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第三話 相場

 王都チュウオウクを目指すのはいいが、その前に解決しなければならない問題があった。路銀である。


 ハセミガルド王国や周辺で通用する金貨や銀貨には事欠くことはなかったが、大陸が違えばそのまま使えるわけがない。またブライウィード大陸における金や銀などの貴金属の相場も分からないのだ。


 金貨を単なる金属として売るにしても足下を見られるのは気分が悪い。そこで沿岸警備隊の副隊長サンフォードから教えられた通り、まずは商業組合で相場の確認とサーカナクンを査定してもらうことにした。


 それが間違いなくサーカナクンであることは沿岸警備隊発行の証明書が保証してくれる。証明書はサンフォードがわざわざ用意してくれたものだ。商業組合の建物は優弥たちが上陸した港から徒歩で五分ほどのところにあった。近いのは海産物を取り扱っているためだろう。


「ユウヤ・ハセミ様、お待たせ致しました」


 商業組合は(こと)(ほか)人が多く、一時間ほど待たされてしまった。なお、ミドルネームのアルタミールは大公を返上した時に他の領主の座も併せて返上したので、今後は名乗るつもりはなかった。ハセミユウヤ・ニホンジン・サイコーハッピーは以ての外だ。


「ご用件を伺います」


 名札にジュデイとある受付嬢は出会った頃のポーラにどことなく似ていたが、窓口を訪れた者たちを終始見下している雰囲気が感じ取れた。優弥が並んだのは素材買取窓口だったため、自分の立場の方が上とでも思っているのだろう。


「まずはこの金貨だが、この国の通貨に換金するとどれくらいになる?」

「金貨……見たことがない意匠ですが、どこの国のものですか?」


「海の向こうのハセミガルド王国だ」


「ハセミガル……聞いたことがありませんね。単純に金の重さでの換金でしたら可能です」

「それで構わない」


「少々お待ち下さい。確かに純度が高いようですね。これでしたら五万イェンで買い取り出来ます」

「五万イェンだと何が買える?」


「は? ああ、価値をお知りになりたいのですね」

「そうだ」


「五万イェンでしたら一般的な独り暮らし用の集合住宅の一ヶ月分の家賃くらいでしょうか。ただこの港町コノハナクでの家賃相場は倍ほどですけど」


 町の名はコノハナクというらしい。通貨単位のイェンというのも語源は円だと思われる。物の相場は正確には分からないが、一イェンは一円と考えても問題ないだろう。


 ところでジュデイは言葉は丁寧だが非常に面倒臭そうに応対している。ハセミガルド王国を与太話とでも解釈したのかも知れない。金自体は本物だから買い取りには応じるようだが視線は完全に彼を馬鹿にしていた。


「ならひとまず百枚買い取ってくれるか?」


「百……? もちろん可能ですが手数料が一割かかりますので、お渡しは四百五十万イェンとなります。よろしいですか?」

「正規の手数料なら構わない」


「お疑いですか? こちらに明記してありますのでよくご覧下さい」


 皮肉たっぷりに彼女が見せてきたのは買取規定なるものだった。そこには確かに貴金属の買取手数料は一割と記載されている。


「確認した。買い取りを頼む」

「分かりました。では先に金貨を百枚お出し下さい」


 本当に持っているなら、との小声のつぶやきはしっかりと優弥の耳に届いていた。もちろん聞こえないフリをしてカウンターの上に金貨を出す。それを見たジュデイの顔が引きつった。


「い、今どこからこれを……?」

「無限クローゼット、(アイ)(テム)(ボッ)(クス)と言った方が分かりやすいか?」


「アイテムボックスですって!? それは国王陛下の特殊能力……もしや貴方様は国王陛下……!?」

「そんなわけがないだろう」


「そ、そうですね。お顔も全く違いますし」

「国王に会ったことがあるのか?」

「ご尊顔は演説を聞かせて頂いた時に見ただけです」

「そうか。誰にもバラすなよ」


「取引相手のことは職員同士でも話すのを禁じられておりますのでご心配なく」


 いちいち棘のある言い方をする。しかしさっき彼女が驚いてアイテムボックスと叫んだ声に、何人かの職員と近くにいた客たちが反応していたのを優弥は見逃していなかった。もっとも責めるとさらに面倒になりそうな予感がしたのでツッコむのを止めたのである。


「そうか。とにかく買い取りを頼む」

「分かりました。品質を確認してからの買い取りとなりますのであちらでお待ち下さい」


 指し示されたのは待合室だった。用意が出来たら呼んでくれるらしい。それから待つこと三十分ほどで再びジュデイの窓口から呼ばれた。


「お待たせしました。全て問題ありませんでしたので四百五十万イェンのお渡しとなります」

「紙幣か」


 渡されたのは四百五十枚の一万イェン紙幣で、彼女によると透かしの人物はエンニチ王国の国王とのことだった。肖像画のようなすかしなので絶対とは言えないが、やはり国王は日本人のように見える。誰に似ているかと言えば、まいう〜で有名な石塚○彦にそっくりだった。


「以上でよろしいですか?」

「いや、まだある。サーカナクンを査定してほしい」

「サーカナ……なんです?」


「サーカナクンだ。海の魔物だが知らないのか?」

「いえ、知ってはおりますが査定と仰られたので聞き違えたのかと」


「沿岸警備隊発行の証明書もある」

「はあ……証明書は確かに本物のようですね。ではお見せ下さい」


「ここでか?」

「何か問題でも?」


「いや、三十メートルある魔物だぞ。こんなところで出せるわけがないだろう?」

「切れ端とか鱗とかじゃないんですか?」


「……ティベリア、アリア、帰るぞ」

「そうね」

「帰ろう!」


 嘲笑うかのようなジュデイの口ぶりにこれ以上胸くそ悪い思いはしたくなかったので、彼は二人を伴って窓口に背を向けた。しかし次の瞬間、背後から彼を呼び止める声が聞こえる。


「お待ち下さい、ハセミ様!」


 振り向くとまん丸顔に頭の毛が薄くなった、恰幅のいい男性が慌ててカウンターから出てくるのが見えた。身なりはいいのでそれなりの地位にある者ではないかと思われる。


「なんだ?」

「申し訳ありません。話が聞こえたものですから」


 優弥がジュデイを睨みつけると、彼女はバツが悪そうに顔を背けた。


「取引相手のことは職員同士でも話すのを禁じられているそうだが、盗み聞きはいいのか?」

「何事にも例外はございます」


「ふん! 自分たちに都合がいい例外か」

「これは手厳しい」

「それで何の用だ?」


「少しお話を伺えませんでしょうか。サーカナクンのことで」

「ここは商業組合だな」

「え? あ、はい。その通りです」


「なら俺たちの時間を買い取れ。買い取るなら話に付き合ってやる」

「ちなみにいかほど?」


「百万イェン。先払いだ」

「承知致しました。すぐに用意させますので私についてきて下さい」


 吹っかけたつもりがあっさり了承されたのにはさすがに驚いたが、優弥から条件を口にしてしまった以上は呑むというなら応じなければならない。彼は仕方なくティベリアとアリアと共に二階にあるという応接室に通されるのだった。

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