった。


 モンクトン商会からの書簡を届けた者の伝言は、すぐに目を通さないと陛下が大損するというものだ。無礼討ちに値する物言いだが、彼は何となく胸騒ぎを感じて国王に書簡を渡した。その胸騒ぎの原因は――


「陛下! も、もしや呪いの……!?」


「あー、ちゃうちゃう。ちょっと驚いただけや。それよりカイラー」

「はっ!」


「この手紙の主、()()()()()()っちゅうんを今すぐ呼んだれ」

「騎士団に命じまして……」


「捕らえろなんて言うてへんやろ。賓客用の馬車で迎えに行かせえ。リンウッドのとこにおる」

「賓客……陛下はその書簡の文字をお読みになられるのですね?」


「せや。意味は分かったな?」

「はっ! 直ちに手配致します」


 宰相は深く一礼し執務室を出た。先にこれから迎えに行く旨の伝令をモンクトン商会に走らせ自身は厩舎に向かう。本来なら使用人に任せる仕事だが、今回は国王の賓客ということで彼が直々に出向くことにしたのだ。


 賓客用の馬車を手配して御者には初老でベテランのコロンドを呼ぶ。真面目を絵に描いたような男で国王からの信頼も篤い。


「モンクトン商会の本部に向かってくれ」

「かしこまりました」


 賓客用の馬車は、主に他国からの貴賓の中でも王族や高位の貴族のために用意されている。一方モンクトン商会は王国一の大商会とは言え貴族ですらない。つまりそんなところにこの馬車で向かうなど、通常では考えられないことなのだ。


 それに疑問を持たず文句も言わない彼だからこそ、国王からの信頼が篤くなるのは当然だった。


 その頃国王は受け取った書簡を眺めながらニンマリとしていた。内容はこうだ。


『俺の名は長谷見(はせみ)(ゆう)()。今から二百年ほど前にこの世界に召喚された。もしこの文字を読めているなら国王も俺と同じ元日本人のはずだ。

 近道したいだけで害意はないから王城の敷地内に自由に出入り出来る許可証が欲しい。礼はサーカナクンという海の魔物の肉だ。ウナギの蒲焼きのタレみたいなのがあれば用意しておくことを薦める。そう言えば味の想像がつくだろ。美味いぞ。

 許可証は出来れば今日中に手に入れたい。よろしく頼む』


「蒲焼きのタレがあればやて? ワイを誰や思とんねん。用意したろやないかい」


 国王はそう呟くと、オオサカ城内勝手自由と彫られた許可証プレートを用意した。これは城の堀の内側は元より、城そのものにも自由に出入り出来る最上級の許可証である。持っているのは王族とそれに連なる公爵家の者たち、他は宰相のカイラー・オーズリーのみだ。


「近道したいだけやて? ごっつ大回りさせたるで」


 国王がほくそ笑む姿に、護衛兵やメイドたちは戦慄を覚えるのだった。

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